468 幌馬車
あけましておめでとうございます。
「サミュー、速度を落とすなそのまま鞭で相手の槍を抑えながら突っ切れ」
「はい、御主人様」
俺の指示通りサミューが馬を加速させながら、馬上から鞭を振るって残っている槍を弾き飛ばして行く。
「アラ、わたくし達も撃ち続けて敵を減らしますわよ」
「うん、わったハリュ」
ハル達も攻撃を続けて中毒者を確実に減らして行ってるし、それに押されるように長剣を持った中毒者達の後続も左右に散り始めてる。これならほとんど問題なく突破できるはずだ。
「薬師様の為、御神薬の為、薬師様の為、御神薬の為」
「いや待て、なんで中毒者が散り始めるんだ、やつらは痛みも恐怖もないはずだろ、ならこの動きは……」
敵の行動に違和感を感じるも、それを考えるまもなく車体に衝撃が加わる。
「逃げ遅れた中毒者達を轢いたか、これで突破でき、な、うそだろ……」
「や、やく、ざま……」
「ごし、ごしん、やぎゅ、へびゅ……」
こいつ等、素手で馬や車体にしがみついて馬車を停めようとしてやがる。
衝突の衝撃で手足が折れてるし、今も馬の蹄に踏まれたり、車輪に巻き込まれたりしてるっていうのに、いや、中には手足どころか下半身まで引き千切れて、内臓が地面に引きずられてるってのに、平然とした顔で車輪に掴まってやがる。
重量が増え、馬や車輪の動きが素手で抑えこまれかけ、更に肉塊を定期的に乗り越えてるせいか、馬車の震動が激しくなって、同時に速度が落ちてる、クソ、このままじゃ、他の中毒者に。
「これが狙いか、前衛が馬車の動きを止めてる間に、散開した後方集団が仕掛けて来る」
後続集団の乗り込みは予想してたっていうのに、ここまでやるとは思ってなかったから、突破すれば何とかなると思ってたってのに。
クソ、もう長剣の連中が馬車の左右に回り込んで来てやがる。
「ミーシア、トーウ、乗り込んで来るぞ後方を警戒しろ、サミュー、支援するから馬を護ってくれ、無理に敵は倒さなくてもいい、ともかく馬に近寄らせないでくれ、馬がやられれば、身動きが取れなくなって、こいつらをやり過ごしてもすぐに別な刺客に追いつかれる事になる」
「解っています」
手綱を離して足と時折軽く当てる鞭だけで馬を操るサミューが、空いた手に『焼灼の利剣』を持って近づいて来た敵を斬捨てながら俺の指示に応えると、剣の発する高熱で湯気が上がり、サミューの髪を湿らせる。
「アラはこのまま俺とサミューの支援をしてくれ、必要に応じて剣に持ち替えてもいい、……相手は中毒者だ、中途半端な手傷じゃなく、確実に仕留めるつもりでやってくれ」
「わったよ、リャー」
矢が生成される効果を持つ『自射の短弓』で一人づつ確実に仕留めて行くアラの様子を見ると、俺が別な的に対応してもこの二人に全面を任せて問題なさそうだけど、こんな小さな子にこんな指示をするしかないなんて。
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
「ハルは少し下がってくれ、その位置だと後衛職なのに前方入り口から敵に狙われかねない、それに下がれば前と後ろ両方の支援が出来るだろ」
「ええ、仕方ありませんわね」
いくらレベルが上がって、自衛できる程度のステータスになってるとは言えハルはあくまでも魔法職だから近接戦に持ち込まれると万が一って事が有るからな。
これでとりあえず、相手の切込みの対策はしたけど、馬車を停められかけてて包囲された状況っていうのはぞっとしないな。
「しかし、仕込み杖なんて随分と芝居がかった武器を使って来たな、確か杖に仕込めるように細く薄くなるせいで普通の剣よりも脆いはずじゃ、その位なら『アイテムボックス』にでも強力な武器を隠して置けばいいだろうに」
(そう言う事をする者が多いから、『アイテムボックス』を持つ者自体が警戒されやすいのじゃ。ほれ、先日の貴族の行列とすれ違った際にも説明したじゃろう、刺客と間違われないようにするために武器だけでなく『アイテムボックス』も足元に置くと、それに『金剛杖』とかいう盗賊のアジトでも、『アイテムボックス』を剣と一緒に預けたじゃろ。それに比べてただの木杖に見えればそれほど警戒はされぬからの、お主だって『鑑定』で仕込み杖と解らねば、もっと近寄られて相手が刃を抜くまで無警戒じゃったろうて)
それもそうか、ってそれどころじゃないって。とりあえず前後は固めたから、馬車の中央に乗ってる王女達の安全は……
「な、奴らどういうつもりだ」
馬車の側面に回って、そのまま後方から乗り込んでくると予想していた長剣を持った連中が、馬車の速度が更に落ちたの合わせて一気に馬車の側面に肉薄して、それどころか幌の上に飛び乗った奴まで、まさか。
「王女達は全員伏せろ、外から刺されるぞ」
クソ、よく考えてみれば、幌馬車なんて木の枠組みに布を掛けただけなんだから、箱馬車なんかと違って防御力なんてないような物だよな。
「皆の者、かの者の指示通り伏せよ」
「な、何を言っている貴様、殿下、そのような格好をなされては、うを」
「きゃあ」
俺の言葉に王女と侍女、数人の兵士が床に伏せ、それを呆けたように見ていた、マインの目の前に、幌を貫通して突出された長剣の切っ先が飛び出し、頬を軽く切る。
他にも何人か、小さな傷を受けてるけど、大量に出血したり深手だったりってのはなさそうだな。
「そのまま姿勢を低くして、荷物や毛布なんかを盾代わりに抱えて措け、相手は狙ってる訳じゃなく適当に差し込んできてる。不用意に立ち上がらず、周りをよく見てれば早々致命傷にはならないだろう」
俺の言葉を聞いて、数か所切傷の出来たマインやまだ立っていた兵士達も慌てたように伏せるけど、その中で宦官のキリツと侍女の一人が王女の上に覆いかぶさるようにして守ってる。
「ハル、さっきの指示は取り消しだアラと役割を代わってその位置からサミューの支援に集中してくれ、アラは矢で室内から屋根の敵を打ち落としてくれ」
ハルの魔法だと、敵ごと馬車の屋根を焼いたり吹き飛ばしたりしかねないからな、その点、弓矢なら幌に開く穴は小さいし、アラが『四弦万矢』から習ったスキルなら、たとえ中毒者が相手で多少狙いが甘くても、当たれば単純な威力だけで致命傷や部位欠損が狙えるからな。
「この非常識な状況では仕方ありませんわね」
「わーった」
二人が微妙に位置を変えて、それぞれの敵に攻撃を始めようとしている間に『軽速』を使って御者席から馬車の上に飛び上がる。
全速を出してるような状態で体重が極端に軽くなる『軽速』を使い過ぎれば、向かい風の風圧で振り落とされかねないけど、ここまで速度が落ちてれば、その心配もないか、何より重量が減ってるなら、不安定で下手をすれば踏み抜いて穴が空きかねない幌の上だって心配なく走れるから、骨組みに掴まってるだけのアイツ等より有利に戦える。
「行くぞ」
幌の上に立ったまま『斬鬼短剣』を抜き小走りで手近な一人に斬りかかる。
「薬師様の為、御神薬の為」
ぶつぶつと呟いて、一心不乱に剣を車内に突き刺し続けている相手に肉薄し、剣を持つ右手と骨組みに掴まる左手を一息で斬り落とし、掴みどころが無くなり不安定になった体をそのまま下から蹴り上げて、馬車から落とす。
蹴った反動で体の位置をずらし、別な中毒者の後頭部の髪を掴んで『斬鬼短剣』を振るい『斬り裂き』の効果で無造作に首を切断し、手の中の頭部を捨てる。
相手は中毒者だ、痛みを感じない以上多少のダメージじゃ、痛みで動けなくなるとか行動に支障が出るなんてのは期待できない。
確実に倒す為に、物理的に戦えないレベルまで体を破壊するか、即死させるかだ。
「薬師様の為、御神薬の為」
王女達を殺そうと必死になっているのか、俺にはほとんど意識を向けて来ない中毒者に背後から斬りかかり作業的に倒して行く。
躊躇するな、急いで確実に倒して行け、自分に言い聞かせながら、手首を落とし、肘に刃を立て、肩の関節に切りつけ、首を斬り、後頭部に剣先を突き刺し中身を抉る。
その間も、馬車の中から幌を貫通して放たれた矢が、中毒者達の手足や体を吹き飛ばし、内臓と血をまき散らして行く。
もう少しもう少しだ。
アラの矢を受け痛みはないだろうが、出血で動きの鈍っていた中毒者に止めを刺して幌から蹴り落とし周囲を見回すと、残っている敵の姿はない、馬を狙ってた連中や後ろに回り込んでた中毒者もみんなが倒したみたいだな。ゆっくりと進む馬車の後を見ると、俺の倒した覚えのない死体が幾つも転がってるし。
「どうやら、終わったみたいだな、こちらの被害はどうだ」
「御主人様、私と、アラちゃん、ハルさんは無傷です、馬が多少傷を負いましたがどれも軽く、ミーシアちゃんに回復魔法をかけて貰えれば走行に支障が出るほどではありません」
前方は異常なしか。
「わたくしと、ミーシア様も無傷ですし殿下は御無事ですが、殿下の配下の方々が数名、手傷を負われています」
俺が馬車から飛び出した時点で、マインを始めとして何人かが軽く切られてたからな。
「トーウ、ミーシア、重傷者はいるか、必要ならすぐ治療を始めてくれ」
「いえ、そこまでの方はいらっしゃいません、ただ車内が大分荒れてしまいました」
ああ、そうか、剣を差し込まれて貫かれた物も有るだろうし、盾にするように指示もしたからな。
「特に、『蠕虫洞穴』で採取したボスの体液ですが、樽の破損は殆ど無く零れてはいないのですが天井から垂れて来た血が多少混じってしまいまして、もしかすると品質はともかく鑑定結果に影響が出るかと」
そう言えば、前にカミヤさんからそんな話を聞いたっけ、薬とかに混ぜ物をすると鑑定結果が『汚染された○○』とか『混合された○○』みたいな感じになって、よくわからなくなるって。そのせいで価値が下がるけど、『薬師』達はそれを利用して違法薬物を別な物に混ぜ込んで密輸したりしてるんだっけ。
「多少混じっても、俺達で使う分なら問題はないだろう」
価値の有る素材が汚染された事を気にした様子のトーウに何でもないと声を掛けながら馬車の中に戻るけど、思ったよりも酷い様子だな。
物が壊れるとかは、布類を除けばほとんどないけど、整頓されてたはずのものが床に散らばってるし、トーウの言ってた通りそこらじゅうが、俺達の倒した中毒者の血で汚れてるな、というか今も天井から血の滴が落ちてきてるし。
「サミュー、御者役をハルと変わって車内の片づけを頼む、トーウとミーシアは負傷者の手当てを、アラは念のため後方を警戒しててくれ」
「冒険者、貴様このような、真似をしてただで済むも思うか、護衛でありながら我らにこのような手傷を追わせておいてのうのうと」
いや、攻撃の前に警告したよね、王女を護った二人を除けば伏せた連中に怪我はなかったし、俺らが戦わなきゃ無事ですまなかっただろうに。というか、俺達の護衛対象はあくまで王女だけなんだから、こいつらの安全を保障する義務はないような、ん、あれ、マインの頬が赤いような……
「殿下、やはりこの、よう、な……」
いきなり言葉が途切れ、俺の方にマインが倒れ込んで来たのを思わず受け止めたけど、一体何がどうなってるんだ。
R6年7月30日 誤字修正しました。




