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503 夜会


「そ、そんな、『使節官』様、お待ちになって、そんな、そんなことは、だ、駄目です、そこは」


 額に汗を浮かべ紅潮した顔の子爵令嬢が縋るような目でこちらを見て来る。


「それだけは、お願いです、おやめください、ここで出されては、わたくしは、わたくしは」


 焦った声を上げる男爵夫人が、必死の表情で懇願をはじめる。


「こ、このままでは、このままでは、わたくしは、トンでしまいますわ」


 顔を俯かせた女伯爵が、泣き声の混じった言葉を漏らす。


「申し訳ありませんが、待てません、これでこの一局は終わりですね」


 手札の中から一枚の札を取った俺が、そのカードを場に置くと、俺達の周囲を囲んで固唾を飲んで賭け(ゲーム)を見ていた貴族達が一斉に息を吐きだす。


「いやはや、『使節官』殿はこのゲームを始めたのはこの国へ来てからという事でしたが、なかなかやりますな」


「全く、カーモ女伯はこれで今日用意していた金貨を全て使い切ってしまったそうですし、彼は今晩だけで一体どれだけ稼いだのか」


 まあ、似たようなカードゲームは日本で何回かやった事があったからな、というかこれ過去の『勇者』が持ち込んだって話だし、多分間違いなくトランプや花札をパクった感じだよね。


 ルール自体はそこまで複雑じゃないから覚えやすかったし、この手のゲームは営業でガテン系の事務所に行った時なんかにやらされた事も有るからさ。


 それに俺の場合はさ。


「いやはや、まるで相手の考えがすべてわかっているかのような鋭い読み、流石はあのライワ伯が全権委任するほどの相手という事ですかな」


 いや、ただのイカサマなんだけどね。なにせ俺の武具の『聖者の救世手』に付いてる『範囲内探知』の効果を使えばさ、相手の手札を覗くとか余裕なんだよね。


 一応この手の遊戯室カードルームには、イカサマ防止の為に『魔道具』の効果や各種スキル、魔法なんかを封じる『結界石』が設置されてるものらしいけど、『勇者の武具』を相手にする場合、よほどの高品質の物じゃなきゃ、効果が多少落ちる程度の妨害しかできないっていうのは、レネルが『蝙蝠の館』で襲撃して来た時に確認済みだったからさ。


 しかし、幾ら貴族だけのゲームとは言え、賭けてる額がおかしいよね、この数十分で金貨ウン百枚ってさ、そもそも賭けのレートが一口金貨十枚からって無茶苦茶でしょ、日本で言えば札束こんにゃく一つ、しかも大体みんな上乗せ(レイズ)するから金貨百枚の勝負が数回に一度あるって、時間のかかるゲームとは言え一度の賭けで一千万レンガなみの金が動くって、何処の高級カジノだよ、どこぞの製紙会社みたいにウン十億単位で負けかねないぞこれ。


 まあ、この遊戯室自体がちょっとしたカジノって言われてもおかしくないような規模で、個人の邸宅の中とは思えない作りだもんな、そりゃ高額の賭けもしたくなるか。


 しかも俺の場合は、この間貰った和解金が有るから賭けの軍資金は十分だってことを、多分周りの貴族達も知ってて、俺の懐を狙ってか、積極的にゲームに誘ってくるんだよね。まあイカサマできる方からすればカモにも金にも困らないってことになるんだけど。


(お主は、資金面で貴族を追い込むつもりなのかのう)


 まあ、確かにそっちの女伯爵とか、これまでの四連敗で今日用意していた資金が全部トンだらしいから。それでも領地全体の資産なんかからすればそこまでの額じゃないんだろうけど。


(別に狙いは、金じゃない、ツテだ)


「ああ、どういたしましょう、これほどのお金、直ぐには」


 用意していた現金以上の支払になったためかチラチラとこちらを見て来る女伯爵は、すっごく色っぽい表情をしてるんだけど、これってもしかして金の代わりに、体でとか言ったら……


いやいや、そんな事は思っても出来ないんだけどね。


「伯爵閣下、では後日、閣下のサロンにご招待願えますでしょうか、このゲームに付いてのお話しなどはその時にでも」


「え、ええ、喜んで、『使節官』殿とお会いできるとなれば、わたくしの友人たちも喜びましょう」


(なるほどのう、この女の居る派閥は確か、主戦派の一翼じゃったか。もとより、こやつに貸しを作って派閥に接触するのが狙いであったか)


(まあ、伯爵自身、わざと負けたように見えるから、向こうもこれを利用して負けた賭け金の話し合いって形で、俺との会合をセッティングするつもりだったんじゃないか)


 相手の持ってた手札の組み合わせなら、もっといい勝負が出来たはずなのに、せっかくの強い札を捨てちゃったり、出来かけてた役を崩したりしてたからさ。


(ふむ、向こうとしても、お主との交渉が必要と分って居ったという事かのう。確かにこのように複数の派閥の者がいる夜会などでは、周りの耳が有るゆえ出来ぬ話も有ろうでの、まったく面倒な事じゃのう)


 呆れの混じったラクナの言葉に、思わず肩をすくめて同意しそうになるけど、周りの目が有るのを思い出して止める。


「さてさて、なかなかの名勝負でしたが、そろそろ紳士諸君は遊戯室ではなく煙草室に移動しませぬかな。御婦人方には喫茶室の方に甘味を用意していますので」


 喫茶室ティールーム煙草室シガールームね、ホント貴族ってただ集まるだけの為に一体幾つの部屋を用意してるんだろ。今日だけでも、到着して客が揃い用意が出来るまで軽食と雑談で過ごす談話室、晩餐会をした大食堂、その後、遊戯室で賭けをして、更に煙草室って。


 これから行く煙草室も他の貴族の邸宅と同じ様に高そうな部屋なんだろうな。どこぞの高級シガーバーみたいに、革張りのソファが並んでて、高そうな蒸留酒と高そうな葉巻を片手に談笑なんて雰囲気にもだんだん慣れて来ちゃったな。


 でもまあ、会社なんかに有る、空気清浄機がフル稼働でガラス張りの喫煙室の方が落ち付く気がするんだよな。どうせどれだけ高い酒だろうと飲めないんだしさ。


 それに、みんなして葉巻を吸う上に換気扇すらないから煙いんだよね。軽くとは言え『超再生』が発動しちゃうレベルの煙さってどうなってるんだろ、ここ数日は液体や気体を多少はコントロールできる『念力』を使って、俺の周りに煙が集まらないように不自然じゃない範囲でするようにしてるけど。


(まあこういった経験も、今後必要になるかもしれぬし、これらの付き合いも交渉の一環じゃからのう)


(まあな、さて今日の煙草室ではどんな要望が出て来る事やら、今日来ている派閥は確か三つだから、お互いに牽制し合って大したネタは出てこないだろうけどな)


 クローニ子爵に連れられて法務部に行ったあの日から、ムルズ王宮や貴族達とあの事件について責任の所在や賠償、今回の戦争に対してのライワ家の立場や介入なんかに付いての交渉を始めてるんだけど、唯一纏まったのが薬を使っちゃった二つの家と俺との和解の一件だけなんだよな。


 それ以外の話、というかマインが俺を背中から撃って罪人として牢屋に放り込んだことについては、カミヤさんがムルズ王国全体に責任があるみたいな論調の宣言を出したりしちゃったせいで、王宮内の部署や派閥、貴族家が互いに責任のなすりつけ合いや賠償の押し付け合いが始まちゃったから。


 更にはそういった話の取り纏めや仲介をするんで、幾つかの利権に付いてライワ伯爵の便宜をなんて言い出す貴族、神殿側に乗り換えるからその仲立ちをしてほしいとか内々に言ってくる家なんてものあったりしたからさ。


 協力して神殿との戦争をしてるってのに、ライワ家との件については互いにけん制し合って利害がぶつかって争ってるんだから、器用だよな。まあ、そんな状況のせいで『会議は踊るされど進まず』を自で行くような状況だからさ。


 王宮で交渉しても、いろんな派閥の顔色を窺った玉虫色の和解案だったり、重要な所があいまいだったり、午前と午後で内容がいきなり変わってたりしちゃうんだよね。


 しかも、閣僚や官僚はみんな子爵や男爵だから、王国や各部署への要求なんかはすぐに回答が来たりするけど、今回の件に絡んでる貴族家や派閥相手の交渉は宮廷じゃ仲介程度しかしてくんないんだよね。


 しかも俺の身分は、白紙委任状が有るとはいえ、あくまでもカミヤさんの臣下で代理人でしかないから、せいぜい地方貴族相当って事になるらしくて、それだと身分的な問題から王族やそれに次ぐような高位貴族とかが相手だと直接交渉が出来ないらしくて、間に何人も人を介してやり取りするしかないせいで、一番タカれそうなはずの第二王子とは、まともに交渉すら出来てないからさ。


 かと言って、ライフェル教の僧侶っていうのを前面に出せばフリム公爵家みたいな、王族に近い貴族家が相手でも身分的には問題なくなるらしいけど、そうなると俺の扱いは被害者であるライワ家代理人としての立場じゃなく、現在戦争中の敵対者であるライフェル神殿の使者って事になるから、今の状況では色々と微妙らしいし。ああ、貴族の慣習とかホント面倒くさい。


 てな状況だから、派閥や貴族家ごとに宮廷を通さず個別に話を付けた方が、纏まりそうだと思ってたら、他の連中も同じ考えだったのか、いろんなところから、昼食や御茶会、晩餐会に舞踏会、詩の朗読会や、音楽や演劇の鑑賞、お抱え絵師の個展、美術品の競売、狩猟に船遊びに競馬といろんな形で社交のお誘いがあって、行く先々で食事や娯楽を楽しんでいる体で交渉をしてたんだけど、最初の数日は大変だったよな。


 俺を歓迎するためなんだろうけど、高そうなお酒や豪華な料理が行く先々で用意されてるんだけど、俺は禁欲が有るから酒はもちろん、大半の料理も手を付けられないからさ……


 重要な席で満足いただける料理を用意できないのはわたくしの責任、死んでお詫びをなんて感じで料理人が泣き付いて来たり、この酒でダメならばってな感じで、ウン十年物の高そうな酒の瓶を開けようとしたりなんて事になってたし。


 人目のない所で内々のお話がと言われて女性貴族と一緒に庭の物陰に行ったら、いきなり服を脱ぎだしてぞうぞお好きにしてくださいませと迫られたり、御茶会の名目で案内された部屋に入ったら、下着姿の令嬢が十数人待っていたりってのも有ったなあ。


 まあ、最近は俺が酒も生臭も女性もNGだっていうのが、広まったのか、精進料理や果実水を用意してくれたりする事が多くなったけど、もしかするとライフェル教の僧侶っていう前提があったおかげで納得しやすかったのかな。


「今日は良い葉巻が入りましてな『使節官』殿もゲバラ産は味わわれた事はないのではないかな」

 

「それは、楽しみですね」


 さてと、今日の交渉も頑張りますか、複数の派閥がいるから、お互いに牽制させて競わせ合えば、上手くすればいい条件が飛び出したりするかもしれないよな。


 とりあえず有力貴族やその関係する家や派閥との関係を作っておかないとな、今の現状だと、ライフェルと繋がりが有るのを警戒されてるのか、俺の行動が監視されてるっぽいし、神殿よりや和平派よりの貴族や役人と接触しようとすると、なぜか邪魔が入ったり、急な誘いがあって予定が狂ったりで上手くいかないんだよな。


R2年7月12日 誤字修正しました。

R2年7月19日 誤字修正しました。

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[気になる点] 「こ、このままでは、このままでは、わたくしは、トンでしましますわ」   しましますわ⇒しまいますわ  手札の中から一枚の札を取った俺が、そのカードを場に置くと、周囲を囲みかたずをのん…
[気になる点] ムルズはこれからどうなるやら
[一言] 推敲 >「ああ、どうしたしましょう、これほどのお金、直ぐには」 ↓ 「ああ、どういたしましょう、これほどのお金、直ぐには」
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