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2023年エイプリルフール回 2 帰る場所 〇〇〇〇編

深夜の投稿で、『アンケート結果など知ったものか』と言いましたが、あのセ私が吐いた今年のエイプリルフールのウソになります。


だって、エイプリルフール企画を今年やるのも、それがあのアンケートに基づいて去年のネタをやり直すのも、大体九時から十時くらいに投稿するというのも活動報告や後書きで十分に匂わせてしまいましたから、それをやってもウソの内には入らないでしょうから。


という事で、『これから』が本当のアンケートにそったエイプリル特別編です。


「眠れない、何だってんだ」


 たぶん明日の、いや、この時間ならもう今日だな、今日の儀式の事を考えて緊張しちゃってるんだろうけど。


「まさか、俺がこんな事で寝れなくなるなんてな。やっと日本に、文明社会に帰れるっていうのに情けない」


 いや、多分眠れない理由は、俺が本当は……


 いや、変な事は考えるな、これが一番いい流れなはずなんだだから。


「ん、誰だ、こんな時間に」


 寝付けずに、ベットの上に身を起こしたのを待ってたかのように、ドアがノックされたので、ベットから立ち上がりドアを開けに行く。ここは神殿関連の宿泊施設だから、開けたとたんに暗殺者が襲ってくるなんて心配はないだろうな。


「御主人様、お時間をいただけないでしょうか」


「サミュー、どうしたんだ一体」


「申し訳ありません、御主人様、少しお話をしたくて」


 もしかしてサミューも、明日の事が気になってるのかな。


「分かった、立ち話もなんだから、中で話すか」


 あれ、でも夜中に若い女の子とベット付き個室で二人っきりとか、しかも雇用上の上下関係があるのにとか、完璧セクハラ案件でコンプライアンス的にアウトじゃ……


 いやいや、今考えるのはそういう事じゃないよな。


「もしかして、もうお休みになってましたか」


「いや、そんな事はない、緊張のせいか俺も眠れなくてな、何か気分転換をと思っていたところだ」


「そうだったんですか」


 多分、こんな時間にサミューが居なくなる俺の所に来る理由なんて……


「あの、御主人様……」


「サミュー、これからの事なら心配する事はないぞ、俺が向こうに戻る前に奴隷契約は解除するし、後の事はライワ伯と神官長に頼んである。マコトさんが保証人だ、これまでの戦闘なんかでレベルとステータスは十分に上がってるって事だから、伯爵家の騎士だって、神殿の聖騎士だって、就職は可能だ。ムルズ王国やラッテル子爵家への紹介も、サミューが希望するならリューン王国への紹介もしてくれる事になってる」


「そんな、なぜ……」


 サミューが驚いたような表情を浮かべて俺の方を見てくる。


 もしかして、なんのアフターフォローもしないで、みんなを置いていくというか売っちゃうんじゃないかと思われてたかな。


 この世界ならそういう事もあるのかもしれないけど、一応俺だって社会保障のあった日本の生まれだ、雇用主として廃業後の従業員の身の振り方の配慮位はさ。


「宮勤めが嫌なら、在野の冒険者になるのも、自分の店をもって商売を始めるのもいいと思うぞ。こっちの金貨や宝石、装備品なんかは向こうに持って行っても使い道はないからな。みんなに分配する事になる、現金だけでも結構な額だし、魔物の素材なんかの換金性の高い物もかなりある。それにみんなの装備品はもちろん、俺の装備品も残していく『勇者の武具』もあるから、金銭価値は相当なものになるはずだ」


『魔道具』ってだけで相当の資産価値があって、ちょっとした貴族の家宝になっててもおかしくないって話だし、『勇者の武具』なら国宝級、過去には国王に献上して領地と爵位を貰った、元勇者の従者なんてのもいたらしいから。


「どうして……」


 ん、どうしたんだサミュー、俯いちゃったけど。


「どうして、そんなに優しくされるのですか、御主人様も御当主様も、こんな私なんかに……」


 なんで優しくって、そんなの俺の都合で、これまで危険な迷宮攻略に突き合わせてきたんだから、退職金代わりお金残したり、再就職の斡旋くらいするのは当然の事じゃ、日本でいうのなら自己都合じゃなく会社都合の失職なんだからさ。


 いや、そもそも自由意思での就職ですらないんだから、この位の詫び料を残したっていいと思うんだけどな。


 いや、それよりも。


「サミュー、こんななんて、自分の事をそんな風に……」


「私は、優しくして頂けるような、守って頂けるような女ではないのです。私にはそんな資格は、私は……」


 俯いたままの、サミューの声が震えてる。


「サミュー、もしも汚れてるとか、そんな話をするつもりなら、そんな絶対に事はない。俺も、みんなもサミューの事をそんな風に思ったことはない」


 今までに見聞きしてきた事を考えれば、サミューは何度も売られ、奴隷として複数の主の間を行き来して居たんだろうし、その中にマイラスみたいなのがいた上に、初めて会った時から持っていたスキル構成を考えれば、俺なんかには想像もつかない人数の男に、想像できないような事をされてきたんだろうけど。


 だからってそんな物は……


「サミュー、お前がアラやミーシア達にどれほど優しくしているのか、ハルやトーウの事をどれだけ心配してきたか、今までずっと見てきて俺は知ってる。だからそんな……」


 経験人数やらそんな物は、たいして意味のある物じゃ……


「そうではないのです、私は、私は咎人なのです」


 咎人って、罪人って事だよな、サミューが、どういう事だ。


「私はマイラス様の下で長期間、半年近く生き延びてきました。その間に多くの女性があの方の手にかかっていましたが、私はそれをただ見ているだけでした。私よりも若く、後に入って来た女性達や、一緒に食事をしたり、同じ部屋で過ごした人達が、数日で居なくなり入れ替わっていったというのに、あの頃の私は、自分が、自分だけが生き残る事だけを考えて、他の人の事は考えず、マイラス様が私に飽きて売りに出された時には、私は、私だけは生き延びたと笑い出しすらして、残され殺されていく人達の事を考えもせずに、自分の事だけを……」


「サミュー」


「本当は、私はすでに死んでいなければならないはずなのです。なのにこうも生き汚く、おめおめと生き続けて。私がこうして生きているというだけで、あの子たちに迷惑が掛かってしまうというのに、それなのに未練を捨てきれずに……」


「サミュー」


 思わず彼女を抱きしめ、右手を後頭部にまわし、彼女の小さな顔を軽く俺の胸に押し付けるように引き寄せる。


 彼女が苦しくならない程度に力を抑えながら、彼女に自分を苦しめる言葉をそれ以上言わせない程度に強く、彼女の顔を包み込む。


「殺人の罪は、マイラスとその協力者たちのものだ、それ以外の誰のものでもない。生き残ったサミューが自分の幸運を喜ぶのは当然の事だろう、それを責める事なんてない」


 サミューだって、あいつの被害者だ、抵抗も出来ない状態であんなに耐性スキルが生えるような目に、それこそ、いつ死んでもおかしくないような目にあわされて。


「だけど、わたしは……」


 俺の胸に押し付けられていたサミューの顔が上がり、目が合うけど、彼女の瞳が潤んで俺の服を濡らしていたのに今になって気づく。


「それを言うのなら、俺は『寒暑の岩山』で会った時に、俺はあの時にマイラスを殺す事が出来たはずだ、その後の『鬼族の町』でも隙を突けば殺せたと思う。だが結局、俺が奴を倒したのは『蠕虫洞穴』でだ、それまでの間にアイツの手にかかった被害者はかなりの数になるだろう」


「それは、ですがそれは、どうしようも……」


「そうだろう、どうしようもない事だ。その上で言う、サミュー俺は君が生き残ってくれて、生き残ったのが君でよかったと思う」


 思わず、彼女を抱きしめている手に力がこもる。


 身勝手だろうとなんだろうと、他の誰でもない、サミューがここに居てくれて、マイラスに彼女が殺されずに済んで本当に良かったと、心からそう思う。


「なぜそんなに優しい言葉をかけてくれるのですか、私は生き延びるために、自分の保身のためだけに、奴隷商で志願して御主人様のもとへ押しかけて。色仕掛けまで使ってご迷惑をかけて……」


 ああ、そういえばそうだったか、ハルとミーシアを買った時におまけみたいな感じで付いてきたんだったっけ。


「それがどうしたんだ、誰だって死にたくはないし、幸せになりたいものだろう」


 利己主義が過ぎて、他人を食い物にするようなら問題だろうけど、生きるため幸福追求のために全力を尽くすのは誰だってやる事だ。


 俺自身、生き延びるためにこの世界で戦って敵を殺して来たし、日本に帰るって目的の為に皆を利用してきたんだから。


「だからサミュー、これからは君も幸せになってくれ、過去なんて気にすることはない。もうマイラスはいないし、君はもうか弱い少女ではなく、自由と力があるんだから」


「幸せに、私が……」


 俺が言っても似合わないんだろうけど、それでも彼女に幸せになってほしくて、昔何かで聞いた言葉を口にする。


「サミュー、君には幸せになる権利がある。だから、これからは幸せになってくれ、自分の為に好きなように望むままに生きてくれ、多少ワガママになったっていい」


 これまで散々苦しんできた彼女なんだから、自由になったこれからは、どうか幸せになってほしい。


 俺が片手を上げて、涙の止まった彼女の目元をぬぐうと、泣き止んだ彼女が少し寂しげな表情を浮かべる。


「自由に、幸せにですか、貴方も、御主人様も、あの方と、御当主様と同じような事を言われるのですね。わたしを残して居なくなっていくのに」


 サミューは前にも同じような事があったのか、ならきっと彼女の言う『御当主様』という人物は、俺と同じように彼女の事を……


「一人で、生きて行けと、それで幸せになれと言われるのですね。でも、私が、私が望むのは大切な人と一緒に……」


 俺の方をまっすぐに見つめているサミューの顔を見返していると、俺の後頭部に彼女の両手が回される。


「御主人様、私は貴方と、私を救いあの子たちを助けてくれた貴方の事が……」


 俺を見上げてくるサミューの顔が近づいてくる。


 頭にまわした腕で俺を引き寄せながら、自らもつま先を立てて背伸びをしたサミューの顔が、もうすぐそこまで。


 潤んだ瞳が閉じられて、吐息が顎に当たる、艶やかな唇がもうすぐ……


「御主人様、私と……」


 いいのか、このままサミューとキスをしちゃったら、多分もう俺は止まれないし戻れない、サミューとこのまま朝まで……


 そうなれば、こんなサミューを置いて日本に帰るなんてマネは、俺には出来なくなるだろうな。


 職場の皆には悪いけど、残ってる案件や俺の机の整理は何とかしてもらおう。


 実家の親の事も兄弟達に期待するしかないな、向こうじゃ死んだことになるそうだから、親を残して先立つ不孝者になるけど、仕方ないか。


 あ、このままサミューと関係を持っちゃったら『禁欲』が、いやそっちをどうにかするよう願えばいいのか。


 このまま、この世界でサミューと……


 目をつぶり、俺の方からサミューを迎え入れるように、顔を前に出す。


 滑らかで柔らかい感触が、俺の口に当てられる。


「ふふ、ふふふ、本当にかわいい方ですね御主人様は」


 耳元でサミューの楽しげな声が、あれ、今サミューは俺とキスしてるはず、なのになんで横から声が聞こえるんだ。


「こんな簡単な泣きマネに篭絡されるだなんて、いい年をされてこんなに初心なのに、元の世界にお一人で戻って大丈夫なのですか。向こうの女性に騙されてしまうんじゃないかと心配ですけど」


 俺が、目を開けると、すぐ横に楽し気なサミューの顔があって、俺の口元には彼女の指が二本当てられてて。


 こ、これってまさか……


「本当に、御主人様はからかいがいの有る、面白い素敵な方ですよね」


 いつも俺をからかって色仕掛けをしてくる時と同じような表情を浮かべたサミューが、踊るように俺から離れて、ドアの所へと下がっていく。


「最後の最後まで、楽しませてもらいました、それじゃあ御主人様、お元気で」


 笑顔を浮かべたままのサミューがそのまま扉を閉め、部屋の中に俺だけが残される。


 両腕と胸元に残る温もりが残る中、ゆっくりとドアの前に進み、しゃがみ込む。


 床に彼女の零した雫が数滴落ちてる。


 俺が抱きしめている間に止まり、拭き取っていたはずの涙が、彼女が立ち去る直前に立っていた床に……


「笑顔を浮かべながら、また泣いてたな。サミューは判ってたのかな」


 あのまま流されてキスをして居たら、俺は彼女を置いて帰れなくなるって……


「ワガママでもいい、好きに生きてくれって言ったのにな。結局俺が彼女に我慢をさせちまうなんて、最後まで気を使わせてしまうなんて。情けねえ」









「それでは、儀式を始めます、先ほども言った通りここからはもう中止は出来ません、宜しいですね」


 魔方陣の真ん中に立つ俺に向かって、神官長さんが聞いて来るのに、頷く。儀式の関係上で、ここには俺と神官長さんしかいないけど、この部屋が広いせいか寂しく感じるな。


「本当に宜しいのですね」


「ええ、もちろんです。こうして帰るために今までやって来たんですから」


 この人からすれば不本意なのかもしれないけど、この一年ちょっとで、そこそこの数の『迷宮』を『鎮静化』してノルマ以上の事はしてきたし、俺の職を神殿とライワ家の『職業石』に登録もしたから、十分に神殿は得をしてるだろうからね。


「そうですね、ですけれど、何か思い残している事があるように見えましたので」


「それは…… こちらにも結構な日数いましたし、色々な縁も出来ましたから。ですけれど、向こうにも私の家族が居ますし、しなければならない役割や責任がありますから、帰らない訳には行かないんです」


 あのままだと俺は事故死って事になるんだろうから、田舎の両親が悲しむだろうしさ。今抱えてる案件の契約が取れないと、俺だけじゃなく、部署全体の評価が不味い事になりそうだし、そうなると部下や後輩たちが困る事になるだろうから。


 このまま帰らないって訳には行かないよな。


「解りました、では儀式を開始します。私が行う事は通常と同じ『勇者送還』ですので、『勇者』様はそれに合わせて向こうで死なずに済む方法を願ってください」


 なるほど、そう言う事か、俺が向こうに帰るのに『勇者』の力が必要だったのは、あの時の鉄骨で死なずに済むためだけど、『成就の宝玉』に願う事でそれをやって貰うって訳か。


「貴方の功績と活躍に深い感謝を、勇者リョー様、どうか向こうでもお幸せに」


 その言葉と同時に目の前の光景が一瞬で変わり、以前は毎週のように見ていた首都高の光景が目の前に広がり、シートベルトに固定されたスーツ姿の俺の耳に、ラジオの戸が流れ込む。


『緊急地震速報、震度4、20秒前19、18、……』


 あの時と全く同じ状況に、なぜかハンドルから放している左手に握られていた宝玉に意識を向ける。


「目の前の鉄骨は完全に固定されている、地震でも崩れはしない」


 呟くように口にすると同時に右手の感触が無くなり、宝玉が解けるように姿を消す。直ぐに地震で車内が揺れ始めるけど、目の前のトラックに乗せられた鉄骨はビクともする様子は無く、そのまま何事もなく地震が終わった。


「ああ、帰って来た、本当に帰って来たんだ」


 ゆっくりと進む前のトラックに合わせて、車をゆっくりと進めながら、深呼吸する。


「営業に行くか」








「あー疲れた、今週もお仕事頑張りましたっと」


 スーパーで買った酒や惣菜の袋をぶら下げながら、マンションの鍵を開ける。


 大して興味もないテレビをとりあえずつけ、それを眺めながらレンジで温めた弁当を酒で流し込む。


 あれからもう半年か……


「もしかしたら、本当に夢だったのかな」


 忙しい日常から現実逃避したくて見た、白昼夢だったのかもしれないな。剣と魔法の世界で俺があんな美女、美少女に囲まれるなんてさ、中二病もいいところだ。


 閉店間際の店で買った、売れ残りの値引き弁当と、強めの缶チューハイを一人飲んでるようなおっさんが、何を妄想してたんだか。


「美味しくないのですか」


 背中からかけられた声に、酔いのまわり出した頭が考えるよりも先に反射的に答える。


「まあな、サミューの作ってくれてた料理と比べれば、えらいちが、い、え……」


 今の声は、聴き慣れていた優しげな声に、返答していた俺の声が途中で詰まり、そのままゆっくりと後ろを振り向く。


 そんな、そんな馬鹿なことが……


「お久しぶりです、御主人様、美味しくないのでしたら、何か作りましょうか。せっかくですから、お酒に合いそうな肉料理はいかがですか」


「サ、サミュー、な、なんで、きみが」


 これは夢か、それとも、本当に……


「いくつかの『迷宮』を攻略して『成就の宝玉』を手に入れました。そして宝玉に願って、こちらの世界に」


「め、『迷宮』を攻略って、そんな危険なマネを、なんで……」


 あれだけの効果のアイテムが出るって事は、相当高レベルな魔物の出る『迷宮』なんじゃないのか。そんなところを何か所も攻略するって、一つ間違えば命に係わる様な事じゃないか。


「あの宝玉でなければ、こうしてここに来る事は出来なかったでしょうから」


「なんで、そこまでして」


 こっちで生まれ育って、家族も友人もいる俺ならともかく、向こうの世界の住人のサミューが危険を冒して、まして片道切符だろう方法でこっちに来る理由なんてないはずだろう。


「こちらの世界にしか、御主人様はいませんから、御主人様にもう一度会うには、こちらに来る他に方法はありませんから。それに、私は向こうにいない方が、あの子たちのためですし」


 一瞬、寂し気な表情を浮かべてから、サミューが真っすぐに俺の方を見てくる。


「御主人様は、あの夜に、私が嘘をついていたのに気付いていたのでしょう」


 最後の夜のことか、最後の最後でサミューが、どんでん返しみたいに、あの日にその直前まで言った事は全部俺をからかっていただけだって……


 だけど、サミューはあの時、俺をからかいながら泣いてたんだよな。


「たぶん、あのまま行けば、俺はあっちに残ってサミューと暮らすことを選ぶって、そう思ったんだろう。だから、俺が未練を残さないようにあんな風に……」


「はい、やっと帰れるように、御主人様の望みが叶うという時に、私のせいでそれをフイにしてしまう訳には、未来のあるであろう貴方を、何もない私があの世界に縛り付けてしまう訳には、そう思ったのです」


「やっぱりか」


 あの世界への心残り、あの夜のサミューの行動の理由が、俺の都合のいい妄想なのか、それとも本当に彼女は俺の事を、その答えがやっと聞けて、本当にサミューが目の前にいるのだと実感する。


「ですけれど、忘れる事が出来ませんでした、御主人様は居なくなってしまわれましたけど、亡くなった訳ではなく、別な世界で生きているのですから」


「だからって、こっちの世界に来るなんて、戻る事は出来ないんだろう」


「ええ、ですけれど、もう嫌なんです。もう二度と会う事の出来ない大切な人を、ただ見送るだけしかできないのは。もう会えない人に、無理に作った笑顔を見せて自分の心を偽るのは」


「サミュー……」


 あの時のように、涙を浮かべて俺を見つめてくる彼女の言葉に、俺は名前を呼び返す事しかできない。


「御主人様は言われましたよね。私に幸せになれと、そのために多少ワガママをしても、自分の為に、望むままに生きろと」


 確かに言ったな、でもそれは向こうで幸せになってほしいって意味のつもりだったんだけど。


「だから、幸せになるためにここに来ました。私が幸福になれるのは、御主人様の、貴方の所しかないと思いましたから」


 そんな、俺にそんな事を、いや、彼女にここまで言わせて、ここまでやらせたんだ、なら俺も男として覚悟を決めないと、いやそんな消極的な理由じゃないな。

 

 俺はサミューがこうして俺の所に来てくれてうれしいし、何よりサミューと一緒になりたいと思っている。


「御主人様、私を幸せにしてくれませんか」


 俺をまっすぐに見つめてくるサミューとの距離を詰めて彼女を抱きしめ耳元に答えを返す。


「サミュー俺が君を幸せにして見せる。いや違うな、俺と君の二人で一緒に幸せになろう」








「坂木上がります。お先に失礼します」


 自分の分の仕事と、ついでに後輩や部下のサポート分も済ませて、定時丁度に打刻して職場を出る。


「お疲れ様です坂木係長」


「坂木君、君も係長になって、この先の昇進も予定されてるんだからね。もう少し周りの見本に……」


 今日やるべき仕事は自分の分や部下の手伝い含めてきっちり終わらせておいてるから、めんどくさい課長補佐以外からは特に文句も出ることはなく、会社を後にして、地下鉄に乗る。


 途中で電車に乗り換え、東京から県境を超えた後でさらに私鉄に乗り換える。


 スマホでネット小説を読みながら片道一時間半かけて、自宅の最寄り駅でおりてまっすぐに家へ向かう。


「都内じゃ地価が高くて家を建てれなかったとはいえ、さすがにこの通勤はなかなか慣れないな」


 前は、一応は都内の賃貸マンション暮らしで、地下鉄一本30分で通勤できたからな。


「まあ、俺の今までの貯金を頭金にして、定年までのローンとボーナスに退職金まであてにしたって、都内で一軒家を、それもそこそこの人通りのありそうな土地で建てるってのは無理だと、あの時は思ってたからな」


 十字路を曲がると見えてくるそれなりに大きな店、店舗兼住宅の看板には『喫茶軽食ラースト』の文字が書かれている。


「まさか、サミューの店が人気店になって、たった数年の経営で繰り上げ返済の目途が立つなんて、あの時には思わなかったもんな」


 サミューの出す料理もお茶もお菓子もすごく美味しいから、軌道に乗れば月々のローンを払いながらも黒字が出るとは思ってたけど、ランチや夕方に出してた料理を『金髪美女の洋風家庭料理』みたいな見出しでタウン誌に取材されちゃったからな。


 あの記事でサミュー目当ての客が集まり、そういった客を料理で魅了して常連に変えることが出来たおかげで、時間帯によっては料理目当てでそれなりの行列も出来るし、21時までの夜営業には家族連れもかなり来る人気店になったもんな。


 バイトも含めて、そこそこの人数を雇えるようになったし、今の調子だとあと2、3年でローンを返し終わりそうなんだよな。


 とはいえ返し終わった後はこれからの為に貯蓄をしておきたいから、贅沢は出来ないよな。これからは出費ががんと増えるんだろうからさ。


「俺もサミューに負けないよう頑張って、稼がないとな」


 店のドアを開けると、ピークを過ぎたせいかいくつか空席がある、まあ今日は給料日前だからそこまで混まなかったのかもしれないな。


 基本俺の夕食はサミューが空いた時間で作って置いてくれてたんだけど、最近は彼女にあまり無理をさせたくないから、先月からは、自分で作ったり、お店で店員さんの作った料理を客として普通に食べるようにしてるんだよね。


 家族の俺が店員用の賄≪まかな≫いを食べたり、タダで店の料理を貰ったりすると、税金とかの話が面倒になりそうだからさ。


「なあ、いいだろ姉ちゃん、居酒屋の女将なら酌くらいしてくれるとこもあるだろ」


 な、サミューが酔っ払いに絡まれてる、というかなんでサミューが店に立って配膳してるんだよ。


 休んでるはずじゃ……


「すいません、うちはそういうお店ではないので、それに、あっ……」


 手を掴まれていたサミューが、軽く腕を払って男の手を振り払い手早く距離を取って俺の方へと向かってくる。


 向こうにいた頃の凶悪なステータスは消えたそうだけど、実戦経験のあるサミューは体の捌き方がやっぱり素人とは違うのか、そこらの男なら軽くいなしちゃうんだよな。ってそうじゃなくて、そんな動きをしちゃったら、って……


「んん、ん、ん~~」


 俺の正面に来ていたサミューが俺の頭に両手で抱き着きそのまま、唇を重ねてきて、舌、舌が入ってる。


 いや普段から同じ事は普通に、具体的には毎晩ベットの中でとか朝会社に行く前に玄関でとか、欠かさずキスをしてるけど、こんな店員さんとお客さんのいっぱいいる前でなんて。


「わー、店長大胆」


「やっぱり外国の人は違うのかな」


「私も、ああいう旦那が欲しいな」


 店員さんたちが黄色い声を上げる中でも舌を絡め続けていたサミューが、やっと口を放すと、二人の間に銀色の糸が一瞬引かれるが、それでもサミューは俺の頭に手を回したまま、さっきの客に振り返る。


「ごめんなさいね、あまりお客様と仲よくすると、主人が妬いてしまうので、そういったサービスは出来ないんです」


「あ、ああ、そうか」


 すっかり毒気を抜かれたような顔で、立ち上がっていた酔っ払い客が自分の席に座る。いやそうじゃなくて……


「サミューなんで、立ち仕事なんてしてるんだよ。体を大事にしないと、今はサミューだけの体じゃないんだぞ」


「ふふ、この位なら大丈夫ですよ、それにあまり動かないでいるのもよくないって先生も言っていましたし」


 俺に密着したまま、サミューが片手で自分のお腹を優しげになでる。


「そうは言うけど、心配なのは心配なんだ、後は俺がやっておくから、どうせ開店からずっと働いてたんだろう」


 いつも俺の手が空いてる時は閉店後の片づけや経理なんかを手伝ってるし、店員さんたちもすっかり仕事に慣れてるからサミュー無しでも店は十分回るからね。


「俺は直ぐ戻るから、とりあえず店長の仕事は今日はここまでって事で、ちょっと上に連れて行ってくるから」


 リーダー格の店員さんに断ってから、目の前にいるサミューを横抱きに抱え上げ、お姫様抱っこのまま店の奥に向かう。


「そんな、私は大丈夫ですから、みんなが見てますし」


「さっき、店員や客の前でするような事じゃないマネをしたのは誰だっけ」


「それはそうですけど、心配し過ぎです」


「心配するのは当然だろ、大切なサミューと、それに俺たちの子供の事なんだから」


 妊婦さんに無理させるわけにはいかないだろうに。サミューは慣れてるって言うけど、俺にとっては初めての事なんだから。


「ふふ、そうですね」


 俺に言葉に、うれしげに笑ってサミューが、俺に抱き上げられたまま両手を首にまわし抱き着いてくる。


「これから家族でもっと幸せになりましょうね、ア、ナ、タ」



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― 新着の感想 ―
[一言] 幸せなサミューさん見れて良かったです ありがとうございます
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