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49 奴隷娘の三者三様とプラス2 ~ ハル

今回も長いです、前回より長いです、ごめんなさい上手くまとめられませんでした、まさかハルでこんな長さになるだなんて。


それと後書きでちょっとしたお知らせとお願いが……

「舞い上がれ火の粉、かの場へ降り立ちその火を宿せ、『着火』」


 またこの男が魔法を使っていますわ、こんな事はありえないはずですのに。


 何度見返してもこの男の中を走る『魔力回路』は『闘士』の物、ですのに四日前『照明』の魔法を成功させてからというもの、伝えてもいない初歩魔法を次々と使って見せているだけではなく、見える『魔力回路』とは違う場所を魔力が通っているのはどうなっていますの。

 

「まだまだですわね、魔法の発動から火が燃え移るまで時間がかかりすぎですわ」


 ですけれど、これ以上驚いてなんてあげるものですか、『闘士』なのに使えるとはいえ、所詮は多少便利なだけの初歩魔法、しかも効果も弱いのですから、気にする必要なんてありませんわ。





「ま、魔物ですか、頑張ります」

「『迷宮』の中で生きているのは、初めて見ますね」

「がんばうー」

「わたくしの魔法を見せて差し上げますわ」

「壁を背にしろ後ろを取らせるな、俺とミーシアで壁になる」


 久々の『迷宮』ですわ、こんな少人数で入るのは初めてですけれど吸血蝙蝠ごときすぐに焼き払って見せますわ。


「先手必勝ですわ『火風』」


 掌から風に乗って広がる火が蝙蝠を焼き払っていくのにみんな驚いてますわね、わたくしの魔力が有ればこの位当然ですわ。


 それにしてもこの男、なぜこれほど呪文を知っているのかしら、数日置きに新しい呪文を問うていると言いますのに、一度として詰まることなく暗唱するなんて非常識ですわ。


「この距離でしたら、届きます」


「えっと『ひきょうぼうぎゃい』」


 サミューのムチと、アラの魔法が蝙蝠を落としていきますけれど、この二人も謎ですわね。


 奴隷店にいたころは、ただの侍女奴隷としか思いませんでしたのに、初めて見る魔物を前にして何の恐れも無く戦っているだけでなく、しっかりと倒せているなんて、どうなっていますの。


 アラにしても、ダークエルフがこんなところにいるだけでも非常識ですのに、あの幼さで苦も無く魔法を使っているなんて。


「俺が前に出て落ちた奴を叩く、ミーシアは三人を守れ」


 ですけれど、やはり一番異常なのはあの男ですわね、目の前では重さなど感じさせないような動きで、大剣を持ったまま空中を飛び回ったり、さらには天井や壁だけでなく倒した蝙蝠ですら足場にして跳んでいますわ。


 あれは飛行魔法、いいえ、運動補助魔法や重力制御魔法を使ったのでしょうか、いいえそんなはずはありませんわ、魔力の流れは『闘気術』の物だけですし、そういった補助魔法を使った様子はあの男はもちろん他のメンバーにもありませんわ。



「なんですのあの非常識な動きは、ありえませんわ」

「す、すごいです、私なんて……」

「りゃー、アラもアラもー」

「あんな動きで攻められたらどうなるんでしょう」


 他の娘たちは、驚いてはいても、気付いていないみたいですわね、あれがどれだけ非常識なのか。


 いけませんわね、今は戦闘中ですのに、驚くのも検証するのも後で幾らでもできますわ、今すべきは目の前の敵を倒していくそれだけですわ。


『熱蒸弾』『ひゅううが』


 わたくしとほぼ同時にアラが魔法を放ち同数の敵を撃ち落とすだなんて、わたくしがこんな子供に負ける訳には行きませんわ。


『小火陣』


『詠唱短縮』と『高速詠唱』を使って一気に次の魔法を組み上げますわ、通常よりも多くMPを使いますけれど『MP回復』と『MP消費軽減』のあるわたくしでしたらすぐに何とかなるはずですし。


「えーい」


 弓ですって、わたくしが呪文を唱えている間に、呪文を唱えながら弓矢で撃ち落としていくだなんて、この子も非常識ですわ。


 わたくしの活躍もあって短時間で蝙蝠たちを駆逐できましたけれど、死骸の量がすごいですわね、避けて歩くのも一苦労ですわ。


「あ、あの蝙蝠はどうするんですか」


「そうだな、羽は素材として売れる、回収しておこう」


 その言葉に思わず周りを見回してしまいましたわ、前後左右見える範囲の床はそこら中に蝙蝠の死骸が転がっていると言いますのに、いちいち拾うというのかしら。


「冗談でしょう、こんなにいますのよ」


 そんな暇があるのなら『迷宮』の奥に進んでもっと価値の高い魔物を探したほうが効率的ですわ、ちまちまと廉価な部位を集めるだなんて冒険者のする事ではありませんわ、なのに。


「かしこまりました」

「アラもやるー」


 なぜこの娘達は何の疑問もなく作業を始めるのかしら、こうなってしまうと言い出しにくいじゃありませんの。


 これだから貧乏人は嫌ですわ。






「通路まで戻れ、ミーシアは扉で後衛を守れ、俺が蹴散らす」


 部屋に入った途端、大量の魔物が待ち構えていましたわ。これは不味いかもしれませんわね、というよりあの男一人でこの数をどうにかするつもりですの、それでしたらお手並み拝見させていただきますわ。


 続けざまに放たれた氷の弾も大型の火球もあっさりと避けられてしまいましたわね、なってませんわせっかくの『魔道具』を無駄撃ちしてしまいますなんて。


「と、通さない」

「アラちゃんには触らせません」


 と、こちらにも魔物が来てしまいましたわね、見ているだけでなくてそろそろ魔法を使うべきかしら、他の娘達に護られるだけだなんて癪ですもの。


「リョー様」


「りゃー、『ひゅううが』」


 数発の魔法で魔物の数を少しづつ減らしている間に、突出していたあの男が囲まれたみたいですわね、まったく連携という物を考えていないのかしら。


 そうも言ってられませんわね、魔物に群がられているあの男に何かあれば『懲罰』でわたくし達も絞殺されかねませんし、そうでなくともこのまま放っておけば首が絞められてまともに戦えなくなりますわ、そうなればわたくしたち全員が終わりですもの。


「ご主人様、ご無事でしょうか」


「あ、あんなに群がられて、でも、私が動いちゃったら、みんなが」


「これでは通路からまともに狙えませんわ」


 もっと入口から狙いやすいところにいればいい物を、仕方ありませんわね。


 呪文を唱え終えて魔法を完成させてから部屋へと走り込んで群がっている魔物を打ち払います、これであの男も逃げれるはずですわ。


「ハル、俺のまわりより奥だ、奥にいる蝙蝠を焼き払え」


「キカッ、キカッ」


 なんですの、急に魔物がわたくしのほうに群がって、あの男が言っていた奥の蝙蝠というのはひょっとしてフロアボスの事かしら、まさか、作戦系統のスキル持ちですの、それでしたらこの魔物の動きも説明が付きますけれど、まあどちらにしましても。


「これでは、呪文が唱えられませんわ」


 短剣を振るって一匹を倒しても別な数匹が噛み付いてきますわ、痛いですけれど戦闘中ですし我慢ですわね、肌に傷が残らなければいいんですけれど。


「ハル、通路に戻れ、他はハルを支援しろ」


「は、はい、こっち、こっちに来て」


 ミーシアが『引き寄せ』スキルを使って、わたくしに群がっていた魔物たちを引き受けてくれます。


 臆病なあの子が勇気を使って作ってくださったこの好機を、退却だけで無駄にしてなるものですか、この魔法で。


「行きますわよ、『火矢幕』」


 無数の火の矢は狙い違わずにボスを仕留めましたわ、仕留めましたけれど火で興奮した魔物たちがわたくしの方へ向かってきてますわ。


「待ってろ、今助ける」


 言葉だけでは無く早く助けなさい。




「お、終わりましたけど、ごめんなさい私のスキルじゃこれ以上は、ごめんなさい」


 治療を終えても残っている無数の傷跡を確認していたわたくしに気付いて、ミーシアが頭を下げてきますけれど、彼女が謝る事ではありませんわ、彼女が簡単な回復魔法しか使えないのは彼女だけのせいではありませんもの。


 ミーシアが中途半端になっている原因は、こんな子に五つも職業を取らせた者たちにあるのですから本人が気にする事ではありませんのに。


 お父様たちも何を考えて補助職に就いていたこの子に『剣士』や『重歩兵』を取らせたのかしら。


 奴隷の責任は主にあるのですから、この娘はわたくし達を恨んでもいいはずですのに自分の非力ばかりを気にして。


 そうですわ、主の責任と言えばあの男は。


「ありがとう、疲れたでしょう、おかげで痛みは完全に消えましたわ、出血も全部止まりましたし、それよりも」


 ミーシアに軽く礼を言ってからあの男に向かって行きます。一言だけでも言ってやらねばわたくしの気が済みませんわ。

 

「ちょっとあなた、一体何を考えていらっしゃるのかしら、わたくし達を殺す気ですの」


 この顔は、どうやら自分が何をしたのか解ってらっしゃらないみたいですわね。


「あなたが魔物に群がられて死にそうになっているのを放置すれば、わたくし達の首輪が締まってしまいますのよ、そうなったら戦いどころじゃありませんわ、それを解ってらっしゃるの」


 なんですの考え込んで、非常識なだけでなく頭も弱いんですの、馬鹿ですの。


「奴隷の扱いがわからないのでしたら『迷宮』になんて連れてこないでちょうだい、そんなにボロボロになって、って、あら怪我がありませんわ、これはどういうことですの、こんなのは非常識ですわ」


 全身を見回してもあれだけ有った噛み傷が一つも残ってませんわ、噛まれた場所の少ないわたくしの方が負傷が多いだなんてどうなってますの。


「ああ、俺の持ってる『魔道具』の効果だ、大抵の怪我ならすぐに治る」


 この男は何かとんでもない事を言いませんでしたか、こんな短時間であれだけの傷を全部治すですって、かなりレベルの高い治療師の術と同等の事の出来る『魔道具』ですって、そんな非常識な物が、いえそれよりも。


「そう言う大事な事はきちんと教えて下さらないかしら、それさえ解っておりましたら、助けたりはしませんでしたのに」


 ほんとうに、こんなに傷跡を残したわたくしが馬鹿みたいじゃありませんの、あんなに必死になってまるっきり道化ですわ。


「そうだな、すまなかった、これは伝えておくべきだった許してくれ、それとさっきは助けてくれたんだろう、ありがとう」


 な、なんですの、そんなにあっさり頭を下げるだなんて、これでは怒るに怒れないじゃありませんの。


「わ、解ればいいんですのよ、あら、ひょっとしてあの非常識な動きなども全部そうなのかしら」


 そう考えればあの非常識な動きも説明が付きますわ、付きますけれど。


「ああ、『軽速の足環』という『魔道具』の効果だ」


 あっさりと肯定しましたわね、この男は『魔道具』の価値を解っているのかしら。


「あの三つの指輪でしたり、その『魔道具』でしたり、ただの冒険者が『魔道具』を何個も持っているなんて非常識ですわ、ですけれどここまで非常識が続きますともう何があっても驚けないような気がいたしますわ、ところで他にも何か隠しているんじゃありませんこと」


 これ以上この男の非常識に振り回されるのはごめんですもの、この男ならまだ何か非常識な秘密が有ってもおかしくありませんもの。


「いくつか話せない事もあるが、戦闘に関してならハルも知っての通り剣の他に魔法を練習中だという事くらいだろ」


「ひょっとして、ご主人様のお食事も何か理由があるのですか」


「ああ、僧侶の資格を貰った時に、酒、なまぐさ、後は他者との粘膜に触れあうような行為は避けるように言われてな」


 本当の事かしら、いくつか話せない事というのがとても気になりますけれど。







「せっかく椅子が有るんだ、ここで休憩にしよう」


「それでは食事にしませんか、大分歩きましたし」


 やっと休憩ですの、疲れましたわ、『迷宮』に入ってから数回の小休止をしただけでほとんど戦いっぱなしでしたもの、それにしてもこの男、あれほどの爆発の直撃を受けても全く問題ないだなんてどうなってますの。『闘気術』で身体強化して耐えていたとはいえ、直後に傷が全快するだなんて、あの腕輪はただの『魔道具』とは思えませんわ。


「そうだな魔物の肉でいいのか、そのあと少し睡眠もとろう」


「解りました、ミーシアちゃん、ハルさん手伝ってくださいね」


「はい……」

「解りましたわ」

「ごあんーごあんー」


 そうですわね、わたくしもパーティーメンバーなのですからしっかりと自分の役目を果たしませんと。


 わたくしは料理は出来ないので、サミューに言われて各自の食器を用意していきますけれど、これだけ有ると結構重いですわね、陶器を選んだのは失敗でしたかしら、疲れているせいでなおさら。


「あ」


 失敗しましたわ、疲れているとはいえこんな失敗をするだなんて、わたくしらしくもない。


「怪我は無いか」


「ええ、ですけれど」


 わたくしの足元に散乱する食器は四セットしかありませんわ、この男が使用する金属製の物は多少傷が付いただけですし、他の娘達が使う木製の物も何ともありません、ただ私の用意した陶器製だけが粉々に砕けて跡形もなくなっていますわ。


 この男は黙ったまま、割れた食器の欠片を拾っていますけれど、言いたい事が有るのでしょうから早く言えばいいでしょうに。


 あなたの忠告を無視して、陶器製を買ったからこうなったのですから、嫌味の一つでも言いたいのでしょう。


 それとも、食器の無いわたくしだけ食事抜きにするつもりかしら、ええいいですわ、覚悟は出来ましたもの、なんとでもすればいいのですわ。


「ハル、俺の食器を使え」


「な、何を言っておりますの」


 この男は何を言っていますの、わたくしがわがままを言った結果で失敗したのですから、この事態もわたくしの責任ですのに。

 

「俺は肉を食わないし、代わりに果物を取れば茶も必要ないからな、ほとんど使ってないし、しっかり洗っているから安心しろ」


 そう言う事ではありませんわ。


「作りの脆い高級品を買って『迷宮』で困る事になっても知らないんじゃなかったかしら」


 あなたが言った事ではありませんの。


「こんな所でへばられても困るからな、これに懲りたら少しは贅沢を控えるんだな」


 そう言う事ですの、それでしたら仕方ありませんわね。


「ふん、そこまで言うのなら使ってあげますわ」







 仕込杖を抜いて、群がる蝙蝠を切り落としていくわたくしの周りでは、サミューとミーシアも同じようにそれぞれの武器を振るっていますけれど、こう数が多くては焼け石に水ですわ、『詠唱短縮』と『高速詠唱』で発動する時間さえあればこの程度の魔物など一撃ですのに。


「ハル、魔法が使えないか」


「非常識な事を言わないでちょうだい、きゃ、この状況では、うっ、呪文なんて唱えてられませんわ」


 それが出来ましたらとっくにやっておりますわ、こんなに群がられて魔法なんて使えるものですか。


『火炎旋風』


 ただ手を伸ばしてスキル名を唱えるだけだなんて何のつもりですの英雄絵巻の読み過ぎですわ、えっ。


 そんなこれだけで火炎魔法が発動するだなんて、もしかして『無詠唱発動』ですの、ありえませんわあれは最低でも『魔道師』以上でないと出来ないはずですのに、しかも。


「無詠唱でこんな魔法、本当に非常識ですわ」


 あれは簡単な魔法を使って相手に隙を作らせるための物ですのに、これだけの魔法を使うなんて異常すぎですわ。





 食事を終えたミーシアが、寝ているあの男に近づき必死になって『止血・鎮痛の指先』を使っていますけれど、これは止めないといけませんわね。


「回復魔法なんてかけるだけMPの無駄ですわよ、『魔力回路』の暴走でできた傷は簡単には治りませんもの」


「ミーシアちゃんはご主人様が心配なんですね、でも無理はしないでね」


 無理ですって、解ってませんわね。この『魔力暴走』の傷を治そうと回復魔法をかけること自体が、すでに無理することが前提になってますのに。


「サミュー何を仰ってますの、ここは『迷宮』ですのよ体力も魔力もいざという時の為にとって置かないといけませんのに、治らない傷の為にMPを使うなんて止めるべきですわ、ただでさえ回復魔法はミーシアしか使えませんし」


 話している間にもミーシアは回復魔法を続けていますわ、もうこの子は、見ているうちにミーシアの顔色が悪くなっていってますわ。


「おやめなさい、それ以上やれば『魔力枯渇』を起こしますわよ」


 いえこのままですと、ミーシアの体も損ないかねないですわ。


「ちょ、ちょっとお腹が空いたんで、外にいってきます」


「え、ミーシアちゃん、さっき食べたばかりなのに」


「まう、ぺこぺこなお」


 アラやサミューは解ってませんわ、いくら大量に魔力を使ったからと言ってお腹が空くはず、いえ、あそこまで使ってしまえば食欲自体無くなるはずですのに。


「は、はい魔力を使ったからかもしれないです」


 サミューに無茶をするなと言われたばかりですのに、外に出てったミーシアを追いかけ部屋の中から聞こえない程度の大きさで声をかけましたわ。


「何をやっていますの」


「えっと、お腹が空いたから」


 そんな顔で言っても説得力が有りませんわ、第一あなたが普段どのくらい食べるかなんて、わたくしはよく解ってますのよ。


「嘘をおっしゃい、いくら貴方でも狼二頭分も食べてこんなにすぐお腹が減るわけないでしょう、それもわざわざ『獣態』までとって」


「解ってるのでしょう。あなたのスキル程度ではあれだけの傷を癒す事なんて出来ませんわよ」


「で、でも、わたししかできないし、それにリョー様が痛そうだし、これくらいしかできないし」


「もしも出血を止める事が出来ても、そんな事をすれば体を壊すかもしれませんわよ」


 この子はわたくしの妹みたいなものですわ、わたくしの家で唯一の同年代の少女、歳の離れたお兄様やお姉様たちの中で、唯一気を使わずに話の出来る相手、とはいえこの子はそう思ってないでしょうけど。


「わ、分かってます、でも白熊族は獣人でも丈夫な方だし」


 ほんとこうなると頑固ですわね、お兄様達のように鞭でも使わないと、言う事を聴かないでしょうね、内気で臆病なくせにこういう時だけはもう。


「分かりましたわ、好きになさい、ですけれど体を壊すような無理はしないでちょうだい、あなたが倒れたらみんなが困るのですから」


「は、はい分かりました」


「サミューとアラを眠らせておきますわ、誰かに見られてると貴方も集中できないでしょうし」


 いくらあの二人でも何度もやれば心配するでしょうし、そうなればミーシアが気にして負担に感じるでしょうから。





「ハル様、リョー様はだ、大丈夫なんでしょうか、もしかしたら私の魔法が効いてなかったり」


「そんなはずはありませんわ、見ての通り傷が完全に塞がっていますもの、これで効いて無かったらそれは回復魔法でどうにかなるものではありませんわ」


 もう少し自分のスキルに自信を持てばいいのですけれど、何とかならないかしら。


「で、でも目を覚まさないですし」


「寝てるだけですわ、それよりミーシアも寝たらどう、MPは回復しても疲れはあるのでしょう」


 と言っても聴かないんでしょうね、仕方ありませんわね、ミーシアに気付かれないよう小さな声で呪文を唱えてから向き直ります。


『入眠』


 多少魔法抵抗力が有ってもこれだけ疲れていれば、抵抗は無理ですわ、心配そうに腕をつかんだままの姿勢で寝込んでしまいましたわね。


 ほんっと、手のかかる子ですわ、でもまあそのお蔭で新しいスキルを覚えられたみたいですし、結果はよかったと思うべきでしょうね、五つも職のあるミーシアがスキルを増やすのは難しい事なのですから。


 ミーシアの横顔を眺めながらお茶を飲んでいると、やっと目を覚ましましたわね。


「『見知らぬ天井だ』ってのが、お約束なんだけどな」


 お約束、いったい何のことですの。


「何時の間に俺はサミューに膝枕されてたんだ」


 とりあえず、寝ぼけてはいないみたいですわね。


「さっきまで心配そうにしていたのですけれど、休憩にならないので魔法で三人とも眠ってもらいましたわ」


「交代で見張っていたのか、悪いことをしたな交代しよう」


「当然ですわ、と言いたいところですけれど怪我人にはおとなしく寝ていてほしいですわね、それにあなたが動けばみんな起きてしまうでしょうし」


 まあもう怪我は治っていますけれど、それでも体力は消耗しているでしょうし。


「ミーシアに感謝する事ね、食事で若干のMP回復が出来ると言っても限界まで回復魔法を使い、魔物を食べてからまた回復魔法を使うなんてことを繰り返して体に負担がかからない訳がないでしょうに」


 ほんとにもう、この男にはもっと奴隷の事を考えてほしいものですわ。


「あんなに食べてしまって、年頃の婦女子が太ってしまいましたらどうするつもりなのかしら」


 嫁入り前のこんなかわいい子が、太ったために婚期を逃してしまいましたら、この男に責任を取らせて見せますわ。


「回復魔法が効きにくいはずの『魔力暴走』の傷をここまで癒したのですから、よほど無理をしたのでしょうね、まあその分熟練度も上がって新しいスキルが使えるようになったみたいですけれど」


 まあ、それだけは怪我の功名と言ったところですわね。


「『魔力暴走』による怪我ですと小さな傷でも血が止まらずに命に係わる事も有るのですけれど。ミーシアが起きたらきちんと誉めてあげることね、あなたの怪我の責任をまだ感じているようでしたし」


 ほんと命の恩人と言ってもいいくらいの働きをしたのですから、しっかり誉めて安心させてあげないと許しませんわよ。


「そうさせてもらおう、それと見張りをありがとう、他の連中の疲労を考えて交代したのだろう」


「わ、解っていらっしゃるようね、感謝いたしなさい」

 

 わたくしの事は誉めなくてもいいのですわ、急にそんな殊勝な事を言い出すなんて、非常識ですわ。


「聞きたい事が有る、魔法の事を詳しく教えてくれ、どういった現象なのかを事細かく」


 今何をほざいたのかしらこの男は、そんな事は見習い魔法士の段階で教わるはずでしょうに、あれだけ呪文を知っていながらそんなはずは……


「何を今更、いくらあなたでも魔法の基礎くらいは知ってらっしゃるでしょうに」


「すまないが、ほとんど知らないんだ」


 本気みたいですわね、何を考えて今まで生きて来たのか半日くらい問い詰めたいものですわね。


「仕方ありませんわね、一度しか説明いたしませんのでよく聞きなさい~~」




「~~あなたがなぜ魔法を使えるのか教えて下さらないかしら」

 

 タイミングを見て、話を切り出しましたけれど、動揺してる様子はありませんわね。


「それは、お前が教えてくれたからだろう」


 つまらないとぼけ方をしていますわね、それでしたら。


「いい直しますわね、『闘士』であるあなたの『魔力回路』でなぜ魔法が発動するのでしょうか」


 これは絶対にありえない事ですわ、一人一つしかない『魔力回路』を使う『闘気術』と『魔法』は両立することが絶対に不可能なはずなのですから、もしそれを覆す方法を手にする事が出来ましたら、魔法の可能性は今までとは比べ物にならないほど広がるはずですわ。


 ですのに。


「何を言っているのか解らないな」


 この男はまだとぼけますの、逃がしませんわ。


「わたくしの『魔力視認』スキルを甘く見ないで頂けるかしら、あなたが戦ったり魔法を使っている時に魔力があなたの体の中をどのように巡っていたのか、しっかりと見ていましてよ」


「特殊体質なんだ、それだけの事だが珍しいらしくてな、周りから変な目で見られるかもしれないので隠していた」


 特殊体質ですって、何かの修行や霊薬などで無く生まれつきという事ですの、それでしたらわたくしが同じ様になるのは難しいのかしら、いいえ、それでも何か手がかりが有るかもしれませんわ、これからはしっかりと観察いたしませんと。


「わ、わかりましたわ、そういうことにしておきましょう」







「まあ、食べれなくは無いと言ったところかしらね、サミューが焼けばもっとおいしかったでしょうけど」

「及第点ですね、火の通りがまだまだです」

「おにく、おにく、はふはふー」

「あ、あの残ったお肉は食べても……焼かなくても大丈夫です」


 全く非常識ですわ、焚き火の火を『魔力操作』で操って肉を焼くだなんて、『魔力回路』で生み出した現象以外の自然物を操るのがどれほど難しいのかこの男は解ってるのかしら。


 しかも同じようにしてスープの水分を操作して手を使わずに飲むだなんて、こんなの。


「また非常識な事をしていますわね」


 他に言いようが有りませんわ。





「ご主人様、どうしますか」


「助けるしかないだろ、あの状態を見捨てられるか」


「あら、わたくし達はユニコーンを狩りに来たのじゃなかったかしら」


 わたくし達の見つめる先では、ユニコーンとおもわしき獣人達が冒険者に襲われていますわ、個人的には助けたいのですけれど、それよりもこの男は。


「獣人だとは知らなかった、魔物だと思っていたんだ」


「そう言う事だったんですか、安心しました、ご主人様の命令では仕方ないとはいえ、やはり人を狩るのは抵抗が有ったので」


「まったく、あなたが非常識なのは今に始まったことではありませんけれど、一般常識すらご存じなかったんですのね」


 本当にあり得ませんわ、どんな生活をすればここまで偏った知識になるのかしら。


「と、ともかく行くぞ、出来れば人死には出さないようにしたい、俺が指示するまでは威嚇に留めろ」


 まあ、悪党で無い事は確かみたいですけれど。


「あれか、娼館の『迷宮』出張ってか、なかなかの上玉を揃えてるじゃねえか、あんちゃん一人当たり幾らだ、後払いでいいなら高くてもいいぞ、角を持ってきゃあひと財産だ、それとも角のかけらで物納するか」


 なんですって、よりによってわたくし達を娼婦ですって、こんな侮辱は絶対に許せませんわ、火炎魔法で徹底的に焼却してあげますわ、それとも一か八か『溶岩密封』の練習台にしてあげましょうかしら。


「悪いが引き上げてくれないか、お互い怪我はしたくないだろ」


 なにを言ってますの、こんな無礼な人攫いなど皆殺しにしても飽き足りませんわ。


「横取りってか、あんちゃん、そりゃ虫がいいんじゃねえか、十日も『迷宮』にこもってやっと見つけたユニコーンだってのによ」


「邪魔くせえし痛めつけてやりゃいいじゃねえか、そうすりゃただで奴隷をよこすだろ」


 よっぽど死にたいみたいですわね、いいですわすぐにでも黒コゲにして差しあげますわ……


 早く攻撃命令を出さないかしら、そうしないと焼き払えないじゃありませんの、自分達で奴隷を奪う盗賊だと宣言していますのに、まったくわかってませんわねこの男は。


「あまり人を斬りたくはないんだがな」


 また甘い事を言ってますし。


「なんだやるのか、人数差分かってるのか、こっちは18人いるんだぞ」


 先手必勝とばかりに、人攫いたちに切りかかっていきますけれど、どれも寸止めだなんて、一気に切り刻んでしまえば良い物を手緩過ぎますわ。


 ですがこれでは、魔法を放てないじゃありませんの、一人で全部片付けてしまうつもりですの。


「はったりだ、女を人質にすりゃこんな若造」


 そうですわ、こちらにいらっしゃい自衛の為と言い訳が有れば、遠慮なく火炎魔法をお見舞いできますわ。


「そう思うならやってみろ、ただ、その前に何人か減ることになるぞ」


 何人かなんて冗談じゃありませんわ、全員火だるまにして見せましてよ。


 わたくしの前ではミーシアが『獣態』をとっておりますし、その横ではサミューも戦闘準備を終えてますもの、邪魔される事無く強力な魔法を使えますわ。


「ま、魔法使い」


 やっと気づいたみたいですわね、さあかかってきなさい、そしてわたくしの魔法に恐れおののきなさい。


「あんな、デカイ熊人をだと」


 ミーシアに恐れを抱いているのね、当然ですわこの子は出来る子ですもの。


「何なんだあの女は、こんなすげえのばかり連れて、手懐けてやがる」


 納得がいきませんわ、これではまるでわたくしがサミューの付き添いの様ではありませんの、いったいどういう事ですの。







 あの後、人攫いを撃退しユニコーン達を助けてから下山することになったのですけれど。


「落ち着きなく飛び回って、まるで子供のようですわ」


 いくら『魔道具』の効果とは言え、こうも非常識に飛び回っていると目障りですわね。


「ご主人様には何か目的が有るのでしょう、ユニコーン狩りが無くなったので他の稼ぎ方を考えているかも」


 お金の事ばかり考えるなんて下賎ですわ、と言いたいところですけれど借金のために奴隷になった身では何とも言えませんわね。


 あら、何か落ちてきたような……


「崖崩れだ、逃げろ」


 こちらへと押し寄せてくる土砂を睨みつけてから、一気に呪文を唱え上げます、この距離でしたら十分に間に合うはずですわ。


「くっ『岩壁結界』早くここまでいらっしゃい」


「アラちゃん、しっかり掴まってて」


 とっさに唱えた呪文でしたけれどうまくいきましたわ、サミュー達も飛び込んで来ましたし、後は……


「ミーシア、お急ぎなさい」


「もうちょっと」


 このままでは間に合わなそうですわ、何とかいたしませんと。


「ミーシア、武器と盾を捨てろそのままじゃ間に合わないぞ」


 この男もいい判断をいたしますわね、たとえ死んでも高い武器を大切にしろなんて言おう物でしたら、『懲罰』で刺し違える事になってでも攻撃魔法を浴びせる所ですけれど。


 ですのに。


「せっかくリョー様から、貰った武器なのに……」


 どうしてあの子はこういう時ばかり言う事を聴かないのかしら、いつもは従順すぎるくらいですのに。


 大きな岩が次々と降りかかってミーシアの体を打ち据え……


 あら、全部盾で防いでいますわね、彼女よりも大きそうな岩もあるのですけれど。


「ミーシアも非常識ですわ」


 大切なあの子に思わず失礼な事を言ってしまいましたけれど、この状況では誰も責められないと思いますわ。


「いえまだです、あの岩が」


 なんですのあの岩はあんなの大きすぎますわ。


「ハル、魔法であの岩を砕けないか、このままだとミーシアに直撃する」


「無理をおっしゃらないで、この岩壁が壊れないように強化し続けるだけで精一杯ですわ」


 そんな事ができましたら、言われなくてもとっくにしていますわ。


「砕け散れ我に刃向う敵共、砕け散れ我を阻む障壁、その尽く砕け散り、我が道を……」


 なんですのこの呪文は、確かお父様が一度だけ使われていたはず、そうですわこれは、この呪文は、そんなの無理ですわ、『火炎旋風』ですら片手が血まみれになりましたのに、それよりもかなり上位の魔法を使おうものなら。


「お待ちなさい、何の呪文を使おうとしているか解っていらっしゃるの、『大破砕』なんて、そんな呪文を使えば反動が」


 とっさの忠告も間に合いませんでしたわ、組み上げる途中で暴走したにもかかわらず、これだけ出血するという事はやはり『大破砕』を使うつもりでしたのね。


「魔法の規模に『魔力回路』が耐えられずに発動しなかったみたいですわね、もし発動していればその程度の怪我ではすみませんわ」


 この男は自分の分をわきまえるべきですわ、もっと別な魔法でしたら……


「うわああああ」


「なんて非常識なのかしら、こんな事って」


 またミーシアを非常識だなんて言ってしまいましたけれど、今度こそ本当にあり得ませんわ、あんな大きな岩を一人で支え切るだなんて、隣にいる非常識男以上にありえない事ですわ。


 ですけれど足場が崩れかけていますわ、このままでは。


「や、やってみ、きゃああ」


「ミーシア、くっ、サミュー、アラの事は任せた、ハルは二人を安全な所まで守れ」


 がけ下に落ちていくミーシアを追うように、隣にいた男が飛び降りていきますけれどどうするつもりですの。


「ちょっとお待ちなさい」

「ご主人様なにを」

「りゃー、アラも」


 飛び出そうとするアラを抑え込んだサミューがアイテムボックスからロープを取り出していますけれどまさか。


「サミュー何をするつもりですの」


「ご主人様とミーシアちゃんを助けに行きます」


 やっぱりですのね、サミューはいつも冷静そうですのに、いざとなると自分の危険を忘れるのは悪い癖ですわ。


「冗談を言わないでちょうだい、こんな崖崩れ貴方じゃこの結界から出た途端ひとたまりもありませんわ」


「ですけど、そんな状態の中に二人は」


「ミーシアは立派な重歩兵ですわ、この程度ではびくともいたしませんし、あの男ならそもそも巻き込まれたりいたしませんわ」


 悔しいですけれどあの素早さなら、崩れる岩の上でも飛び回れそうですし、まあ『魔道具』のおかげでしょうけれど。


「それでも」


「第一貴方が行ってどうなるのかしら、それにわたくしに子守をさせるつもりですの、それともアラも巻き込むつもりじゃありませんわよね」


 多分、サミューにはアラを持ち出すのが一番効きそうですけれど、ちょっと卑怯かしら、ですけれどわたくしをアラと二人で残されても困りますし、幼児の世話なんて何をどうすればいいのかさっぱりですもの。


「それならどうするのですか、このままでは」


 それもそうですわね、奴隷が主人を見捨てたとなれば『懲罰』が発動しそうですし、あら、そういえばあの男は飛び出す直前にきちんと指示してましたわね、これなら問題はありませんわね。


「とりあえず馬車まで戻りますわよ、あの男の命令でもある事ですし、アラや貴方の安全を確保しましたら、わたくしが『鳥態』になって空から捜索いたしますわ、あなただってこんな『迷宮』の中にアラを置いておくのは不安でしょう」


 これだけ言えばサミューも納得するでしょうね、まったくあの男はわたくしに面倒事を押し付けて一人でいいところを持っていこうとするなんて、見てなさい合流したらただじゃ置きませんわ。


 


 朝のすでに暖かくなりだした空気の中に翼を広げて飛び立つ準備をするわたくしの前では、アラを抱えたサミューがこちらを見ています。


「いいですこと、危険が無い限りここから動かないでちょうだい、あなた達まで見失ったら面倒ですもの」


「分かりました、ハルさんお願いしますね」


「言われなくても解ってますわ、それと近くに魔物がいた場合はすぐに降りて殲滅を優先しますわよ、あなたたちの安全も重要なのですから」


 結局昨日のうちに下山はできませんでしたわ、まさか他の所でも崖崩れが有るだなんて、おかげで帰り道が解らなくなってしまいましたわ。


 とりあえず夜のうちに周辺の魔物を駆逐しましたから、わたくしがいなくてもサミュー達に危険はないでしょうけれど。


 徹夜で魔物狩りのあとに、飛行だなんて明らかにわたくしの負担が大きすぎますわ、それもこれもぜんぶあの男のせいですわ、すぐに見つけて文句を言ってあげますわ。


 一気に羽ばたいて上空へと上がり、周辺を見回しても魔物の姿はありませんわね、これでしたら探しに行っても大丈夫そうですわ。


 まずは崖の方から見るべきですわね。


 それにしても一晩別行動だなんて、もしもあの男がミーシアに不埒な事をしていましたらどうしてくれましょう。


 あら、あれは魔物の死体ですわね、あの傷はもしかしましたら。


 高度を下げて確認しましたけれど、やはりミーシアの爪で倒されたみたいですわ、それでしたらこの近くにいるのかしら。


 もう一度上空にあがって周囲を見回すと、居ましたわ、食事中のミーシアと包帯を巻いたあの男、それにユニコーンが二人、一人は昨日いた娘のようですわね、ちょうどいいですわユニコーンならば帰り道を知っているかもしれませんし。


 高度を落としながら近づいていきますけれど、あの男は何をしていますの。


 わたくしの方に向かって、右手を握ったまま向けていますけれどあれはまさか、『魔道具』で攻撃するつもりじゃありませんの。


 万が一に備えて回避できるようにした方がいいのかしら、もしも撃ってきたのなら絶対に許しませんわ。


「ちょっとあなた、今わたくしを撃ち落とそうとしていませんでした」


 無事に降りれましたけれど、あの仕草だけでも文句を言うには十分ですわ、怖かったんですもの。


「あれは手を振っていただけだ、俺の地元では空を飛んでいる相手への合図に手を振るんだ」


「それはわたくしの故郷でもそうですけれど、どうみても指輪を向けてわたくしを狙っているようでしたけれど」


 一瞬誤魔化されかけましたけれど、合図なら手は開いてるはずですわね。


「それよりもサミュー達はどうしたんだ、ハルがここに居るなら二人だけで待ってるって事だろう、大丈夫なのか」


 この男も一応は仲間たちの心配はしていたみたいですわね。


「それは大丈夫ですわ、この『迷宮』の目立たないところに隠れていますけれど、周辺の魔物は一掃しましたもの」


 それなりの数が居ましたけれど、おかげで。


「最近覚えた魔法の熟練度を上げるのにちょうどよかったですわ」


 今なら『溶岩密封』でも成功しそうな気がしますもの。


「しかしなんでそんなことをしたんだ、馬車まで戻ればいい話だろう」


 わたくしだってできる事ならそうしたかったですわよ、仕方ないじゃありませんの。


「先の道も崩れていましたの、アラだけでしたらともかくサミューを連れて飛ぶ事はできませんもの」


 間違ってもサミューには言えませんけれど、重たくて飛べないだなんて婦女子に言っていい言葉ではありませんわ。


「それなら、今から戻って二人を連れてきてくれ」


 この男はバカですの、それともわたくしに喧嘩を売っていますの、それが出来るのならとっくに二人とも『迷宮』の外に出していますわ。


「わたくしの話を聞いていませんでしたの、それともおバカなのかしら」


「これをサミューに使えばいい」


 足に付けていた『魔道具』を外してこちらに投げてきますけれど、これは……


「これはあの非常識な『魔道具』ですわね、これがどうしたのかしら」


「それには重量を軽減させる効果がある、サミューに使わせれば運んでこれないか」


 考えなし、という訳ではありませんのね、確かに重量が減るのでしたら。


「それでしたらたぶん大丈夫だと思いますわ、すぐに戻りますので、ここで待っていらして」


 それにしても、こんな事の為に貴重な『魔道具』を奴隷に貸し出すだなんて、やっぱりこの男は非常識ですわ、まあ悪い気はしませんけれど。


 でも、それはそれとして。


「それはそうと、さっきの事については後で納得のいく説明をしていただきますわよ」


 わたくしを撃ち落とそうとしたことは絶対に忘れてあげませんわよ。






 高度を取って一直線にサミュー達のもとへ行くと、アラがサミューの腕から飛び出してきましたわ、珍しいわねこの子がわたくしに近づくだなんて。


「はゆ、りゃーはー」


 それだけあの男が心配だったという事かしら。


「見つけましたわよ、これからあなたたちを載せて合流いたしますわ」


「ほんりょ、りゃーのとこー」


「ええ、もちろんですわ」


 昨夜は泣いていたのに、これだけで笑い出すだなんてちょっと悔しいですわ。


「それとサミューこれをお付けなさい」


 あの男から渡された、『魔道具』を投げ渡すと、それだけでサミューも解ったみたいですわね。


「この『魔道具』は、まさかご主人様が」


「あなたを載せてくるにはわたくしの力が足りないと言ったらすぐに渡してきましたわ」


「そうですか、ご主人様が、これは何かお礼をいたしませんと」


 どうしたのかしら、サミューの雰囲気がおかしい気がしますわ、これはいつもの破廉恥な行為を始める前の……


 嫌な予感がいたしますわね。





「りゃーあーーーー」


 二人を連れて合流しようとした直後に、アラが飛び降りてしまいましたわ。


「おおった」


 きちんと受け止めたみたいですけれど、一瞬肝が冷えましたわ、子供は何をするか解らないから怖いですわ。


「やりますねアラちゃん、わたしも負けていられませんね」


 背中の上でサミューが何か言っていますけれどもう口を出す気になりませんわ、何で彼女はあんな格好で乗ってきたのかしら……


「ご主人様ー」


 まさかサミューまで飛び降りるだなんて、しかも下着姿で、もう訳が分かりませんわ。


「受け止めてください、私のすべてを受け止めてください」


 もう付き合ってられませんわ。







 なんですのあれは、わたくし達が戻ろうとしたユニコーンの里がどうして燃えていますの。


「黙れ、今ボクらの里が襲われてるのは、お前等が手引きしたんだろ」


 ヤッカがわたくし達を疑っていますけれど、隠れ住んでいたユニコーンではこういう思考も仕方ないのかしら、それでも突飛過ぎると思いますけれど。


「外と里を繋ぐ道はボク達ですらまだ見つけてないんだ、空を飛べるそいつ以外に誰が人攫い共が通れる道を見つけられるっていうんだ」


「そんな、わたくしはそんな事いたしませんわ」


 そんな、わたくしは無実ですわ、どうしてわたくしが責められなければなりませんの。


「向こうにも鳥人族が居るだけの事だろう、それにハルはずっと俺達と一緒にいて常時ユニコーン族の誰かが付き添っていた」


「くっ、それなら」


「崖崩れのあった日にしても別行動をとっていたのは半日やそこら、しかも大半は夜だ、それで予想外の崖崩れの迂回路を見つけて外に伝え、同時に俺達の探索もか」


 まさかこの男が、わたくしを庇うだなんて意外でしたわ、奴隷の罪は主の責任になるのですからそのせいで必死なのですわねきっと。






「村の様子を見てくる、ミーシアは怪我人の手当てを、サミューはアラとミーシアを連れて、山小屋までの避難を護衛しろ、ハルは俺と来い」


 指示に従ってわたくしだけが付いていきますけれど。


「解ってらっしゃるの、弱いとはいえ里の戦力を圧倒できるような相手に手加減なんてしたら、こっちもただでは済みませんわよ」


 この男はつい先ほども人を殺さないようにしたいなどと言っていましたけれど、それがどれだけ難しい事か。


「ヤッカとあれは」


 ヤッカが複数の人攫いに囲まれていますわ。


「どうなさるおつもりかしら、放っておけばヤッカが危ないと思うけれど」


 あれでは広範囲の魔法を使えばヤッカまで巻き込んでしまいますわ、かといって単体魔法では数が多すぎますし。


「ヤッカの相手の撃退を優先する、ハルはこの場で支援しろ」


 止める間もなく、大剣を抜いて飛び出していきましたけれど、本当にこれだけの数を相手に出来るのかしら。


「ああ、解ってる、冷静に確実に倒す、ハル」


 名前を呼ばれると同時にすでに組み上げていた魔法を一気に解き放つ、今ならヤッカ達を巻き込まずに済みますわ。


『落雷陣』


 人攫いたちがひるんだ隙に、あの男は大剣を振るって次々と切り倒していきますけれど、やっと踏ん切りがついたのかしら。


「ヤッカ里の外まで下がって、ハルと合流しろ」


「だけど、いや、解った」


 こちらに向かって走ってくるヤッカを追うように数名が走ってきますけれど、単体魔法で一人ずつ倒していきます。


 わたくしの近くまで来たヤッカのおかげで、切りかかれる心配をせずに魔法が使えるようになりましたわね。


 時間がかかりますけれど範囲魔法を使った方が良いかしら、あら、あれは弓兵、まずいですわこのままですと。


 連続で放たれた数本の矢があの男に突き刺さり、ヤッカが息を飲みますけれど、考えてみればあの程度の攻撃ならすぐに治るのでしたわ、それでも矢が当たれば隙が出来るでしょうから弓兵を倒した方が良いですわね。


 瞬く間に、人攫いたちを殲滅しましたけれど、まあわたくしがいれば当然の結果ですわね。


「ハル、上空から人攫いの本体を探せ、それが終わったらサミュー達と合流してユニコーン達を守れ」


「あなたはどうなさるつもりですの」


「夜襲をかけて、連れていかれた連中を助ける」


 まさか一人で行くつもりですの、無謀すぎますわ、と言ってもわたくしもMPを使いすぎましたし、文句を言えば『命令』するつもりでしょうね、納得はできませんけれど、仕方ありませんわね。





 目の前ではミーシアが両手に食べ物を持ったまま歩いていますわ、いくら久々の街で気が緩んでいると言っても年頃の女の子がはしたないですわ、これは遠まわしに注意すべきですわね。


「歩きながら、食事をするなんて、行儀の悪いまねわたくしにはできませんわ」


「え……」


 な、なんですのそこまで落ち込まなくてもいいじゃありませんの、確かにおいしそうなお肉ではありますけれど。


 でもやっぱりおいしそうですわね、いいえいけませんわ、立ち食いだなんて、ミーシアにもしっかりさせませんと、もう子供じゃないのですから。


「ミーシア、冷める前に食べてしまえ」


 この男はわたくしの言葉をなんだと思ってるのかしら。


「ほら」


 しかも何ですの、わたくしの前に、食べ物を出して、肉汁たっぷりのお肉が美味しそうですわね、いいえそうじゃありませんわ。


「これを、わたくしにどうしろと言うのかしら」


「飲食店に入る時間がない、それでも食っておけ」


 毎回毎回この男は、わたくしを怒らせて楽しんでいるのかしら。


「わたくしに歩きながら食べろとおっしゃるのかしら、そんなはしたない真似わたくしには……」


「『迷宮』なら、食事休憩を取る余裕すら無いときも有るだろう、今のうちに慣れておけ」


 それは解りますけれど、場所柄を考えてほしいですわ。


「ここは『迷宮』ではありませんわよ、人目のあるところでそんな事できませんわ」


「お前の魔法士としての心構えはそんなものか」


「なんですって」


 無礼ですわ、中途半端な魔法しか使えないくせに、わたくしに魔法士の心構えをとくと言うのかしら。


「何時如何なる事態にも対応できるように、常に万全の態勢を心掛けるのが、戦闘職にある者の心構えだと思っていたが、違ったようだな」


 確かにわたくしの役目は、護衛もあるのでしょうけれど、それは……


「それは、こ、こんな街中で何が有ると言うのかしら」


「魔物や盗賊が町を襲うかもしれない」


 あり得ない話ではありませんけれどそんな突飛な事は。


「ユニコーン達の事が漏れれば、俺が狙われる可能性がある。ダークエルフのアラが襲われるかもしれない。女奴隷ばかりを連れた俺に冒険者が絡んでくることもあるだろう」


「それは……」


 確かにどれもあり得ない事ではありませんけれど……


「そういった時に、空腹で動けないと言うのはどうなんだ、お前はお嬢様としての行儀作法よりも、魔法士としての矜持を優先すると思っていたが」


 分かりましたわ、食べればいいのでしょう食べれば、まったくこの男はわたくしの神経を逆なでして。


「仕方ありませんわね、わたくし達が万全でないと身も守れないような主を持つと苦労いたしますわ」


 このくらいの嫌味でも言わなければ納得できませんわ。


「おいし、ま、まあ食べられなくはありませんわね」


 意地でも美味しいだなんて言いませんわ、ええ、わたくしは使えない主のせいで嫌々食べているのですから、ですけれど不安なく戦う為にはもう二つくらい食べておいた方が良いですわね、どれにいたしましょうか。





「それにしても、わたくし達が白兵戦のまねごとをする必要が、本当にあったのかしら」


 この男に言われて今日は仕込杖を中心に戦ってますけれど、無駄としか思えませんわ。


「俺やミーシアが後衛を守りきれればいいが、もしも抜かれた時に自分達で身を守れないと困るだろ、そのためにここで練習しておくんだ」


 こう言われると説得力が有りますわね、ここまで言われましたら仕方ありませんわね、それにしても最近体が軽くなってきたような気がしますけれどどうなっているのかしら。


 魔法士のわたくしが駆け出しの戦士のように動けるだなんておかしいですわ。


 いくらレベルが上がっているとはいえここまでステータスが上がるはずは、これではまるで……


 いいえあり得ませんわね『成長補正』だなんてあり得ませんわ。


 元勇者のライワ伯爵様をお見かけしたから、こんな突拍子もない事を考えてしまうのですわ。しかしこの男が伯爵と懇意にしていただなんて意外でしたわ、いったいどんな繋がりなのかしら。






「ガルおにい……」


 いいえ、呼び掛けてはいけませんわ、今のわたくしはただの奴隷、魔法の名門であるシルマ家とは何の関係もないのですから。


「ハルとミーシアか」


「は、はい、お久しぶりですガルさま」


 ミーシアは返事をしていますけれど、わたくしはどうすべきなのかしら、ガル様と呼ぶべきなのでしょうか。


「ふむ、そこの冒険者、この奴隷共は元々我がシルマ家の物、返してもらうぞ」


 いくら仕方ないとはいえ、お兄様から直接奴隷呼ばわりされるだなんて、こんな、こんな、ですがここでシルマ家に戻る事が出来れば、わたくしは元の生活に戻れるのかしら。


「以前はそちらの物だったかもしれんが、この二人は奴隷商で売りに出ていたのを正当な手続きで買い取ったものだ、奴隷商にしてもシルマ家から正当に仕入れたと聞いている、代金と引き換えに二人を引き渡したのなら、返還を請求する権利など何処にもないだろう」


 そうですわね、今のわたくしはこの男、リョーの所有物なのですから、そう簡単に自由になれるはずが有りませんわね。


「ならハルを購入価格で買い戻してやる、いくらだ」


「購入価格で売るわけがないだろこっちが損するだけだ」


 そうですわね、確かにわたくしはかなり強くなっていますわ、わたくしが奴隷商だとしても相当の値を付ける事でしょうね。


「ふざけるな、処女でない使い古しの値段が上がるはずないだろう」


 そんな、使い古しですって、お兄様までがわたくしを奴隷扱いするというのですか、こんな事って、わたくしは家の為に奴隷になる事を承諾いたしましたのに、そのわたくしがこのような物言いを受けるだなんて。


「ハルは戦闘奴隷として買ったのであって、性奴隷のマネはさせていない、魔法士用の装備を整え、食費や生活費を使ったのはもちろん、レベルも上げさせ魔法も覚えさせてきた、これで仕入れ値で売れるか」


 おかしいですわね、お兄様よりもこの男の方がわたくしを評価しているだなんて。


「足元を見おって」


 傾きかけた現状さえ持ち直せれば、お金に糸目をつけずにわたくしを買い戻してくださると信じていたのですけれど、わたくしは間違っていたのかしら。


「『溶岩密封』が使える魔法士なら、相場でどのくらいするんだ」


「バカな、そんな呪文使えるはずがない」


 お兄様は、わたくしが強くなったことを信じて下さらないのですわね。


「事実だ、どうしても欲しいと言うのなら、その杖と交換するか」


 あれは『シルマ家の魔杖』、差し押さえられていたはずですのに、なぜガルお兄様が、まさか私よりも先にあの杖を取り戻したという事ですの。


「馬鹿を言うな、たかが奴隷と家宝の杖を交換するなど、誰がするか」


 こんなことって、わたくしは何の為に奴隷に身を落としたと言うの、家の為にシルマ家を守るために、そのシルマ家の方が、実のお兄様がこんな物言いをされるだなんて。


「ならこの話は無しだ、こっちは先を急ぐんだ失礼させてもらう、行くぞ」


 気が付けばわたくし達は他の冒険者たちから離れていましたわ。


「ハル」


「なんですの」


「悪いが、まだしばらくはお前を手放す気はない、お前たちが望むのなら数年以内には解放する気だが、それまでは我慢してくれ、俺も戦力が必要だからな」


 構いませんわ、シルマ家の他にわたくしの居場所などないのに、そのシルマ家がわたくしを受け入れて下さらないのなら、ここに居るしかないのですから。


「解ってますわ、今までと同じ扱いをしてくださるのなら、数年くらい我慢できますわ」


 ですけれど、そんなことはこの男に言ってなどやりませんわ、弱みなど見せればどうなるか。


 それにあれがガルお兄様だけの考えで、他のお兄様やお姉様達までが、ああ思っているはずはありませんもの。


 ですからそれまでは今まで通り自分を高めるべきですわ、ええ、そうすべきですわ、きっとシルマ家の誰かがわたくしを迎えに来て下さるはずですわ、きっと。


 そんな覚悟を人が決めていると言いますのに。


「これからも今までどおり、いえ、今まで以上に全身でご奉仕させていただきますね」


「サミュー、当たってるんだが」


「解ってませんね、当ててるんです」


 この二人は場所も考えずに破廉恥な、サミューもサミューですけれど結局本気で拒否しないこの男が全部悪いのですわ、まったく。


「はあ、何時ものことですけれど、落ち込んでるのが馬鹿らしくなるくらい、呆れてしまいましたわ」


 まったく、見ていて飽きませんわ。


「はりゅ、はーはめーよ」






 わたくし達の前に浮かぶ半透明の巨大な石、これが『迷宮核』ですの、じかに見るのは初めてですけれど、まさかこんなに早く見る事が出来るだなんて思いませんでしたわ。


 先ほどのボス戦ではまったく感慨がわかなかったのがウソみたいですわ。


 それもこれも、あの男が悪いのですわ、戦い方がおかしすぎますもの。


 本来ボス戦と言えば、パーティー全員のスキルとステータスを限界まで使い切って全力で当たる死闘のはずですわ。


 いえ今日も最初のうちはそうなりそうな感じでしたのに、気が付けばただゴーレムを転倒させて自滅を待つだけの作業のようなことになっていましたもの。


 あんな戦い方はおかしすぎますわ、朝起きた時に、もしかしたら今日死ぬのかもしれないなどと思っていた、わたくしの覚悟を返していただきたいですわ。


 そんな、締まらない戦闘の結果でたどり着いた『迷宮核』ですけれど、これはなかなかですわね。


「これが『迷宮核』ですか綺麗ですね」


「『迷宮踏破』パーティーしか入れない、この部屋にいるなんて、すごいです」


 やはりほかの子達もわたくしと同じなんですわね、ええでも喜んでいることを知られてたまるものですか。


「まあ、当然の結果ですわね」


 これで、わたくしも『迷宮踏破者』ですわ、シルマ家に帰ったのならみんなに自慢してあげますわ。





「それは良いですけれど、これからはどうなさるの、買い替えると言われましても」


 急に成長したアラの事を話し合う途中で装備の話になりましたけれど、さきほど街に行ったら買い替えると言いましたわね、そんなお金が有るのかしら。


 いつも、お金が無いと言っていますわよね。


「それなら大丈夫だ、この宝石類は売る予定だし、『迷宮鎮静化』の報酬が伯爵領から出る予定だ。それに剣はこの細剣を使わせるつもりだから、防具と弓矢だけだしな」


 これは聞き逃せませんわね、それだけのお金が有るのでしたら、わたくしの分も買わせてみせますわ。


「アラの装備を買っても少し余裕がある、みんなにも何か買うつもりだから、希望が有れば言ってくれ」


 今の言葉は絶対にまもらせますわよ。


「本当ですの、わたくし、欲しかった魔法石が八個ほど」


 あれとこれと、他にも魔法石が有ればもっと効率よく魔法を使えますわ、本当なら二十個くらい欲しいくらいですけれど。


「一個にしろ」


 一個だなんてけち臭い事を言いますわね。


「そんな、全然足りませんわ、使える魔法が増えたのですから、その分補助具の幅を広げませんと、これは譲れませんわ」


 スキルに合わせて魔法石を増やすのは常識ですわよ。


「だめだ」


 仕方ありませんわね、ここは譲歩してあげますわ。


 ですけれど、あまり譲歩し過ぎて、最初から必要最低限の三などと言えば上手くいかなそうですし、ここは多目に言うべきですわね。


「それでしたら六個にいたしますわ」


「金がない二個だ」


 あり得ませんわ。


「なら五個ではどうですの」


 強気に行きますわよ。


「三個だ」


 勝ちましたわ、わたくしの勝ちですわ、ですけれど、どうせならもう一個欲しいですわね。


「分かりましたわ四個ですわね、ありがとうございます」


 不服そうな顔をしてますけれど、そんな事で引いたりは致しませんわ。


「なんですの、半分もだめですの」


 この男はお金があると言ったのですから、ここは強気で行きますわ。


「あまり高い石は買うなよ」


「解っておりますわ」






「サミューこれはどういう事かしら」


 わたくしの目の前では、あの男から借りた『魔道具』をはめたサミューが、多少手間取りながらも、火を操っていますわ。


 こんなの非常識ですわ、昨日の夜まで全くできていませんでしたのに、いいえ、そもそもこの修業は才能のある人でも一年近くかけてやるものですのに、あの男が簡単にできるようになっていたせいで、気付くのが遅れましたわ、まずいですわ、わたくしまで非常識に毒されてきていますわね。


「どうといわれましても」


 どうもサミューにはこれがどれだけ非常識なのか自覚が無いみたいですわね。


「わたくしと練習した以外に変わったことは無かったかしら」


「夜中に、ご主人様と二人っきりで練習してコツを掴んだくらいしか」


 夜中に二人っきりですって、何をしていたのかしら、破廉恥ですわ。


 いいえ問題はそこではありませんわね、練習でコツを掴んだですって、そんな事でできるのでしたら誰も苦労なんていたしませんわ。


 これは問い詰めるべきですわ。


「ちょっといいかしら」


「どうした、腹が減ったのか」


 この男はわたくしをなんだと思っているのかしら。


「そんな訳がないでしょう、それよりも、あなた一体サミューに何をいたしましたの」


 数か月分の鍛錬を一晩でだなんて、いったいどんな秘密が有るのかしら。


「昨夜は『入眠』で眠らせただけで、良心に恥じるようなことは何一つしていないぞ」


 なにを言っているのかしらこの男は、それもこれもサミューが破廉恥なせいですわ。


「はあ、あなたまでサミューに毒されて色ボケになってどうするつもりなのかしら、わたくしが聞きたいのはそう言う事では無くて、サミューの『魔法制御』が急によくなった理由が昨夜の特訓のせいと聞きましたので、問いただしに来たのですわ」


 もしかしましたら、魔法の歴史に名が残るくらい画期的な練習法を見つけたのかもしれませんし。


「それでどんな手を使って、数か月分の訓練を飛び越えさせたのかしら」


「いや大したことはしてないんだが、口で言うよりもやった方が早いか、手を出せ」


 なんですの、まさか説明にかこつけてわたくしに破廉恥な事をするつもりでは。


 そんな隙は見せませんわよ、何かあればこの火を使って身を守って、て、あら、わたくしは何も制御していませんのに火が踊っていますわ。


 まさかこれは、この男が制御しているのかしら、もう非常識すぎて言葉になりませんわね。


「少し魔力を減らすから、その分をハルがやってくれ」


 言われた通りに制御を離れた部分だけに意識を向けて制御していきますけれど、確かにこれならコツは掴みやすいですわ、掴みやすいですけれど。


「これと同じことをサミューにもしたんですの」


「そうだ、それがどうした」


 どうして、この男は不思議そうに尋ね返すのでしょうか、自分の非常識さが分かってないと言うのは、それだけで腹が立ってきますわ。


「はあ、あなたは自分がどれだけ非常識な存在なのかを自覚するべきだと思いますわ、こんな簡単に人の魔力と自分の魔力を合わせて操作するだなんて、驚くべきか呆れるべきか、もうわかりませんわ」


 こんな修行法は誰に言っても信じて頂けないでしょうね、共同魔術以外でこんな事が出来るだなんて、それほど強力な魔法制御力だなんて本来ありえませんわ。


 それにしても非常識すぎですわ、反則としか思えないくらいに異常なステータス、これではまるで話に聞く『勇者』の『ちーと』のようですわ。


 いいえあり得ませんわね、『勇者』は魔法が使えないと言う話ですし、こんな男が『勇者』なわけはないでしょうし。





「サミュー、アラを任せた、皆に護衛させて、小屋まで退避しろ」


 後ろから迫って来るストーンゴーレムに向き直ってそんな事を言っていますけれど、この男はまた一人で何かするつもりですわね。


「え、あ、ご主人様」

「リョー様そんな」

「リャーはどうするの」


 ここで下手に異論を言えばきっと『命令』を使うんでしょうね、もう見え見えですわ。


「足を止めずに全力で走れサミュー、ミーシア、これは命令だ、聞け」


 やっぱりですわ、ですけれど毎回毎回あなたの思い通りにはさせませんわ。


「さてと、それでは行きましょうか」


 もうサミュー達はずいぶん離れましたから今から追いかけろとは言えないですわね。


「なんでお前がここに居るんだハル」


「あら、あなたが命令で強制したのはサミューとミーシアだけでしょう、わたくしは先ほど呼ばれませんでしたし」


 最近この男の扱い方が解ってきた気がしますわ。


「だが……」


「安心なさってちょうだい、いざとなったらあなたの事などその場に放置して、飛んで逃げますから、ご心配なく」


「残ったって事は何か考えが有るのか」


 あなたとは違いますのよ、考えていた手を試す絶好の機会ですし。


「ええ、実戦で『溶岩密封』を試してみたいと思いましたの」


 幾ら練習しても、実戦で使えなければ意味が有りませんもの。


「大丈夫なのか、練習でも不安定だったろう」


「解っておりますわ、わたくしなりに失敗した理由は分析していましたもの」


 そんな事は当然ですわ、行き当たりばったりの誰かとは違うのですから。


「それで、どうすればいいんだ」


「あなたの力をわたくしに貸してもらえないかしら」


 わたくしの方からこんな事を言うのは、悔しいですけれど仕方ありませんわ、効率的な方法を思いついたんですもの。


「わたくしの『溶岩密封』が上手くいかない理由は、わたくしの『魔力回路』がまだこの魔法の組み立てに慣れていないせいですわ」


 暴走させずに途中までは出来ているのですから、あと一息のはずですわ。


「高熱の溶岩を作り出して、その熱を維持するだけで、回路の容量がほとんど使われてしまい、制御が上手く出来ていないのですわ」


 これも使い慣れて効率よく術を組めるようになれば、今のわたくしの回路容量でも十分なはずですし。


 わたくしの話を聞いて何か覚悟を決めたような顔をしていますけれど、これは勘違いしていますわね。


「何を懸念なさっているのかは、簡単に想像が付きますけれど、わたくしに自殺願望はありませんわよ」


 やっぱり勘違いしていましたわね、思いっきりほっとした顔をしていますし。


「わたくし一人では、制御出来ないのでしたらその分を貴方が『魔力操作』で代用すればいいのですわ」


 こんな事を考え付くあたり、わたくしも相当非常識になってしまいましたわ、こんなことを他の方に提案すれば、わたくしが狂ったと思われても仕方ありませんもの。


「狙いは解ったが、呪文を唱える暇が有るのか、それだと俺も身動きが取れないだろう」


 確かにそうでしたわね、魔法を使う事ばかり考えてそれを忘れていましたわ。


「どこか高所なり狭い場所なりに陣取る事で何とか時間を稼ぐしかないでしょうね」


「ハル、右の方に行け、手頃な洞窟が有る、そこに隠れるぞ」


 あったかしら、よくそんな事を覚えていますわね、まあいいですわそこに行って迎え撃つのですね、楽しみですわ。






「よし、ここならとりあえず時間が稼げるな、急がなくても大丈夫そうだから、すぐ試すんじゃなく少し休んで呼吸を整えてからにするぞ」


 そうですわね、ここまで全力疾走してきたのですから、これでは呪文も途切れ途切れになってしまいますわ。


「わ、わかりましたわ……」


「それよりも、もう少しだけ離れて下さらないかしら、こんなに近付いてわたくしに何をするつもりなのかしら」


「こんな状況で何をどうするって言うんだ、こう狭くては仕方ないだろう」


 それはそうですけれど、こんな体勢はありえませんわ、よそから見ればわたくしが抱きしめられているようではありませんの。


 奴隷とは言え、わたくしは嫁入り前の乙女ですのよ、こんなところでなにか間違いでもありましたら、シルマ家に戻ってからの名誉にかかわりますわ、とはいえ。


「そうですわね、この距離でも我慢するしかありませんわね。ですけれどせめて座って休みたいものですわ」


 無理に距離を取ってゴーレムに掴まる訳にはいかないですものね。


「止めておけ、地面が濡れてそうだ」


 そうですの、ですけれどもう体力が限界ですわ、立っていては必要な回復は難しいかもしれませんわ。


 仕方ないですわね、背に腹は代えられませんわ、それにこの男は今まで誰にも手を出してこなかったのですし、そっちの面だけは信用するしかありませんわね。


「それでしたら、まず貴方が座って貰えないかしら」


 この男を椅子代わりにすればいいのですわ、色々と勘違いされそうな姿勢ですけれど、誰に見られるわけでもありませんし、ゴーレムは倒すのですから問題ありませんわ、それにこの男も息が上がりかけていますし。


「早く座っていただけないかしら」


 この男はなにを戸惑っているのかしら、早く座れば良い物を。


「いつまで待たせるつもりなのかしら」


 やっと座りましたわね、なぜ目をつむっているのかしら、まあいいですわもう立っているのは限界ですし。


「そ、そのまま動かないでいらして」


 嫌ですわ、声が上ずってしまうだなんて、早く座ってしまうべきですわね。


 あら、何かしら背中に何か温もりが、これはわたくしの髪に顔を埋めて匂いを嗅いで……


 卑猥ですわ、破廉恥ですわ、こんなこんな事って。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい、あなた、自分が何をなさってるのかをわかってますの」


 いえ解ってなかったでしょうね、目を瞑っていたのですから、ですけれど。


「ちょ、ちょ、な、なにを」


 わたくしを押しのけてどうするつもりですのこのままでは、ゴーレムの指が、指があああ。


「お待ちなさい、わたくしを殺す気ですの」


 それで気付いたのか慌ててわたくしを引き寄せますけれど、これじゃあ近すぎますわ、さっき以上に密着していますもの。


「ハ、ハル、これはどう言うことだ」


 文句を言いたいのはこちらの方ですわ、ですけれどここで二人とも感情的になってはダメですわね。


「し、仕方ないでしょう、他に二人同時に休める方法が無いのですから」


 わたくしだけでなく、この男も休息が必要なのですから、他に休める姿勢は無いでしょうに。


 それにしてもずいぶん鼻息が荒いですわね、よほど疲れていたのかしら、髪や耳元に息がかかってとてもくすぐったいですわ。


 何か変な声が出そうになってきますわ、こんなのはしたな……


 あら、これは、いえそんな。


「ね、ねえ、わたくしの勘違いかもしれませんけれど、先ほどよりもゴーレムの指先が近いように思えるのですけれど」


 やはり勘違いじゃありませんわね、もしかして入口が崩れかけているのかしら、このままでは。


「仕方ありませんわ、呼吸だけでも戻りましたし、『溶岩密封』行きますわよ」


 まだ本調子ではありませんけれど、この位なら何とかやって見せますわ。


 丁寧に呪文を唱え上げて魔法を組み上げていくわたくしの肩に置かれた手から魔力が流れてくるのが分かりますわ。


 全く他人の体に魔力を流してその魔法を操作するだなんて非常識ですけれど、思っていたような気持ち悪さはありませんわね、どちらかと言えば心地よい、いいえ今考えるべきは別な事ですわ。


 これは、今朝試した時よりも魔力の制御が甘いですわ、あの時は完全に制御していましたのに、規模の違いのせいですの、いいえ違いますわね、この男の『魔力制御』ならこの規模は十分許容範囲のはずですもの。


 ではなぜこのようなことに、せっかく溶岩は生み出せましたのに。


「これでは、せ、制御しきれませんわ」


 完全な制御下に置けなかった溶岩がゴーレムの真下から吹き出して、その身を溶かしていきますけれど、あれでは完全に倒せませんわ、それに。


「こちらにも流れてきていますわ」


 このままでは、わたくし達も焼け死んでしまいますわ、まさかこんなことになるだなんて、わたくしの考えが甘かったと言うの、そのせいでこの男まで巻き込んでしまうだなんて、わたくしのせいですわ。


 何とかいたしませんと、このままでは。


 徐々に溶岩がわたくしたちの方へと流れて来る様子を見ると、制御が上手く行っていないようですわね、こうなりましたら、冷却魔法で。


「キャ、おやめなさい何を」


 いきなり男がわたくしを抱き上げたせいで、呪文が途切れてしまいましたわ、いいえそうではありませんわ、この男は自分一人が犠牲になるつもりですの、いくら非常識な回復力が有るとはいえこれだけの熱量では。


「ぐううう」


 男の悲鳴と共に肉の焼ける臭いが上がってきますけれど。


 いいえそれよりもなんですの、わたくしの中に流れてくる魔力が急に整然と動き出しましたわ、一体これは。


 考えるのは後ですわ、それよりもこの熱をどうにかいたしませんと。


「すぐにこの熱を取り除きますわ『水流幕』」


 わたくしが魔法を発動させるとほぼ同時に男がわたくしの体を壁に押し付けて、その上にのしかかってきます、こんな時に一体何を考えているのこの男は、破廉恥な、えっなに。


 この強烈な衝撃と熱は、『爆裂魔法』あり得ませんわ、こんな所でそんなものを使える魔法士なんて。


 この洞窟の中にはわたくしたち二人しかいませんし入り口はゴーレムで塞がれてますから、外から魔法を投げ込まれるはずもありませんし、いったいどうなってますの。


 それになんですの、この肌に絡みつく空気は、これは湯気かしらなぜこんなとこで湯気が。


 そういえば以前、強力な火炎魔法に水魔法をぶつけると、まれにこういう現象がみられる時が有ると聞いた事が、この男はあの一瞬でこれを予見したと言いますの。


「ハル大丈夫か」


 いえそれよりもわたくしのせいでこんな事になっているのに、この男はまたしても自分の体を使ってわたくしを庇ったといいますの。


「え、ええ、わたくしなどよりも、あなたは大丈夫ですの」


「この程度ならすぐに回復する、ゴーレムも今の爆発で一体倒せたみたいだしな」


 この男はいくら回復しても痛みはあるはずですのに、いいえここで心配しては逆に失礼なのかしら。


「それでしたら安心ですわね、ところであなた先ほどのあれはどういう事ですの、あれほどの『魔法制御力』があって、あんな失敗をなさるなんて」


 最初の時の魔力の流れは明らかに制御が甘かったですし。


「俺にも解らんが、上手く制御が利かなかったんだが、途中から急に制御しやすくなったが」


「途中からですの、ひょっとしましたら、少し試してみましょうか」


 それはわたくしも感じましたわ、わたくしに流れてくる魔力の質が変わったのは抱き上げられたとき。


 なにが違ったのかしら、確かその前は少し距離を取ってただ肩に手を置いただけ、でも抱き上げられたときはわたくしの翼がこの男の顔に触れてましたわね、接触部分の違いですの。


 これは試してみるべきですわね。


「わたくしに触れずに制御してくださらないかしら」


 掌に出した火を示しますけれど、この位の大きさなら今まで制御してきた火よりもかなり小さいですけど。


「ああ、わかったが」


 制御してきましたけれど、多少手間取ってますわね。


「やはり、自然の火と魔法の火では少し勝手が違うようですわね、これならどうですの」


 火を大きくするだけで制御が出来なくなりましたわね、それでしたら。


「朝のようにわたくしの手に触ったのならどうかしら、いえ指先だけにして下さらないかしら」


 たったこれだけであっさりと制御してみせましたわね、やっぱり非常識ですわ、でも。


「触っている方が制御しやすいみたいですわね、でしたら」


 ここまで大きくすれば、さすがに指先だけで制御は無理ですわね。


「もう少ししっかりとわたくしの手を取っているならどうかしら」


 やはりしっかりと制御できるようになりましたわね、これで間違い有りませんわ。


「予想通りですわね、あなたが他人の魔力を制御する力は、相手にどれだけ触れているかに関係して、直接素肌に触れている方がより効果が高いみたいですわね」


 これでしたら、工夫すれば先ほど失敗した『溶岩密封』も上手く行くかもしれませんわ、でも何か忘れているような気がしますわね。


「あら、そういえば先ほど一体倒せたと仰ってましたけれど、もう一体はどうしたのかしら」


 入り口付近から響く物音にわたくし達が視線を向けると、こちらへと這ってくるゴーレムの姿が。


 このままでは先ほどと同じですわ、いえ先ほどと同じではありませんわ、何が間違っていたかどうすればいいのか解ったのですから、ですけれどそのためには乙女の肌をこの男に、いえ。


「仕方ありませんわね」


 この危機はわたくしのせいなのですから、わたくしが責任を取らなくてはいけませんわ。


「このような姿だからといって、変な事をいたしましたら、許しませんわよ」


 一気に服を脱ぎ捨てて上半身をさらしますけれど、この男でしたら多分不埒なマネをしないでしょう、ですけれどこれで後ろから抱かれると思うと緊張いたしますわ、触れてしまえば大丈夫なのでしょうけど、この待っている時間がつらいですわ。


 まだですの、いつまで焦らしますの、やはりこの男は性格が悪いですわ、わたくしを焦らして楽しむだなんて。


「何をしてらっしゃるの、早く、わたくしを抱きしめなさい」


 この言葉を言わせたかったのでしょう、これで満足ですの。


 悔しさを誤魔化すために振り向いて睨み付けますと、何ですのその呆けた顔は、まさか解っていなかったのでは。


 あり得ませんわ、馬鹿ですのこの男は、こんな時だけ常識的でどういたしますの。


「もう一度『溶岩密封』を使いますわよ、制御のためにはどれだけ触れ合えばいいのか解らないのですから、あなたが上着を脱いでわたくしを抱きしめれば、かなりの面積が触れ合うでしょう」


 これだけ言えば馬鹿でも分りますわよね。


「ま、まだですの」


 やっと事態に気付いたのか背後から手が回されて背中と羽に厚い胸板が押し付けられましたわ、同時に大量の魔力が整然とわたくしの中に流れ込んできますけれど。


 なんですのこれは、全身を何かが駆け廻っていきますわ、き、気持ちいい……ではありませんわ、こんなの気色悪いだけですわ他人の魔力がわたくしの体を巡るだなんて、早く終わらせませんと。


「行きますわよ『溶岩密封』」


 わたくしの作りだした溶岩がゴーレムを包み込んでいきますけれど。


 それより重要なのは、魔力がどのように流れて溶岩を操っているのかが、手に取るように解る事ですわ、これでしたらわたくしでもできるようになるはずですわ。


 これ以上の見本はありませんわね、誰かが使っているのを見てもこのようには理解できませんもの、わたくしの魔法を他者が制御するなんて非常識な状態だからこそ分かるこの機会を無駄には出来ませんわ。


 ですのに、なんですのこの感覚は、全身の内と外を優しくなでられて、体の奥から何かが溢れてくるようなこの感覚は、集中できませんわ、はしたない声が出てしまいますわ、こ、こんなのって。


 はあ、はあ、やっと終わりましたわ、終わりましたけれどつらかったですわ、あら、この手の位置は……


「上手く行きましたけれど、ひとついいかしら」


 わざとですの、まさかわざとですの、こんなこんな破廉恥なこと。


「いつまで掴んでいるつもりなのかしら」


 とっさにわたくしを抱きしめたのは解りますけれど、それでも乙女のち、乳房を握りしめるなどと、しかもいつまでも。


「ぶ、無礼者ーーー」


 本来なら無礼討ちにするところですわ、ええもう張り倒しませんとこの気は収まりませんわ。


 腕を振りほどいて振り返えりましたけれど……


 わたくしの目の前には裸の男が……


 ま、前くらい隠しなさい、お、乙女になんてものをみせますの。


「こ、こ、こ、こ」


 ええ、もう許しませんわ、一撃では済ましませんわよ、『隷属の首輪』の『懲罰』だなんて知ったものですか。


「この変質者ーー」






「ご主人様、ご無事でしたか、心配しました」

「リャー、大丈夫だったの」

「リョー様、ハル様、け、怪我とか無いですか」


 やっと合流できましたわね、あの洞窟であったことは、徹・底・的に口止めしましたから絶対に漏れることはありませんわ。


 わたくしの名誉は守られますわ。


「ああ、この格好か、戦闘の最中に服がダメになってしまってな、それとミーシア、ハルが怪我をしている、先に小屋に行って治療してくれ」


 それにしてもこの男は、こんな時までわたくし達の事を優先しますのね、ほんと非常識ですわ。


「あ、ハル様大丈夫ですか、こっちに」


 それはまあこの子もですけれど、女の子がお姫様抱っこなんてしてはなりませんわ、それは殿方にしてもらう物ですもの、ミーシアが怪力だと思われてしまいますわよ。


「ちょっとミーシア、そこまで重傷じゃありませんわ、下ろしなさい、いいえ取りあえずリョーに話が有るので一度止まりなさい」


 変質者とは言え、この男は何度もわたくしを助けてくれましたし、身を挺して庇ってくださいましたし、このまま何も言わずに済ますなんてできませんわ。


「リョ、リョー、先ほどはわたくしのせいで怪我をさせてしまって、まだ謝っていませんでしたわ、ごめんなさい、それと庇ってくださった事と、わたくしの仮説を信じて付き合って下さったことのお礼を言いますわ、ありがとう、リョーのおかげでわたくしは無事でいますし、『溶岩密封』のコツもつかめましたわ、多分これからはわたくし一人でも成功できると思いますわ」


 名前を呼ぶのは恥ずかしいですけれど、仕方ありませんわね、なんですの顔が熱く、こんなの見られましたら。


「さっ、いきますわよミーシア」


「は、はい」






「それを食べたら早いとこ村から出て行ってくんな」


 なんですの無礼な店ですわね、わたくし達は客ですのよ、そんな無礼な口を利くだなんて教育が成ってませんわ。


「冒険者と何か揉めたのか」


「わかるかい」


 そう言う事ですの、でもそれは八つ当たりではありませんの。


 全く下賎な冒険者はタチが悪いですわ、行く先々で非常識な問題を起こす手合いも多いらしいですし。


「昨日まで近くの『迷宮』に入ってたんだが、そこで結構な数の同業者に会ったからな、荒くれ者が集まれば問題も起こるだろう」


「二日前の事だ、数十人の冒険者がこの村に泊まっていった、人数はかなり多いが、冒険者が来るのはたまにある事だ、宿だけじゃ足んなかったんで、いくつかの家に分けて泊まらせ、何人かの娘をあてがった」


 数十人そんな大きな集団は……


 いいえ違いますわね、シルマ家の者が所有奴隷などならともかく無辜の民に対して何かするはずが有りませんわ、きっとわたくし達とは会わなかった別な集団ですわね。


「何を驚いてるんだ、あんただって冒険者なら村娘を買ったことぐらいあるだろ、こんな辺鄙で貧乏な村だ、金さえ貰えれば娘を一晩貸し出す家なんていくらでもある。下手に冒険者と揉めれば、数人の自警団なんざあっという間に殺されて、村中が好きに略奪されるだけだしな。十四人の村娘で、数十人の冒険者の相手だ、一晩でボロボロにされるのは解っていたが、本人たちも村のためだと覚悟していた」


 嫌な話ですわね、耳が穢れるような気がしますわ。


「サミュー、俺達がここに長居すると店の迷惑になりそうだ、皆と料理を馬車に運んで先に食べていろ」


 追い出されるのは気分が悪いですけれど、こんな話を聞きながら食事する気にはなれませんし、仕方ありませんか。


「わかりました、さ、アラちゃん馬車に戻りましょう」


 皆と共に外に出るとなんですの田舎にしてはずいぶん人が多いですわね。


「おい本当だ黒い羽根の鳥人族」

「あの小さいの間違いねえ、髪や目の色も一緒だ」

「男手を集めろ、それと武器だ、ぶっ殺してやる」


 これはどういう事ですの、殺気を籠めて囲んでくるだなんて。


 わたくし達が何をしたと言うのかしら。


 次から次へと増えてなんですのこれは、まるで咎人を追い込むかのような。


「これはどうしたんでしょうか」


「わ、わたしが前に出ます、皆さん下がってください」


 緊張したようにアラを庇うサミューと逆に村人へと近づくミーシアに合わせて、わたくしも何が有っても対応できるように魔力を込めますけれど。


「鳥女をこっちによこせ、ぶち殺してやる」


 わたくしを狙っているの、でもなぜ、まさか本当に……


「気をつけろ、あの鳥野郎みたいに魔法を使うかもしれねえ」


 やはりこれはガルお兄様が何かしたみたいですわね、シルマ本家の者がこのように恨まれるだなんて、一体何をしたと言うのかしら。


「は、ハル様を狙ってるの」


「ハルさんはアラちゃんと先に馬車の中に、ミーシアちゃんは後ろを守って、わたしが前を見ます、大丈夫よ絶対に防ぐから、なり立てとは言え、わたしは『鞭剣士』ですから、それと仕掛けてくるまではこちらからは……」


「何をしている、その馬車も奴隷も俺のだぞ」


 リョーが来たみたいですわね、後は皆を載せて走り出せば振り切れるはずですわ。


「冒険者が、その中にいる鳥人をよこせ、妹の敵だぶち殺してやる」


「話は聞いたが、俺達は無関係だろう、もう村を出ていくつもりだ、そこを通してくれ」


「しらばっくれるな、黒髪黒目、羽まで真っ黒な鳥人がそうそう居るってのか、ああ」


 この言葉では、もう間違いありませんわね、ガルお兄様がそんな事をするだなんて、信じられませんわ。


「知るか、第一、貴族だっていうその男とただの奴隷がどう関係するって言うんだ」


「奴らと同じ冒険者ってだけで、理由なんざ十分だろ」


「ひっ」


 馬車の外から溢れてくる殺気に満ちた声に思わず身がすくんでしまいますわ、こんな村人など何百人集まっても負けるはず有りませんのに。


「サミュー手綱を取れ、ミーシアは馬車を先導して突破、アラは馬車の後ろを警戒しろ、ハルは中で待機だ」


「ご主人様は、どうするんですか」

「リャーはー」


「俺はすぐに行くから、先に行け、命令だ」


 そんな、狙いはわたくしなのだから、わたくしを差し出すだけで済みますのに、この男は。


 変身したミーシアに先導されながら村を出ましたけれど、このままではリョーが、一体どうするつもりですの。


 しばらく待っているだけでリョーは帰ってきましたけれど、やはり服がボロボロになってますわ。


「ご主人様、ご無事でしたか」

「リャーこっちだよー」

「リョー様、だ、大丈夫ですか」


「俺は何ともないが、皆は大丈夫か」


 この男はいつもいつも自分だけが傷ついて、今回は間違いなくわたくしの、いいえシルマ家の落ち度でリョーには何も関係ない事ですのに。


「わたくし達は何ともありませんけれどもリョー、あなたの格好が言葉をすべて裏切っていますわよ」


「今は痛くないからな」


「あそこで何が有ったのかしら、食堂の店主から聞いて来たのでしょう」


 わたくしは、これを知らなければいけませんわ、ガルお兄様が何をなさったのか。


「ああ、数日前に大きな冒険者パーティーが、あの村に滞在した時に問題を起こしたらしい、その際に死人が出て、一人は黒羽の鳥人が使った火炎魔法に焼かれたらしい」


 それだけでは無いはずですわ、それだけであんなに村人たちが……


「そ、その者は何をしたのですか、どのような者が……」


「内容は解らないが、村娘が無礼討ちにあったらしい」


 それだけでわかりましたわ、お兄様はやはり無辜の民を手にかけたのですわね、この事を本家は知っているのかしら、こんな家門の不祥事を他のお兄様達やお姉様達は御存知ですの。


「そうですの」


 これは何とかして本家に伝えるべきなのかしら、ですけれど奴隷の身では何を言っても信じてはいただけないでしょうし、どうすればいいんですの。


「さすがに、人目のあるところだとちょっと恥ずかしいですが、それがご主人様のお望みでしたら」


 あら、考え込んでいたみたいですわね、一体何を話しているのかしら。


「ご心配なく、出は良い方だと以前に言われましたから」


 まさかこの会話は……


「却下だ、却下」


 全く非常識ですわ、あり得ませんわ、この色ボケ達は人が考え込んでいる時になんて話をいたしておりますの。


 破廉恥ですわ、はしたないですわ、まったくもう呆れ果てますわ。


 呆れ果てて、笑えてしまいますわ、まったくこの人たちはもう。


「ほんと貴方たちは、見ていて飽きませんわ」


 おかしくて落ち込んでいるのが馬鹿らしくなってきますわね。





「行きますわよ『溶岩密封』」


 休憩時間を利用して、魔法の練習をしましたけれど完全に使えるようになりましたわね、次はなんの呪文を教わろうかしら、もう少し強力な物を、簡単な呪文と並行して少しづつ練習していくのもいいですわね。


 もしも上手くいかなければリョーに手伝わせればいいのですし、べ、別にあの感覚をもう一度経験したいわけじゃありませんわよ。


 そうこれはわたくしが強くなるためですもの。


 ガルお兄様を止めるにはわたくしが、本家に戻って、それなりの発言力を持つ必要が有りますわ。


 そのためには、大金を払ってでもわたくしを買い戻したいと本家が思うように、そして戻ってから十分な立ち位置が確保できるように、誰にも負けないくらい強い、強力な魔導師になりませんと。


 ですから。


 わたくしの見つめる先ではリョーがいつものようにサミューに絡まれていますわ、まったく呆れるくらいの色ボケですけれど。


 魔法士としては絶対に侮れない、いいえ尊敬に値する相手に聞こえないように一人で宣言しますわ。


「覚悟なさい、貴方の秘密も呪文も全部調べつくして、わたくしの力にして見せますわ」


えーと、すでにご存じの方もいるかもしれませんが

私はノクターンにも小説を投稿してます。


内容は半端チートの前日譚となるサミューさんの過去、リョー君に出会う前に複数の主人の下を転々としていた頃のサミューさんのお話です、そんな暇が有ったら本編を早く書けと言われそうですが、良ければこちらも読んでいただければうれしいです。


ただ三つほど注意点と一つお願いがありまして。


一つ目はノクターンで投稿した女奴隷とご主人様もの、しかもヒロインは『あの』サミューさんです、つまりはそういう展開になります、なのでヒロインが主人公以外とそういった関係になるのを読むのが苦手な方(NTRがNGな方)はご注意ください。

ただしこれはあくまでも過去の話であって現在いる四人のヒロインが将来的にリョー君以外に寝取られる予定は今のところありません、今のところは……


二つ目はマイラスの所にいた時期も書いてます、というか現在投稿されてるのはそこがメインです、本編の17話や38話、45話などを見て頂くとわかると思いますが、マイラスは最低の加虐趣味です、なのでかなり暴力的表現があります、苦手な方はノクターン版の2~7話は飛ばされた方が安全かもしれません。

読んでおくとサミューさんがどんな目にあってあれだけのスキルを入手したかわかりますし、これから先マイラスが不幸になった時(これは確定事項です)に自業自得だザマーミロと思えるくらいの効果はあるかもしれません。


三つ目はネタバレです、この外伝には本編のストーリー、特にサミューさんと幾人かのサブキャラクターに関する『非常に重大な』ネタバレが含まれる予定です、今現在はその部分は投稿してませんし、まだ話を練っている状態ですが、これから書いて順次投稿していく予定です。

なので、リョー君と同じ立場でストーリーを楽しみたいという方はやめた方がいいかもしれません、ネタバレ上等で真相を知らずに悩むリョー君を見てニヤニヤしたい方は、外伝のこれからの展開を楽しみにしててください。

ちなみにそのネタバレに関する伏線(そう呼べるほどのものではないですが)代わりの文は本編で二回ほどほんのちょっと出してたりしますし、これからも出していきます、もしかするとバレバレで伏線でもなんでもないと言われるかもしれませんが……


最後にお願いですが、もしも、万が一、気まぐれで、なんとなく、外伝の方に感想を入れて頂けるような場合『半端チート』については触れない方向でお願いします、現在こちらには50人近くの方がお気に入り登録して頂いてます、この方たちはサミューやその他登場人物たちの今後を知りませんので、『半端チート』本編を読むとサミューが最終的に助かることが解りネタバレになってしまう恐れが有るので……

わたしの方から伝えるまではご協力お願いします。



こんな感じの外伝ですがもしよろしければお願いします、ちなみにノクターンで重要となりそうな『実用性』はあまり保証できません。

一応はサミューさんをエロエロ(たまにグログロ)にする予定ですけど。


興味のある方はノクターンでこちらを検索してみてください。


『奴隷侍女サミュー ~売られた果てに~』


H27年2月8日 誤字、句読点修正しました。

H27年3月16日 過去の話数との相違点を修正しました。

H27年4月5日 誤字修正しました。

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