588 前進
「き、来ます」
小舟の先頭に立って盾を構えるミーシアの警告に、船の上に立ち上がったみんなが武器を構える。
今俺たちが乗っているのは、時代劇に出てきそうな最後尾に一本だけ櫂が付いてて、それを漕いで進む十人前後が乗れる舟で、マコトさんの話だと、この辺は波も海流もそんなに無いから、高ステータスの男手が一人あれば十分推力が出せるって事で舟と漕ぎ手を貸してくれたんだけど、これだけ小さいと下手に暴れたら転覆しそうなんだよな。
「リャー、あそこー、お魚がいっぱい」
アラが舷側から身を乗り出して指さす水面の下には、こっちに向かって真っすぐに進んでくる無数の魚影。
なんか、魚雷みたいだなあれ、サイズもでかいし、スピードも……
「来るよ、盾係、銛係、両方とも気張ってね、今日の魚は活きが良いよ。それとリョー君達、僕たちの乗ってる舟は、船底を強化してあるし、『魔道具』でバランスも取れてるから、水中からいきなり穴を開けられたり、ひっくり返される恐れはないから。それよりも、暴れすぎて落っこちないように気を付けてね。こんなところで海に放り出されて舟に戻れなくなったりしたら、岸まで泳いで帰るのは無理だからさ」
ちょ、怖いこと言わないでくれよ、いや、大丈夫だ、自分達がミスをしなければ舟は大丈夫って事だから。
それよりも、活きが良いって、もしかしてここで倒した分も食うつもり、なんだろうなきっと……
「リョー、ぼーっとしてないで構えて頂戴、ミーシアの言う通り群れが来ますわよ」
ハルの言葉に合わせるように、魚影が水面に近づいてきて、一気に水面から飛び出して船上の俺達に飛び掛ってくる。
空泳マグロ LV9
技能スキル 突進
戦闘スキル 体当たり
身体スキル 空泳 空気エラ 頭骨強化
クロマグロかよ、数百キロはある体重が自動車みたいな速度で突っ込んでくるとか、直撃したら衝撃がシャレにならないんじゃ。
「ミーシアちゃん、正面から受けたら危ないから、避けなきゃ」
「だ、大丈夫です、え、えええい」
盾を構えたミーシアが、数匹のクロマグロの突進を、大盾で一度に防ぎ、さらにそのまま押し返す。
その後に続いてきた数匹は、盾を振り回して殴りつけて弾き飛ばしたり、大剣で叩き斬ったりで、あっさりとマグロを倒してるな。
倒せたのはミーシア殴りつけたり切った分だけで、最初に防いで押し返した数匹はそのまま空中を泳いで、斜め上に飛んでいく。
あれは距離と高さを稼いでるんじゃないのか。
拙いぞ、助走をつけて上空から逆さ落としでもされたら、速度が上がって突撃の威力も……
「逃がさないんだからね『雷陣』」
「空中で姿さえ見えていましたら、わたくしの敵ではありませんわ『火矢幕』」
アラとハルが魔法を放ち、空中にいる魚を打ち落とす。
「あー勿体ない、生焼けじゃ食べにくいし、このあたりで海に落ちちゃうと、すぐに他の魔物が集まって食い散らかしちゃうから、近くに落ちたの以外は回収するのは無理なんだよね。まあいいか、どうせこの後も、まだまだ来るだろうしさ、ほら、もう来た」
マコトさんや、彼の従者連中の乗る船にはそれぞれマグロやスケトウダラなんかが十数匹並べられてるけど、捕り慣れてるんだろうな。
「ミーシア、防ぐだけでなく、せっかくですもの盾の中央で受ける練習をしてみなさい、ここの魚はスキルで飛んでいるのですから、例の盾を埋め込んだ中央部分でなら、一時的に飛べなくなるはずですわ」
そうなれば文字通り、船上に打ち上げられた魚になるんだから、とどめを刺すだけか。
「わ、判りました」
空泳カジキ LV12
技能スキル 突撃 貫通
戦闘スキル 刺突
身体スキル 空泳 空気エラ
今度はカジキマグロかよ、衝突じゃなくて角で刺されたらいくらミーシアでも……
「だ、大丈夫です」
俺の心配に気づいたのか、ミーシアが一声上げてから盾を構えなおす。
「えええい」
ほんの少し時間差をつけて、次々と飛び上がってくる魚に、ミーシアが微妙に大盾の位置を修正して迎え撃つ。あの盾、かなり重たいのに、何で軽々と微調整できるんだろ。やっぱりミーシアのパワーって……
「あ、失敗しちゃった」
こっちへ突っ込んできた五匹のうち四匹が、飛ぶ力をなくして舟の上に転がったけど、一匹が盾の真ん中で防げずにそのまま弾かれて、泳いでいくのを見て、ミーシアが肩を落として暗い顔をしてる。
「ミーシア様、お見事。成功率八割でしたら、異常状態として考えれば上出来でございます。毒にしても、浅かったり当たりどころが悪ければ、相手に対して影響を及ぼせないことが多々ありますし」
トーウが、ミーシアを誉めながら船の上でバタつく魚に刃を差し込む、マコトさんに魚の締め方を教わってたらしいけど、手際が良すぎるような。やっぱり暗殺系の職を経験してたりすると、違うのかな。
「せっかくミーシアちゃんが頑張ったんだから、逃がしませんよ」
サミューが長鞭をふるって、逃げようとしたカジキを絡め取り、こちらへと引き寄せる。って、船に叩きつけたらさすがにまずいんじゃ。
「アラちゃん、お願い」
「わーった」
鞭を巻き付けられて、暴れながら引き寄せられたカジキに剣を抜いたアラが切り掛りそのまま頭を落とす。
「いいねえリョー君、大量だよ、君たちの舟の船頭をしてるリーザは、冷凍処理が出来るから、その後で『アイテムボックス』に仕舞って置いてもらえるかな」
マコトさんの指示に従って、俺たちの舟を漕いでいた美青年が、マグロとカジキに手を向ける。
「まいります『凍結棺』」
おお、すげえ、一瞬でマグロが冷凍マグロになってるよ。
「さあ、さあ、次が来るよ、今度は数が多いから、手数を優先した方が良いかな」
マコトさんが指し示す方向には魚群としか言いようのない大量の影が、上空にも水面下にも……
大昔の鳥のパニックホラーみたいな感じで押し寄せてくるのは、サンマやイワシ、ニシンなんかの小魚か、質より量で押し寄せて来るのか。
「アレは魔法では多少削る程度で一掃しきれませんわね、とはいえやらない訳にはいかないですし、『雷乱域』」
「がんばるんだからね、えっと、『飛龍は翼を穿たれ』、ええと、そうだ、『地へ落つる』」
ハルの範囲雷撃に合わせて、アラが『剣狂老人』から習った技で、対空機銃よろしく連続で飛ばす刺突で次々と打ち落としていく。
あの爺さんのに比べると、威力や射程は大分落ちるけど、連射性だけは十分だ、何より小魚がアレだけ密集してれば、狙わなくても当たるだろうし、威力が弱くても一撃で十数匹を蹴散らせる。
「これほどの攻撃でも、まだあれほど、ハル様、ミーシア様の背後にお入りくださいませ」
トーウが近接戦に弱いハルを移動させ、ミーシアと背を向けあって挟むようにし両手の爪を構える。
「あーもう、近くまで来ちゃ危ないから、めーなのに『裂風陣』」
アラが遠距離攻撃を剣のスキルから魔法に切り替え、手元の剣を振って接近してきた魚を切りまくってるが、魔法の方も効いてるな。
風の刃で纏めて切り割くだけじゃなく、その刃の周りに吹く強風だけでも、密集の中で流された魚同士が勢いよくぶつかり合って、それだけでダメージを受けてスキルを使えなくなるのか、水面へボトボトと落ちて行ってる。
「まいります、見たところかなり脆いようでございますから、毒は使わない方がよろしいですね。身が痛んで食べれなくなってしまいましては事ですから」
トーウが両手を振りながら、爪が一本ずつ付けられた指をそれぞれ別々に動かし、一振りで十何匹も切り落としていく。
「アラちゃん、トーウさん、大丈夫ですか」
サミューが右手に『焼灼の利剣』、左手に昔使ってた乗馬鞭を持ってそれぞれを振り回している。長鞭だと、長過ぎて小刻みに振るのが難しいのか、今必要なのは、威力より手数だもんな。
武器としての威力はほとんどないはずの、乗馬鞭でも当たればそれだけで倒せてるけど、『焼灼の利剣』の方は更に効果的みたいだな。
アレは刀身自体が高熱を発してるせいか、直撃しなくても掠ったり、すぐ近くを通り抜けただけでも、イワシみたいな特に弱い魚は、その熱だけでダメージを受けて落ちて行ってるよ。
「ミーシア、範囲魔法で援護いたしますから、そのまま防いでいて頂戴」
「は、はい、アグ、ハム」
魔法で群れの一部を纏めて焼くのを繰り返しているハルを背後にかばいながら、『獣態』を取ったミーシアが立ち上がり、突っ込んでくる小魚の群れを巨体で受け止め、さらに鋭い爪の生えた両腕を振り続けて、牙まで使って小魚をミンチに変えてる。
どんどん倒してるけど、それ以上の勢いで数が増えてる、キリがないぞこれ。
「マコトさん、これ、どうにかならないんですか」
特殊効果や威力が無くてもともかく当たれば落とせるから、リーチの長い『鬼活長剣』を弱めにかけた『軽速』で軽くして振り回してるけど、山道で羽虫の群れに集られたような状態というか、ドキュメンタリーなんかで見た海外の町を埋め尽くす虫の大群みたいな状況になってるんじゃ、どれだけ倒しても終わる気がしないんだけど。
「どうにかって言ってもね、知っての通り、僕の武具の組み合わせは、強敵を弱らせて置いて、動きが鈍くなってから、トドメの一撃って感じのだから、こういった弱い個体の群れを殲滅するのには向かないし、スキルだって、短剣や中剣用の物だと、範囲攻撃の射程もそんなにないんだよね。アキエちゃんなら近寄られる前に超長距離からどんどん撃ち込んで吹き飛ばしちゃうし、カミヤ君の剣の効果なら一振りで半径20メートルくらいを丸っと薙ぎ払えちゃうし、いざとなったら水を幾らでも吸ってから爆発させるなんて事も出来るから、向いてるんだろうけど」
ああ、確か『勇者』アキエの弓は大砲の連射みたいなもんなんだっけ、カミヤさんの剣も太い柱状の効果範囲に入ったものを超重力で吸い込んで、それを開放したら大爆発ってなるんだったか。
「大丈夫だよ、大型魚には注意しないとダメだけど、これだけ小魚が居ればそれを食べる方を優先するだろうからさ。この辺の小魚は攻撃力が弱いから、適度に防いで忘れず回復してれば死ぬことはないから、時間がかかっても頑張って倒していけばいいだけ、そのうち全滅させられるよ」
いや、それだと我慢比べみたいに、何時間も戦い続けるしかないって事か。いや待てよ、数だけはいるけど弱いなら……
『聖者の救世手』に意識を向けて、『範囲内探知』で俺たちの周りにいる魚の群れを認識し『複数同時照準』でって、うわあ、一体何匹いるんだよ、数が多すぎて認識しただけで頭が痛くて気持ち悪くなりそう。
「くうう『小雷弾』『小火弾』」
俺の使える程度の弱い魔法しかも、『魔法複製』でさらに威力が弱まってるけど、それでも、俺らの周囲全体の魚を……
「ダメか、弱すぎる」
イワシみたいなほんとに小さな魚は大半を落とせたけど、サンマは小柄な個体は落とせても大きめの個体には耐えられたか、今までの攻撃なんかと一緒で、やらないよりはましだけど、焼け石に水って感じだな。
それに水中の方は、火は発動直後に消えるし、電撃も水中にすぐ拡散しちゃったからほとんどダメージになってない。
「それでも上々でしてよリョー、数が減った分だけ多少は余裕が出来ましたもの」
ハルとアラが今までよりも強力な魔法を周囲に放ちだすけど、それでも数が多すぎる。俺達と場所との相性が悪すぎるな、風や雷撃の魔法を使うアラはともかく、ハルが得意とするのは火とか溶岩、土なんかだけど、土の高威力の魔法は地面から生み出す形のがほとんどで水上じゃ使えないし、岩や石を手元から飛ばす魔法も単発だったり、範囲攻撃でもそこまで広くは出来ない。
爆発の魔法だってそこまで広範囲じゃないし、溶岩も多少は飛ばせられるけど、基本的には地面の上を流れて敵に向かうような形の魔法しかハルは使えないし、火の魔法にしても空中の敵はともかく水中じゃ……
「いや、まてよ……」
水中で火、爆発、ハルの魔法、焼け石に水……
「ハル、『溶岩流』、いや『溶岩噴射』だ、あの魔法をできるだけ遠く、空中でも水中でも魔物の数が多いあたりに飛ばせ」
「何を言ってますのリョー、溶岩系の魔法は確かに広範囲攻撃用ですけれど、それは地上を走る敵に対するモノで、空中を素早く飛ぶ魔物にそうそう当てられる物ではありませんし、ましてや水中の敵になんて、すぐに冷えて固まってしまいますわ」
「それでいい、こっちの舟に影響が出ないようにできるだけ飛ばしてくれれば、精密に狙う必要はない。いや、コントロールは俺がするともかく撃て、俺の魔力を使って、できるだけ多く、できるだけ熱い溶岩を放て、サミュー『捕殺鞭』を貸してくれ」
ミーシアとトーウに挟まれているハルの所まで移動しながら左腕の小手を手早く外し、サミューから受け取った長鞭を巻き付けると、それだけで鞭から無数に生えたとげが俺の腕に食い込むが、痛みに耐えてもう片方の手でハルの左手に俺の右手を重ねるように当てる。
「ああ、そういう事ですの、判りましたわ『溶岩噴射』」
俺の狙いに気づいたのか、ハルは遠慮することなく右手で鞭の柄を掴んで引き俺の手に鞭をさらに食い込ませる。
それと同時に手早く魔法を組み上げたハルが俺に掴まれたままの左手を差し出すと、手のひらの先から、まるで高圧ホースで放水するように太い棒状の溶岩があふれ出す。
ハルを通して『念力』を使い、溶岩が散って熱を失わないよう、一纏めの太い柱状にして放物線を描くように遠くへと飛ばす。
「リョー君、それはヤバイ、全員姿勢を低くして舟に掴まって」
マコトさんも俺の狙いに気づいたみたいだな、大声で指示を飛ばしてるけど、他の連中は訳が分からずとりあえず従ってるって感じだな。
うーん、ここら辺が日本人か異世界人の違いって事なんだろうか、理科とか科学なんかの教育もありそうだけど、それ以上にテレビなんかで得た雑学で色々と見聞きしたりするから。
カミヤさんに言わせれば中途半端で役に立たない知識らしいけど。
「俺達も、同じようにして、船から転落しないように注意しろ」
マコトさんの話だと、転覆したり壊れたりする事はないらしいけど、それでも揺れで落っこちる危険性はありそうだから。って、俺が指示を出すより先にみんな姿勢を低くしてるな、そう言えば今までも何度か似たような状況があったっけ。
ハルの放った溶岩の柱が密集した魚を焼き、さらにギリギリで避けた魚を熱で殺しながら飛んでいきやがて海面に落ちる。
「みんな、しっかり伏せて、それと頭上に注意して」
溶岩が海面に触れると同時に、大量の水蒸気が上がって、空中の魚を蒸し焼きにし、沸騰した海水が水中の魚を煮殺す。さらに少し遅れて、一気に広範囲の海面が吹き飛び、爆風と水蒸気が周囲に広がる。
「ああ、ほんとうに非常識ですわ、幾ら状況が状況とは言いましても、味方の近くでこんな大掛かりな爆発をさせるだなんて、非常識にもほどがありますわ」
「海底火山バリの水蒸気爆発を狙ってやるとか、リョー君、やることが大胆というか、危ういというか」
ややヒステリックな叫びをあげるハルの声と、あきれたようなマコトさんの声が、断続的な爆音に交じって聞こえるけど、ほとんど姿が見えないな。なにせ、視界の殆どが高温の水蒸気で見えなくなってるし、あれ、そう言えば水蒸気でも火傷ってするんだったか、『念力』を使って周りの高温蒸気が俺らから離れるようにしないと。
「ハル、俺がコントロールして、溶岩の落下する場所を変えていくから、合わせてくれ」
高熱と爆発の衝撃波で、溶岩の落ちた周囲の魚は空中も水中も大概を倒せたはずだから、これを動かしていけば。
「ほんっとうに、奴隷使いの荒い、非常識な主ですわ」




