510 ピロホン後
腹黒、もとい神官長さん視点です
「お待ちしておりました、神官長猊下」
両手に持てるだけの荷物を抱えて転移し終えますと、跪いて待っていた僧侶や神官達が荷物を受け取っていきます。
「御苦労、して状況は」
転移の魔方陣を出て目的の場所へと歩き出しますと、周りの者達が立ち上がり後に続き、高位神官の一人が報告を始めます。
密偵や伝令から聞いている話は速報程度の簡単にまとめた内容ですから、現場であるこの場でより詳しい状況を聞きませんと。
「は、この十日余りでピロホン平野の決戦に参加した諸陣営の大半が、この防衛線まで退いており、三日前にムルズ側の戦力が到着し現在は攻城戦となっておりまする」
「うむ、して被害はどの程度であるか」
「は、聖騎士団は決戦初期に多くの重傷者を出しましたが、その後は体勢を立て直して後退したため、それ以降の被害は少なく大半の負傷者の後送も出来ておりますので、死者もそれほどではありません。再編成を終えればすぐに戦闘参加が可能となります」
聖騎士団は重装備の者が多いですから、それが幸いだったのかもしれませんね、その分退却にも日数がかかったようですが。
「中央陣地に居た諸勢力の隊は、被害が甚大でございまして、特に他国より助力の為に遠征してきた諸貴族家の隊は、ほぼ全滅という状況になった隊が多数あり、指揮官として出征していた当主や嗣子を失った家も幾つかございますし、重篤な状態でこの地へ運ばれ現在も予断を許さぬ状態の貴族もかなりおられます。一方でムルズ国内の親ライフェル派の貴族家より派遣されていた隊や神殿兵による隊などは、軽傷者はそれなりに出ているもの被害はそこまでではないのですが」
「であるか」
「負傷者があまりにも多く、この防衛陣地の回復魔法の使い手や衛生兵では対応しきれず、民間の薬師を雇い入れ、近隣の神殿より尼僧や女性神官を集めて、食堂や礼拝堂、倉庫までもを病室代わりにして、何とか対応している次第でございまする」
これは、ほぼ予定通りに事が進んだようですね。
まったく戦後の利権配分にからもうと、要請もしていませんのに他国から兵を送ってくるなど余計な事をしてくれたものです。こちらの依頼通り国境封鎖や交易の停止などで、ムルズ王国側へ圧力をかけるだけで十分だったと言いますのに。
そうであれば、国境沿いの小領地の切り取りや、関税交渉などで多少欲を出しても見逃してもよかったのですが。流石にあからさまに占領政策に喰い込もうとして来てはそのままには出来ませんでしたから。
ですが、これでそれらの国や家も大人しくなる事でしょう、強引に参戦していながら手柄を立てる事無く壊滅し、しかもそれが全体の敗北に繋がるという大失態、更にラッドを始めとする僧兵達の活躍のおかげで、何とか生存者が逃げ延びる事が出来たのですから。
これで、利権を主張できるほど厚顔無恥な家も居ないでしょうから。
排除したい貴族家の内、命令を無視して先走りそうな家を最前列の各所に配し、それに吊られて動きそうな家をその周囲に、無駄に動かないであろう家を、手薄になって包囲されそうな場所にそれぞれ自然な形で配置するなどという、難しい役目を誰にも相談できずにやり遂げた司令官には報いなければなりませんね。
今回の決戦では敗軍の将という事になってしまいますが、どこかで汚名返上の機会を用意しませんと。
まあ、ですがそれは後で考える事にしまして。
「先ほど持ってきた六袋の荷物は、ライワ伯爵家より購入した魔法薬である、貴族やその重臣、家中の高レベル者などで深手の者がいれば、其方等の判断で二袋分を自由に服用させよ。それと近日中に各地の神殿より、回復魔法の使い手を派遣させよう」
フレミラウ達であらば、喜んでこの地に来るかもしれませんね。戦傷者救護という名目でいくらでも、考えていた治療法を試せるであろうし、ミカミ等であれば負傷者を見るだけでも喜びそうですから。
「ラ、ライワ家よりという事は、もしやこれら全てがかの霊薬、たった一つ手に入れるだけでも困難だと聞き及びますのに、これほどに、しかもそれを惜しげもなく。猊下の御慈悲、ありがたく、ありがたく」
ただでさえ失態を仕出かした諸家にこうして希少な薬で命を助けたという形で貸しを作れば、この先色々とやりやすくなるでしょう。
まあ、あれらの薬は、若いユニコーン達が熟練度を上げる練習で作った物で、販売している薬に比べればやや効果が落ちるというのに数だけは有る為、カミヤも処分に困っていた物ですから、ちょうどいいでしょう。
「して、僧兵達は、我が忠実なラッド達はどうなのだ」
「は、第一僧兵団を始めとし、右翼集団は善戦して戦線を建てなおし撤退戦では殿軍を務めたため、死者こそほとんどいませんが、大半の者が重傷でして、生きてこの防衛戦までたどり着けたこと自体が、ライフェル神の御寵愛あっての物としか思えぬほどでして、現在は後方の寺院を二つ借り上げて病院代わりとし、僧兵達を纏めて治療させておりますが」
「先ほどの薬袋のうち、二つをそれらの寺院に届けよ。僧兵達は此度の戦いにおいて身を捨ててより多くを救った殊勲者であり、ライフェル神の威光はあのような下賤な魔薬で遮れる物ではないと示した功労者である。一人でも多く助けよ、その為の手段を惜しむ事は許さぬ」
彼らはよく働いてくれましたから。ほぼ予定通りに、手柄を神殿の手勢のみで独占してくれました。
それに今回の戦いは、ヤスエイがムルズ王国側に提供したであろうクスリの威力を計り、対処法を模索する目的もありましたが、彼らのおかげで、どの程度の威力の攻撃ならば有効なのか、どの位の技量が有れば倒せるのかという所が見えてきましたし、何よりもコンナが非常に効果的な戦法を見つけてくれましたし、十分に殊勲者と呼べるでしょう。
それに、今回の件で僧兵団の実力を改めて諸国に見せつける事が出来ましたし、彼ら彼女らはわたくしにとって有効な手駒であり、この先の戦争でも働いて貰わなければならない重要戦力ですから、早く元気になって働いてもらいませんと。
「して、防衛戦の状況はどうだ、寄せ手の多くは中毒者のはずであろうが、対策を考えているのであろう」
「御意、一般的な攻撃手段ですが、投石、弓、弩等は通常の兵が使うありふれた物では、威力が足りず強化された筋肉を貫くことは出来ませんでした。僧兵団から報告の有った頭頂部への攻撃は場合によっては貫通しますが、狙う事は難しく、当たったとしても脳をある程度破壊せねばならぬ為、毎回倒しきれる訳でもなく、角度によっては頭蓋骨に弾かれます。また一般的な兵士や騎士の使えるような遠隔スキルも頭部以外では威力が足りませぬ。一定以上のレベルやステータスの者で有れば倒せますが、そうでなければ、相手が一歩踏み出すのを衝撃で数秒止める程度の効果しか」
あの薬で強化された筋肉はコンナの刀を防いだのですから、その程度の固さは有るのでしょうね。
「攻城兵器の弩砲であれば筋肉を貫き体幹部に当てれば致命傷を与えられまするが、一撃で一人二人がせいぜい、投石機で放った岩でも頭部に当たればそのまま頭を潰す事が出来ておりますが」
「それでは効率が悪いな、本来であればそれらの兵器は一撃で密集した数人を倒せる物であるし、次弾の用意にも時間がかかる。魔法が有効との話であったがそれはどうなのだ」
「は、確かに火炎や雷撃は有効でした、ゴリョウ殿は、幾ら堅くとも肉である以上は、耐性やそれに類するスキルが無ければ熱で変質すると話しておりましたが、その通りになり、高温で焼死させる事も可能でしたし、重度の火傷を負わせれば痛みで止まる事はありませぬが、関節が固まり動きが鈍り、やがて死に至ります」
熱傷は適切な治療を行わなければ、それだけで命にかかわりますからね。
「他の魔法はどうであったか」
「刃や矢を使って攻撃するような魔法は、筋肉で弾かれますので土や風の属性の攻撃はあまり効きませぬ。氷や水は直接ぶつけると言うよりも、体温を下げて凍死させる、あるいは大量の水で溺死させる方法で有れば有効です。土や風も有効な使い方を現在検討中でありまする」
「どれにしろ、一定以上の規模で発動させねば効果が無いという事か」
「御意、その為遠隔スキルと同じく、敵を倒せる者は限られた熟練者に限られます」
となるとこれらの有効な攻撃手段は限られ、せっかくの防衛線でも敵を潰しきれないという事ですか、予定の第一案ではゴリョウたちの構築した要塞線に敵集団を誘い込んで、稜堡で作り出した多方向射撃で殲滅する予定でしたが、この状況では第二案に移る事になりそうですね。
「敵の攻め手はどうか、撃ち崩せぬのであらば、土塁や掘りにまでたどり着かれるのではないのか」
「御意、最前面の土塁は石垣などで強化していますが、敵がよじ登ろうとするのを何とか叩き落しております、堀なども水の張っていない空堀は跳び下り、そのままよじ登ってまいりますし、堀も水深が浅い場所ではそのまま強引にわたってまいります。幸い中毒者は判断力が低下しているためか、梯子などの攻城器具等を作って架梯して来たり、堀に土を運び込んで埋める様な土木作業の様子は見られませんので、まだしばらくは持ちこたえられると思いますが」
この場合は、クスリの悪影響が上手く働いているという事ですか。これであれば、敵を引き付けてこの場に釘付けにする事も難しくないですね、幸い判断力が低下しているのであれば、挑発を続ければ他に意識を向けられる事も無いでしょうし。
「敵の使っているクスリの作用時間がどの程度かの見通しは立っているか」
「は、手足の負傷で動けなくなり戦場に放置された敵兵や捕縛した少数の敵兵の状況ですと、半日から一日程度で薬が切れ、禁断症状を示し、苦しみだし幻覚幻聴に襲われ、その場でのたうち回る様になり初め、まともに動けなくなります。どの程度の頻度で薬を追加投与しているかは不明ですが、おそらくは二日以内かと。また撤退中の僧兵が七日前に捕えて監禁している中毒者はいまだに禁断症状が続いております」
二日ですか、それでしたら第二案が上手く生きそうですね。
より細かい報告を聞きながら歩き続け、やっと目的の部屋に着きましたか。
「神官長猊下の、おなりに御座います」
神官の一人が声をかけて、戸を開けますと、ベットの周りに居た者達がその場に跪こうとしますが、軽く手を挙げてそれを止めます。
「よい、其方等は治療をしているのであろう、手を止めるはライフェル神の忠実なる戦士を救う事を止めるも同じ、わたくしの事は気にせず続けよ」
「ぎょ、御意のままに」
特に重症の物を集めた一画を通り抜けていくと、一番奥に全身に血の浸みた包帯を巻かれ辛うじて目を開けているラッドの姿があります。
「ラッド僧正は、敵を抑えながら後退され、敵の前衛とほぼ同時に戦いながら到着されました。満身創痍と呼ぶにふさわしい状況で、傷の無い場所は何処にもなく、左目、左手の四指、右手は手首から先が失われ上腕の当たりでちぎれかけておりました。両足も下腿の骨が複数個所で砕けて型を残しておらず、最後は両膝で歩き杖を口に咥えて振りまわし戦っていたとのこと。腹部の傷が深く三か所から腸がはみ出し。文字通り生きていることそれ自体が、ライフェル神の奇跡としか」
確かにひどい状況ですね、膨大な数の中毒者を一人で相手にしたとなれば、それも仕方ありませんか。
聖騎士団や貴族軍等はピロホン平野を脱出して以降は、一切攻撃を受けていないという事ですし、最後尾に付いていた僧兵団も追撃を受けたのは、脱出してから二日目までという事でした。
それ以降はほぼすべての敵を彼一人で引きつけ押さえ続けていたという事ですし、密偵達の情報ではここまでの街道上に残る敵側の遺棄死体の数は万をはるかに超えていたという事ですから、おそらくその大半を彼一人で討ち取ったと考えれば、どれほどの激戦だったかという事が分かりますね。
そのおかげか、かなりレベルが上がっていますし、新しいスキルもいくつか手に入れていますね。
「げ、猊下、も、もうし、わけ、ありま、せぬ、おお、く、の、者を、すくえ、ず、おめ、おめ、と……」
掠れる声を上げながらラッドが、こちらへと視線を向けてきます。
「よい、謝るには及ばぬ、大師はやるべき事を行ったと考えている。其方が戦功を誇らねば、此度の戦では誰一人として評価する事は出来まい、其方が恥じ入るのであらば、全ての兵、全ての将が悔い改めねばなるまい。謙虚は美徳ではあるが、今の其方がすべきは、『武闘大師』の号に恥じぬ戦いをした事を示し、この地に居る兵達の不安を消し去る事であろう」
彼ほどの実力者に、こんな所でいつまでも寝ていられては困るのですから。
私の言葉に動揺の表情を浮かべる者達に、持ってきた袋の最後の一つを手渡させます。
「その袋には、ライワの秘薬が詰まっている。毎日七つ、食事の際と起床時、就寝前に服用させよ、食事は五回に増やし、滋養の有る物を用意せよ。必要ならば追加の薬も用意しよう」
通常の場合、部位欠損は繋ぎ戻す部位が残っていなければ、負傷から半日以上が経つと回復は非常に困難となります。
本来であれば高位の回復魔法を何年も何十年も毎日かけ続けてやっと回復するという物ですが、『聖馬の不苦無痛丸』ほどの薬をこれだけ使えば、指程度の部位欠損なら何とかなるでしょうし、腹部や足の怪我は欠損ではないので回復は可能でしょうし。
流石に目や掌を短期間で戻す事は無理でしょうが、それも何とかなります。
「これは、ライフェル本神殿の宝物殿より取り寄せた、『魔道具』の義眼と義手、これならばかなりの高レベルの品ゆえ本来の手や目と同等の役割は果たせよう」
かつての勇者が高難易度の迷宮から持ち帰った、ライフェル神殿でも数えるほどしかない貴重品ですが、ラッドに使うのであれば惜しくはありません、彼には早く回復して全軍の先頭に立ち、ムルズ王国を更に追い込んでもらいませんと。
「こ、これほど、貴重な物を惜しげもなく……」
「げ、げいか、非才、のみに、こうせき、ありと、い、言われる、ので、あら、ば、どう、か、おきき、いれ、いた、だきたき、議、が」
魔道具に驚く術師たちの横で動けない筈のラッドが体を起こし、真っ直ぐにこちらへと向き直ります。
「申せ」
「ど、どうか、ムル、ずの、民に、ご、ごじひ、を、あの戦い、は、あまりに、あわ、れ、こ、このような、いくさ、は、そうきに、おわらせ、へい、おん、を、どうか、どう、か、ごじ、ひを、まつりごと、大戦、について、など、いち、武僧、に、いえる、事で、は、ありま、せぬが、どうか、わ、和平、を」
く、この場で、この場でこれを言いますか、他者に隔絶する功績をあげたラッドがこのような事を言ってしまえば、私は形だけでも講和について、何らかの行動をしなければならなくなるでしょう。
私としては、ムルズの貴族達にはもう少しクスリに頼って貰い、抵抗し続けて貰いたいのですが。中毒者への対応法が幾つか見えて来て、少ない被害で敵により多くの出血を強いる目途が立ったのですから。
かの者達は、戦死者を平和の為の尊い犠牲だとか、未来の繁栄の礎などと美化し、自分達の行いを正当化しているらしいですが、やっている事は結局、命の使い捨て、無駄使いでしかありません。
千人の兵士が死ねば、それは戦後に復興するための労働力・生産力が千人分減る事となり、その分だけ長期に渡るムルズの国力低下につながります。数万の死者が出れば、未来への負債ともいえる規模になるでしょう。
ムルズの貴族達が本気で未来の事を考えているのならば早期に降伏して犠牲を減らすべき状況です。そうなれば国力の回復も容易となるでしょうし、将来、好機が訪れた時にライフェル神殿の勢力を排除する為の戦力を残す事も出来てしまうでしょう。
逆に、神殿としては、未来の不安要素を弱め、占領地で抵抗される危険性を下げるためにも、より多くに死んでもらい、ムルズはさらに弱体化し、ライフェル神殿の支配を受け入れなければ国が成り立たない位になって貰うのが理想的ですから、より多くの中毒者を作ってもらい、それらを効率よく倒したいところです。
ムルズの貴族達は、意味の無い自尊心を護る為に講和をよしとせず、自分達の満足感の為だけに愛国心を叫び兵を無駄に死なせるような相手ですから、戦争が一日延びれば、その分だけ人が死に、ムルズが弱まる事になるのですが……
「よかろう、ムルズの者達がどのように答えるかは解らぬが、今行われている防衛戦の敵を排除後、時期を見て私の名において講和を呼びかけましょう」
このように多数の耳目の有る所で、ラッドほどの者に頼まれてしまえば、無視する事は出来なくなります。
さて、この状況を、どうやって解決するべきでしょうか。
もう一話か二話で、リョー君視点に戻る予定です。
R2年10月22日 誤字修正しました。




