592 百狼割の信用問題
「まさか、ここまでとは『百狼割』殿、これからどうなさるか。金銭の余裕はあるとはいえ、このままでは……」
舎弟連中の話を聞き終えた俺の横で、『黒鋼剣』の旦那が両手を組んだまま天井を見上げるが、まあ確かに急ぎじゃねえとはいえ拙いわな。
「この町でも、まったく仕事がなかったってのかよ」
確認する俺にその場にいる連中が頷く
「へい、ムルズからライワ伯爵領方面に向かうって言う、隊商や商会の連中に護衛の話を持ち込んだんですが、『百狼割《兄貴》』の舎弟だと名乗ると、途端に……」
「分散して個人の行商や旅人、巡礼者なんかの護衛をしながら、向こうで集合しようとも考えやしたが、そっちのほうも乗り気だった連中が俺らの名前を出すと……」
「向こう方面に行く手紙や荷物運びの仕事でもあればと思って、いくつか回ってみたんですが、そっちも『百狼割』の一党に預けれるモノはねえって」
「ラッテル子爵、いや伯爵家や、ロウ子爵家、イーワミ男爵家なんかの、最近の仕事で世話になった貴族家の出先なんぞにも話を持って行って、機会があれば頼みたいとは言われたんですが、今現在は内戦や活性化対策なんかで消費した物資を外から買い込むのが大半で、支払いは為替や借用書、利権なんかで、入ってくる荷物はあっても出ていく荷物がねえってんで」
それもあるのか、クソ時期が悪い、ライワ家からラッテル家への結納の護衛をしてた時はともかく、その後は内乱になるってのを承知の上でムルズに残って荒稼ぎしたんだ。これも欲をかいたツケか。
いや、問題はそこじゃねえか。そもそも今の話に上がった貴族家だって、こっちに残って仕事をしてたから伝手が出来たんだし、たぶん内乱前でも、俺らへの護衛依頼は……
「それと、内乱で管理がおろそかになってやばくなった『迷宮』の『大規模討伐』に参加してほしいって話が、いくつかの貴族領からきてやす。『鬼軍荘園』や『蠕虫洞穴』『人狗銀鉱』での活躍を聞いたらしいですが」
それじゃ話にならねえ、『大規模討伐』なんてあぶねえ仕事は、『四弦万矢』や『臓華師』みてえな腕利きと組んでやるならともかく、俺らだけで何度も繰り返せば、子分供の大半が摺り潰されちまう。
そういう儲けもデカいが危険な仕事は、調子がいい時にだけ参加して臨時収入を得るもので、毎度毎度繰り返して、普段の生業にするようなもんじゃねえ。
「敗残兵や契約の切れたあぶれ傭兵、主家が没落して浪人になった騎士崩れなんかが盗賊化してるそうで、街道沿いでの盗賊狩りへの協力依頼って話も、兄貴あてに来てますね。これについても、俺らの噂、あの腐れ傭兵団をつぶした噂を聞いてきたらしいでさア」
盗賊狩りを頼むくらい街道の治安がヤバくなってるってのに、護衛や輸送の依頼は俺らに依頼するのを避ける。この時点で俺らがどう見られてるかわかるってもんだな。
「戦場や『迷宮』での腕っぷし、こと戦働きに関しちゃかなり、いや、過分に評価されちまってるようだが。荷物や命を預けたくなるような信用はねえって事か。そっちの商売が肝心だってのによ」
護衛や輸送の依頼は、各地の親分衆に仁義を通して、きっちり情報収集して置けば、やべえ盗賊と鉢合わせる事なんざほとんどねえし、『迷宮』と比べりゃ魔物の危険もすくねえ。
裏側に顔が利いて目端も利く、カンのいい奴をお目付け役として一人付けとけば、新入り連中に適度な経験を積ませたり、怪我して一線で戦えねえ奴らに回す仕事としてもちょうどいいってのに。
何より、遠方までの仕事になれば、長期の契約で数か月は安定した稼ぎになってたんだよな。
当たりはずれが大きく、命の危険も大きい『迷宮』での仕事だけに頼ると、数の多い子分どもとその家族、ついでに死なせちまった連中の残した家族を食わせていくってのは、難しいってのによ。
ライワ家なんかの、今回の一連の仕事で信用を取れた貴族家もあるが、ああいった自前の戦力が十分にあるとこが、傭兵や冒険者を使わねえとならない事態なんざ、そうそうねえからな。
商会や隊商、行商人なんかの護衛以来に、人員を分散させて回すってのが、普段の稼ぎとしちゃ一番いいってえのに。
「だっていうのに、その一番肝心な仕事がねえってのは」
「やっぱり、あの一件のせいですか、これまで重ねてきた兄貴や俺らの信用が、たった一度の事だってのに……」
「だろうな、だが客からすりゃ一度の問題で十分だ、そんなやつを雇えば自分が二度目になるかもしれねえんだからな。能無しよりも裏切り者の方が信用できねえのはたりまえだ。能無しでも数を並べときゃ虚仮威しにはなって、チンピラに毛が生えた程度の盗賊なら、引き揚げさせるくらいの事は出来るだろうが、裏切り者を雇えば、絶対に目的地に付けねえからな」
ライワ伯爵家の結納品をラッテル領まで運ぶ車列護衛、あの時に賊に薬を盛られたうちの舎弟どもが、賊を手引きして招き入れ、更には『虫下し』の奴を刺しやがったからな。あれだけの事をやらかしゃ、このぐらいの事になるのは予想できてた。
「ですが、ライワ家の騎士様はあの件は口外しねえと言ってくれたし、『虫下し』にも兄貴は指を二本捨てて、片腕を預けてまで詫びを入れ、『鬼軍荘園』や『地虫窟』じゃあれだけ協力したじゃねえですか、なのになんで」
「多分、いや間違いなく『王毒蛇』や『虫下し』が漏らしたんじゃねえだろ、『王毒蛇』はクソ真面目な騎士だけあって口は堅えだろうし、誓ったことは守るはずだ。『虫下し』の野郎にしても、あいつは情報の価値を知ってるだろうからな、俺らが奴に敵対しねえうちに漏らしたりはしねえ。あの車列には、俺らや『虫下し』以外の冒険者もわんさか雇われていた。中には酒が入ったり女に煽てられると饒舌になるお調子者や、稼ぎのいい俺らからシノギをかすめ取りてえって考えてるアホが混じっててもおかしくはないからな」
もしもそれを狙って、あの一件を漏らした奴がいたとしたら、そいつの思惑通りになったって事か。
いや、それだけじゃねえか。
目だけを動かして視線を向けると、新入りのガキが雑用係として掃除をしながら俺らの会話を聞こうと耳を済ませてやがるが、淫魔族のアイツを連れまわしてるってだけで、『剣魔』が調査しに押しかけ、というか仕掛けてきやがったからな。
俺ら全員を叩きのめして動けなくした後でやっと、あのガキを攫ったのか、それとも雇ったのかと、『誘惑』や『一時洗脳』で嘘を付けなくさせて聞いてきやがったからな。
あの時は訳の分からねえ強敵から若い連中だけでも逃がそうと、新入りの小僧どもなんかと一緒に真っ先に逃がした、ガキが『剣魔』に見つけられて、本人が証言したから何とかなったが、その前後でもあの『剣魔』はあちこちで俺らの事を探って聞き込みをやってたらしいからな。
あいつら『剣魔』は、魔族に危害を加えた相手を惨殺して見せしめにする事しか頭にねえ殺人狂連中で、他の迷惑も、巻き添えも、冤罪も気にせず、怪しいやつは皆殺しにすればいいと考えてるヤベエ奴もそれなりにいるって話だからな。
そんなヤベエのに調査されて狙われてるなんて噂が立てば、巻き添えを恐れて、護衛依頼で俺らを雇いたがらないってのも解る。盗賊狩りや『迷宮攻略』の戦闘員ならおれらだけ別動隊にするなんてのも出来るだろうから、そっちの依頼はあるんだろうが。
まあ、『剣魔』がらみの噂に関しちゃ、いつまでたっても俺らが皆殺しにされてねえってなりゃ、そのうち誤解だって気づくだろうから、問題はやっぱ、裏切りの件って事になるか。
「信用を回復させるには、金のねえ行商なんかのしょぼい護衛依頼なんかをチマチマと重ねて、やらかさねえって実績を一から作りなおすか、でなきゃ誰もが知ってるような大物商人や高位貴族の護衛や輸送仕事を受けて、あそこが雇う冒険者なら信用できるって流れが出来るかなんだがな」
だっていうのに、大口の依頼は今はない、信用を積み重ねるための小口の依頼は信用がないせいで断られる。
「八方ふさがりだな、ライワ伯爵領まで戻れば、以前からの付き合いのある商人なんかから仕事が取れるか。今回の出稼ぎでたんまり設けたから、仕事無しで帰るのもその後ほとぼりが冷めるまでしばらく休むってのも、いやそれは悪手だな、噂が向こうまで広がってりゃ……」
悪評ってのは早いうちに手を打たねえと、それがどんどん広がるし、誰にとっても当たり前の内容になっちまって、解消するのが難しくなる。
「兄貴ちょっといいですかい」
「ん、なんだ」
「兄貴にお会いしてえって、耳なし兎の野郎が」
「あん、あのウサ公がか、ちっ、連れてこい」
こういう時に合わせて来るってのが、気に食わねえが、あいつなら……
「おう、耳なし、ずいぶんと御無沙汰だが、こんなところで何の用だ」
ここ十何日かは、この宿を貸し切ってるっていたって、出稼ぎ中で移動を繰り返してる俺らを訪ねてきたんだ、偶然じゃなく俺らに用事があって探してたとみるべきだろうな。
「お久しぶりでさあ『百狼割』の旦那、景気はどうですかい。あっしの紹介させていただいた、『人狗銀鉱』の『鎮静化』以降、ほとんど噂を聞かねえんで、こりゃよっぽど稼がれて働かずにのんびりできるほど蓄えられたのかって思ってたんですが、あっしもあやかりてえとこでして。何せ『虫下し』の旦那に付いて行きやしたら、牢屋に入れられるわ、王都の動乱に巻き込まれるやらで、命がいくつあっても足りねえって状況でしてね。ここは『百狼割』旦那の所で一稼ぎさせていただきたく」
この野郎、俺らの現状を知ってて言ってやがるな。
「おうよ、たんまり稼いで十分休ませてもらったが、サボり過ぎてカンが鈍ってそうでな。ここらで肩慣らしに、追い込み猟、いっそのこと兎狩りでもしようかって思っててな」
ふざけた話なら、ただじゃ置かねえぞと脅しをかけてみるが、へらへら笑いやがって。
「怖え怖え、血気盛んなことで、そんな旦那等の所にちょうどいい仕事があるんですがねえ、とある身分のある御方を、国境を超えてちょいと行った先まで護衛をして貰いてえんでさあ。先方も自前の護衛は連れてるらしいんですが、少数精鋭らしくて、向こうでの交渉でニラミを利かすためにも、ガタイのいい強面を数十人連れて練り歩きてえって事でして。旦那等なら、パッと見た感じは凶悪な山賊、おっと、歴戦の猛者って感じですから、交渉相手への威圧にはちょうどいいでしょ。行った先で、場合によっちゃ『迷宮』で狩りをしてもらうかもしれやせんが、そっちには先方の護衛、腕は確かな連中が付き添いやす」
この時期に俺らに護衛依頼だと、しかもそれだけの人数を連れてハッタリをかますような交渉に臨むってことは、よっぽどの地位のある大物って頃だろう。俺らにとっちゃ渡りに船だが……
「いってえ、雇い主は何処のどいつなんだ」
「へえ、実はライフェル教に身を寄せているとある伯爵家の御令嬢でして、神官位を頂戴してお役目を与えられたそうでして、初の任務を無事に終えてえようでしてね。かといって、ライフェル教の方は自前の兵を動かしにくいんでさあ。戦争が終わったって言ったって、獲得した領土に配置する守備兵も居りやすし、戦争で放置されてて不安定になってるこの国の『迷宮』はあそこの教義じゃほっとけねえでしょう、何よりこの国にいるライフェルの戦力を下手に減らせば、主戦派貴族の残党が何かするかもしれねえですし」
ライフェル教の神官、それも貴族令嬢ってなりゃ、俺らの信用回復にはもってこいな護衛依頼だな、立場としても申し分ないし、何より男の護衛を、傷物にされたと噂が立つだけで大問題になる令嬢に貴族家が付けるってだけで、俺たちはそれだけ安心して預けられる相手だという証明になる。
「分かった受けよう。で、その令嬢ってのを何処まで連れて行けばいいんだ」
「ありがとうごぜえやす、旦那なら乗ってくださると思ってやしたぜ目的地は『クレ侯爵領』になりやす。ちょうど、この国とライワ伯爵領の中間あたりってところですね」
次の投稿は前回も書いた通り来週土曜日になります。
内容は……




