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535 直訴の作法

今回は、説明会です。



「使節官殿、宜しいでしょうか」


 停車している馬車のすぐ横に来たトマホークがドア越しに声を掛けて来る。


(ラクナ、こういった時にどうすればいいか分かるか)


 なんか、作法や決まったやり取りとかが有りそうだけど、流石にテトビには訊けないもんな。


(とりあえずは、何も気づいておらぬ体で尋ねて、詳細を確認するのじゃ)


「どうしたトマホーク」


「馬車の進む道を塞ぐ者が居り、どうやら直訴のようでして、再三にわたり押し留め立ち去る様に命じましたが、聞き入れず、尚も訴え出ようとするので、致し方なくこちらを」


 そう言ってトマホークが少しだけドアを開け、隙間からさっきの手紙を差し入れて来る。


(それを受け取り、訴え出た者は屋敷で訴えの事情に付いて取り調べるよう伝えるのじゃ、内容はまだ見る必要は無かろう、屋敷に戻ったならばそのまま取り調べを行う者へ渡すが良い)


(わかった)


「トマホーク、直訴して来た者を、屋敷に連れて行きこの訴状の内容について事実関係を確認するよう」


「御意」


 ラクナの指示通りに言ったら、それが決まった流れ通りだったのかトマホークが手早く指示を出し、訴え出た男を連れて馬車の後を移動しだす。


 しかし、縛ったり、腕を掴んで拘束したりはしないで、左右に兵士が付くだけなんだな。


(そう言えばラクナ、テトビが仕組んだことであの男は直訴したようだが、その後の処分はどうなるんだ)


 時代劇とかであったよね、村の皆の為に命懸けで直訴して、村は救われたけど、自分は処刑されるみたいな流れ。まあ、大体はこのままじゃ執行されるってところで、身分を隠してた先の副将軍とか八代将軍なんかに助けられるって展開。


(直訴の内容が悪意を持って無実の者を貶めようとしただとか、直訴を利用して詐欺などの犯罪を企んだ等となれば、罪に問われるじゃろうし、直訴の際に冒険者などが武器をチラつかせ受け付けねばタダでは置かぬなどと、貴族を脅すような言動が有ったり、直訴を受けた貴族が許せぬほどの無礼な行いが有れば別じゃろうが、問題を抱えた民が、作法に乗っ取り訴えをしたのであれば、普通はお咎め無しじゃのう)


 え、そうなの、マジで。


(確かに貴族やそれに準じる者の行く手を故意に遮る行為は無礼であり、不敬罪で罰を受けかねぬし、場合によっては無礼討ち、あるいは刺客の疑いを掛けられてその場で切り捨てられかねん)


 まあ、貴族の馬車とその護衛って大名行列みたいなもんだもんな、そうなるよな。


(とは言え、助けを求めて、馬車の主の徳を信じて直訴に及んだ者を、衆目の有る場で問答無用とばかりに切り捨てた、あるいは訴えをまともに受けずに罰したなどとなれば、無情だとか冷酷等と評価されて、自らの名を貶め、場合によっては領民の心情などにも影響するゆえ、通常は慈悲を持って保護し、一度は訴えの内容を確認するものじゃ。まあ、この国の貴族共の昨今の言動を聞いている分では、そのまま切り捨てるという事も有り得そうじゃが)


 ああ、まあムルズの主戦派貴族は、領民をクスリ漬けにして使い捨てるぐらいだから。


(だが、こうして訴えるって事はどこかの権力者にとって都合の悪い事を俺に伝えるって事だろう。訴えられた相手に報復されるみたいな事が有るんじゃないか)


 この世界じゃ公益通報者保護なんて言う概念はまだないだろうし。


(よほどの愚か者か、さもなくばお主よりもよほど立場が上の相手でなくば、そう言った事はないのう。直訴を受けて、お主がこうして事情を聴くために屋敷に連れてゆく事で、あの者は一時的にとはいえ、ライワ家の庇護下に入ったと言える。直訴を理由にあの者やその関係者を害したとなれば、それはライワ家の体面を潰す事になるからのう。それがそのまま戦とまではいかぬまでも、何らかの報復は覚悟せねばならなくなる)


 ああ、それなら今のこの国なら、俺の所に直訴するのが一番安全な気がしてきたな。この国でカミヤさんのメンツを気にしないでいるってのは難しいだろうから。


(とは言え、直訴を受けたお主が、周りの評価も気にせず、それを受け取らずに突っぱねるなり、取調べ訴えの内容を吟味したうえで、庇護も訴えに対する援助もするに当たらぬと、訴え出た者を屋敷から放逐するなり、あの者の属する地の領主に対してこのような理由で直訴をするなど無礼で有るなどと抗議すれば、その限りではなく報復されるじゃろうがのう。というか、相手方の領主はカミヤの機嫌を取ろうと、殊更重い罰を与えかねん)


 という事はやっぱり俺の対応次第で命の危険はあるって事か、それならよっぽどの事なのかなあ。


(この後、俺はどうすればいいんだ、というか直訴を受けた後の対応全般を知りたいのだが)


(そうじゃのう、これに関しては訴の内容、訴えられた相手と訴えを受けた者の関係性によるとしか言えぬのう。訴えの内容が、君主に対してその臣下の非道を訴え出た場合、例えば、カミヤに対してトマホークが必要以上に税を取って、その一部を不当に自らの懐へ収めておるじゃとか、権限を使って民の土地を取り上げたなどと訴えれば、カミヤはトマホークに対して支配権を有しておるゆえ、トマホークを処分する事も出来ようし、トマホークによって被害が出ているのならば自ら直接動くなり、別な臣下を派遣するなりして被害回復の対応ができよう。またこれは、役人の不正をより高位で権限の有る上役の官吏に訴える場合も有る)


 うーん、行政不服審査みたいなものかな、『この処分について不服がある場合は、この処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に、上級行政庁に対して審査請求をすることができます』とかってやつ、いやこれは違うかな。


(一方で、お主よりも上位の者、或いは直接の上下関係にない相手に付いての訴えの場合じゃと、出来る事は限られよう。例えばライワ伯爵の定めた法をどうにかして欲しいと言われても、お主はカミヤの臣下であり命令できるような立場ではないゆえ、こうした方がいいのでは等とカミヤに諫言するなり説得するなりし、カミヤが翻意するよう促す事しか出来まい。同じようにムルズ国内の貴族領の税が高い、役人が不正をしている等と言われても、他国の貴族家家臣であるお主にはそれをどうこうする権限はないし、下手な事をすれば領地に対して支配権を有する貴族家に対しての内政干渉となりかねん)


 内政干渉って、いやまあそうなるのか。


(そういった場合に出来る事と言えば、相手の貴族に対してこういった訴えが有ったと、事実関係を確認したり、内容によっては民が哀れゆえ考慮してほしいなどと相手方に伝えるのが大半じゃ、じゃがそれでも貴族というのは自らのメンツや周りの評価、あるいはほかの貴族との友好な関係の維持などを気にするゆえ、多少伝えるだけでも相手側には心理的な圧力となり、完全な解決とはいかぬまでも、状況を多少好転させる事にはつながろう)


 え、そんな事でいいの、ようはこんなうわさが有るから気を付けてね程度の遠回しな忠告をするぐらいの事だよね、いやでもそれで多少なりとも事態がマシになるなら、やらないよりはいいって事かな。このままじゃ餓死で全滅するって状況より、切り詰めれば飢えても何とか生き残れるって状況に変われば、死ぬよりはマシで助かったみたいな事かな。


 まあ、対等な相手なら、出来る事も限られるって事か、この世界の場合だと、それ以上に口出しや手出しをするってなると領地間の戦争とかになりそうだもんな。


(助けを求められた者が、財政的に余裕が有るのであれば、相手方の領内政治には口を出せぬが、民を救うために食糧や金、物資などを送る、或いは水路や農地の整備などの普請を行うという事も有る、まあやり過ぎれば相手の領主の権限を犯す事にもなりかねんが)


 これは人道支援物資とか、開発援助みたいなものなのかな。


(後は、より多くの同情を誘える状況で成るのならば、社交の場などで複数の貴族に話を通して、相手を包囲するように、複数の方向から話を持って行き、相手の心理により強い圧力を掛けおったり、或いはより上位の者、例えば国王や宰相などへ直訴の話しを上げ、それらの者から領主に対して改善命令を出すよう促す等という場合も有るがのう)


 うーん、結局は政治や交渉の話になるって事か、もしかしてそれを期待しての直訴なのかな、今のライワ家なら王女様にもコネが有るし、社交もしてるから多少の事ならできるか。いや、これはテトビの仕込みなんだから、違うか。


(もちろん、ヤル気と権力が有るのならば、相手貴族に対して民の為に行動しないのであれば、交易や家同士の協力関係に影響する等という風な、直接的な圧力を掛ける事も有るがのう。やり手の貴族などによっては直訴を口実にして、貴族間の交渉を有利に運ぼうとしたり、派閥争いに利用したりする事も有るからのう。直訴の内容を吟味した結果、他家に意見するのは心苦しいが見るに見かねて、仕方なくという形は、大義名分として申し分ないじゃろう。そうでなくとも直訴をせねばならぬような問題が起こっておるとなれば、訴えられた者が領主や役人としての統治能力に欠けるという印象を周りに広める事も出来ようし、そう言った印象を利用し相手の領地や権限を削る、或いは領主の代替わりや役職の罷免にまで事態を持ち込めるやも知れぬ)


 うん、やっぱり善意だけじゃ世界って回らないって事なのかな。


(おそらく今回の内容は、テトビの言い分を考えると『迷宮』内での問題、あるいは『迷宮』の採集物等に絡んだことなのじゃろうな)


 やっぱそうだよな、俺達の目的は『迷宮』に持ち込まれたクスリを処分する事で、その為に『迷宮』に入る大義名分としてテトビが手配した話なんだから。でもそれだとさ……


(ラクナ、つまりはこの時期その内容は、領主、いや目標の『迷宮』は国王直轄地のハズだから、国が対応してくれないから俺に『迷宮』に戦力を派遣して解決してくれって事か、それは内政干渉になるんじゃないか)


 というか他国で戦力を動かすって、よっぽどだよね。


(確かに、通常ならば難しいのう、自領以外で多数の兵力を移動させるとなれば、手続きやら許可やらが幾つも必要になるからの、過去には、領内を荒らす盗賊をどうにかして欲しいと言われた近隣領主が兵を進めたが、本来の領主の反発を招きそのまま紛争になった事も有る。ゆえに通常は領主間で十分に取り決めをした上での援軍、でなければ相手側の領主が盗賊に対応できる戦力を整えられるように、装備品などの物資や新兵教育の教官を送るなどじゃろうて、まあ、これが謀反を扇動する隠れ蓑に使われる事も有るんじゃがのう)


 武器供与に軍事顧問派遣ですか、何処の世界もやる事って変わらないんだな。


(じゃが今回の場合じゃと、お主の動かせる戦力は既に王都に居る、お主の護衛のみじゃ。この人数でも領境を越えて他の領地へ赴くのならば、事前の手続きが必要となろうが、王都近郊の直轄領での行動は既に保障されて居る状況ゆえ、王領内の『迷宮』に向かうのであらば問題は無かろう。形としては直訴への対応あるいは検討の為に、『迷宮』内を視察するお主を護るための身辺警護という口実になろうて。目的地が領内の重要施設や村落などではなく『迷宮』であり、戦闘になる対象も人でなく魔物というのも、クスリの保管に絡む当事者たちにとってはともかく、一般的な目からは軍事的な狙いを持った行動ではなく、あくまでも民の為と思わせやすかろうて)


 今の人数程度なら連れてる騎士達は、侵略目的の戦力じゃないですよ、あくまでも護衛ですよっていう、言い訳になるのね。いや、でも待てよ……


(それでも、目的の『迷宮』は封鎖されてるはずだろう、大義名分があるとはいえそれは大丈夫なのか)


(そこのテトビの申した説明通りであれば問題なかろうて、『迷宮』を封鎖し探索禁止令を出して立ち入りを禁じた名目は、戦時下での非常事態に備えての戦力を確保するため、冒険者が『迷宮』に籠らぬようにとされて居る。ならば、そもそもムルズの戦力に組み込まれる事の無い、お主は例外と言いはれようて)


 言いはるって、そんなもんなのか、いや、考えてみればクスリの管理に関わっているのは、主戦派貴族でも一握りって事だからそれ以外を味方に付けられれば、話を持っていけるのか。


(一応は他にも、迷宮探索を禁じれるような名目の候補は有ったのじゃろうが、今回の場合はこれが最も疑われにくい理由だったのじゃろうな)


(ちなみに、こういう時はどんな理由が他に有ったりするんだ)


(例えば『活性化』の恐れが有り、死者の霊気が『迷宮核』に力を与えぬ為という事が有るが、その場合は『活性化』を恐れて商人などが王都から資産を他へ移したり、農地が放棄され流民が増えるなどの混乱が起こりかねぬし、鎮圧戦の用意など目に見える対応をせねば怪しまれよう)

 

 まあ、危険が有るって言ってるのにその本人が何もしなかったら、それは怪しいよな。


(後は、貴重、或いは危険な採集物がその『迷宮』で取れるので、その流通や拡散を制限するため、『迷宮』への出入りを禁止する場合も有るが、これは場合によっては密猟目的の侵入者を増やしかねんからの、ライワ伯爵家が『獣頭草原』を管理しているような規模の管理体制を整えねば、迷宮内の秘密を守るという面では逆効果となりかねん)


 そう言えば、あの迷宮の警備も凄かったよな、中に砦まで作って、怪しければ殺せ位の警戒態勢だったし。


(まあ、話を聞いてみねば分からぬ事も有るじゃろうて、もうすぐ屋敷に着くのじゃ、細かく考えるのは取り調べの後でもよかろうて)


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 政治界は生き生きと書いている感じで毎回楽しいです。
[気になる点] 誤字脱字が多いなあ
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