486 潔白の証
いきなり、王女が自分の服を破り捨てるとか何を考えてるんだ。
「シェルとか申したな、其方、これを見てもまだわたくしの名誉を疑うか」
露わになった左肩と左胸を右腕で隠しながら、王女が左腕を上げると二の腕の付け根辺りに赤身が差してるな、あれはたしか。
(『守宮沙』じゃのう、以前にも説明したと思うが純潔を失えば、あの赤味は失われる。故にあれを見せればそれだけで、その者が処女である事は証明されるのじゃが)
でも確か、『守宮沙』を確認すること、というか身分の高い女性の二の腕とか太腿を見る事は裸を見るのと同じ扱いだって話だったよな。それなのに王女はハルの為に……
(ハルはお主の所有する奴隷じゃ、となればカミヤの庇護下に有るともいえる、これ以上話がこじれれば和平に関わると考えたのやもしれぬ。あるいは、自らの純潔を疑われたのがよほど腹に据えかねる事態だったのやもしれぬのう。お主を信じてあのような夜を過ごしたというのに、このような物言いをされてはの)
「で、殿下、それは」
「わたくしは、先ほど、未だにわたくしの名誉を疑っているかと問うたのだぞ、我が問いに何故答えぬ、わたくしの問いを無視し、王女であるわたくしに対して臣下の身で有りながら、許しも無く問おうとするとは無礼千万、マイン貴様の従兄とやらは、貴族を名乗りながら王族に対する作法すら弁えぬのか」
王女の不機嫌そうな問いかけに、マインが慌てたようにブラインドへ向き直る。
「ブ、ブラ、いや、シェル卿、殿下の御下問である、疾く答えられよ」
な、何だろ、この威圧感、別にスキルを使われてる訳じゃないのに、俺のショボい服を着ているだけの王女が凄く立派に見えて来る。
「そ、そのような意図はございませぬ、殿下の名誉を疑うなど、そのような畏れ多い事は決して、けして」
「わたくしは、何度も其方の下衆な勘繰りを否定し、サカキ卿は紳士であったと言ってはいなかったか、その耳に我が声は届かなかったか」
うわ、すっごく怖くて高圧的な感じなんだけど。
「そ、そのような事は、臣下の身に有りながら殿下の御言葉を聞き逃すなど、全て殿下の仰られる通りに御座いますれば」
「ならば、なぜ貴様は我が言葉を疑うのか、王族である我が言葉は、貴様如きが無視し聞き入れぬほどに軽いか、王女であるわたくしの言は、たかだか男爵風情が疑い否定するほどに信が無いか」
「め、滅相もございませぬ、殿下の御言葉を無視し信じぬなど、そのような事あってよいはずが」
気が付けば、いつの間にかブラインドだけじゃなく、周りにいる騎士や兵士全員が馬から降りて土下座してるよ。
「であらば、先ほどまでの貴様の言動は何か」
「そ、それは……」
「王族の肌を暴いた罪は重罪と知って居ろうな」
あ、やっぱり罪になるんだ、でもさそれって、アリなのかな、状況が状況だったとはいえ王女が自分で服を破いたんだよね。
「確かに、で、ですが、それは」
「確かにこの肌はわたくし自らが晒したもの、だが貴様が我が言を信じ、功績あるサカキ卿に礼を持って接して居れば起こり得なかった事態ではないか、貴様の不遜な言動が有ったからこそ、わたくしは肌を晒さざるを得なかったのではないか」
もう、王女はむき出しの左胸を隠す事無く両手を下げて仁王立ちしてるけど、なんでかな、そんな恰好なのに威風堂々としてて不自然に感じないし、俺以外ほぼ全員が跪くか平伏して顔を地面に向けてるから見えてないか。
というか、俺も普通に眺めてちゃまずいだろ、見えちゃいけない物が思いっきり見えてるから俺も罪になりかねないだろ。とりあえず王女に視線を向けないようにしないと。
「ぎょ、御意に御座います」
「王女の言葉を疑い、我が純潔を疑い、ありもしない不名誉を信じ、正当な許しも無く王族の肌を目にするなど言語道断、シェル男爵家のみならずミュデュシュン伯爵家に対しても厳重な抗議をさせてもらう。貴様は別な騎士達がこの場に到着し次第、我が前を辞し、ミュデュシュン伯に事の経緯を説明した後、自宅に戻り王宮より追って沙汰あるまで蟄居致せ」
「ぎょ、御意」
なんか、時代劇の終盤みたいだな、となるとあの『守宮沙』は印籠とか桜吹雪みたいなものか。
「それまでの間に領府と身辺の整理をしっかりと行っておくとよい、思い残す事の無きようにな」
なんだ、一気にざわついたな、それにマインとブラインドの顔色が俯いていても解る位に青くなってるんだけど。
「な、そ、それは殿下、どうかこの者に御慈悲を賜りたく」
マインが慌てたように声を掛けるが、王女は強く手を横に振ってその言葉を続けさせようとしない。
「ならぬ、その者の申し開きは、王宮より派遣される問罪使と告罰使にさせるが良い」
なんだ、どうしたっていうんだ。
(身辺整理を命じたのが余程応えたのじゃろうな。役人等が身辺整理をする場合は役務を辞する場合に、引き継ぎの為に書類や仕事内容を整理する場合で、通常ならば今の言葉は現職務を退くよう言われたような物じゃから、隠居あるいは家の取り潰しとなるのじゃろうが、この場合じゃと)
えっとクビを勧告されったって事か、いや役人じゃなく領地を持ってる貴族なんだから、どっちかっていうと親会社から資金の引き上げや取引停止を宣言されて倒産待ったなしになった子会社みたいなものか。
いやフランチャイズ店のオーナーが契約を切られたような感じかも、さっきの自己紹介を聞いた分だと独立したばかりみたいなのに、まあハルにあんな事をさせようとした奴に同情はしないけど。
(先ほどの流れや王女の言い方を見ると、より重い意味で使っておるのじゃろうて)
え、これより重い意味なんてあるの。
(辞任以外で身辺整理をする時というのはのう、出征の前や重病の際などに、自らの死後に見つかっては困る物を処分し、遺産分けの手続きを進めやすくするなど、後を汚さぬようにする場合なのじゃ、つまりはそう言った意味で身辺整理を命じるというのは末期に思い残す事が無いようにしろと言うことじゃのう)
つまりは、もう死ぬつもりでいろって事、要は死刑宣告みたいなものなのか。
(なあ、これってブラインドがやけになって暴発するなんて事はないのか)
時代劇とかだと有ったりするよね、ほら某将軍様が悪党の屋敷に乗り込んで名乗りを上げて、悪事を知っていると伝えた直後とかさ『上様がこのような場所に居るはずがない、上様の名を騙る不届き者、斬れ、斬れい、斬捨てぇい』みたいな感じの流れがお約束だったりするよね。
(おそらくそれはないのう、マインが領主に助けを求め、大々的に捜索させたのであらば、王女がこの地に居る事は多くの者が知って居ろう。であらば無事な王女が出て来ねば、それは伯爵の失態となり伯爵は何としても原因を検索しようとするであろうし、王女の死亡あるいは行方不明とならば王宮からも調査が入る。この者らがこの場で王女を害せば隠し通す事は出来ぬし、伯爵も大逆者の係累として死を賜る事となるじゃろう)
そんな物なのか。
(これまで王女達を襲ってきた刺客たちは、捕えられ身元を調べられ様とも雇い主である貴族には辿り着かぬような工作がなされておろうし、元正規兵や騎士崩れであれば書類上では縁を切り、指示を出した貴族と形の上では無関係となっておるじゃろうが、この場に居る騎士や兵士ではそうはいくまい、ましてや今ここで王族殺しの覚悟を急に決めよと言っても無理じゃろうて。例えブラインドが命じても兵や騎士は従わなかろう)
やっぱり王族殺しってなるとその位の抵抗感が有る物なのか。
(今の状況ならば、王女の名誉を故意に毀損しようとし、更にその肌を見たこの者らへの罰は、最も悪くて男爵家取り潰しの上、この場に居る者ども全員の処刑という所じゃが、今後の交渉や賄賂次第では男爵家取り潰しや騎士達の引退は避けられずとも、死罪を免れる可能性はあるじゃろうし、騎士達の家は親族に継がす事も可能やもしれぬ、というか王女もそこは計算して居ろう、王が減刑を命ずるなり、王女が許しを与えるなりすれば、それは王宮がこやつ等やミュデュシュン伯に貸しを作った形となるからの)
うわあ、そう言うのも考えての厳しさなのか。
(じゃが王族殺しの大罪となればそのような流れにはいかぬ、どのような事情が有りどれほどの交渉をしようとも、この場に居る者全員はもちろんのこと、その妻子や親兄弟を始めとする親族や郎党の全員が悉く鬼籍に入る事に、それも楽な死に方は許されぬじゃろう。それほどの覚悟をとっさに決めるなど、そうそう出来はせぬじゃろうて)
ああ、それじゃあそうだな、俺なら、多少でも王女様の心象を良くしようとしたり、これ以上墓穴を掘らないようにするか。
「マイン、不快である、この者どもを下げよ」
まだ機嫌が悪そうな王女が手を振って命令すると、マインが顔を上げる。
「殿下、御言葉ではありまするが、警護の者共を遠ざけて万が一の事が有りましては」
「異な事を申すの、其方の叔父君とやらの領地は、多少警護を遠ざけた程度で危うくなるほど物騒なのか」
これまた意地悪な質問の仕方だな、イエスと言えば伯爵の治安維持能力が疑われるし、ノーと言えば王女の言う通りにするしかない。
「そのような事はございませぬ」
「ならば下げよ、馬車が付くまで身辺の警護はサカキ卿とその手勢で十分であろう。かのライワ伯が信用して派遣された寵臣であり、これまでわたくしの身を護って来た実績も有り、どのような状況でも流される事なく役目を全うする、信の置ける傑物であるからな」
(くく、先ほどまでブラインドを叱責して置いて、こうもお主を持ち上げるとはのう、皮肉が利いておるわ。いや、あえて周りに聞かせる事で、周りの者を戒めておるのやもしれぬの、お前達は他国の冒険者ほどにも信用が置けぬとな)
「あのブラインドとか申す咎人へ兵権を持たせる事ならぬ。マイン、其方が直接騎士達の指揮を取れ」
それは、暗にマインも離れろって事じゃ。
「ぎょ、御意のままに」
マインが騎士達を下げ始めたのに合わせて、ハルがその場に座り込んでしまう。
「ハル、大丈夫か済まない俺のせいで」
落ちている『銀狼のコート』を拾い上げてハルの肩に掛ける。俺は、何も出来なかった……
(あの状況では仕方なかろう、王女が裁定をしておる場でお主が何か行動すれば、罪人とは言え周りの目が有る以上、王女はお主等にも叱責を与えざるを得なくなっておったやも知れぬからの)
「構いませんわ、言ったでしょう貴方に何かがあってはわたくし達が困る事になりますから、自分の為に仕方なくやったまでですもの。け、決してあなたの為、などではありませんわ、非常識な思い違いなどなさらないで頂戴」
「だが……」
ハルはあんなに震えて、声も……
「気になさらないで頂戴、それよりも貴方、護衛でありながら殿下を気になさらないでどうなさいますの、それに庇っていただいた御礼も言上しませんと、奴隷でしかないわたくしでは、直接述べる事は出来ませんし」
「それならば構わん、これだけ離れれば、この場の声は騎士達には届かぬであろう、直答を許すゆえ仕草に出さぬのであらば好きに話すが良い。それと済まなかった、我が国の貴族があのような婦女子を辱める外道な真似をするとは、周りの目が有るゆえ頭を下げる訳にはいかぬが、詫びさせてもらいたい、我が国の者が其方等に無礼を成した事を謝罪する」
あ、謝っちゃったよ、王族が俺達に、いいのかこれ。
「どうか、お気になさらないでくださいませ殿下、元はと言えば護衛でありながら殿下と主の御二人だけにしてしまうような事態を防げなかった、我ら戦闘奴隷の失態によるものでございますし。畏れ多くも王女殿下に周囲から誤解を招きかねないような格好をさせた、非常識な我が主のせいでもありますので。もしも殿下のお許しを頂けるのであらば、我ら非才の身ではありまするが、これまで通り、殿下が王領へ戻られるまでの間の護衛を、主ともども務めさせていただけますれば」
あ、あれ、俺が驚いてる間にハルがてきぱきと話を纏めにかかってるんだけど。あれ……
「当然であろう、許すゆえよきにはからえ」
「ありがたき幸せ、このハル、名もなき奴隷の身ではありまするが、主がため、殿下がために、粉骨砕身の想いで事に当たるとお誓いいたします」
後1日
不発弾(blind shell)はしょせんは不発弾という事でしょうか。
今回出てきた『守宮沙』に付きましては『351 鋼指の条件』を読んでいただければと思います。




