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2023年エイプリルフール回 3 帰る場所 〇〇〇&〇〇〇編

本日三回目の更新になります。

ご注意ください。また同じ設定なので、一部被るシーンがあります。


本当のエイプリル特別編が一つだけなんて誰が言いましたか?

本音はかなりの接戦だったのでどちらが来てもいいように……


「眠れない、何だってんだ」


 たぶん明日の、いや、この時間ならもう今日だな、今日の儀式の事を考えて緊張しちゃってるんだろうけど。


「まさか、俺がこんな事で寝れなくなるなんてな。やっと日本に、文明社会に帰れるっていうのに情けない」


 いや、多分眠れない理由は、俺が本当は……


 いや、変な事は考えるな、これが一番いい流れなはずなんだから。


「ん、誰だ、こんな時間に」


 寝付けずに、ベットの上に身を起こしたのを待ってたかのように、ドアがノックされたので、ベットから立ち上がりドアを開けに行く。ここは神殿関連の宿泊施設だから、開けたとたんに暗殺者が襲ってくるなんて心配はないだろうな。


「夜分遅くに失礼いたします。勇者様」


「神官長さん、どうしたんですか一体」


 まさか、明日の儀式について何か問題でもあったんだろうか、もしかしてここにきて帰る事が出来ないとかじゃ……


 何を考えてるんだ俺は、まるで願いが叶わないのを期待しているみたいな。


「いえ、大した事ではございません、ただこの世界での最後の夜ですし、もう『禁欲』を守る必要はないのですから、この世界の思い出に、こちらの御酒でもいかがかと思いまして。リョー様はお酒が好きだと聞いていましたので」


 そうか、今まで『禁欲』をしてきたのは、向こうに帰った時に鉄骨に潰されないための力を手に入れるためだったけど、今回は『成就の宝玉』を使う事で鉄骨を何とか出来るんだから、もう力にというか魔力回路を気にする必要もないのか。


「この世界のお酒にも肴にも、向こうとは違う味わいがあると、歴代の勇者様方も言われていましたので、リョー様にもこの世界自慢の味を楽しんで頂ければと」


 そういって、神官長さんが少し体を横にずらすと、女性神官達の手で料理や瓶を乗せたワゴンが数台運び込まれて、これは夜食や寝酒というよりはちょっとした宴会って感じの量だよな。


 とは言え、今まで色々な町や村を回っていた時に、気になってた料理とかがあったのは確かだし、特にこの世界でしか手に入らない魔物の肉がどんな感じなのかは気になるよな。


「そうですね、せっかくですから頂きましょう。申し訳ありません、気を使わせてしまったようで」


 神官長さんが、合図をするとその後ろにいた見慣れない女騎士が女性神官達に指示を出して、手早く料理や酒瓶、食器などをテーブルの上に並べさせていく。


「では、僭越ながら、お酌でもさせていただきますね。リョー様には、想定外の事態であったとはいえ、こちらの手違いでご迷惑をおかけしてしまいましたし。それでありながら、いくつもの『迷宮』を攻略され、さらにはあのヤスエイの討伐までしていただき、なんとお礼を申し上げればいいか」


 部屋のテーブルに隙間なく料理と酒が並べられると、俺たちを残して神官達が退出していく。


「いえ、こちらも色々とご迷惑をおかけしましたし、なにかと手配をして頂いたのではないですか」


 コンナやラッドに手伝って貰ったのも、聞いた話だと普通はやらない特例みたいなものらしいし、ムルズでのアレコレでフレミラウ・トレンやミカミが協力してくれたのも偶然とかじゃなくて、この人が手配してくれたからなんだし。


「お気になさらず。少し失礼します」


 俺に軽く手を上げて断りを入れた神官長さんが、ドアの所で頭を下げている女騎士さんに声をかける。


 というか今気づいたけど、この人ってバニーさん、じゃなかったウサギ耳の獣人だ。


 赤いきれいな髪をした、クール系の感じな美人さん、なんか騎士っぽい金属の胸当てよりも、バニースーツの方が似合いそうな、って何を考えてるんだ俺は。


「テラシス、貴方は残りなさい」


「ですが、猊下」


 神官長さんが、女騎士に近寄り、耳元で何かささやいて引き留めてるけど、こうして見てると、二人の雰囲気というか顔立ちが似ているような。


「勇者様の最後の夜、ささやかとは言え送別の席です。だからこそ普段は神殿に近寄りもせず、わたくしとまともに顔を合わせようとしない貴方が、今日だけはこうして此処に居るのでしょう。申し訳ありませんリョー様、ムルズの事もありまして、最近はとみに物騒ですので、護衛と給仕を兼ねてこの者を同席させます」


 物騒、そうかあんな事があったばっかりなんだから、ライフェル教の神官長なんて立場なら命を狙われたりなんて心配もあるのかな。


「わかりました、ええと……」


 あれ、こういう場合なんて声をかければいいんだろう。もしかすると、護衛の人だから下手に声をかけないのがマナーだったりして。


「この者は、テラシス・トレン・ビルムと言います。どうぞお見知りおきを」


 お見知りおきって、そう言っても明日には俺は、いやそういう事じゃないか。


「初めまして、テラシスさん、よろしくお願いします」


 あ、そういえばトレンって、フレミラウと同じ姓だ。前にラクナの説明を聞いた分だと、神殿に代々仕えてる神官長さんの懐刀みたいな一族の事だったかな。


「は、はじめまして、勇者様」


「ふふ、あ、失礼しました」


 俺のあいさつに、何か戸惑っているようなテラシスさんを見て神官長さんが楽しそうに笑ってるけど、どうしたんだろ。


「実は彼女は、リョー様とは初対面ではないので、それで戸惑ったようですね」


 初対面じゃないって、いくら何でもこんな美人で特徴的な人に会った事があれば忘れっこないだろうに。


 うさ耳なんて、獣人の中でもかなり目立つ特徴に気づかないとか忘れるとか、普通に考えてありえないと思うんだけど。


 あ、そういえばテトビの奴がウサギ獣人だったっけ、耳はないけどさ、何せあだ名が『耳なし兎』だもんな。


「無理もありません、私めが勇者様の前に出た時は、鎧兜で全身を覆っていましたし、この耳もその時には隠していましたから。短時間の事でしたし、なによりコンナ殿と揉めてしまいましたので、そちらの方が記憶に残られているのではないでしょうか」


「コンナと揉めたって、あ……」


 そういえば『迷宮』の中で、俺たちが魔物に追い込まれた時に、助けてくれた騎士とコンナがケンカになって負けてたっけ。確かあの時名乗ってたのは……


「棄教騎士」


「お恥ずかしながら」


「彼女はそのように名乗っていますが、実際には信心深い子なのですよ」


 恥ずかしげにうつむくテラシスさんの横で、神官長さんが微笑みながら補足する。


「それに彼女には密偵としての技量もあり、鎧姿でリョー様の前に出られたとき以外でも、リョー様にはそうと気付かれないように、お近くで色々と手配などをしてくれていたのです」


 そうだったんだ、そりゃまあ神殿としちゃ『勇者』ってのは色々と使える手札なんだろうから、いざって時の要員とかいてもおかしくはないの、かな。


「そうだったんですか、今まで気づいていなかったとはいえ、失礼をしました」


「いえ、お気になさらず」


「さあ、さあ、せっかくの席ですし、あまり話し込んでしまっては料理が冷めてしまいます。温かいうちに食べていただけないと、リョー様にはこの世界の料理は大したことがないと思われてしまいそうですし、これ以上の話は食べながらにしましょうか」


 そうだな、こんな美味しそうな、それも一年以上ぶりの肉料理とお酒なんだから、おいしく食べないともったいないよな。


 うん、このソーセージ旨い、皮がパリッとしてて嚙み切ると濃厚な肉汁が一気に溢れてきて。


「リョー様、こちらもどうぞ」


 分厚いステーキ、こんなに厚いのに柔らかい、ナイフがスッと入って、ほとんど噛んでないのに口の中で解けるようになくなって旨味が広がっていく。


「こちらの御酒もお召し上がりください、勇者様」


 うわあ、このワインも無茶苦茶うまい、コクがあって肉に合う。これ日本で売ってたら幾らになるんだろ。


 気が付けば、並べられた料理の半分以上を一気にかっ込んで酒で流し込んでいた。


 久々っていうのもあるんだけど、どの料理も酒もうまい。やっぱり人間の体には動物性たんぱく質が必要だし、人間の精神にはアルコールが必要なんだな。


 あ、やべ、せっかく神官長さんがこういう席を用意してくれたのに、俺が一人で好き勝手に飲み食いしてちゃ失礼だよな。


「すいません、俺ばかりバクバク食べちゃって」


「いいえ、リョー様に楽しんで頂き、良い思い出を持ち帰って頂くための席ですから、お気になさらず。今晩はリョー様のお好きなように、何事も望まれるがまま、思うがままに過ごして頂ければと」


 なんだろう、気づかなかったけど神官長さんも何杯か飲んでたのかな、少し火照った顔が色っぽく見えて、って何を考えてるんだよ俺は、相手は聖職者なんだぞ。


「そうは言いますけど、せっかくの食事を一人で食べても楽しくないので、お二人もどうぞ」


 ほんとなら、他の部屋に居るみんなも呼んでと思ったけど、俺が帰る話をした時の様子を見ると湿っぽくなりそうだし、そうなるとみんなも後々引きずったり、俺も帰りずらくなりそうだから。


 きっとこうして、未練を引かないようにこれ以上みんなには会わないで、内々で軽く飲み食いして明日まで過ごすのがちょうどいいんだろう。


「では、僭越ながらリョー様のお誘いですので、遠慮なく頂戴します」


 俺が酒瓶を取って差し出すと、神官長さんがそれに合わせてグラスを差し出してくる。確か、ライフェル教の神官は飲酒も肉食も大丈夫だったよな、僧侶は基本的にはダメなんだったかな。


 とりあえず神官長さんはカミヤさんの所でも飲み食いしたことがあるらしいからNGじゃないはず。


「どうぞ」


 神官長さんのグラスにワインを注ぎ終えて、瓶の口をテラシスさんの方へ向ける。


「あ、もしかして、お酒はダメでしたか」


 この人見た目からして、聖騎士だろうし、てことはお堅い職で聖職者でってなると、アルコールは禁止だったかな。


 まいったな、聖騎士の知り合いがいないから分からない。


「い、いえ、そんなこたあ有りやせん、へい、ありがたく頂きや…… ご、御無礼をいたしました。謹んで、勇者様の御酒を頂戴いたします」


「申し訳ありませんリョー様、ライフェルの信徒にとって『勇者様』というのは、特別なものですので、この子も緊張のあまり方言が思わず出てしまったようですね」


 方言って、そういえばテトビの奴も似たような話し方をしてるか、てことはウサギ獣人の話し方なのかな。


 失礼だけど、可愛くねえなあ、萌えマンガとかなら語尾に『ぴょん』なのにさ。


 まあ、これが現実って事か、『ワン』という犬獣人も、『にゃん』と可愛く言う猫獣人もこの世界には居ないからね。


 ああ,そう言えばリューン王国の連中が、スカウトの時にそんな感じの言い方をしてたような、サーレンさんとプテックがさ、まあアレは狙ってやってたんだろうし、その後のディフィーさんのくぱあで台無しだったけど。


 しかし、こういう反応を見ると、この人可愛く見えるな。


 見た目はウサ耳に似合わぬクール系なのに、ちょっとした反応に愛嬌があって。今もコクコクとおいしそうにお酒を飲んでる姿がさ。


 おいしい酒に、おいしい料理、それに美人さん二人のお酌って日本でやったらどれだけ掛かるんだろう。


「はあ、美味しかったです、まさかこんなにおいしい料理を最後に頂けるとは思いませんでした。最後の夜に、いい思い出を残せそうです、ありがとうございます」


「リョー様、まだ夜は終わってはいませんよ。思い出作りはこれからです」


 お酒を飲んだせいか、先ほどよりも頬の赤みが増し高揚した表情を浮かべた神官長さんが、少し距離を詰めてくる。


 というかいつの間に椅子を隣に持ってきて座ってたんだ。反対側には少し離れてるけど、結構近くにテラシスさんが座ってるし。


「こ、これからですか、一体……」


「お判りでしょう、リョー様に禁じられた三つの行い、肉食、飲酒の二つが満たされたのですから、残るは一つだけではありませんか。そのために他から離れていて音を心配する事のないこの特別な部屋を用意したのですし」


 神官長さんに言われて気づいたけど、確かにこの部屋壁が厚いし、アラ達の居る部屋と結構離れてる。


 それに豪華な部屋だからそうなのかなと思ってたけど、よく考えればこの部屋のベッド、4,5人は余裕で寝れそうな、八畳間と同じくらいに広い超特大サイズなんだよね。


「最後の夜に、三人だけの素敵な、秘密の思い出を残しませんか」


 三人でって、つまりは、神官長さんとこちらのテラシスさんの二人を相手にってことですか。


 なんか、テラシスさん恥ずかしそうに俯いてるけど、俺が視線を向けたのに気付いたのか、何か決闘でもするような真剣な表情でこっちを見つめながら胸を守る軽鎧の留め金を外して、簡素なワイシャツ姿に。


「お、思い出って、そんな、神官長さんは助けてくれた恩人ですし、テラシスさんとは初対面ではないとしても、こうして話をするのは初めての方です。勇者というだけで、女性にそんな相手をさせる訳には。私は明日にはいなくなる人間ですし」


 カミヤさんの話だと、勇者の血筋っていうのは神殿にとって凄い価値があるらしいけど、だからってさ。


 若い女性にそんな立場や利益での理由で関係を持たせるなんて、それ以上に日本に帰る俺がそんなヤリ逃げも同然の無責任なマネ。


「その顔は、無理やりテラシスをけしかけていると思われているのですか。ご心配ありません、ライフェルの者にとって勇者様のお相手をすることは、これ以上ない名誉ですから、もちろん好いた相手が居てそれを望まない者もいますが、そのような者はそもそもこういった場に連れてきません。嫌がる者に強制するような事はしてませんよ、それにこのテラシスは勇者様だからでなく、リョー様だからこそこの場にいるのです。ほかの勇者様が相手ならばここに彼女はいません」


 他ならって、カミヤさんとかじゃダメって事か。いや他の人にとっては俺もカミヤさんも同じなのかもしれないけど、テラシスさんは違うって。


「この子は、こちらの世界ではもうとっくに伴侶を得て親になっていてもおかしくない年ですが、これまで純潔を保ってきていました。ですがお役目の中で、リョー様の様々な行動を見てきて、惹かれていたからこそ、覚悟を持ってこうしてこの場に来たのですよ。せめて、一生の思い出に一夜のお情けを頂ければと、もちろん私も……」


 そういって神官長さんが更に距離を、って当たってます、思いっきり腕に当たってます。というかテラシスさんも黙ったまま距離を詰めてきてて、逃げ場が……


「リョー様は帰えられるのですから、これは後々に響くことは決してない、火遊びにすらならない一晩の思い出です。向こうのように、認知ですとか、養育費ですとか騒ぐこともない、後腐れのない安全な思い出ですよ」


 いや、その言い方は、やっぱりここで乗るのは無責任だよな。


 いや俺だって聖人君子じゃない、エッチなお店や風俗に行ったことは何回もあるけど、あれはお金っていう目に見える形での割り切ったものだし、時間やプレイ内容やオプションなんかのルールのはっきりした明確な関係だからっていうのがあるから、こういうのはちょっと違う気が。


 これが、神殿のおごりで相場通りの代金を支払って、プロのお姉さんのお店で遊ばせてくれるっていうのなら、ありがたく豪遊していたような気がするけど、打算ずくめっぽい神官長さんはともかく、本気に見えるテラシスさん相手に、どうせこれっ切りの相手なんだからって訳にはどうしてもさ。


「どうやら、私は説得の仕方を間違えてしまったようですね。リョー様に後腐れがないなんて話をしたのが失敗でしたね」


 俺の顔を、まっすぐに見ていた神官長さんが、ため息をついて少し離れる。


「そうですね。それに、貴方達のような奇麗な人達とそういう関係になってしまうと、帰ると決めた決心が崩れてしまいそうですし」


「私としては、そうしていただければ大変結構なことですが、かといって強引に事に及んだ場合ではそうはならないでしょうから。今回は諦めるとします」


 よかった、諦めてくれたか。


「ですがお忘れなく、私はこの世のため、誰も『迷宮』の脅威を恐れずに済むようになる世界を作るためでしたら、何事も厭いません。そもそも長く生き過ぎた私には、男女の交わりも、子を産む事も特別な事ではなく、相手が誰であろうと、嫌々でするような事ではありません。私にとっては接待の宴席や多少長めの休養などと大して変わりませんから」


 なんかすごい事言ってるぞこの人、ああ、カミヤさんと神官長さんの仲がいい訳が分かったような気がする。考え方が似てるんだなこの二人。


「それに、彼女は、テラシスは本気でリョー様の事を思っていますので、もしもまた別な機会があれば、その時はぜひ彼女との事についてお考え下さい」


 日本に帰る俺に対して、別な機会って、いや関東圏で死にかけた人間がランダムに召喚されるんだから、俺がまた何かの事故に巻き込まれて、もう一度こちらに来るなんて事は、確率でいえばゼロじゃないのか。


「分かりました、もしもそういった事があったのなら、その時は真剣に考えます」


「ふふ、お約束ですよリョー様、では私共はそろそろお暇します。もうだいぶ遅い時間になっていますから、あまり遅くまで起きていて、明日の儀式に障っては事ですから」











「それでは、儀式を始めます、先ほども言った通りここからはもう中止は出来ません、宜しいですね」


 魔方陣の真ん中に立つ俺に向かって、神官長さんが聞いて来るのに、頷く。儀式の関係上で、ここには俺と神官長さんしかいないけど、この部屋が広いせいか寂しく感じるな。


「本当に宜しいのですね。今からでも取りやめることは十分可能ですよ」


「ええ、もちろんです。こうして帰るために今までやって来たんですから」


 昨夜の様子を考えれば、この人にとって俺を返すのは不本意なんだろうけど、『勇者』が望むのなら日本に返すって条件で、召喚した勇者を戦わせてるんだから、その話を反故にはできないんだろうな。


「そうですね」


「向こうには私の家族が居ますし、しなければならない役割や責任がありますから、帰らない訳には行かないんです」


 あのままだと俺は事故死って事になるんだろうから、田舎の両親が悲しむだろうしさ。今抱えてる案件の契約が取れないと、俺だけじゃなく、部署全体の評価が不味い事になりそうだし、そうなると部下や後輩たちが困る事になるだろうから。


 このまま帰らないって訳には行かないよな。


「解りました、では儀式を開始します。私が行う事は通常と同じ『勇者送還』ですので、『勇者』様はそれに合わせて向こうで死なずに済む方法を願ってください」


 なるほど、そう言う事か、俺が向こうに帰るのに『勇者』の力が必要だったのは、あの時の鉄骨で死なずに済むためだけど、『成就の宝玉』に願う事でそれをやって貰うって訳か。


「貴方の功績と活躍に深い感謝を、勇者リョー様、どうか向こうでもお幸せに、それと昨夜の事は、忘れずにいてくださいね」


 その言葉と同時に目の前の光景が一瞬で変わり、以前は毎週のように見ていた首都高の光景が目の前に広がり、シートベルトに固定されたスーツ姿の俺の耳に、ラジオの戸が流れ込む。


『緊急地震速報、震度4、20秒前19、18、……』


 あの時と全く同じ状況に、なぜかハンドルから放している左手に握られていた宝玉に意識を向ける。


「目の前の鉄骨は完全に固定されている、地震でも崩れはしない」


 呟くように口にすると同時に右手の感触が無くなり、宝玉が解けるように姿を消す。直ぐに地震で車内が揺れ始めるけど、目の前のトラックに乗せられた鉄骨はビクともする様子は無く、そのまま何事もなく地震が終わった。


「ああ、帰って来た、本当に帰って来たんだ」


 ゆっくりと進む前のトラックに合わせて、車をゆっくりと進めながら、深呼吸する。


「営業に行くか」










「あー疲れた、今週もお仕事頑張りましたっと」


 閉店間際のスーパーで買った酒や惣菜の袋をぶら下げながら、マンションの鍵を開ける。


 リビングの床に座り、卓の上に割引だった唐揚げ弁当とハムカツを並べ、度数高めなチューハイ缶のプルタブを開ける。うーん本当に男の一人暮らして感じの食事だよな。


 うん、揚げ物とチューハイはやっぱり合うな、これならコメ無しで全然いけるんだよな。とはいえ、このスーパーの唐揚げ弁当はソーセージと肉団子も付いてるから、ついつい買っちゃうんだよな。


「あれから二か月か、あの日の料理はおいしかったな」


 やべ、なんかしんみりしちゃった。


 せっかくの酒なんだから、一人だって楽しく飲まないともったいない。今日は金曜だから飲みすぎても大丈夫だし、もう何本か追加で飲んじゃおうかな。


「リョー様は、本当にお酒とお肉が好きだったのですね。その節は大変ご迷惑をおかけいたしました」


「え」


 俺しかいないはずの部屋で、突然背後から声が聞こえ、とっさに振り返る。


「お久しぶりです、リョー様」


 俺の背後に立っているのは、日本の一般的なマンションの内装には似つかわしくない、コスプレとしか思えない格好をした見覚えのある外国人女性が二人……


「し、神官長さん、テラシスさん、なんで……」


 え、ここ俺の部屋だよな、夢じゃないし、まだ正体をなくすほど飲んじゃいない。


 じゃあほんとに二人が居るのか。


「ええ、神殿の総力で、こちらとの行き来を可能にしました。こちらとあちらを行き来する方法について、以前から仮説は有ったのですが、色々と事前準備に問題があったので今まで試すことありませんでした。ですがリョー様の所に飛べるのであれば惜しくはない出費でしたから」


 惜しく無い出費って、かなり資産があるだろうライフェル教トップのこの人が、そんなふうに言うって……


「まあ、世界に数個しかない『魔道具』や、元勇者数人でやっと倒すようなボスモンスターの素材などを何十種類も使うので、同じ事を再度やるのは難しいですし、転移スキルを持つ私とトレンの一族しか使えない方法のうえに、リョー様の周囲か関係の強い場所にしか飛んでくる事が出来ませんが、それでも道が出来たので、これからはそれなりの魔力消費のみで行き来できるようになりました」


 それじゃあホントのホントに、こっちに来たのか、でも今の話だとパーティーのみんなは来ることができないのか。


「それに、長時間こちらに居続けることはできないので、半日こちらに居れば強制的に向こうに戻され、最低丸一日はこちらに来る事はできないですし」


 結構制約がありそうだけど、それでも二つの世界を行き来できるってすごい事なんじゃ。しかし、さっき軽い形で流すように言ってた道を作るためのコストが半端ないな。


「なんで、そこまでして……」


「それはもちろん、リョー様にお会いするためです、約束はお忘れではないですよね」


「約束って、あ……」


 神官長さんの横で、テラシスさんが恥ずかしげにこっちを見てくる。


 そうだよ、約束ってあの最後の夜の事だよな……


「真剣に、考えていただけるのですよね。これでしたら、行為だけして捨てるという事にはなりませんし。わたくしたち二人の事を真剣に考えていただけるのですよね」


 まさか、あの時点でこうするつもりで、言質を取りに来てたのか。


 そんなにまでして、こっちに来たっていうのに、半端な答えをするわけには……


「さあ、リョー様」


「し、失礼いたします勇者様」


 座ったままの俺に二人がゆっくりと近づいてきて、ヤバイちょっと酒が回って動きが。


「私共の調べによりますと、明日と明後日は土日と言って、お勤めのない日だとか、であれば遠慮なく明日の昼頃までの間で御種を頂戴できますし、一日たってもう一度来ても夜は大丈夫ですね」









「係長、今日は帰りに一杯どうですか」


 後輩が片手でコップを口に運ぶジェスチャーで誘ってくるけど、今日はな。


「悪いな、月末はいつも用事があってな、来週でもいいか」


 軽い感じで後輩や部下連中に断りを入れて、定時五分過ぎで打刻して会社を出る。


 毎月、月末の金曜はあの人が来る日だからな。


 こちらの世界にあの人が来れるようになってから、月に一、二度、月末とたまに第二週の金曜の夜と日曜の昼間に合わせて、あの人は来るようになったんだよな。


 あの日、あのまま流されるままに関係を持ってしまって、そのままズブズブとハマって状況に流されてしまい、あの人が来る度にそういった事をする関係になって、もう数年が経ってしまっている。


 通い妻というのもいいものでしょう、なんてあの人は言うけど、それを受け入れている時点で、しかもあの人が連れてくる、トレンという一族だという複数の女性達とも、そういった行為をしている時点で、自分の節操のなさに呆れるんだけど、こうして月末を楽しみにして、急いで帰ろうとしちゃってるんだから、もうこの爛れた関係から引き返せないところに来ちゃってるんだろうな。


 でもあの人の目的は、恋愛云々じゃなくて、俺のというか魔法系勇者の子供を作る事のはずだよな。


 なのに毎月必ず来てるって事は、あれだけやってるのに、一度も当たってないって事だと思うけどいいのかな。


 いや、前に『こちらに帰った方でも、子供に引き継がれるステータスは変わらずそのままという仮説は当たっていました』って呟いてたから……


 まあ、判らないことを考えても答えは出ないか。向こうとこちらは時間の流れが違うみたいだし、そもそも俺はもうこの関係に依存しちゃってるし、何よりも……


「おかえりなさいませ、勇者様、神官長猊下はすでにお見えになられてます」


 家のドアを開けると、メイド服を着たテラシスさんが、ウサ耳がぴんと生えた頭を深々と下げて迎えてくれる。


 この人もあの日からこちらに来るようになって、それも半日こちらで過ごすと、一度帰って一日以上向こうで過ごすっていう周期を最大限に使い、一日おきに俺が帰宅するくらいの時間から、次の日の朝家を出るまでの間、こちらに来て一緒に過ごすっていう、神官長さん風に言うと通い妻状態になった。


 一日おきとはいえ、家に帰ると出迎えてくれる人がいるっていうのがこんなに幸せな事とは思わなかったな。


 しかも、こっちに来るようになった直後から、俺の事をよく知っているかのように、身の回りのアレコレをやってくれるし、こちらの料理や家電なんかにもすぐ慣れて家事をしてくれてたから、今じゃ彼女無しの生活なんて想像できなくなっちゃったもんな。


 彼女ともそういう関係になってるせいで、これまでに数回、産休を取ると言って、少しの間こちらに来ないことがあったけど、向こうで神殿の人たちに手伝って貰いながら、こちらに連れてこれない子供たちを育ててるらしい。


 そんな事も当然のように受け入れてるんだから、やっぱり俺はもう感覚がおかしくなってるんだろうな。


 そう言えば、産休やお腹の大きかった期間がこっちの感覚と比べてかなり短かったような。やっぱり異世界人は、地球人と違うところがあるのか、こっちと時間の流れ方が違うんだろうな。


「ただいま、テラシスさん、今日は他に誰か来ているんですか」


 何年たっても見た目の変わらないウサ耳さんに尋ねると、彼女は首を横に振る。


「いいえ、猊下は少し調べ物があるとのことでして、今回はどなたも」


 珍しいな、最近は大抵一人か二人連れてくるのに、調べものってまたネットをやってるのかな。


 あの人、過去の勇者たちから覚えたのか、日本語の読み書きが普通にできるから、あっという間にパソコンでネット検索が出来るようになったもんな。


「……子凍結保存、人工授精、代理母ですか、やはりこちらの世界の技術というのは凄まじいものがありますね。これを何とか魔法で再現できればより効率よく。現状では回復魔法と魔道具、魔法薬を併用しても妊娠を最大限に短縮して10日、回復に5日が限界ですし、肉体の負担も大きいので、一回だけという月の方が多いですから。かといってこちらに連れて来れる転移スキルを持ったトレンの娘は限られますし、ステータスの関係でテラシスですら妊娠期間の短縮が私ほど大幅には出来ないですから。ですが、この技術があれば、向こうに種を持ち帰ってより多くの御子を、徹底的に選りすぐった母体に対して、今まで産んできたリョー様の子達のスキルやステータス構成を考慮してより有効な交配を、それこそ、リューンの王女達、できる事なら最も強い素質を持つであろう末姫の卵子を手に入れてエルフの奴隷を代理母に、いえいっその事、こちらに来始めた頃に産んだ娘たちを成長させて、より血の濃い…… あら、リョー様お帰りなさいませ」

 

 パソコン画面を睨みながら呟いていた神官長さんが、俺に気づいて笑顔を向けてくる。


 この人が何を目的にしてこうして俺の所に来ているのかは判っているつもりなのに、それでもテラシスさんと同じく、数年一緒に居ても、年齢を重ねているのかが全く分からない、カミヤさんの話を信じるなら、俺が枯れて子供が作れなくなるような年になっても、今と同じように若々しいだろうこの人の魅力から、もう俺は逃げられないんだろうな。


「さあ、リョー様、今月も、よろしくお願いいたします」

 神官長さん一人だと弱いかなと思って、元聖騎士のテラシス・トレン・ビルムにもご登場いただいたのですが、おまけのつもりが思った以上に前に出てくるキャラだった。


 だって、神官長さんオンリーで本気になっちゃうと、『日本に帰る予定だった俺が、転移したらなぜか神殿の地下牢で種馬になっていた件、後悔してももう遅い』みたいな事になりそうだったので……


 まあ、日本に帰っても結果は変わらなかったですが。

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― 新着の感想 ―
神官長さんの出番を用意してくれてありがとうございます。
[良い点] 3話もすごい! [気になる点] 帰ってきて宝珠を持ってる手が3話ともおかしい? [一言] 頑張れ!
[一言] 弐段構えでも驚いたのに三大構えとは思いませんでした
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