522 ビデオレター
「使節官殿、失礼ですが御持ち物を確認させて頂きます」
神官長さんとの会談を終え、神殿の敷地を一歩出た所で、騎士達が俺の前を塞いで、聞き慣れた言葉を発する。
「ああ、よろしく頼む」
俺だけじゃなく、一緒に出入りした護衛役のトマホーク達も俺と同じ様に軽く腕を左右に開いて、騎士達のボディチェックを受け始める。
なんかこうして触られるのも慣れちゃったな、まあ神殿とこの国の今の状況を考えれば出入りが出来るだけでもかなりの譲歩なんだろうな。
それでも神殿に出入りする時は、武器や魔法薬、『魔道具』、『アイテムボックス』の類は全部入り口の騎士達に預けて、持ち込みも持ち出しも禁止で、それを確認するために口の中まで見られるっていうのはな。とは言え、『アイテムボックス』なんて密輸向けの道具が有って、『魔道具』みたいなテロに使えそうな武器が有るんじゃ、空港の搭乗手続きみたいに警戒するのも当然か。
「ご協力ありがとうございました」
カバンはもちろん、ポケットから靴の中まで確認し終わって騎士達が離れると、待っている馬車へと乗り込む。
「交渉に応じる条件か」
神官長さんから突き付けられた条件は二つ、まずはこれ以上の中毒者を出さない為、更には主戦派の貴族達がまだ戦えると考えている根拠を砕くために、この王都とその周辺に備蓄されているクスリの大半を廃棄させるなり、奪取するなりして使用できなくさせる事。
次に、これ以上のクスリの追加をさせないため、更にはムルズへの余計な干渉をさせないために、元勇者の『薬師』ヤスエイの排除。これは、ヤスエイを直接倒すとか『薬師の創薬刀』を奪うっていうのでもいいけど、政治的に工作してこの国から追い出させるのでもいいって話だったけど。
「この二点について、目途が立ったのなら、交渉に応じるって、無茶だろうこれ」
まあ二点目には、色々な付加条件が付けてあるから、実際には一時的に行動する事が出来ない状況に追い込むっていうのでもOKって事だけどさ。
「現実的に考えるなら、今の戦力で元勇者と戦うっていうのは無理だろうから、貴族達とヤスエイを対立させて、潰し合させるとか、国外追放にさせるってのが取れそうな手か、と言ったてどうやればいいんだか」
ミーラ王女に頼まれた停戦についての申し出を神官長さんにするだけだと思ってたら、とんでもない条件を付けられちゃったもんな。確かに、あのクスリが有れば勝てるかもしれないと貴族達が思っている今の状況じゃ、神殿が停戦に乗り気になったとしても、ムルズの貴族達が王女の和解案を突っぱねるだろうし、下手をすれば変な勘違いをしてより好戦的になるかもしれないもんな。
それに、あのクスリをそのまま野放しにしておけば、他の国でも同じような事態になって中毒者がどんどん増えかねないって神官長さんは懸念してたし。
「ん、もう屋敷に着いたのか」
考えている間に馬車が俺達の借りている屋敷の前で止まる、交渉が長引いたから、午後の予定はキャンセルしてたけど正解だったな、こんな頭が疲れてる状況で下手に貴族達と交渉してたらどんなヘマをやらかすか分かったもんじゃないし。
「まあ、今回ドタキャンした分の埋め合わせはしないとならないだろうけど」
馬車を下りて、再度のボディチェックを終えてから屋敷に入り、居間のソファに崩れ落ちる。
あー疲れた。
「使節官殿、こちらを」
俺に少し遅れてはいってきたトマホークが出してきたのは『記録の石』か、映像を記録する『魔道具』が何でこんな所に。
「神殿で受け取りました。伯爵閣下の御言葉が記録されているとの事、再生するための『魔道具』も用意してあります」
ああ、ビデオレターって事か、いや待て、どういう事だ。
「どうやって、神殿から持ち出したんだ」
「簡単な事です、神殿内で受け取ったのち刃物で腹を切り、これを傷に埋め込んで回復させ、屋敷に戻ってから同じ手順で取り出したまでの事」
おいおいおいおい、なんだその無茶苦茶な密輸手段は、いや、昔の映画とかで見たことが有るような気はするけどさ。
「飲み込むという手段も有りましたが、何らかのはずみで嘔吐してしまったりしては事ですので」
「分かった、御苦労、内容を見させてもらおう」
「よう、元気にしているか」
いつも通りの不敵な表情と態度のカミヤさんの映像が俺の前に浮かび上がる。
「お前が、王女と密会したって話を聞いてな。お前さんの事だから、そのうちほだされて、講和なり停戦なりに口を出しそうなんで、とりあえずこのメッセージを用意した。もしも俺の思い過ごしだったら、気にせずに聞き流してくれ。だが、その気が有るのなら、しっかり聞いて置け」
うわあ、あの人、今日の事も予想してたのかよ。でもなんで王女との事を知ってるんだよ。いや、今俺の周りに居るのはテトビを除けば、みんなカミヤさんの手勢なんだから、俺の行動が筒抜けでも当たり前か、どうにかして神殿側に伝言を頼めば、その日の内は無理でも、短期間でここでの俺の行動があの人に報告されててもおかしくはないのか。
「簡単に言うぞ、時間が無い。神官長は有利な条件ですぐに話が付くのなら講和でもいいと考えているだろうが、講和が成立しない事態も複数のパターン想定して、幾つもの作戦計画を立てその用意をしている。貴族達が決戦の為に戦力を前線に送り、王都が手薄になればそこを少数精鋭で急襲し主要人物の排除。王都に戦力を集めて籠れば、河川を使った強襲で地方都市や拠点の制圧。前線から戦力が下がれば、鬼軍荘園で活躍した戦車やテクニカルを利用した電撃戦、あるいは物量を生かした正面からの全面攻勢などだが、それらの選択肢の中には、戦争が長引くようなら大量殺戮で一気にことを終わらせるって作戦も有って、その準備も同時並行で進めている」
え、さっきは講和に結構乗り気なように思えたのに、なんで。というかこの人さ幾ら隠して運ばせたって言っても、王都に居る俺あてのメッセージでこんな内容言っちゃっていいのか、もしかして、ムルズの貴族達の手に渡って、中身を見られたら、それはそれで、貴族達を困惑させられるとか考えてそうだな。
「ムルズやヤスエイはやり過ぎた、あのクスリを大々的に使う者は許さないという見せしめが神殿は必要になったんだ。すぐに有利な内容での講和、あるいは神殿の勝利になるのならクスリの事を有耶無耶に出来るかもしれんが、事態が長期化・泥沼化し、諸国がクスリさえあれば一国でもライフェル神殿と長期間渡り合える等と勘違いさせる訳にはいかない」
あのライフェルと戦える薬なら手に入れたいと他の国なんかが、考え出すかもしれないって訳か。
「そうなるぐらいなら王都の一つでも皆殺しにして、クスリの名前を言う事すら忌避するようにしたいってのが、あの女の考えだろうな」
そりゃ、あんなクスリが戦争で大々的に使われたらシャレにならないし、王女様だってムルズの民衆が纏めて中毒者にされるような事を心配してたけど、あの人がそこまでするのか。
「今現在、神殿側が用意している手段は二つ、一つ目はB兵器だ」
B兵器って、生物兵器って事か、いやそんなもんこの世界で出来るのかよ。いやでも、貧者の核なんて言うんだから、現代の最新設備が無くても行けるのかな、いや幾らなんでもそんな事は……
「前に、この世界で味噌と醤油を再現した『勇者』が居たって話をしただろう。あれには麹が必要で、本来は味噌なんかで使う麹は米が無いと増やせない筈だから、地球の物とは別物だが、そいつらは用意して見せた。それでだ、麹のもとになるコウジカビの仲間ってのはとんでもない数の種類が有って、中には有毒な物や病原性の有るモノもいる、というか大半は有害で、古代から発酵や醸造をしている過程で、毒の強い種や発酵の効率の悪い種なんかは排除され、より美味い麹や無毒で安全な品種が選別されて残り、徐々に品種改良されてきたってところだろう」
そう言えば前に、再現するのに何十年もかけたって聞いたような気がするけど、それがどうしたんだ。
「ゼロから有用な麹を作り出すのに、何百、何千種もカビや菌を集めて、食品に着けて繁殖させてどうなるか確認し、使えそうなものを選別、更にそれらを繁殖させ、その過程で突然変異するのを期待し、変異したものをまた確認して選別ってのをひたすら繰り返して、いつか有用な物になるのを期待するってのをやった訳だ、まあ知識が有る分、手探りでやるよりは効率は良かっただろうが」
大変そうな話だけど、それがB兵器にどうつながるんだ。
「で、ライフェル神殿は勇者の好む新たな食文化の発展を支援するって名目で、その研究に協力し資金提供なんかもしてたんだが、その過程でカビや菌の品種改良のノウハウを現代日本から持ってきた学者や職人から、直に学んだわけだ。まあ遺伝子改良とか薬品や放射線を使った変異の促進なんかが出来る訳じゃない、突然変異と選別なんて言う原始的な方法だが、それでもこの世界じゃとんでもない技術だ。でもってさっきも言った通り野生のカビには発酵というか、腐敗の過程で毒を作る品種や、胞子が人体に入ると肺炎なんかの病気をおこすものがザラにある。それを『勇者』から学んだノウハウで、より毒性・病原性の高い物に品種改良すれば」
おいおい、マジでシャレにならないだろ、それ。
「まあ、現代地球のガチの兵器みたいに、致死性が高い伝染病なんてのは無理だろうが、それでも王都みたいな、人口密集地、しかも公衆衛生の概念が持ち込まれてるとは言え、中世や良くて近代並みの技術しかない世界だと、疫病ってのは脅威だ。腐敗した生ごみや、人糞などの排泄物、管理が不十分な食品なんかの、カビが増えるための栄養が豊富で、しかも増えたカビと人と距離が近い。健康な人間には大した事の無い病気でも、老人や病人、栄養失調などで抵抗力の落ちた人間なんかには致命的で、王都の貧民街ならそんな人間は幾らでもいる。バタバタと死人が増えれば、直ぐに墓場や火葬場の処理能力は飽和して、腐った死体から別な疫病が発生したり、街中でゾンビが生まれかねん。そうなれば貴族達も巻き込まれて大量に死に戦争どころじゃなくなるだろうし、神殿は疫病とクスリを結び付ける様なプロパガンダを組むだろうな」
それ、どの世界の地獄の話ですか。
「その上で神殿は、王都から慌てて逃げ出した貴族を各個撃破した上で、アンデッドの討伐や疫病で戦力が低下したところを狙い、不死者や疫病の蔓延を防ぐって名目で、王都を生き残った住民丸ごと焼き払うって算段だ」
そこまでやるつもりって本気かよ。
「もう一つの手段は強引に短期間で一気にカタを付ける場合だが、腐れ勇者の投入だ」
アキエ、アキエってあの元勇者のか、『鬼族の町』でオタク向けの内容のリドルを考えたりした。
「アイツは、『勇者の武具』を二つ手放したが、それはそれよりも強力な武器を持ってるからだ。アイツは勇者以外に『弓兵』『暗殺者』『狩人』の三つの職を持っていて、それに合わせて数十個のレベルを上げた『魔道具』と魔物の素材を掛け合わせて、自分専用の『魔道具』を作らせた。今のアイツは言わば単独の砲兵部隊、いや地上を歩く人型の戦艦とか艦隊と言った方がいいか」
それって、なんのソシャゲですか。
「アイツの作った『巨重爆の加剛弓』は、四弦万矢の弓と同じ様に弓の剛性、つまりは威力を幾らでも高める事が出来る、更に打ち出した矢に、巨大化と重量増加、着弾時に衝撃の強さに比例した爆風と炎を周囲にまき散らす効果を付けられる。通常なら剛性が上がればそれだけ弓を引く時の抵抗が強くなってまともに撃てなくなるが、勇者の職を三つもつアイツのステータスなら、とんでもない剛性でも平気で放てる。最大限の状況で斜め上に矢を放った場合、数トンから十数トンの金属の塊が、高度一万メートル以上の高さから音速を越えた速さで降って来る事になる。最大射程は40~50キロ程度、一発で直径数十メートルのクレーターが出来て、その数倍の距離が吹き飛んだ瓦礫と爆風で破壊され、大体150メートル四方の建物は確実に崩れ落ちる」
おいおい、それはもう弓じゃなくて大砲とかミサイルの威力じゃねえかよ。
「簡単に言えば一発で、ちょっとした貴族の邸宅が無くなるし、2,3発で東〇ドーム一つ分の敷地が吹き飛ぶ、しかも勇者のスキルで連発すれば、分当たり300発を数時間は撃ち続けられる。物の1分もかからずにどこぞの夢の国が隣の夢の海や周りのホテルにショッピング施設までごっそり瓦礫に出来る破壊速度だ、あの女に取っちゃ遠距離戦に限れば軍隊だろうと城だろうと都市だろうとメじゃねえ」
ホント勇者って無茶苦茶だな、カミヤさんも戦術核みたいなマネが出来るって話だし。
「更にアイツの三つ目の武具『狩人の不迷帽』は森林や山岳地帯でも迷わないようにGPS並みの距離・位置感覚を与える効果が有る、一度行った事や見た事のある場所なら、自分の現在位置を基準として距離と方角を正確に把握できる。動き回る対象をリアルタイムで把握する事は出来ないが、橋や拠点などの目標を精密射撃する事が出来るから。軍団が展開しているような野営地を予想されたり、王都みたいな動かし様のない拠点を無差別射撃するなんて状況なら、アイツが最適だ」
それってアキエが最強って事か。
「まあ、もし俺とアイツが戦った場合、ただの爆風や衝撃波程度なら、勇者のステータスで耐える事は可能だ、まあ俺の屋敷の執務室の机や寝室のベッドみたいな、ほぼ確実に居るだろうポイントを正確に狙われて油断したところで十数トンの金属塊を直撃させられれば、俺だってただじゃすまないだろう。とは言え、狙われてる事さえ分かれば、俺のスキルで幾らでも防げる、後は防ぎながら数十キロの距離を詰めれば、接近戦を苦手にしているアイツなら簡単に倒せるから、あっちは失敗したら逃げるしかない。要は最初の一撃を成功させられるかどうかの勝負ってことだ。とは言え『勇者』並みの実力者以外にとっては、ともかく当たらない事を祈って逃げるしかないだろうな、反撃するにしても地平線や下手をすれば山脈の向こう側から撃って来る相手に接近するってのも一苦労だろうからな」
そうなると、防御特化の武具を持ってるヤスエイにも、アキエの攻撃は通用しないって事か、いや、あの盾なら自分以外は護りきれないだろうから、組織や拠点、クスリの貯蔵施設なんかは王都ごと破壊できるのか。
「でもって、このアキエだが、その気になれば数日の移動で王都を射程に収めれる場所まで来てて、神殿の依頼が有ればいつでも動けるようにしているらしい。急いで停戦の話を纏めないと、事態は一気に悪化しかねん」
本気の話なのかこれ、アキエにしろB兵器にしろ、どれだけの犠牲が出るんだよ。でも、なんでカミヤさんはこれを、俺に言ってきたんだ。この人は神殿の味方のハズじゃないか。
「俺としても不本意だが、現状ではムルズには適度な損害で負けて貰いたいってのが本音だ。もともとはラッテル家さえ確保できてれば後はどうなろうと、それこそ国が丸ごと死に絶えようが荒野になろうがどうでもよかったんだが、お前さんのおかげでこの国で色々な利権が手に入っちまったからな。他人の家畜なら痩せ細ろうと逃げようと、病気になろうと知った事じゃないが、屠殺した後で肉の分配を受けるってんなら、その家畜はより太って肉質が良くなった方がいいからな。主戦派の貴族は滅亡しても構わんし、王都での破壊も許容可能な範囲なら復興特需が見込めるが、それ以外の貴族家や俺の利権が絡んでいる土地や街なんかには無事でいて貰わないと困るんだよ」
ああ、この人らしい理由だったな。
「という事で、出来れば2か月、理想なら1月程度でケリを付けて貰いたい、ああ、それとお前さんの仲間にちょっとした仕事をやって貰いたいんだ」




