586 魚捕り
岩の上に座って、釣り糸を垂らしのんびりとアタリを待つ、マコトさんの話だと入り口近くのこのあたりは、空中を飛んでくる魚はほとんど居なくて安全度が高いし、それでも『迷宮』内にいる魚はみんな魔物だから、捕りすぎていなくなる事もなくて水中にいっぱい居る上に、闘争心が強くて迷宮外から持ち込まれた物なら餌のない釣り針でも迷わず嚙みついてくるって事だったが。
「ああ、のどかだな」
波の音を聞きながら、適度な日差しと微風を浴びながらのんびり釣りをしてるとか平和なあかしだよね。
戦争だの『迷宮』だの『元勇者』だのといった物騒な話に同時並行で対応しながら、貴族たち相手に騙しあい腹の探り合いをしてたムルズにいた頃とはえらい違いだよな。
ここなら数分に一度って感じで適度に釣れるから、飽きるって事もないしさ。しかしこんな浅いところなのに一つの釣り竿で普通にいろんな魚が釣れるのは、やっぱり『迷宮』なんだよな。タイ、イワシ、サバ、ニシン、ヒラメ、イカ、ロブスターまで釣れるとかって、沖釣りじゃないと無理な魚まで普通にかかってるから。
「リャーーー、みててーー」
海面から少しだけ頭を出した岩に乗ったアラが、こっちに手を振ってから剣を構える。
「いっくよー、えーい」
アラが足場にしている岩を剣の柄で叩きつけると、岩の周囲にぷかぷかと気絶した魚が浮かんでくる。
あー、ガチンコ漁か、日本だったらアウトだったな。まあ、ガチンコ漁を平然とやれるパワーを持った幼女なんて、向こうにはいないだろうけど。
「食料調達が目標なのですし、子供には負けていられませんわね。『爆裂』」
ハルの放った魔法が水面下に消えて、水柱が上がった直後に、また魚が浮かんでくる。
うん、発破漁も日本じゃアウトというか、あれだけの爆破起こしたらパトカーや巡視船が大挙して来そうな。
「これは、わたくしも旦那様のために、戦果を上げませんと、いざ」
「おーいトーウ、危ないから毒を流すんじゃないぞー、食用だって事を忘れるなー」
今にも爪から毒を出そうとしてたっぽいトーウに向かって声をかける。
「申し訳ございません、旦那様」
根流し漁も向こうじゃアウトだよな。アレは人には効かないけど魚には効果のある毒を使ってるらしいし、そういう毒は結構あるらしいけど、それでも万が一の事があったら怖いからな。
食べて危ないだけじゃなく、水に漬かってるアラたちに何か影響が有ったらって思っちゃうし、それに害はなくても味に影響したりしちゃうとマコトさんに申し訳ないし。
「トーウさん、それでしたらこっちで貝でも取りませんか」
さっきまで岩場で牡蠣とかアワビ、ムール貝なんかを、素手でむしり取っていたサミューがトーウに声を掛けながら、バカでかいジョレンに持ち替えて砂の下のアサリやハマグリを取り始めてるけど、確かあれも許可なく使ったら密漁扱いで捕まるんだっけ。
というか、平然とやってたから気づかなかったけど、岩に貼り付いた貝類ってナイフとかドライバーみたいな道具を使わないとそうそう剝がせないって聞いた事があるし、ちょっとしたことで簡単に手を怪我しちゃうんじゃなかったっけ。
それをアノほっそりとした指で平然とむしり取って擦り傷一つないなんて、『成長補正』の効果なんだろうけど、サミューも大概だなあ。力とか耐久なんかのステータスがかなりのものになってるんだろうな。
大きなジョレンだってよっぽど腕力がないと使えないって聞いた事があるし。
まあサミューがいくら強化されてても、近接系ステータスでいえば彼女に勝る者はいないんだろうけど。
「え、ええい」
俺が思い浮かべたのに合わせるように、少し離れたところにいたミーシアが『獣態』を取った状態で前足をふるい、そのたびに水中から魚影が飛び出し、近くに止められた小舟の上に積まれていく。
見た感じだけでいうなら、鮭を取る北海道のヒグマって感じなんだけど、打ち上げられてる魚のサイズが違っててさ、よく見るとカジキとかマグロとかサメとかなんだよな。しかも、爪の当たった所が思いっきり抉られてて、肉片が空中を……
「いやいや、大量だねえ、助かるよホント、この調子なら目標量が溜まるのもすぐかな」
いつの間にか俺の背後に来ていたマコトさんが、皆の方を見て感心したような声を出してるけど、いいのかな。
「初めてやる魚取りが楽しすぎて、捕りすぎのような気がしますが、大丈夫ですか、アレだと食べきれないんじゃ」
魔物だから乱獲で絶滅って事はないけど、腐らしちゃうのはもったいないよね。
「大丈夫だよ、このあたりの村のいくつかには僕が資金を出して技術提供した加工場があるから、そこまでもっていけば干物にしたり、最近はお米があるから鮨、飯鮨とか熟れ鮨なんかにしてもいいし、貝類なんかは煮込んで瓶詰にするのも美味しいよ」
鮨って、ああ地方出張で食べたな、コメと一緒に切り身を付け込んで発酵させた保存食だっけ。
「後は燻製にしたり、マグロや青魚なんかは冷凍保存かな」
「せっかくの生なのに勿体ないですね」
俺は食えないのに思わず言っちゃったけど、せっかくの新鮮な魚なのに冷凍しちゃうとか。
「まあ、仕方ないよ釣り立てを生で食べたいところだけど、この世界の医療水準で考えると、命懸けだからねえ」
「捕り立ての新鮮な魚なのにですか」
やっぱり、捕れたての魚だったら、刺身とか握り寿司にした方がうまいよね。
向こうにいた頃に読んだ異世界転移ものとかでもさ、生の魚なんて食べられないって言ってる異世界人に、元日本人が騙されたと思ってみたいな感じで進めて、意識改革するなんてシーンがあったりするし。
「この場合は、新鮮だからこそ危険って感じかな、向こうでもそうだけど寄生虫、例えばアニサキスとかは十分な加熱とか業務冷凍庫で長時間冷凍とかで死ぬから、冷凍ものを出す安い回転寿司より、無冷凍で新鮮なんてのを売りにした高級路線な店の方が危なかったりするんだよね。まあ、魚が生きてるうちは蟲の殆どは内臓にいて、死ぬと身に移る場合が多いから、絞めてすぐさばいて内臓を取れば防げる事が多いんだけど、それだって完璧じゃないからね。こっちだと寄生虫も魔物のせいか『アイテムボックス』に潜り込むスキルを持ってたりするんだよね。まあ耐性スキルは早々発現しないから、向こうと同じように加熱や冷凍で対応できるんだけどね」
『アイテムボックス』に潜り込む寄生虫、そういえば前にいたなそんな魔物。
「そうじゃなくても魚介類は足が速いから、適切な対応をしないと、すぐ傷んで当たりやすくなるしね。まあ、熟れ鮨なんかにしても、完全に防げないというか、ボツリヌスみたいな別の食中毒になるリスクが有ったりするんだけどね。やっぱり確実なのは冷凍保存したうえでの加熱料理だろうね。でなきゃ、何を餌にして食べてるのかきっちり管理出来て、虫が入り込む余地のない養殖魚でも用意しないと、安心して生食はできないよ」
「いや、でも寿司とか刺身って、昔からあるんですよね」
確か江戸時代にはあったはずだよな、そんな時代に冷蔵庫というか冷凍技術なんてあるはずないし、そんな危ないなら鮨文化なんて生まれなかったんじゃ。
「もともと鮨っていうのは、熟れ鮨なんかの発酵させた保存食の事だけどね。握りにしても、江戸前っていうくらい、すぐ近くの海で上がった輸送に時間のかからない場所での話で、しかも今みたいに生ばかりじゃなくて、醬油に漬けたり、酢で〆たり、醬油で煮たり、茹でたりしてたりして、腐らないようにしてたらしいから。まあ、虫を完全には防げなかっただろうけどね、後は食中毒覚悟で食べてたって事もあるかもね」
いやいや、食中毒覚悟ってそんな事ってあるのか。
「俗説だからホントかどうかは微妙だけど、カツオのタタキなんかは、元々は生で食べてて食中毒が多いから禁止したっていうのに、それでもああやって表面だけ炙って誤魔化して中身は生のまま食べるなんて事してるような、生好きな国民性だからね。君だって当たるリスクの大きい生牡蠣を食べたいと思ったりしないかい、後は牛レバ刺しなんかもそうだよね」
生牡蠣にレバ刺しか、確かに、レバ刺しなんて禁止されるくらいに危険なのに、向こうにいた頃は焼肉屋に行くと食べたくなってたもんな、ニンニク醤油でさ。
あれ、でも牡蠣も確か生食用なんかはアタリにくいように養殖してるとか聞いた事がある様な。
「まあ、こっちでそれをやるのはお勧めしないけどね。君なら回復力が高いから何とかなるかもしれないけど、それでも食中毒は半端なく苦しいし命にかかわるからね。こっちじゃ向こうほど医療技術が高くないから、自然に治るまで待つしかないけど、点滴すらないこっちじゃ、嘔吐と下痢で水分補給が出来なくなったら脱水だけで死んじゃうよ」
医療ねえ、そういやアニサキスとかの寄生虫は胃カメラで取るんだっけ、こっちでそれやろうとすれば、腹を掻っ捌いて胃を切り開いて蟲を取り出してから回復魔法みたいな事になるのか、うん、やばそうだ。
「魚に限らず肉にしろ野菜にしろ水にしろ、生で口にしての食中り水中りには注意した方が良いよ。生の魅力は抗い難いものがあるっていうのはよく判るけど、その分病気がこわいからね」
なんだろうな、マコトさんの言い方がなんかさ。いや、でも食中毒が危険なのは確かだよな、あれ、でも……
「毒耐性があれば、食中毒は防げないんですか」
ラッテル家が傾きかけてた頃は毒耐性を持った騎士連中とかは腐ったものを食べて、食いつないでたって聞いたよな。
「あー、物によるかな、確かボツリヌスなんかは食べ物の中で増える時に毒を作るらしいし、他にも毒素を作る細菌が原因の食中毒なんかは防げるだろうけど、感染自体が問題になるやつ、細菌やウイルスが細胞とか組織に直接ダメージを与えてくるようなのは無理だろうし、寄生虫なんかは無理だろうね」
まあ、細菌やウイルスを全部毒耐性で防げるなら、普通に風邪や感染症なんかも丸々防げることになるだろうから、それじゃあもう毒とは別もんだよな、そういえばサミューも風邪をひいたことがあったな。寄生虫とかはもっとあり得ないよな、直接肉に嚙り付いたり潜り込んだり、後は体の中で栄養を吸ったり、食べたものを横取りしたりするんだろうからさ。
「まあ、安心しなよ、食中毒の原因になる様な菌やウイルス、寄生虫なんかは大抵加熱で死ぬか弱って病原性をなくすから、きちんと料理して、すぐに食べれば平気だよ。和食や日本人好みの料理は生しか無いって訳じゃないだろう、焼き魚はもちろん、煮物や汁物、揚げ物、料理の仕方はいくらでもあるし、中華もフレンチも、イタリアンも料理レパトリーは色々考えれるよね、いっそジャンクな形でフィッシュバーガーとかエビカツバーガーなんかも良いかもしれないね」
なんだろうな、聞いてるだけで食べたくなってきたな。俺は食えないんだけどさ、食ったら食中毒以前に終わりだからさ。
「さてと、そろそろ今日の仕込みを始めようかな。リョー君の所の子たちがたくさん捕ってくれたし、うちの子たちも偵察がてらに数日前から交代で奥の方まで行って漁をしてるから、種類も質も十分だし、十分冷凍できたサクもあるからね。余りそうな分はそのまま冷凍で保存し続けるか加工にまわしちゃえばいいし」
先日行った、アンケートを集計し活動報告で纏めました




