467 巡礼者
おそらく今年最後の更新になります。
「行ってらっしゃいませ、良い旅を」
宿の店員と女将に見送られて馬車を発進させるけど、こうしてしっかりと見送りに出て来てくれるっていうのはそれなりの宿泊料がする宿なだけは有るよな。
まあ、本音は今すぐに塩を撒きたいのかもしれないけどさ。
「まったく、酷い夜でございましたね、でん、いえ『御嬢様』、やはり宿などではなく『本陣』に泊まる様に手配をさせるべきではありませんか、このような事が続けば御身体も休まりませんでしょう」
なにせ、あの食事の後もマインが色々とやらかしたというか、文句をつけまくってたからな。
やれ部屋が狭いだ、明かりが少ないだ、掃除が成ってないだ、シーツに糊が十分効いていないだ、浴室の石鹸が安っぽいだ、お湯が少なくてかけ流しに出来ないだ、部屋の匂いが気になるから香を焚けだ、よくもまあそんなに苦情が思いつくなと感心するというか、お前は小姑かよ。
「現状でそれが出来ぬと何度言えばよいのかマイン。今は非常時、優先すべきは隠密性と安全であろうに」
というかお姫様の筈のミーラ王女が平気で受け入れてるのに、なんでこいつがそんな贅沢を言ってるんだと、思わず言いたくなったもんな、普通に俺の感覚だと結構なサービス内容だと思うんだけどな。
「御言葉ではございまするが、そこの冒険者の話では、既に何者かに目を付けられた由、であれば領主の管理下にある本陣の方が警備も整っておりましょう」
コイツがクレームつける度に、宿側にチップ渡して改善して貰ったりしたけど、サミューにもベットメイクのやり直しとか、香油の用意とか、入浴の補助とか色々頑張って貰ったよな、というかサミューはよく王族相手の対応方法を知ってたよな。
いや、それもおかしくはないのか、ミムズは王族付きなんだし、もしかしたら……
「よほど信の置ける家でなくば安心して泊まる事など出来ぬ。なにせムルズ王国が貴族百有余家のうち、どの家が刺客を放ったか分からぬのだからな。マイン其方は、わたくしをオーガの巣へ向かわせるつもりか。そうでなくとも、『本陣』を使うとなれば、少なくとも半月以上前に使者を送り用意を整えさせるもの、急な飛び込みで王女が来たとならば、何かあったのではないかと領主たちに痛くもない腹を探られる事となろう」
まあ、貴族達は主戦派が主流みたいだから、講和目的の王女様がヘタに貴族達に頼って弱みを見せる訳にはいかないんだろうな。
「それは、そうかもしれませぬが、ですが尊き御身はそれにふさわしい格式を持って遇されるべきかと」
言いたい事は解るけどさ命あっての物種だろうに。
「虚栄がために、今の状況下で王家が諸侯に対してつまらぬ弱みを見せたり、借りを作る訳にはいかぬ。よほど信の置ける家であればともかく、道行く先の諸家に節操無く頼れば鼎の軽重を問われる事となろう。それとも、クレイモア子爵家の当主は王権の弱体化や諸領の権限強化を狙い、其方に何か命じておるのか」
うん、その聴き方はずるいと思うな、絶対にイエスなんて言えるわけないじゃん。
「そ、そのような事は微塵たりとも思ってはおりませぬ、我ら譜代の家々の安寧は王家の安泰あってこそのもの。王家や殿下に対してそのような不遜な考えを持つ事など決して、決して」
まあ、そうなるよね。お前は俺の敵かって聞いているようなもんだからさ。
とは言え、さっきの御姫様の言い方だと、いざと成ったら逃げ込めそうな貴族家も何個かは有るって事なのかな。
「であれば、交渉の仲介者であるライワ伯の使いに対して不信の目を向けその助言に対し抗するはどういう了見か、王家の事を思うというのであらば其方の言動がライフェル教との交渉にどう影響するか考えよ。交渉がどのような結果になるにしろ、わたくしの身に何かあれば問題となるのは神殿も同じこと。であらば、ライワ伯が信任し、ライフェル神殿が認可した護衛役を疑うは、交渉相手を疑うも同じ。まして、少数の移動に関しては素人同然であるわたくし達が、必要以上に意見を述べるなど、状況を乱すだけと解らぬか。敵がこちらを把握しているというのであれば、それだけ広く探索できるほどの影響力を持っているのであろう。ならばこそ玄人に任せるべきではあるまいか」
うん、言ってる事はもっともなんだけどさ、俺は護衛の玄人って訳じゃないんだけど・
「ぎょ、御意」
「御主人様、前方から集団が参ります、あれは巡礼者でしょうか」
説教を続けているミーラ王女の言葉を塞ぐように、馬車馬に跨っていたサミューが車内に声を掛けて来る。
「巡礼者、あれか」
確かにサミューの言う通り、今進んでる街道の向こう側から白ずくめの集団が歩いて来るな。多少汚れが付いてるけど頭にかぶってる頭巾から靴まで全部白で、口元も白い布で覆って、富士登山で使ってそうな白木の杖、感じ的にはお遍路さんを極端にしたみたいだな。
(巡礼者とは、何らかの理由で信仰心にかられた者が、その宗派にまつわる各地の宗教施設や遺跡、霊山幽谷等をめぐる者なのじゃが。各神殿への配慮から、主要な巡礼路に限れば比較的容易に国境や関所などを通れるうえ、俗世と距離を取るという事であのような格好で顔を隠して居る為、密偵などの隠れ蓑にされる事も有るのじゃ)
えっと、時代劇の虚無僧みたいな感じかな。いやともかく、密偵の隠れ蓑って事はガチの刺客って事じゃないのか。馬車の中を移動して御者席に移りながら前方の集団を『周辺察知』で確認するけど、結構な人数がいるし『鑑定』してみたら持ってる杖が全部『仕込み杖』ってなってるんだけど……
「サミュー敵だ、馬車はこの状態じゃ方向変換は無理か、突破するぞ」
「承知しました」
道幅がそんなに広くないし馬車は自動車に比べて小回りが利かないから、ここでUターンは出来ないしもし出来たとしてもその間に距離を詰められる。なら馬車の重量とスピードで蹴散らして突破するしかないか。
「このまま突破する、アラとハルは前に来て射撃と魔法で突撃前に相手を散らしてくれ」
「わーった」
「まったく、仕方ありませんわね」
相手が密集隊形で抑え込みにかかってきたりしたら、ミーシアの戦車とかならともかく、この馬車じゃ突破しきれるかわなんないもんね
「ミーシアとトーウは馬車の後方乗り口を固めてくれ、馬車の速度が落ちたり止められたりした場合は敵が乗り込んできかねないからな」
「は、はい」
「お任せくださいませ、旦那様の後背はわたくしめがお守りいたします」
馬車に乗ってるコッチを狙ってくるんだから、無理やり車輪を止める手段だって用意してるかもしれないからな。今のところ『周辺察知』で見てるんじゃ隠れて魔法やスキルを用意している相手はいなさそうだけど、それだって絶対じゃないからな。
「御主人様、敵が抜きました」
サミューが叫ぶ声に意識を前方に戻すと、白づくめの集団が長杖の中に隠されていた刃を抜くけど、それぞれ長さが違うな後方の連中は『座〇市』の仕込み杖みたいに杖を鞘代わりにして細身の長剣みたいな刃物を隠してた感じだけど、手前の連中は杖の先端から刃物が飛び出して、槍みたいに……
「薬師様の為、御神薬の為、薬師様の為、御神薬の為」
「この状況で槍だと、まさか」
俺の懸念に合わせたかのように、槍先をこっちに向けて密集隊形を作る。やっぱりか、確か槍衾って騎兵突撃対策の陣形だったよな、尖った槍先が向けられたところに突っ込む時には、きちんと騎手がコントロールしてないと馬が怯えて手前で止まっちゃうことが有るって。
てことは手前の槍で馬車を停めて、奥の長剣連中が車内に斬り込んで来るってつもりか。
「サミュー、馬をしっかりを制御して足を止めさせるな。ハルとアラは正面の槍持ちを狙って槍衾を崩せ」
「はい、このまま突撃します」
「いっくよー『連射』」
「参りますわ、『火風』」
俺達の馬車を前にしっかりと足を前後に開いて槍を構える男達へ向かって、アラの放った矢とハルの手からは放たれた炎が向かう。
「な、これはどういうことでしょう」
「あれ、へんなの」
「これほどの火力で、何ともないだなんて、非常識ですわ」
前方で馬車を待ち構えている男達に攻撃しその様子を見ていた、うちの子達が呻くがまあそうだよね。
「薬師様の為、御神薬の為、薬師様の為、御神薬の為」
体中に矢が突き刺さり、白い衣服が焼け落ち火傷による水膨れが全身に出来ても、男達の大半は先ほどとほとんど変わらない姿勢で槍を構えている。あれだけの怪我と火傷を受ければ普通なら痛みでまともに立ってる事も難しいってのに。
「いや、まったく効いてない訳じゃないのか」
即死するような急所に矢が当たった何人かは、そのまま倒れているから、不死身って訳じゃないか。とは言え急所をぎりぎりそれたような奴は普通に立ってるし、痛がっている様子が全くないてことは。
「まさか、中毒者ですの、こんな所で襲って来るだなんて、どういう事ですの」
「薬師様の為、御神薬の為」
ハルが叫びたくなる気持ちはわかるけど、今はどうしてかよりも、どうするかを考えるべきだろ。それに、伯爵家車列の襲撃にも中毒者が絡んでたんだから、ムルズ王国の貴族と『薬師』ヤスエイが関係あるのは予想できるし、なによりカミヤさんや神官長さんからも言われてた、ってそれをハルが知るはずないか。
「サミュー、鞭で槍を打ち払ってくれ、槍先さえ馬から外せれば突破できるはずだ」
サミューの長鞭なら熟練度も上がってるから何とかなるはずだ。
「アラ、攻撃の手段を変えますわよ、中毒者は不死者とは違って死なない訳ではありませんわ、脳や心臓を潰せば死にますし、大量に血が流れれば痛みが無くても、動く事が出来なくなりますわ。『四弦万矢』の技を覚えた貴女でしたら出来るでしょう。魔法も表面を焼いたりするような魔法で無く、体の中を破壊して即死させたり、神経や筋肉を破壊して動けなくなるような物になさい」
「そっか、わーった」
ああ、攻撃範囲よりストッピングパワーって事か、いやでも十代の女の子が幼女に指示する内容じゃないと思うんだけどな。
まあ、とりあえず何とかなりそうだからいいけどさ。
「いっくよー『鏃潰』」
「参りますわ『風刃』」
アラの放った矢が当たった男の頭部が水風船のように破裂し、ハルの魔法が別な男の首を切り落とすと、頭を失った二つの死体がそのまま崩れ落ち、空いた隙間を突破しようとサミューが馬の向きを微調整しながら、馬上から鞭を振るう。
「はあああ」
「うひ」「あひ」
鞭うたれた中毒者が変な声を上げて姿勢が崩れ、手元が緩んだのを見逃さずにサミューの鞭が数本の槍を絡めとり、そのまま中毒者達の手が届かないところまで投げ飛ばす。
しかし、サミューの鞭には魅了系の効果が有るから叩かれた敵が隙を見せやすいのは解るけど、中毒者にも効くんだな、いや薬のせいで快感とかには敏感になってたりするのかな。それにサミューだし、いやいやそれどころじゃない。
「突破する、衝撃に備えて姿勢を低くして、何かに掴まっていろ」
「薬師様の為、御神薬の為、薬師様の為、御神薬の為」
馬車の後部座席に声を掛けて俺もしっかりと踏ん張る。このままだと、立ちふさがっている中毒者達を馬車で曳くしかないからな。
「行くぞ」
よいお年を。




