489 とある師弟の修行
『臓華師』ことミカミ視点です
「あらあら、こんなにいっぱい、コワし甲斐があること」
「ウーワン、ワン、ワン」
あたし達の背後で焚かれている『誘魔香』に誘われて、可愛いワンちゃん達がどんどんどんどん集まって来てくれて、もう楽しくてしょうがないわね。
「犬の顔をしていても、恐怖の表情という物は解る物なのね、いいえ、これはこれで人とは違う趣があって、独特の悲鳴もふふふふ」
この『人狗銀鉱』に潜り、地下に有るこの広場で『千人が敵』の行を師父と初めてからもうどれだけの日数が経ったのかすら分からなくなっていますけれど、ここでの暮らしも悪くはないと思えて来たわね。
「キャイン、キャイン」
師父から教わった『鋼指掌法』を応用して、力と硬さを高めた指をハイ・コボルトの鳩尾当たりに差し込み、そのまま一気に下へと腹を切り裂き臓物を引き出す。
「ああ、あったかい」
指先で直接感じる裂けていく肉の感触、深く差し込んだ手に絡む腸の柔らかさ、手首を通して肘へと流れて来る血の温かみ、どれもたまらないわ。
「キューン、キューン」
荒行を始めて最初の六日間でライフェル神殿の用意した五千の武器を全て破壊し、数千、数万の魔物を殺し終えてあたしも師父も複数のスキルを得たというのに「まだ足りぬ」の一言で、更に『迷宮』の奥に進みボスを仕留め、ボス部屋の前でそれまでと同じように『誘魔香』を焚き最深部に居る上位の魔物を引き寄せ続けた時には、師父の正気を心から疑いましたけれど。
「続けていれば何事も楽しくなる、というのは本当でしたのね、そして……」
血に塗れ、臓物を纏い、止まぬ悲鳴を浴びていると、新しいスキルの影響もあってか恍惚感が全身を駆け抜けていくこの感覚、ああ、たまらない。
「好きこそ物の上手なれと言う言葉も、よく理解できましたし」
ここに居る事が楽しいと思え始めてからというもの、さらに複数のスキルを覚え、記録に存在しない新スキルを編み出し、それらを一気に高める事が出来たもの。
「ミカミ、新たなスキルの条件を考えれば仕方なき事とは言え、そのような悦楽を目指した戦いはやはり無駄が多いな」
師父が新たなスキル、指の強度を飛躍的に上げる『剛鋼指』で大槌や長剣のスキル攻撃を容易く防ぎ、二指で武器を挟み折る『双挟』と『四弦万矢』のスキルを応用し塊の中に衝撃を送り中から砕く『砕烈指』で次々と武器を破壊していく。
「グワ、ワオン、キャイン、キャイン」
更に全身の力を一点に合わせて貫通力を上げ、更にそのまま衝撃を指先から放つ事で、指の届かない奥深くまでも貫く『指槍』で次々と大型の魔物の急所に穴を開け一撃で倒して行く。
「全く、指で肉を貫くというのでしたらともかく、鋼鉄製の武器や防具までも破壊するだなんて、わが師ながら、人の域を越えてますわね」
あのカラスの魔法士さんなら『非常識』と叫んでいる事でしょうね。
「『臓華師』の姐さんの方も大概だと思うがなあ」
「余計な事言ってねえで手を動かせ、せっかく十日分の契約数の魔物を半日で狩って、日数に余裕が出来たんだ。この間に出来るだけ掘るぞ、せっかく兄貴が領府と交渉して『迷宮攻略』の間に拾ったり掘ったりした銀鉱石は全て領府が銀貨相当の一割増で金貨買い取りっていう契約を取ってくれたんだ、出来るだけ掘りだして稼がねえと損だぞ」
ホント、『百狼割り』は抜け目ないわね、まあそうでないとあんな大所帯は支えられないんでしょうけれど。それに、イーワミ男爵家の持つ金貨を少しでも減らせと言う神殿の指示にも通じるから、師父としても『百狼割り』達の行動は有りがたいらしいけれど。
「偉い方々の考える事はよくわかりませんわ、金貨が減っても、その分銀鉱石で銀貨や銀塊を作れば一緒でしょうに」
ああ、それでも鉱石から銀を取り出して硬貨や延べ棒にする労力でお金がかかるわね、それに買い取りも同じ重量の銀貨よりも高く鉱石を買ってるって話ですし。戦力の無いイーワミ男爵家としては、そんな不利な条件でも『百狼割り』のような大集団を逃がす方がつらかったのでしょうけれど。
「おい新入り、お前はガキなんだから無理して重い鉱石を持ち上げて怪我すんじゃねえぞ、それとアッチの戦闘は見るなよ、まともに見たら吐くぞ。心配しなくても尼さんと姐さんの二人が居れば、魔物は生きちゃいられねえ、後ろは気にしねえで作業に集中しろ」
「ガ、ガキじゃない、バカにするな、この位わた、ぼ、僕にだってできる」
「そうでなくたって淫魔族は体力より魔法の種族だろうに、こうして肉体労働するより、攻撃魔法を覚える練習でもしてたらどうだ」
「農村育ちを舐めるなよ、こ、この位、よ、余裕で……」
あの娘もホントにムサイ男達に付いて来るだなんて、助けられて恩を感じてるっていうのは解るけれど。
まあ、口減らしってのも有るのかもしれないわね、盗賊のせいで男手が減ってこの先数年はあの村での耕作面積が大きく減るでしょうから。
そうなれば、労働力にはなっても大人ほどには働けず、でありながら食べ盛りに入ってくる子供を全て育てるというのはあの村には荷が重いでしょうから、こうして自主的に村を出ていくというのも生き方なんでしょうけど。
「まあ、あの娘の場合ですと……」
「頑張って、兄貴に褒めてもらいてえのは解るがよ、怪我をしちまえば、逆にどやされるぞ」
茶化しているとしか思えない傭兵の声に、思いっきり顔を赤くしちゃって、可愛い事。
「そ、そんなこと、『百狼割り』の親分は、俺の事なんか……」
「オメエ等、詰まんねえ話をしながらやってると事故になるぞ、ただでさえ慣れねえ仕事なんだ集中しやがれ。とは言え、美味しい仕事だよな。これまでの戦闘でどいつもこいつもレベルやステータスが上がってるし、尼さんらが大概の魔物を引き付けてくれてるんで、『活性化』が近いってのに俺らでもなんとかこんな奥まで来れるしよ、ここに尼さんらが居りゃイザって時は、直ぐに目と鼻の先に有ってボスももういねえ『迷宮核』を『鎮静化』してくれるから、『活性化』に巻き込まれる心配もなく、掘ってられるってんだからよ」
あたしと師父の倒した魔物から、貴重な採集部位だけを選んで切り取りながら『百狼割り』が呟いてるけど、これだけの量があると価値の低い部位まで持ち帰るのは大変だろうから、目利きと解体技術のある熟練の冒険者が居るのは助かるわね。
まあ、男爵家と優先買い取り契約をして、売値は『百狼割り』達と折半する話になってるから、アタシの儲けはそこそこ程度だけれど、これだけの数が有れば、それなりにはなるわね。
それにこう言った採集部位の買取りもかなり有利な条件に出来たらしいし。
「それに『活性化』前の迷宮だから、魔物の質も持ってる武器の質も良いし、そこら中の宝箱に値打ち物が入ってやがる上に、取ってもしばらくすりゃ新しく湧きやがる。ここの鉱脈だって一度掘り尽くしても、他を掘ってる間に『霊気』の有り余ってる『迷宮』の回復力で、すぐに元の壁に戻ってその先の銀鉱脈も復元してやがるからな。こりゃ文字通り金のなる、いや銀の成る樹ってか」
何か上手い事を言ってるつもりみたいだけれど、あまり面白くないわね。
「しかも尼さんの用意してくれた大容量の『アイテムボックス』のおかげで、掘り出した鉱石や採集部位を外に出すのにも『黒鉱剣』の旦那を筆頭に何人かで済むから手がかからねえしよ」
あの手の大量に鉱石や貴金属の入る『アイテムボックス』は盗掘や密輸に使いやすいから、作成も使用も規制がかかっているはずなのに、こんなに用意して貸し出すなんて、ここでの仕事が神殿にとってどれだけ重要か分かるわね。
「今この国では、銀貨の価値が上がっているらしいですから、イーワミ家の吐き出す金貨の量も相当なものになってるんじゃないかしら」
「こりゃあ、『耳無し兎』の言う通り、知り合いの傭兵やら冒険者やらに声かけて数を集めといて正解だったな。丁度『鎮圧戦』が終わって手の空いてた連中や、戦争目当てでこの国に来たはイイがこのままムルズにやとわれて大丈夫か悩んで様子見してた連中なんかが、結構な数捕まったからな。イーワミ家からは紹介料が取れたし、傭兵共には旨い仕事を斡旋して貸しを作れて顔も売れた、しかもそいつらの儲けの二割を仲介料で取れるってんだから、笑いが止まらねえ」
「『百狼割り』は顔が広いって聞いてたけど、まさか数百人も集まるなんてね。戦力が欲しくてたまらないイーワミ家としては願っても無い話なんだろうけれど、それがほぼ全員でこうして銀を掘っていれば、それぞれにとって二割取られても惜しくない儲けでしょうし、『百狼割り』の収入は莫大な額になるでしょうね」
「というか、これだけの鉱石と採集物が有ったら、イーワミ家の金貨は遠からず全部が銀と物に変わっちゃうんじゃないかしら」
それが神殿の思惑で師父に下された指示らしいけれど、何の目的があるのかしら、多めに払った額や鋳造やらの手間である程度価値が目減りするとは言え相当な量の銀貨が創れるはずですし、採集物も加工して販売するから一年もすれば元が取れるどころか儲けになるはず
「これだけありゃ、今回の遠征で部位欠損しちまった連中に、好きに動かせる『簡易魔道具』の義手や義足を付けてやることも、いや『ライワの神薬』を買って多少の後遺症なら治してやることも出来る。それどころか、死んだ連中のカカアやガキも十分食わせて行けて、新しく商売を始めさせたり手に職を付けさせることもできらあ」
なにをみみっちい事を言ってるのやら、これだけの額が有れば、ライワ家傘下の地方貴族、いいえ小国でならちょっとした爵位を買うことだってできそうなのに。まあ、こういう使い方をするから、子分衆も付いて来るのかもしれないし、今回の件でまた増えそうね。
「まあ、アタシはお金に困ってないし、それにお金で買える物よりも、この一時の方が重要だからいいけれど」
「クギャ、キューン、キューン」
ああ、アタシを見てくるその顔、その表情のままで剥製にして飾っておきたくなるわね。眼だけでも取って置こうかしら。
「なあ、聞いたか『臓華師』の姐さんの新スキル」
「ああ『惨華園』だったか、ああやって姐さんの手で仕留めて周りに撒き散らした血や臓物、肉片で囲まれた圏内に居れば、姐さんには各種ステータスの強化に高揚、集中力増加、疲労軽減なんかのバフ効果が掛かって、敵にはステータス低下、痛覚増加、恐怖、逃亡抑止なんかのデバフが掛かるんだろ、そりゃああも楽しそうになるわけだぜ」
「それだけじゃねえ、『血華腸蔓』ってのは、血が粘ついて敵が踏むと歩きにくくなるし、体に浴びれば動きを邪魔する、刃物は斬れ味がなくなるし、臓物も間違って触ると手足に絡み付いて来て動けなくなるらしい」
「俺が聞いた話じゃ『血粧肉装』は姐さんの身体や服にかかった血が硬化して防具の代わりになったり、手に持った肉片や骨、臓物が堅くなって武器になるって内容だったぞ」
あらあら、せっかくの新スキルが三つともばれちゃってるのね、味方じゃ口封じも出来ないのに。
「伝令ー、伝令ー」
あら、あれは、ライフェル教の僧兵よね、こんな所まで来るという事はよほどの事かしら。
「フレミラウ師に対し、神官長猊下からの指示に御座います」
「ふむ、ミカミ、魔物の相手は任せるぞ」
師父が手渡された手紙を一度頭上に掲げた後で、封蝋に押された印を傷付けぬよう注意しながら開封して、中の指示書を確認される。
「ふむ、これは、『百狼割り』殿、貴殿らはここで後十日ほど採掘されるのでしたか」
「お、おう、そうだが、どうしたんでい尼さんよ」
「申し訳ないが、八日後にこの『迷宮』を『鎮静化』する事となりました。そうなりますと、鉱脈の回復も遅くなりますし、男爵家との契約にも影響しましょう」
「なんでい、そんな事か、なら問題はねえ。俺も子分連中も十分稼げたし、俺が声を掛けた他の連中もここでの採掘でこの先一、二年は仕事しなくても遊んでられる位の額は稼いでる。後八日も追加で稼げるなら十分だし、それに男爵家との契約は『鎮静化』の後も迷宮に残ってる魔物の駆除を続けるってなってるからよ、取れる銀が減ってもしばらくの間は好きに掘ってられるから、しばらくはそこそこ稼げるしよ」
もしかして、神殿があの情報屋を使って『百狼割り』が人手を集めるように誘導したのは、これも理由なのかしら。数百人の冒険者、傭兵が十分に稼いで戦場で働く必要が無いとなれば、ムルズ側の雇える戦力も減る事になる、神殿の戦力は僧兵や信者が中心だから、それほど影響しないでしょうし。
「そうでありますか、では皆様がより多くの功績を残せるようお祈りしております」
でも、どうしてこんな急に『鎮静化』の指示が出たのかしら。
「師父、一体何が」
「本日ムルズ王都近辺で変があった、それに伴い神殿軍も動き出す、八日後にこの『人狗銀鉱』の解放を大々的に発表しその数日後に軍の移動と宣戦布告を行うとの事、拙僧等はそれに先立ちムルズ王国南方に展開する神殿の別動隊と合流し、本隊と睨みあっている貴族連合軍の側面を扼し、その動きを掣肘せよとの御指示だ」
他には聞こえぬよう抑えた声で師父が手早く説明されるけれど、とうとう……
「ついに開戦ですか、ですが一体王都で何が」
「今日、リョー殿がムルズ王国近衛軍に捕えられたとの事だ」
R2年9月13日 百狼割りのセリフを一部修正、ライワの秘薬での治療に付いて。
R8年2月18日 誤字修正しました。




