533 徹夜明け
「索敵系のスキルを持つ五名は屋内の探索を続け取りこぼしが居ないか探せ、一人でも逃がせば、増援を呼ばれる、取り逃がすな。死体は別室に運び一か所に纏めておけ、水分が多いからな、燃え上がった後ならともかく、火力が足りないうちは燃え付きが悪くなるし、そもそも死体を焼く必要性も無い。クスリの箱や布袋は固まり過ぎていると燃え突きが悪くなるかもしれん、可能な時間の中で適度に隙間を開け、油を撒くか、布などの燃え易い物を配置しろ、空気の通りを考えていくかの窓を解放、今夜は曇り空だこの暗さなら煙を見届けられる恐れは低い。まだまだ予定が有る、手早く済ませろ」
トマホークの指示に従って兵士達が手早く作業を進める中、テトビは何してるんだ。
「テトビ、一体どうしたんだ」
作業してる所でしゃがみ込んだりしてたら邪魔になるんじゃないか。
「へへ、簡単な仕掛けですがこうしておきやすと、多少時間が稼げやすからねえ」
テトビが作ってるのは、時限発火の細工か、蝋燭の下の方に解した布を緩く撒いて、更にその周りにおが屑や鉋屑なんかの細かい木くずを盛って更にその周りに木を組んでる。
これなら蝋燭に火を付ければ、ある程度燃えて、蝋燭が短くなってから布に火が付いて、木くず、組木と燃え移っていって、そのうち床に撒いた油に着火して、部屋が火事になると。蝋燭の長さと燃えて短くなる時間、後は燃え移る時間を計算できれば、狙ったタイミングで火事に出来るって訳か。
「今晩だけで他の隠し場所も襲う予定なんですから、こうして置きゃ火が付くまでに時間がかかりやす。こちらの予想よりも早く火事に気付づかれて人が集まって来たたとしても、あっし等はもう離れた後ですし、ここの異常に気付かれて他の隠し場所の連中に警戒されるって事も防げますからねえ」
ああ、そう言う狙いもあるのね、まあ騒ぎが起こるのが遅ければ遅いほど、隠密作戦には都合がいいか。
「それに、撤収しながら火を付けるってなりゃ、クスリが燃えてその成分を含んだ煙をあっし等が吸っちまって中毒に、なんて事も有り得やすからねえ。これだけの量じゃ有効量や中毒量を通り越して一気に致死量を吸う、なんて事もあり得やすし」
そう言えば、前にアラが戦った盗賊は煙草にしてクスリを吸っていたって話だったよな。
「総員撤収用意、次の目標に向かうぞ、今夜中に出来るだけ多くを潰す。クスリの集積所が襲撃を受けたとなれば、明日以降は警備が強化されるはずだ、敵が油断していて増強されていない、今宵の一夜はまさに値千金の夜、無駄にするでないぞ」
お、もう終わったのか、それじゃあ次の目標に移動しないとな。あ、そうだ……
「そういえばトマホーク、さっきの突入の時なんだが、あの『魔道具』でなくても攻撃スキル、あるいはお前ならその斧の一撃で事足りたんじゃないのか」
アメリカなんかじゃ古い工場とか大型冷蔵施設なんかには鍵が壊れた時なんかの緊急脱出用の斧が有ったりするからさ。まあ、あれは両手で使う柄の長い奴だから、トマホークとはサイズが違うけど。
「確かに災害時の救出などではそう言った開け方もしますが、今回は強襲突入ですので、開錠直後の安全性を確保するためです」
安全ってアレがか。
「閂や鍵などを破壊するとなれば、それなりの威力のある攻撃が必要となります、スキルを使えばほんの僅かな時間とはいえ硬直がありますし、スキルを使わずとも力を込めて武器を振り抜けば、構えている状況と比べれば、次の動作に移るまでに僅かに遅れが出ます。今回のように扉が破られるのを唖然と見ているような敵ならば問題ありませんが、とっさに対応して攻撃してくるような相手の場合ですと、扉が開きその正面で隙だらけの所に敵からの攻撃を合されれば、一瞬の遅れが生死を分けかねません。あの万能鍵で破壊して開ければ、扉の前で開くのを待ち構えていた某は、扉が開くと同時に突入した際に、離れた敵への投擲、近くにいる敵への斬撃、倒せない場合の防御、どれにも対応できるよう備えて、間髪入れずに飛び込めますので」
ああ、確かに壊すってなれば音がするんだから、カンの良い相手なら、襲撃されたと判断して、ドアに向かって攻撃してきかねないか。
「また、あの『万能鍵』は先ほども言いましたが6発までは続けざまに撃てますし、杖の先端を向けるだけで狙え、短い杖を小脇に抱えて使いますので室内でも取り回しやすく、近くの敵であれば開錠し戸の開放と同時に攻撃が可能です、そのため戸を解放した直後の遭遇戦でも有効でしょう」
向けて撃つだけなら、剣を振るよりも早いのか。まあ、相手の実力にもよるんだろうけど。
「それと、蹴り開ける場合も、鍵ごと破壊する威力の蹴りとなればどうしても次の動作に繋げにくくなりますし、これは過去に有った事例らしいですが、蹴りの威力に戸板が耐えきれずに、そのまま蹴り抜いてしまい、空けた穴に足が嵌って動きが取れなくなったところを、戸の向こう側の敵に飛び出した足を切り落とされたとか。また鍵ではなく扉を破壊しようとした際には威力が足りずに扉が歪んで逆に開かなくなってしまったり、中途半端に壊して小さな穴しか開かずに、隙間を潜り抜ける様に入らざるを得ず、敵に隙を晒す結果という場合も有ります」
うわあ、それははかなりマヌケやなられ方だな。
「より高威力のスキルや魔法で壁ごと破壊し、敵の予想していない場所から一気に大人数を突入させるという手段も有りますが、音が大きくなるため今回は出来ませんし、壊し方を誤れば建物が崩壊し味方を巻き添えにしかねません。また、今回のような作戦では出入口の全てを抑え続けなければ敵に逃げられかねませんので、突入穴が増えれば、その分だけ戦力を張り付ける場所が増える事となります」
ああ、向こうの映画とかでも、爆弾とかガスバーナーで壁を破壊してなんて突入シーンが有ったな、考えてみれば敵が多かったり強かったりしたら、こっちの開けた穴から逃げられる恐れもあるのか。
「よく分かった、俺はこういった大人数での、しかも都市部での襲撃の経験が無いから、色々と助言してくれると助かる」
「承知いたしました、今夜はまだまだ目標とする襲撃対象が有りますので、実戦の中で覚えて頂ければと」
うーん、それはそれできつい気が、今日は徹夜か……
「そこを何とかなりませぬか、使節官殿、一つ一つだけでもいいのですぞ」
寝不足の頭に大きな声が響くけど、これも仕事の内だから仕方ないよね。昨夜は日が昇る直前までクスリの集積所を襲撃しまくってたけど、今日もしっかりと交渉関係の予定が詰まってたから、軽く風呂に入って着替えてすぐに出かけなきゃならなかったんだよな。
一晩で王都に有る複数個所が襲撃されて火が放たれたんだから、非常事態って事で今日の予定はキャンセルになるんじゃないか、なんて事も考えたんだけど、俺達が襲撃したのは、没落した貴族や破産した商家の廃屋なんかばかりで、現役の貴族当主の居るような地域は殆ど騒ぎにならなかったから、クスリの管理に関わっていて調査や対応に当たってる一部の貴族を除けば、大半の貴族連中が、傍目にはいつも通りに過ごしてるからな。
戦況を左右するクスリが焼かれて、今後に影響しそうな件に付いて内心でどう考えてるかはともかく。
それに事件の翌日に普段と違う行動をすれば、いらぬ疑いを招きかねないっていうテトビの意見と、多少の騒ぎでビクビクしているようじゃライワ伯爵家が舐められるっていうトマホークの助言に従って、いつも通りの会合に参加してるんだけど、ホントに眠い。
会社員の頃は、急な案件トラブルで会社に徹夜で泊まり込んで、次の日そのままプレゼンと接待なんて事も有ったけどさ。幾ら身体が若返っているって言っても、徹夜で事務仕事と徹夜で戦闘&移動じゃ疲労度が違うからな。
「申し訳ありませんが、他の方にもお伝えしている通り、あの薬は、交渉手段や売買の対象としてではなく、我らライワ伯爵家家中の者どもの安全確保の為、保険として伯爵閣下からお預かりしている物、閣下のお許し無く他家の方へ御譲りする訳にはいきません」
というか、ここで一人に渡したりすれば、我も我もと『馬のふん』を欲しがる連中が集まってきそうだもんね。そもそも、今の戦争状況であの薬を神殿と敵対しているムルズの貴族達に売れば、どんなことになるか分かったもんじゃないもんな。
それこそ、ヤスエイの武具で大量複製されて、不死身の中毒者集団みたいな事になったらシャレにならないから。
「それならば、使った事にすれば一つくらいは……」
「私に、主君であるライワ伯爵を謀れと」
ちょっと強めに睨んでみると、相手がひるむのが解る。
「そ、そのようなつもりは」
うん、やっぱりカミヤさんの名前を出すと効くなあ。
「それに、あの薬は、私がライワ伯爵領を出る時に頂いた物だけで、残りも限られています。それをさらに少なくしてしまった結果、伯爵閣下からお預かりしている騎士に万が一の事が有っては」
まあ、実際の所ヤッカがいればいつでも作れるんだけどね。とは言え、あの『聖馬の不苦無痛丸』の正体が『馬のふん』とは知られていないからさ。
公的にはこの王都に有る薬は俺が捕まった時に持ち込まれて、その後で回収された十六個から、俺が手を握る潰された時に一個使って、残りは一五個だけって事になってるんだよね。今の王都は出入口での検問がかなり厳しくて、トマホーク達が俺の所に来た時も、アイテムボックスの中身まで調べられたらしいから。
まあ、だからこそそうして頼み込んで来るんだろうけどさ、俺が捕まったって事は公式発表されてるし、その時に何個『馬のふん』が有って、それがどの貴族に一時的に渡されたかってのも結構知れ渡ってるらしいから。
「た、確かにそれは、失礼をいたした、今の話は忘れて頂きたい」
「そうですか、それでは先日お話しした、当家と貴家の傘下にある商会や交易商がそれぞれの領地を通行する際の通行税や関税に関しての条件に付いて、なのですが、この件については伯爵閣下もかなり気になさっておりまして」
「う、うむ……」
なんか、いい感じに話を始められたな、これなら有利に交渉を進められそうだ。
「眠そうですねえ、旦那」
夕方までに四件の会合や交渉を終えて、借家に戻る馬車の中で、気が付けば乗り込んでたテトビが面白そうに言ってくるけど、コイツよく乗ってるのがバレなかったな。
トマホーク達はコイツの事を知ってるから見逃すだろうけど、さっきまで馬車を停めてた貴族邸の護衛連中は何をしてたんだ、敷地内に止められた来客の車に不審者がいつの間にか乗り込んでたって、問題になるだろ普通。
「解ってるだろう、眠いんだ」
今日は晩餐なんかの夜の予定が入ってなくてよかったよ。
「そうは言っても、今日は色々と成果が有ったようですが」
なんでコイツは、こうも耳が早いんだろ、今日交渉がまとまったのを何でもう知ってるんだよ。
「まあ、今回はどれも向こうのチョンボみたいなもんだ、誰も彼も二言目にはライワの秘薬を譲ってくれと、かなり強引に言ってきてな。そこで伯爵の意に反する、伯爵を敵に回すつもりなのかと強めに言えば、逆にビビッてな」
「ああ、今のこの国じゃライワ伯の機嫌を損ねるってのは破滅と同意義ですからねえ、だからこそ旦那の立場も守られてるってもんですが、かと言って回復手段、それも効果の高い薬なんかはどうにか入手しておきたいってところですかねえ」
「そこまで薬が欲しい物なのか」
そりゃ、『馬のふん』が有れば色々と安心だろうけどさ。
「ええ、なにせ戦争が佳境に入りそうですからねえ。ピロホンの会戦で流れが変わって、貴族達も焦ってるんでしょうや」
「流れが変わったって、ムルズ側が壊滅したあの戦いでか、確か王族も行方不明者が出てるんだろう」
今後の負け戦に備えてるって事なのかな。
「第一王女殿下と第二王子殿下ですね、どうも御二人は神殿側の捕虜になったようですぜ、まあムルズ側の軍勢が壊滅したと言いやしても、神殿側の被害もかなりの物だったらしいですから、特に参戦して来ていた他国の貴族家の部隊なんぞは壊滅したところも有るらしいですし、聖騎士団も重症者を多数出してやす。あのクスリを使えば徴用した民兵、ようは幾らでも集められる雑兵でも、騎士や僧兵を一定数削れるってんなら。たとえ被害の割合が100対1でも最後にはムルズが勝てるはず、そんな風に思ってるんじゃねえですかねえ」
うわあ、そりゃ王女様があんな感じで和平を頼み込んでくる訳だ、確かあの時は国民の4割をクスリ漬けにしてぶつければ勝てるなんて言ってる貴族が居たって話だったよな。
「クスリが有れば確実に勝てる、そう先を読んだ主戦派貴族の、特に非主流派や今まで消極的だった連中では戦後処理の論功行賞、ようは手柄を元にした権益の配分や派閥内の序列変動を睨んで、今のうちに行動を始めるのが流行りになって来てるんでさあ。それで回復手段って訳でして、今は回復魔法の使い手や回復薬、ついでに医者や薬師なんかもどんどん囲い込まれて、野良の冒険者でも簡単な回復魔法が使えりゃ高額で雇い込んでるそうでして、そんな中じゃ旦那の持ってる秘薬は、どの家も喉から手が出るほど欲しいんでしょうや」
「戦後を見込んでの回復手段、傷痍兵相手の病院でも始めるのか」
確かに、そう言うのも実績になったり名声に繋がったりしそうだけど、この国の貴族連中のイメージではないよな。
「旦那あ、そんな訳あると思いやすかあ、兵士やら農民やらを戦場で派手に使い潰すような連中が慈善事業なんてマネ」
そうだよなあ、じゃあ何のために、使い捨ての兵士なら負傷しても代わりを連れてくればいいって考えそうだし、それともさっき考えたみたいな不死身の兵隊でも狙ってるのか。
「貴族様方が回復手段を囲い込もうとしてんのは、自分の為に決まってるじゃねえですかい。貴族の旦那方は、勝てる戦争になったんで『馬車に乗り遅れるな』とばかりに、実績作りをしたいんでさあ。てなわけで御自分や御子息なんぞが戦場に出て、臣下任せにせず家を上げて神殿と戦い勝利に貢献したっていう体裁を整えてえんですよ、実際は戦場近くの村で村長の家辺りを接収してのんびり戦果を待つってな具合でしょうがね。とは言えピロホンの後の戦闘じゃ、後方の輸送隊なんかが神殿の遊撃隊に襲われて全滅した、なんて事が頻発しやしたから万が一に備えて護衛と回復手段を確保しときてえんでさあ」
実績作りねえ、後方で命令だけ出してたり、物資とかを送るよりも、実際に戦場に出た方が偉いってか、ブーツ・オン・ザ・グラウンドみたいな感じかねえ。
R5年6月20日 薬の残数について訂正しました




