590 女人禁制
「き、来ます、リョー様」
上空に向かって盾を構えていたミーシアが警告を放つ声に、とっさに振り返ると、大量の鋭い牙の並ぶ口がこちらへとまっすぐに向かってくる。
ヤバイこのままじゃ食いつかれる。
俺の正面から向かってくる小魚の群れを無視して、背後から迫る大サメの口の方へと向き直り、ギリギリまで引き付ける。
あんまり早く避けると、俺じゃなく他の子達に狙いを変えちゃいそうだもんな。
俺なら多少噛み千切られても死にはしないけれど、ハルやトーウじゃフロアボスの攻撃をまともに受けたら、どうなるか分からないから。
目の前いっぱいに開かれた、大きな口が閉じられる直前に身をかがめながら後方に一歩軽く飛んで迫る牙から脱し、さらに体当たりを警戒して二歩目で右に避ける。
「うわっつ」
避けた先にも、開けられたままのサメ口が迫ってきていて、避けきれずに左半身に食いつかれる。
くううう、胸や腹は鎧のおかげで牙が食い込まずに済んでるけど、防具に守られてない腕の当たりは、俺の顔の位置からは見えないけど、この痛みは千切れかけてるんじゃないか。
「くそったれ」
無事な右手に握った『斬鬼短剣』を何度も振り、根本近くまで目の前のサメの顔に突き刺し、さらに刺したまま抉り、表情のない顔を血だらけに変えていく。
「リャーーーーー」
短剣を刺し続ける俺を咥えたまま、空中へ飛んでいこうとするサメの上にアラが飛び乗り、俺の付けた傷口に細剣を突き刺して、さらに深く抉り、中の肉を切り割いていく。
「ええいいいい」
アラの攻撃で口の筋肉が傷ついたのか、俺を嚙み咥える力が緩む。これなら……
「ぐ、くううう」
サメの顔に深々と突き刺した短剣の鍔を押し付け、それを軸にして腕に力を籠め、少しずつ体を口から引き出す。体に歯が引っかかるが、そんな痛みを気にしてたら飲み込まれる。
「御主人様」
サミューが俺の方に向けて鞭をふるい、その先端が俺の体に絡みつく、てこれまさか。
「ミーシアちゃん支えて頂戴、行きますよ」
「は、はい、うんしょ、うんしょ」
サミューとミーシアが鞭を引くと、それに合わせて俺の体が口の中から引きずり出される。
「と、わっと」
助けられたってほっとしてる場合じゃなかった、空中にいるサメの口から引き出されたんだから、今の俺はこのまま重力にひかれて。
「く、『軽速』、ぐはっ」
とっさに、体重を大幅に減らして、落下に伴う衝撃を和らげるけど、それでも高さがあった分結構な……
「リョー様、す、すぐ回復……」
「大丈夫だ、ミーシア、このままでもすぐに治る。それよりも防御を、また来るぞ、それとアラとサミューもだけど、助けてくれてありがとう」
俺に駆け寄ろうとしていたミーシアを止めて、指示を出しそれと同時にお礼も言って置く、こういうのをきちんと伝えることも、自分の居るチームの人間関係を円滑にするうえで必要だよね。
「は、はい、が、がんばります」
しかし、ホントにシャレにならないな、船を停めて小島の上で戦ってるって言っても、空を飛べる相手ってのはここまで面倒だとは。
トリプルヘッドシャーク LV32
戦闘スキル 噛付 食千切 丸呑 突撃
身体スキル 空泳 空気エラ 電流感知
三つも頭のあるサメとか、しかも空中を飛んで襲って来るとか、どこのB級パニック映画なんだと言いたくなる状況だけど、現実で飛んでると不気味さもあるし、同時に複数の顔で噛み付かれたり、さっきみたいに一つを避けても別な顔に嚙まれたりすることも考えると、意外と馬鹿にできないのかも。
「リョー君、頑張ってね、こっちも美味しい食材用意しておくから、取り合えずアカエイとオヒョウ、それにアンコウを倒したから、エイひれにエンガワ、あん肝は確保できたよ、だからフカヒレとはんぺんの材料よろしく。あ、向こうに鯨までいるよ、今回は豊漁だな」
少し離れた別の小島ではマコトさんたちが、空中を飛んでるエイや大きなヒラメを倒しながらこっちに手を振ってるけど余裕だな。
まあ、『勇者』のマコトさんなら余裕で倒せる相手なんだろうけど。
さてと、どうやって倒すか、三つある口の一つ右側は、アラのおかげで筋肉が完全にダメになったのか、開けっ放しで閉められなくなってるぽいから、残り二つを何とかすれば……
そもそも、飛んでる向こうは攻撃のタイミングを自由に選択できるってのがな、何とかしてこっちの都合のいいところに誘い込めないかな。
そう言えばサメの弱点いや、生体って、確か……
「ハル、水中に溶岩だ、威力はそこまでなくていい、いや『熱岩弾』でもいい数を周囲にばらまいてくれ」
「リョー、何を考えてますの、水を沸騰させて爆発を起こしても、本物の爆裂系魔法にはかないませんわ。小魚の群れを吹き飛ばした時のようにはいきませんわよ。あの巨体が相手ではせいぜい姿勢を崩すのが関の山でしてよ」
「それでいい、目的は環境を作る事だ」
今のままじゃ向こうから丸見えだし、島の上にいる俺たちに対して上空を自由に泳げる向こうの方が、現状だと攻撃の選択肢が多いからな。
「貴方がどんな非常識な事を考えてるのかさっぱり解りませんけれど、解りましたわ」
俺の指示通りハルが、俺たちの居る島の周囲にどんどん魔法を放ち海水を沸騰させていく。
「言われた通りやってますけれど、やはり爆発の効果はありませんわよ。それにいくら海水を煮立たせたとしましても、効果があるのは海中の敵だけで、上空の相手には無意味ですし」
まるで湧きたての高熱温泉みたいに多量の湯気を上がる海水を見ながらハルが文句を言って来るが、これでいい。
「よくやったハル、俺が欲しかったのはこの状況だからな」
『念力』を使って周囲にある大量の蒸気を島の周りに集めると、あっという間に島中が濃霧の中みたいな状態になる。
「リョー、もしかして目隠しをしたつもりなのかしら。以前何かの本で読んだ事があるのですけれど、サメの魔物は暗闇の中でも、それどころか砂の中などに隠れていても容易く見つけてしまうらしいですけれど、もちろんその点も考慮しての作戦なのでしょうね。まさかとは思いますけれど、知らなかったなんて事はないでしょうね」
濃すぎる霧のせいでよく見えないけど、この声の感じだと、たぶん疑わしそうなジト目でハルは俺の方を見てるんだろうな。
「他にも目隠しの手は用意するから、それで何とかする。ミーシア、奴は俺に向かって突っ込んでくるはずだから、そこを防ぐ、いや盾で鼻っ柱をぶっ叩いて動きを止めてくれ」
「は、はい」
ミーシアやトーウの装備には俺の防具と同じく『周辺察知』『周囲知覚』の効果が付けてあるから、霧の中でも敵の位置がわかるはずだ。
それにもう少し霧を外側に回せば、俺たちの居るあたりだけはしっかり見えるけど、離れたところからは霧の壁のせいでよく見えないって感じにできるだろうから。
「アラたちは、俺に向かってきた敵をミーシアが抑えたところで、一気に攻撃を」
「わーった」
「承知しました御主人様」
「サメに利くどうかわかりませんが、強力な毒を、いえサメの肝は滋養に富んだ珍味と聞きますから、やはり食べられる範囲内の攻撃に……」
霧を避けることで姿が見えるようになった皆の返事を聞きながら少し距離を取り、周辺の岩や地面を対象にして『聖者の救世手』で『微電流』の魔法を周囲へとバラまく。
俺でも平気で使える魔法なだけあって、当たった部分の肌が少しビリっと感じる程度の、正直イタズラにしか使えないジョークグッツみたいな魔法だけど、戦闘中に使えば相手の気をそらして集中力を削ぐ事が出来る。けど今回の場合はさ。
何器官って言ったっけ、サメとかエイの電気を感じるところ、確か生物の神経や筋肉に流れてる微量の電気を感知して、隠れてても居場所を見つけるんだよね。
なら、周囲一帯に『微電流』とはいえ、人の体に普段流れてるのより強い電流が流れてれば、それが邪魔で俺たちの体の電流には気付き難くなってくれると思うんだけど、こう強いライトを浴びせられるとまぶしくて見えなくなるような感じでさ。
「この状況で俺の周りだけ電流を流さないようにして、ついでに……」
『斬鬼短剣』を使って、首筋の動脈を掻っ切る。
「リャー」
「だ、旦那様、御乱心あそばされましたか、そうでありましても、すぐにトーウは後を……」
「い、急いで、か、回復しなきゃ」
慌てて俺に駆け寄ろうとする皆を片手を上げて制止している間に、『超再生』が発動して出血が止まる。短時間でも頸動脈だと出血量が多いな。
まあ、強力な回復系なら怪我は治っても血が足りないって事はないんだよね。負傷直後なら部位欠損も腕が生えて来るみたいな感じで直せるレベルの回復手段なら、血液も一緒に湧いてくるんだからさ。
「な、何を、平然と非常識なマネをしてらっしゃるの貴方は、どうせ非常識で浅はかな思い付きでやったんでしょうけれど」
心配してくれたみんなと違い、ハルがいつも通りの俺を小バカにした言い方をしてくるけど、そんなに羽をバタバタさせられると、風で霧が吹き飛ばされないか心配なんだけど。
「大丈夫だ、もう治っている。別に狂ったわけじゃないからトーウも落ち着くように、ただ血の匂いを撒く必要が有っただけだ」
血の一滴でも数キロ先から匂いを嗅ぎ分けてくるっていうのは、サメ映画が元の迷信らしいけど、それでも血の匂いに敏感っていうのは本当らしいから、このくらいの距離でこれだけの出血量なら間違いなく……
「来た」
「え、ええええい、ふ、防ぎます」
霧の中から突っ込んできた、三つのサメ頭のうち、無事な二つの片方にミーシアが左手に持った大盾の表面を叩きつけて鼻っ面をつぶし、右手に持った大剣を残る一つの頭に深々と突き刺す。
「あーーー、リャーをいじめたサメさんを、アラがやっつけるつもりだったのに」
「それほど高難易度でない『迷宮』の魔物でなおかつ手負いとはいえ、フロアボスを正面から叩き潰すというのは、本当にあの子も非常識になってますわね」
「マコト様のお話にあった、鰭と肝は無事のようですし、肉も大半が残っておりますし、これは楽しみでございますね」
「トーウさん、とはいえ、皆さんのためにもこれの料理法を学ばないとならないでしょうか」
うーん、なんだろうな、強敵を倒したって感じがしないのはなんでだろう。まあ、まだフロアボスだもんな、この先に『迷宮核』をまもるボスモンスターがいるんだから、本番はこれからだよね。
そう言えば、ここのボス部屋ってたしか……
「さあ行くよリョー君、大丈夫すぐに終わらせて帰ってこれるから、そうしないとせっかくの食材が痛んじゃうからね」
倒したばかりのフロアボスを簡単に解体してすぐ、マコトさんの乗る船に俺も載せられてボス部屋に向かう事になったんだけど、みんなはここで待機というか、マコトさんのパーティーの一部と一緒に料理をして待つことになったんだけど。
「そんなに離れてないから、こうやって漕いでればすぐにボスが見えてくると思うよ」
しかし、女人禁制のボス部屋か、一体どんなところなんだろう。
たまにテレビでやってる、聖地とか修行場みたいな感じで、神秘的な雰囲気だったりするのかな。
「あ、ほら、見えてきた、あれがここのボスだよ、やっぱりいつもと変わってなかったね」
ローパーギンチャク LV38
技能スキル 触手攻撃 絡みつき 毒針 快楽弄り
戦闘スキル 挿入 締め付け 産卵
身体スキル 粘液 繊維溶解液 金属溶解液 麻痺毒 催淫毒
特殊スキル 女性特攻 魅了引寄せ
うん、あれは、何があってもうちの娘達と戦わせちゃダメな奴だ。
更新が遅れててすみません。
諸事情で仕事の部署と生活リズムが変わっていまして……
今月もあと1,2回の更新になりそうな感じです。




