469 遅効性
「う、うう……」
なんでいきなり倒れたんだこいつ、てか熱くないか、これは戦闘後のほてりって感じじゃないよな、熱が有るのか。
「ぐ、うう」「あ、おう」
ん、なんだ、他の連中、というか王女の護衛連中の何人かや、キリツに侍女も一人倒れてるし、顔色が。
「旦那様、失礼いたします」
トーウが俺の腕の中からマインを受け取って床に寝かせ、顔をのぞき込んだり脈を取ったりした後で、すぐ近くに落ちていた手首が握っている仕込み杖を拾い、その刀身を舐める。
いや、何やってるのそんな、ヤバいチンピラみたいなマネを。
「やはりこれは、申し訳ございません旦那様、隠蔽されていた為か今まで気づきませんでしたが、これ等の武器には遅効性の毒が塗られておりました。毒の効果は熱と脱力、それと軽度の呼吸困難と嘔吐で徐々に体力を奪い衰弱させていくもののようです」
「随分と、迂遠なやり方だな、多分アイツ等は『薬師』ヤスエイの配下だろう。それならもっと強力で即効性の高い毒も有っただろうに」
戦闘終了後に効いて来るんじゃ意味が無いんじゃないか、それに即死しない毒ならそんなに怖くないんじゃ。
「旦那様、御言葉を返す事になり申し訳ありませんが、敵の狙いの違いによるものかと思われます」
狙いの違いって、襲撃してきた以上は俺達を倒す事が目的だろうに、それ以外にあるのか。
「確かに即効性が高く致死的な毒の場合ですと、戦闘中の敵戦力を手早く減らす事が可能ですが、その場合ですと1人が毒で斃れれば、他の敵は毒を警戒して手傷を受けぬよう、より慎重な戦い方を選択いたします。ですが、遅効性の毒であれば敵に気付かるのが遅れ、毒が効き始めて最初の一人が倒れるまでの間に、より多くの敵に毒を受けさせる事が出来ます。毒を警戒していないのであれば、多少であれば切り傷を負っても相手に強力な一撃を入れるという戦い方をする方は少なくないですから」
なるほどね、勝つ事が目的じゃなく、たとえ負けてもより多くの敵を倒すって目的なら、こういう毒の方が良いのか、使い捨ての中毒者で襲撃するのなら確かに向いてる毒なのかもしれないな。
「また、即死ではなく徐々に弱める毒にも意味が有ります。既に死亡しているあるいは手遅れの状況で有れば、治療に関して諦めもつきますし、遺体は埋葬するだけの事、あるいは防腐処理をして運ぶとしても通常の荷物と大して変わりませんが。まだ助かる可能性が有るが、身動きが難しい病人を連れていくとなれば、移動にしろ戦闘にしろお荷物となりえます。その上で第二陣第三陣の襲撃が有れば」
うーん、そう言えばミリタリー物の漫画とかで似たようなシーンが有ったな、敵を殺せば一人を削るだけだけど、負傷させれば、怪我人とその救護者で最低二人削れるって。
「また、助け得る負傷者となれば、治療の為の薬などを使わざるをえなくなり、物資の消耗も狙えます」
それはマズイかも知れないな、こういった毒を治すってなるとカミヤさんから貰った『馬のふん』を使う事になりかねないけど、その結果、薬の残りが足りなくなってきたところでまたヤスエイ本人が仕掛けてきて猛毒を受ければ全員を治療し切れなくなるって事か。
「トーウ、再調達の難しい稀少な薬を、今後の為に温存しながら治療する事はできるか」
暗に、『馬のふん』を温存すると伝えながら質問すると、少し考えてからトーウが答えてくれる。彼女は毒の専門家だから治療の方も知ってるらしいけど、現状で取れる手はあるかな。
「以前に採取した薬草や買った予備の薬等を使えば完治は無理でも、症状が出るのを暫く抑える事は何とかなるかもしれませんが、人数分には足りかないかと、町まで行けば購入は可能でしょうが、治療開始まで日数が経てばその分毒が回りますし、組み合わせた毒の詳しい内容が分からねば完治させるのは難しい毒ですので、回復にかかる時間も伸びる事になるかと」
「つまりは、すぐ助けられる相手としばらくは馬車に寝かし続けなければならない相手を選ぶ必要があると」
「左様にございます。また回復と言いましても症状を抑える事のみになるかと思いますので、どこかでしっかりとした治療が出来なければ、薬を飲み続ける事になるかと」
「御主人様、馬の分もご用意いただけませんか、二頭とも手傷を負っていますので、このままですと馬車が動かせなくなるかもしれませんので」
ああ、馬もか、そっちは最優先だな、馬がやられたら徒歩で移動するしかなくなるけどそうなったら、動けない連中はお荷物どころじゃなくなるからな。
「殿下、申し訳ありませんが、私のパーティーメンバーと確認したところ、現状では移動の為の馬を優先し、残りの薬を随員の方々の治療に当てたいのですが、町まで未治療のままの負担が有るようでして。一応高性能の魔法薬の手持ちは有りますが、数が限られるため致死的な攻撃を受けた時に備え温存したいのですが」
一応俺達の話は耳に入ってただろうけど、下々の話は何を言ってるか分からないって『設定』を考えれば訊いてないってなりかねないし、一応は護衛対象だし俺が便宜を計るって契約も有るんだから、王女の意向も確認しておかないとね。
「状況が状況ゆえ、命に別条がないのであらば、多少の無理は仕方なかろう。其方の言う通りに致せ、ただできるならばわたくしの随員の治療は、文官のキリツと侍女のウェラを優先してくれぬか」
文官と侍女か、まあマインよりキリツの方が元気なのに越した事は無いけど、普通に考えれば襲撃に備えて戦闘能力の有る連中を優先しそうな気がするけどさ。
「戦闘職で体力のある者達と違い、キリツやウェラは肉体系ステータスが低い、治療が遅れれば万が一という事も有ろう」
なるほど、よりリスクの高い方から助けるって事か。
「解りました、殿下の御意向に沿いましょう。トーウ馬から順番に解毒を行ってくれサミューはトーウの補助、アラとハルは周りを警戒しててくれ、それとミーシアは念のため俺と周辺を偵察する、来てくれ」
「は、はい、わ、わかりました」
すっかり忘れてたけど、この機会にミーシアに『解毒』系の魔法を教えとかないとね。覚えたばかりの魔法じゃ効果は低いだろうけど、マイン達の症状の悪化を多少抑えるくらいになればありがたいし、熟練度も稼げるからね。
とは言え、王女達の目の前で俺がミーシアに魔法を教えるのは手の内を晒すような物だから、偵察にかこつけてここを離れておかないとね。
「馬の治療が終わり、俺達が戻り次第出発する。敵の増援が来るかもしれない以上、残りの治療は移動中にするぞ」
「おやおや、旦那、お早い御着きでさあね」
馬達に移動に支障が出ない程度の解毒を終えて、出発して少し進んだ後にまるで待ち構えてたみたいなタイミングで、というか実際に待ち構えてたんだろうけど、小さな驢馬の背に跨ったテトビが街道脇であくびしてやがったよ。
そう言えばこいつ、襲撃された王女達を助けに入る直前から居なくなってたよな。それまでは『王女達を見捨てた方が……』みたいな話をしてたっていうのに。まあ、コイツの場合居なくなったりいきなり出てくるのはいつもの事だから気にしてなかったんだけど。
というか今の物言いって。
「お前、俺達がどういう目に合ったのか解ってて言ってるよな、というか随分と都合のいい時に出て来やがって」
サミューに看病を頼んだので、俺が御者席に付いて馬車を動かしてたんだが、こんなペテン師の為にわざわざ馬車を停めるのがなんとなく嫌だったから、吐き捨てる様に返事を返してそのまま馬車を進めてたら、俺の真横を並走してきたよ。
「まあ、まあ、そう言わずに、旦那の護衛任務に関してはもう伯爵様から前金で全額頂いてやすんで、少なくともこの仕事に関しちゃ不義理はしやせんって」
「この仕事に関しては、か」
いや、それはもう別な事では裏切る可能性が有るって言ってるような物じゃ。
「そりゃまあ、旦那だってあっしのモットーは御存知でしょ」
確かにコイツの場合はそんな心配をするのは今更か、とりあえず金さえ払ってればその分に関しては信用できるから、こう言っている以上は今の所は大丈夫か。
「そんな怖ええ顔しねえでくだせえよ、確かに戦闘前に逃げやしたし、襲撃が終わったのを見計らって戻って来やしたが、あっしが戦闘で役に立たねえってのは、旦那だって御存知でしょ。でしたら足手纏いになるよりも、その間に情報収集してた方が有益ってもんでさあ」
まあ、確かにこいつの場合はそっちの方が役に立つか。
「ついでに言やあ、あっしみてえな、出所の知れねえ怪しげな不審者が一緒に居ちゃあ、おうじょ、おっと『御嬢様』でしたかい、その御嬢様からの第一印象も違ってたでしょうしねえ」
自分で言うかコイツ、とは言え言ってる事は間違いなさそうだよな。コイツは見るからにもう怪しさ大爆発って感じだもんな。
うん、確かにこいつがいると、王女様はともかくマイン辺りは無茶苦茶言ってきそうだな。今はマイン達が寝込んでるし、王女を始めとした無事な連中も寝込んだ連中の方に気を取られてるから、こっちの方には意識を向けてないもんな。
馬車前後の入り口は幌を今降ろしてる、それにテトビは前の入り口から覗いた程度じゃ見えないような位置で並走してるし、コイツの声は小さくてもなんでか聞きやすい上に、見た目じゃ想像つかないけど兎の獣人のせいか耳が凄い良いんで、小さな声で話しても聞き取りやがるからな。
この状況なら確かに、王女達に感づかれずに俺に接触するには丁度いいって訳か。
「自分で解ってるなら、どうにかしたらどうなんだ、多少なりともまともな格好をすれば、問題ないだろうに」
ビジネスだって、服装や身だしなみなんかは重要になって来るからね、いつまでも就活の大学生みたいなスーツだと軽く見られる事も有るし、よれよれだと信用されにくいとかあるから。
「へへ、あっしはこの見た目で、顔を売ってやすんで、これを止めちまいやすと新顔だと思われて逆に信用を無くしちまうんでさあ」
うーん、そう言うものか、まあいきなりイメチェンするとそう言う事も有るか。
「それに、この『耳無し兎』だからこそ、仕入れて来れた情報なんかが有りやしてね」
そう言いながら片方の手をこすり合わせてるけど。
「お前、さっきライワ伯から前金で全額貰ってるって言ってなかったか」
なのに追加報酬を期待するとかおかしくないか。
「へい、ですから不義理はしやせんが、働きに見合った臨時収入ってやつわぁ何時あっても良いもんですし、勤労意欲をわかせるモンだと思いやせんか」
「勤労意欲ね」
懐から適当な硬貨を数枚取り出して放り投げると、手早く全部をキャッチしてから、手の中の硬貨の枚数を数えながらテトビが言葉を続ける。
「へい、ソイツを掻き立てるのに報酬に勝るモンはねえかと、あっしもコレを期待しているからこそ旦那の為に情報を集めてきたんですからね」
「それで、どんな情報だ」
「まずは一つ目ですが、後ろで寝込んでる御方等が有る程度落ち着くまで安全に休める場所に付いてでさあ、まあこちらは大体の話が付いてやすし、このままあっしについて来てくださりゃ着きますんで後は旦那が上手く挨拶できるか次第でさあ」
挨拶って、つまりは『金剛杖』とか『炎霧』みたいな、裏稼業関係の親分の所って事か、まあそれなら腕っぷしのある用心棒とかもいるんだろうから、安全と言えば安全なのか。
「それと、もう一つは、今回の襲撃の主犯、まあ簡単に言えば『薬師』の指示で傘下の中毒者を動かした、この地域の薬屋に付いての情報でさあ、コイツを何とか出来りゃ、しばらくは襲撃が無くなるでしょうし、上手くすりゃ解毒剤も手に入りやすぜ」
気が付けば評価者数が500になってました、ありがとうございます。
R3年8月1日 誤字修正しました。
R6年8月6日 誤字修正しました。




