546 創薬刀
「さてさて、そろそろ出口でやすが、ああ、しっかりと待っていやすねえ」
テトビが呑気そうに、外の光が見える方を指さしてるけど、そりゃ待ってるよな。
そもそも俺達がこの『迷宮』に入る条件の一つに、『迷宮』に入るまでと、出てからの間に監視を付けるってのが有るからさ。
まあ、そうじゃなくても俺達が王都や王都周辺で行動する時は、護衛って名目で監視が付いて来るんだけどさ。
「で、旦那ほんとにいいんですかい」
「ああ、さっきも言った通りだ、トマホーク達もよろしく頼む」
確認するようにテトビが聞いて来るのに、間髪入れずに答えて、事前の指示通りに動いてくれるように念を押す。
「心得た」
「しかしまあ、勿体ない事でさあねえ。『薬師ヤスエイ』を撃破して『薬師の創薬刀』を入手したなんて言う大金星、幾らでも情報を小出しにして、正式に公表する時期をキッチリ見極めれば、クスリに頼ってる貴族様方相手にはこれ以上ない交渉のネタになるってのに、ここでその手札を見せちまうなんてのは」
「まあ、仕方ないだろう、ここから出た時なり王都に戻った時なりに、また荷物検査が有るはずだから、回収した奴の武具は隠しきれない可能性が高い。それに奴が『迷宮』に居たって事は、何らかの手段で入り口を封鎖していた検問を突破したって事だ。あそこにいる兵士達に気付かれないように、隠れて入ってくるようなタマじゃないだろうからな。そうなれば奴が死んだことは遅かれ早かれバレるだろう。それなら隠さずに公表してこっちの手柄にしてしまった方がいい」
カミヤさんに貰った『埋没の紐』に余裕が有れば『薬師の創薬刀』と『騎士の消撃盾』を隠す事も出来ただろうけど、もう残ってないし、今使ってる装備から外す訳にもいかないからな。
持ち物検査が有るせいで、あの場所で回収した金属装備類も置いてくるしかなかったしな。
あれを持っていたら俺達がクスリの集積所を襲撃しましたって言ってるような物だからさ。かと言って『迷宮』で発見した戦利品と言い切るのも、この『迷宮』で出て来る主なアイテム類を考えれば不自然だし。
「手札を隠すのも良いが、あまり状況を複雑にさせ過ぎると、俺たち自身も対応しきれなくなるかもしれないからな。それに停戦を目指すのなら、これ以上はクスリの供給が無いという事をはっきりと示すのは、主戦派貴族達の戦意を早期に挫く事に繋がるだろう」
「なるほどねえ、まあ、そう言う理由なら確かに有効でしょうや。ですが旦那があぶねえんじゃ……、おっと、もう余計な話は出来そうにありやせんね」
テトビの言葉に視線を前に戻すと、確かに『迷宮』の出口がすぐそこまで来ている。これ以上話をしてると、耳の良い相手なら外から話の内容を聴き取れそうだもんな。
「おお、使節官殿、戻られましたか、心配いたしましたぞ、何せ……」
迷宮から出たとたん、血相を変えたクローニ子爵が俺の方に寄って来る。
「何せ、どうしましたかクローニ閣下」
「い、いえ、なにせ、『迷宮』とは何が有ってもおかしくない場所、万が一にも強力な魔物の群に襲われ、貴殿にもしもの事でもあればと思いましてな。そうなれば、幾ら責任の所在は貴殿に有ると宣言して頂いていても、我が国としましては……」
何か慌てたように、クローニが説明してくるけど、これは多分そうだよな。なにしろ、よく見まわしてみると、負傷していたり、装備が壊れている騎士や兵士がそれなりに居るからさ。
「『迷宮』に入るならそう言った異常事態が有るのは覚悟の上、それは貴殿も承知の上の事だったはず、我らが入る時には落ち着かれていたではありませんか。なのにその慌てよう、なにか不安に思う原因が有ったのではありませんかクローニ閣下」
多分俺達の予想通り、ヤスエイはこの入り口を強引に突破して入って行ったんだろうな。
「な、なにを言われるのか……」
「いえ、別に其方に何かあるという訳ではなく、実は『迷宮』の中で一件だけ異常事態が有りまして、思わぬ相手と遭遇し、戦闘となりまして」
俺の言葉に、あからさまにクローニやその背後に控えてる連中の顔色が変わる。
「お、思わぬ相手とは、一体」
「元勇者『薬師』のヤスエイです」
「つっ」
まあ、そうなるよな、複数の国から指名手配されてる重犯罪者が自国に居て、それが他国というか下手をすれば強敵になりかねない勢力の使者を殺しかけたっていうんだから、交渉の上ではとんでもないチョンボだよね。
しかも、護衛の名目で監視役まで『迷宮』の入り口へ付いて来てるっていうのに、そこを突破されちゃったんだしさ。
俺が死んでいれば、いや襲われただけでも十分外交問題になりそうだよね。
「その上でお伺いしたいのですが、なぜヤスエイがこの国に居たのでしょうか」
「な、なぜと言われましても、確かに犯罪者が国内に潜伏していたのは、我が国の治安機構の不手際でありましょうが、犯罪者がなぜ潜伏先に我が国を選んだのかは、その者が勝手にした事、なぜと聞かれましても。我らとしても寝耳に水の事態でして」
潜伏ね、ようは勝手に密入国して来たヤスエイが国内に隠れ住んでただけで、それを摘発できなかった責任はあるけど、国とヤスエイは無関係だっていう事か。
これがムルズ側としての建前なのか、それともクローニが本気でそう思ってるのかはちょっと解らないけど、まあこっちが言う事は一緒か。
「そうですか、実は今回の襲撃に関しまして、私は深刻な懸念を抱いているのですが、それが杞憂で有ればいいのですが」
「懸念とはいったい」
「いえ、なにが目的だったのかは解りませんが、我々が入っていた『迷宮』にヤスエイがやって来て襲撃してきたという事、ヤスエイが『薬師』の二つ名でよばれ違法薬物の売買で指名手配されている重罪犯であるという事、そして、先日の神殿軍と貴国の貴族連合での戦いで出所不明の薬物が大量に使わていたという報告。これらの件が偶然であるのか、それとも……」
ヤスエイを国や主戦派貴族達が匿って利用してたんじゃないかと、暗に匂わせてみたけど、実際は公然の秘密というか決定的な証拠が無いだけのほぼ確実な話なんだよね。
まあ、これが明確な証拠が出て確定しちゃうと、ムルズ王国はライワ伯爵家やライフェル教どころか、複数の国まで敵に回しかねないんだろうな。
とはいえ、そこまでのリスクを負わないと神殿相手の戦争になんて勝てないと考えたんだろうけどさ。
「お、お待ちいただきたい、確かに何者かがこの関所を突破して『迷宮』の中に入ったのは事実。ですがその曲者が『薬師』ヤスエイだというのは、証拠が無ければ断定する事は到底……」
「証拠でしたらこちらに」
クローニが言い終る前にその言葉に被せて『薬師の創薬刀』と『消撃の騎士盾』を『アイテムボックス』から取り出す。
「こ、これはまさか」
俺の取り出した二つの武具が何なのか、すぐに思い至ったらしいクローニが背後にいる騎士の一人を振り返ると、その騎士はすぐに頷く、ああ『鑑定』持ちだったのか。
クローニの連れてる監視役の騎士達まで細かく『鑑定』してなかったから気付かなかったけど、まあ、普通に考えればいて当然か。
何かあるたびに俺達の持ち物検査をしてるのは、俺が神殿やカミヤさんの部下から、何かヤバい物を受け取って王都に持ち込んでたり、あるいは王都から外に出されるとヤバい物を持ち出したりしてないかって、警戒してるんだから、検査している物が何なのか一目でわかる『鑑定』スキルは、持ってて当然だよな。
「では、これが、本当に、薬師の……」
クローニの視線を感じながら、手に持った『薬師の創薬刀』に意識を向けて効果を発動させる。
「おお、これが、これが、勇者の武具……」
「間違いなく回復用の魔法薬です、つい先ほどまでは、全く『鑑定』に引っかからなかったものが浮き出てまいりました」
『薬師の創薬刀』に付いた効果で、作り出された薬を鑑定した騎士がクローニに説明してる。これで証明は問題ないな。
「では、間違いなくこれが、『勇者の武具』の効果、いや、なぜ……」
刀身の表面に水薬が浮き上がって行く様子を凝視していたクローニが、何かに気付いたように、俺の顔へ視線を向けて来る。
「『勇者の武具』は、その武具を得た『勇者』本人にしか使えぬ制限が掛けられているはず。それが外れるのは、所有者である『勇者』が……」
『勇者』以外がそれを使えるのは、勇者が死んだ時だっていうのは結構知られてる話らしいからな。
「『薬師』ヤスエイは『迷宮』内で討ち取りました、この二つの武具はその戦利品です。私達を襲ってきた襲撃者があの『薬師』であること、そしてそれを私達が間違いなく倒したこと、この二つを示す何よりの証拠になるかと」
ついでに言えば、神殿と繋がりのある俺が『薬師の創薬刀』を握っている限りは、貴族軍にクスリが流れる事はないって、貴族達へのメッセージになるだろう。
「た、確かに、これは……」
「お待ちいただきたい」
思わずと言った風に、クローニがこちらへと手を伸ばしてくるけど、トマホークがその腕を止める。
「これらの武具は使節官殿の率いられる、我らライワ伯爵家郎党の騎士達が『薬師』ヤスエイを討ち取った武勲を示す物。かの元勇者の存在は、我らが主君で有られるライワ伯爵を始めとする、全ての『勇者』にとってその名誉と誇りを貶める、汚点でありました。我らの手柄は、主君に成り代わって『勇者』の方々に掛けられた汚名を雪ぎ、これまでの名誉を挽回する物でありまする。ヤスエイの『薬師』という二つ名に繋がるこの創薬刀はいわばライワ家が、伯爵閣下が、全ての『勇者』の為に勝利した証その物。軽々しく触れられては困ります」
うわあ、なんか凄く話を盛ってきてるな。まあ、出来るだけ話を大きくしてくれとは指示したけどさ。
「そ、そのようなつもりは有りません、失礼をいたした」
トマホークの気迫というか、ゴツイ顔を間近で見て怯んだのかクローニが後ずさる。
「こちらこそ、子爵閣下に対しご無礼をお許しいただきたい。ですが、これらの戦利品に対する我らの認識は、今言った通りに御座いますれば、何者かが不当にこれらの武具を入手しようと試みることは、それすなわち、我らが伯爵閣下とその家中の者どもの武威と勇名への挑戦となり、ライワ伯爵家に対する明確な敵対行為になると、ムルズの方々にはご理解いただきたい。よろしいな」
「しょ、承知いたしました、ヤスエイの討伐となればこれは多くの国々が関心を寄せる事でしょうから、我が国からも正式にライワ家御家中の方々が見事討ち取られたと発表するよう手配いたしましょう」
まあ、この状況じゃ黙っててもムルズ国内にヤスエイが潜伏してて倒されたって事が、神殿なりライワ家なりから公表されるのは目に見えてるもんな。
そうなれば、さっき俺がクローニに懸念だと言ったような推測を根拠に、ムルズ王国に敵対とまではいかなくても何らかの対応をする国も出てきかねないからな。そうなれば、ただでさえ追い込まれてる戦況が一気に致命的な状況になりかねないもんね。
それを防ぐってなれば、これの件に関しては俺達に積極的に協力して事態を公表し、ムルズ王国はヤスエイと無関係、戦争で使ったクスリもヤスエイとは別な所から入手したもので、疑わしいアレコレはあくまでも偶然でしかないってスタンスで行くしかないだろうからな。
疑惑はあくまでも疑わしいってだけで、証拠がない以上は確定じゃないってのを前面に出すしかないんだろうな。
まあ、そんなムルズ側の都合はともかくとして、こうしてライワ伯爵家に二つの武具の所有権が有るって明確にする事で、ムルズの貴族達に追加のクスリはもうないって示す事が出来る。
更には、クスリの為にカミヤさんを敵にする覚悟で俺達に手を出すか、それともクスリなしでこの先神殿との戦争を続けるのかっていう選択肢を突き付けて、何とかクスリを手に入れたいと思ってる貴族達との交渉で生かす事も出来そうだからね。
とは言え、ムルズの貴族達との交渉事は大半がもう纏まっちゃってるんだけどね。それでも何とかって感じで新しい話を持ち込んでくる連中もいるだろうから。
「旦那あ、悪い顔してやすぜ、御坊様とはとうてえ思えねえような、悪人面になってやすよ」
笑顔を浮かべてクローニに対応してる俺の背後からテトビが小さな声で言ってくるけど、お前にだけは言われたくない。




