544 キククスリ
もしかしたら、この方法なら。
「さてと、大分形も戻ってきたことだし、もう一度壊し直すか」
足を上げ踏み付けてるヤスエイに視線を向け、危険な一撃を何とか腕で防ぎながら、脳内に浮かぶ無数の映像に意識を向ける。
『聖者の救世手』の効果、『範囲内探知』で把握したこの部屋の中に有る目的の物全てに『複数同時照準』で狙いを付け、『魔法複製』を意識して、無詠唱でくみ上げた魔法を一気に増やし、発動直前の魔法を『範囲内魔法転送』で目標の全てに送り、『一斉発動』で同時に燃え上がらせる。
「ん、何だあ、これはテメエがやったのか、そんなちいせえ火を幾ら起こしても、俺に効くかよ。前衛職って言ったて、俺のステータスはテメエ等雑魚なんかとは比べ物にならねえ、この部屋が燃え上がっても、ただの火なら生身で幾らかは耐えられるさ」
「ぐぼ、が、は、ぐ」
俺が使ったのは『着火』、たき火や蝋燭なんかに火を付けるだけの、初歩ともいえないレベルの、ライターより多少はまし程度の魔法で、攻撃に使ったとしても、百円玉程度の大きさしかない火傷をさせるのが精一杯、手で払えば簡単に消されてしまうような魔法でしかない。
だが、『聖者の救世手』が有れば五回分の魔力消費で、本来の7割程度の威力の魔法を幾らでも増やす事が出来る。
そしてこの魔法の特性は『着火』という名前にもある通り、薪や炭なんかの本来なら火が付くのに手間取りコツが必要になるような物でも、短時間で直接火を付けられる事だ。
それこそ、可燃物の粉が詰まった麻袋や木箱なんかならすぐに火が付く。
「なんだ、戦闘で勝てねえから、せめてクスリでも焼いて、俺に仕返しでもしようってのか。だがよ、テメエはさっきの俺の話を聞いて無かったのかよ。残念だったな、ここのは下らねえ混ぜ物のせいで、どうせ売り物にならねえんだ、代わりに廃物処理をしてくれてありがとうな」
「げぼ、ぐ、はがあ、ご」
嫌な事だが、全身があまりに痛すぎるせいか、あまり痛みに意識が向かず、考え事を続けられている。
ヤスエイのクスリに付いて以前聞いた話では、『薬師の創薬刀』で作れるのは液状の薬品だけで、それを運びやすくするために小麦粉なんかに吸わせてるって事だから、袋や箱だけじゃなく中身もよく燃えるはずだ。
ここに大量に積まれてる、木箱や麻袋の全てに火を付けたんだから、そのうち……
「それとも、バカ勇者共のたわごとの本でも読んで粉塵爆発でも狙ったか、残念だったな、ありゃあよっぽど条件がそろわねえと上手く行かねえらしいぞ。少なくとも箱や袋に入ったままの粉じゃなあな、バカが」
「ぐふう、はあ、はあ」
蹴り飛ばされて、壁に叩きつけられた俺に向けられるヤスエイの言葉を聞き流しながら、『範囲内探知』で燃えの状況を確認し、『念力』を使って火の向きを誘導し、外の通路から空気を呼び込み、更に煙を部屋の隅の方へと流し、効率よく燃やしていく。
俺の『念力』は大した力はないが、液体や気体なんかの軽い物なら、かなり好きにコントロールできる。今までも、煙草の排煙なんかのちょっとした事で使って来たからだいぶ使い慣れてきてるしな。
もう少し、もう少しだ。
「あー、少し壊し過ぎたな、まあ少し待てばまた回復するんだろう、よく効く良い薬だなカミヤのとこのは」
ヤスエイに気付かれないように、煙の大半を物陰に流して隠し、俺自身は逃げるふりをして部屋の奥へ、より奥まった場所、荷物で入り組んだ場所へと移動していく。
わざと回り道をして、複雑に、わかりにくく動くんだ、奴をもっと奥へ、もっとわかりにくい場所へ。
「おーおー、もう動けるようになったのか、早えな、ほらほらもっと頑張って逃げねえと、俺に追いつかれたら、またボコボコ、いやボロボロになるぞー、いそげいそげ」
遊んでるのか、ゆっくりと追って来るヤスエイを目的の場所へと誘い込んでいく、よし、ここまで来れば。
「あーあー、行き止まりまで来ちまって、逃げるんなら出口の方だろうに、反対側の奥に行っちまってどうすんだか、おお、やる気になったのかあ」
ゆっくりと俺の方に来る、ヤスエイに向けて走り、奴を中心に円を描く様に走る。
「んん、なんだ、今度は忍者か何かの真似、っても知らねえか」
俺を追う様に体の向きを変えて笑っているヤスエイに向かって『念力』を使い、部屋の中に貯めておいた煙を一気に集める。
「な、なんだ、何をしやがった」
薄暗い迷宮の部屋だっていうのに、短時間で濃い煙に巻かれたヤスエイが慌てた様な声を出すが、当然だろうな。
昔、大型建物向け防火設備の勉強って事で、室内で煙に巻かれたらどうなるのかって体験をしたけど、少し気を抜くと簡単に方向感覚を失って、自分がどこを向いているのか、どっちに行けばいいのか解らなくなるからな。
そう言った時の対処法なんかも有るけど、ヤスエイは真面目に避難訓練なんかに参加してたとは思えないから、知らないだろうな。
いくら足が速くても、どっちに進めばいいのか分からなく、下手に高速で動けば何かにぶつかるような状況じゃ、一つしかない出口を探して逃げるのも難しいだろ。
「そして、火事で一番怖いのは、煙なんだよ」
「ごっほ、けっほ、テメエ、何処に居やがる、かっ、何をしやがった」
狙いが上手く行って気が抜けたのか、ダメージの蓄積でMPが足らずに回復しきっていないのか、足から力が抜けて思わずその場に崩れ落ちるように座ってしまい、そのまま壁にもたれかかる。
俺の周りの煙を他に移し、周りから空気を集めて、このまま待っていれば。
火災で死者が出るのは生きたまま火に焼かれて死ぬ焼死よりも、煙に巻かれて息が出来なくなる窒息死や中毒死の方が多いらしい。
二酸化炭素は大量に吸って血中の濃度が上がれば意識を失い、最後には呼吸も止まるっていうし、室内火災で発生しやすい一酸化炭素は、酸素よりも血液と結合しやすくて、一酸化炭素を大量に吸えば酸素を吸っても血液がそれを細胞に運べず細胞が壊死していくって話だからな。
「何より今燃えてるのは、お前のクスリだ」
火事で家具やプラスチックなんかが燃えた場合、それに含まれる化学物質の成分が有毒ガスになって中毒を起こすらしい。
この部屋に化学物質はないが、その代わりにクスリがいくらでも有る。
前にアラが戦った中毒者なんかは煙草の煙でクスリを摂取してたっていうから、この煙にもあのクスリの成分が含まれてるはずだ。
そしてヤスエイが『毒耐性』を持っていないのは、前回戦った時に解っている。隙をついてサミューが飲ませた物を毒だと思い込んで、せっかく手に入れた『馬のふん』を慌てて使ってたからな。
煙草と火事の違いがあるから、どの程度クスリの成分が煙に含まれていくかは解らないが、これだけ大量にあるクスリを丸ごと燃やして、その煙を全部集めれば。
「クスリの使い過ぎで、致死量を超えてしまうっていうのは、ある意味でお約束だよな」
「ごほ、ごっはあ」
大量の煙に巻かれながらヤスエイが『騎士の消撃盾』を装備した腕を吊り回す。
(ラクナ、あの盾の効果でこの状況を改善できると思うか)
何となく答えは予想出来てるし、それに今見えてる状況を考えれば……
(ふむ、今煙を集めておる、お主の『念力』はまだ完全にスキル化はしておらぬが、スキルにかなり近い物となっている以上けされる可能性は有ろう。じゃが『念力』の効果は気体や液体を操るという物でしかないからのう)
そうだよな、これが液体だったら、『念力』の操作が無くなった途端、重力に引かれて下に落ちるだけだけど。気体の煙ならゆっくりと周りに拡散し広がっていくだけで、ヤスエイの周りから完全に無くなる訳じゃない。
それに、一度消されてもまた『念力』を使い直して、煙を操る事も出来る。
まあ、ただでさえ回復の使い過ぎでMPの残りが怪しくなってる状況で、この部屋全体の煙を何度も操るってのはかなりきついけど……
(煙に含まれる毒にしても、元は確かにヤスエイの『薬師の創薬刀』によって生み出された物じゃが、創り出された直後ならばともかく、かなり時間が経ちさらに粉に吸わせるなどして、多少なりとも変質しておるじゃろうから全てを完全に消すのは難しかろう)
なるほどな、まあ、ヤスエイのクスリの効果を全部消されたとしても、二酸化酸素や一酸化炭素を含む普通の煙自体が有害な物だし、さっきヤスエイが言ってた通り混ぜ物がされてるならその成分は消せないはずだ。
「まあいい、お前の大好きなクスリから出た煙なんだ、消そうとするなんて無粋な真似はしないで、たっぷりと味わって、遠慮なく全部吸いやがれ」
「げ、があ、あああ……」
煙を操っている『念力』に意識を集中させて、ヤスエイの盾に当てられてコントロールが消されないように注意し煙を奴の顔に集中させ、口や鼻の奥へと流し込んでいく。
そう言えば、高温の煙を吸い込むのも気管や喉を焼かれて命にかかわるんだっけ、気道熱傷とか言って、いやさっきのヤスエイの言葉だと、火傷はしにくいんだったか。
まあ、それでもこの煙を大量に直接肺に送り込めば……
「ぐ、が、あは、あはははははは」
苦しがっていたヤスエイが、急に両目を見開き、笑い声をあげながら崩れ落ちていく。
「やっとか、これで、あ、やばい……」
体がふらつく、頭がボーッとして考えが纏まらない、壁にもたれて座っているのも辛い……
もしかしてヤスエイの盾で『念力』が消えされた時に、流れてきた煙を吸っていたのか、だけどそれなら『超再生』が働いてすぐに回復するはずなのに……
いや、これは『超再生』や『念力』の使い過ぎでMPが殆ど残ってないせいか。だから俺の周りに煙が来ないようにしていたコントロールもきかなくなっていて、吸い込んだ煙の毒を『超再生』で回復する事も十分に出来なくなってきてるのか。
俺の持ってる『魔法士』や『聖者』のスキルの中には、MPの回復を高めたり節約する物も有るから、まだ無くなってはいないけど、
このままだとどうなる、MP回復量が十分にあればそのうち動ける位に回復するのか、それとも回復が間に合わなくなれば、このまま……
「まあ、どっちでもいいか」
サミュー達を襲うって言ってたヤスエイは倒せたんだし、あの子達は今カミヤさんが保護してるから、このまま俺がいなくなっても大丈夫か……
これだけ、きつい戦いで、散々痛めつけられても勝ったんだから、もう休んだって……
いや、まずい、クスリのせいで、考えが投槍になって来てやがる、このままだと本当に……
「だ、め、だ、ちか、らが、はいら、な」
もう、目を開けてるのも……
「あーあー、せっかく大金星を挙げたってえのに、最後がコレなんてツメが甘いってのは、旦那らしいといいやすか、なんというか」
なにか、きこえる、何だ……
「しかし、もしかしたらとは思っていやしたが、まさか本当に一人でやっちまうたあ、ホント驚かしてくれやすねえ、この旦那は。しかし、こうなるとせっかく苦労して手配したアッチの方が無駄になりやしたか、まあ何とか宥めて贈り物をしてお帰り頂きやすか。それに、結果的に経験値を旦那が総取りで来たっていうのは、あの御方の望みに沿う事になりやすしね。何より、毒に浸されたとはいえこれだけ新鮮で、傷の無い死体なら……」
もう、なにも、わから……
「さてと、とりあえず、こっちの後始末と、残りの御役目を果たす前に、旦那を安全な所に連れてくとしやすか」
ああ、どうせなら、さいごに、みんなに…………
「本当にお疲れ様でした、勇者様、雑事はこちらで済ませておきますので、今はどうかごゆっくりお休みくださいませ」
さてと、次の投稿は、裏のアレな話にするか、それとも普通に話を進めるべきか……




