465 ムルズ庶民の食卓
「ごえ、いやリョーさん、町に入る前に少々時間をよろしいか」
ん、キリツがなにか言いたい事が有るのか、コイツだったらたぶん有益な意見を言ってきそうだから聞いておいた方が良いか。
「なんですか、何か問題でもありましたか」
「実は『御嬢様』の恰好なのですが、今のままではいささか華美に過ぎ、『商家の御令嬢』とは見えず、見る者が見れば来歴を察せられかねないかと。また『使用人』たちの格好も同様に」
あー、言われてみると確かにそうだな。ミーラ王女の服装はいかにも御姫様って感じだし、二人の侍女もちょっとした家のメイドさんにしては服の作りがね、細かい所までしっかりできてるし布地も高そうだもんな。
それに護衛連中も、女騎士のマインはいかにも騎士って感じのオーダーメイドっぽい装備をしてるから、ミムズや四弦万矢、黒鉱剣達みたいに、元々の騎士だったのが失業して浪人になったから家伝の装備をもって冒険者やってるって感じに見て貰えそうだけど、他の連中は、統一規格って感じの武器と防具だから、パッと見で何処かの兵士っていうのがばれそうだよな。
それに、多分王族付き兵士なんだからこの装備のデザインを、知ってる人は知ってたりするんだろうから、下手すりゃこいつら見られただけでばれかねないか、となると服装を変えた方が確かに良いか。
とは言え着替えさせるにも、こいつらの持ち物の何割かは襲撃された時に馬車と一緒にダメになったし、無事だった分も馬車や『アイテムボックス』の空の関係で少ししか持ってこれなかったし、なにより、持ってこれた分も今着てるのと同系統っぽいもんな。
となると……
「俺や、うちのパーティーメンバーの装備や衣類で合いそうなものが無いか試してみるか」
俺達の『アイテムボックス』にはそれぞれの装備品の他にも、マイラス達や車列護衛の時の襲撃者なんかからの戦利品が有るからね。
まあ量が多すぎて『アイテムボックス』にしまえなかったのは売ったり放置したり、他の連中にあげたりしてたけど、形が違ってたり弱い効果が付いてたりで、似てるけど入ったってのも結構あったからそれなりの量と種類は有るもんな。護衛連中の強化にもなるし、装備のデザインがばらけるから目くらましにも丁度いい。
服にしても、うちの子達は結構な量の服をハルとかがみんなの分を買ってきてアラの『アイテムボックス』に入れてるからさ、サミューの私服なんかだと身長も近そうだし王女様でも何とかなりそうだよね。
「これも契約に入ってる諸手配の一環になるでしょうから」
「かたじけない、それでなのですが、実は『御嬢様』と侍女の一人は、自分で服を着替える事が出来ず、もう一人の侍女も着替えの補助の経験が無いとの事で、もしも貴殿の侍女殿がそう言った経験が有るのであれば、手伝い頂けぬかと」
ん、ああ、そう言えばハルも最初の頃は自分で着替えれなかったっけ、偉い人ってそう言う物なのかな、でもなんで侍女も、それに着替えの手伝いをした事が無いって……
(王族の侍女ともなれば、それなりの家格の者もおるじゃろうて。今いる者達は行儀見習いとして王宮に入った貴族家の娘かもしれぬの、であればサミューのように実際の業務を行うのではなく、王女の話し相手や、下位の侍女への指示役などであったのじゃろう。そういった者は自室に自分の侍女を実家から連れて来ていたりするため、通常の令嬢と出来る事は大差なかろう。実務を行う侍女にしても王女付きの侍女であれば人数も多いゆえ役割分担も細分化、専門化され自分の担当分野以外はまともに出来ないという事も有るじゃろうて)
えええ、いやまあ分業化や専門化っていうのは、人手に余裕のあるって証拠だし、人をたくさん雇えるっていうのはある意味で贅沢の証明だから、王族なんてなれば『~専用』みたいな使用人がいても当然なのか。てことは、あんまり裕福じゃない家の方がなんでも出来るメイドさんがいたりするのかな。
まあいい、事情は分かったから。
「サミュー、手伝ってやってくれ、それと無茶を言うが出来るなら自分一人である程度はできるように教えてみてくれ」
サミューならできるよね、ハルだって最初の頃は自分で着替えられなかったのをサミューが手伝ってて、いつの間にか自分一人で出来るようになってたし。アラだってちっちゃな頃から「ひとりでできるもん」って、自分で着替えれるようになってたから。
「解りましたが、宜しいのですか、良家の子女ではそう言った行いをはしたないと考えられる事も有りますが、あまり大きな声で言える話ではありませんが、一人で着替えられるという事は、一人で脱ぐことも、誰にも知られずに服を着直す事も出来るという事ですので、不逞を疑われる事になりかねないのですが」
うん、ああそうか、自分で脱げるって事は男と二人っきりになった時にも脱げるし、やる事やった後でも普通に服を正せるなら、浮気とかがばれる可能性が減るってか、一人で着替えられないなら、着替えを手伝う誰かにはそのことがバレるんだから。
うーん、血筋とか家系とかを重視する世界だと、そう言う考え方も有るのか。
「命には代えられないだろう、いざという時に急いで出発の用意をするなんて事はよくある事だ、その時に着替えに手間取って時間を無駄にして、本来であれば避けられた危険に巻き込まれるなんて事も有り得るだろう。生きてラッテル領に着かないと、交渉すら始まらないんだしな」
「承知いたしました」
しかし、町に入るだけでもこんな風になるって、これから先が思いやられるな。
「なんだこの食事は、ふざけているのか、このような物しか出せぬとは、なんだこの宿は、女将を呼べ」
ああ、叫び声が頭に響く、貸し切りの食堂だとは言え、近所迷惑だからいきなり叫ぶなよ。いやまあ、クレームつけたくなる気持ちはわかるけどさ。
味の薄いマッシュポテトはせめて具材とかマヨを入れてポテサラにしてほしいし、パスタは具も殆ど無くて味付けもシンプルなペペロンチーノぽい感じ、いやこの世界じゃトウガラシがまだ流通して無いから違う料理か、他にも数種類の芋と豆が入ったすいとんっぽい感じのスープとか、いろいろ料理は有るけどどれも、麦、芋、玉蜀黍……
多少豆が有るとはいえ炭水化物過多だな、ダイエットで糖質制限してる連中が見たら卒倒しそうだ。
「ああ、穀物がこんなにも、幸せ過ぎて目移りしてしまいそうです。混ざりものの無い真っ白なパンや蒸したての馬鈴薯、黄金色に輝く玉蜀黍、ああ、噛んでいくうちにほんのりとした甘みが膨らんで、土に育まれ、蝗に犯される事の無かった幸福な作物の味が……」
「お、お肉は……」
「ああ、また麦と芋ばかりですのね、今までの宿とは違ったので、今回はと期待していたのですけれど」
「こうも、穀物ばかりですと、食事内容が偏ってしまいますね。成長期の子達も居るので、もう少し栄養に配慮したいのですが」
「うーん、果物ないのかな」
俺の背後からうちの子達の声が聞こえるけど、トーウを除くとみんな残念そうだな。今は身分のある相手と同じ卓に付けないって事で、俺の背後で別な卓を囲って、俺とミーラ王女様、マインが同じ卓に付いてるんだけど。
本来なら幾ら卓が別とは言え同じ部屋で同じ物を一緒に食べるっていうのは有り得ないらしいけど、あまり身分を見せる行動をすると周りから身分を疑われたりしかねないし、何より食事の為に護衛をしてるうちの子達が離れるっていうのは不用心って事で押し通したからね。
向こうの侍女や兵士たちも別な席に付いてるけど、よく見ると侍女連中なんかは食事に不満そうな顔をしてるな。
「わたくしが、この宿の女将ですが何かありましたか」
おお、ホントに女将さんが来たよ、感じ的にはびしっとドレスを着てちょっとした家の御婦人って感じだな。
「女将、我らが誰だか知らぬはずはあるまい、この国の民であるのならば、畏れ多く、むぐ……」
慌てたように、キリツがマインの口を押えるけど、コイツ今ミーラの身分を明かして女将に文句付けようとしてたよね。現状を理解してるのかコイツ。
「女将呼び立てて申し訳ない、連れが騒いで迷惑をかけしまって、少ないですが取って置いてくれ」
余り高圧的になら無いよう口調に注意して、チップ代わりに銀貨数枚を手渡しさらに言葉を続ける。
「それはそれとして、食事なのだけれど、もう少し何とかならないでしょうか、多少なりとも野菜や肉類を、もちろんその分の額は出させてもらうが」
「申し訳ありませんが、これが当店で出せる、いいえこの街の宿であればどこであろうと最大限の料理であると自負しております」
いや、みんなあからさまな顔で、これがかよって表情しないで、気持ちはわかるけどさ。
「以前いた、ロウ子爵領では、もう少し多彩な食事が出たと思うんだが」
確か、普通に宿屋でもサラダとか肉類が置いてたよね。
「そりゃ、あの辺りは蝗害の被害もなく、隣国も近くて国境の向こうから食材がいくらか入るそうですし、なによりロウ子爵様の影響で堅実な領主様が多いそうですから。この辺りの貴族様方は蝗害で穀物相場が高騰してるのに合わせて、野菜畑や牧草地、果樹園まで潰して麦や芋、豆の畑に替えてしまいまして、今年は野菜や果物、畜産物のどれもがわずかしか取れず、それも遠征に向けて騎士様の保存食にするというので、大半が徴収されまして」
ああ、まあ売れる商品が解ってるなら、それを大量生産しようとするの当然か、まあ結果は収穫前に大暴落して不良在庫の山になったんだろうけど。この話を聞けば判るが、食材は売れ残った穀物ぐらいしか流通してないって事か。
「更に領主様が戦費調達との事で行商にまで多額の税を掛けられまして、遠方からから入っていた塩漬けや乾物までも殆ど、辛うじて冒険者や多少戦える流民の人達が近くの『迷宮』で魔物の肉や採集物を取って来てくれますが、それも税制の関係で仲介業者を通って私共のような宿や料理店に来る頃には、信じられないような高額になる為に殆ど売り買いは無く、捕って来た冒険者や流民が、自分達で屋台を建てて料理したり、闇市で売ったりしていますが。領府から営業許可を受けた宿や食堂では、賄いとしてならともかく、お客様に出す料理に闇市の品をという訳にも行きませんし」
うわあ、もう最悪じゃん、生活必需品に課税って、確かに金にはなるだろうけど、色々と問題になりそうな。もしかして、ダブついてる穀物を消費させる狙いもあるのかな。
「そう言った冒険者達も徴兵されたりで数が減り、闇市での値も上がっているそうです。そのせいか、それなりに稼げてる人はともかく、収入の少ない家などでは芋などしか手に入らず、今まで殆ど無かったような病気まで流行りだして」
となると、栄養が偏ってビタミン欠乏とかの病気だろうか、脚気とかは命に関わるっていうし気を付けないと。
「貴様、言うに事欠いて御政道批判を堂々と述べるとは、覚悟は出来ているのであろうな」
いつの間にかキリツの手を振り解いていたマインが帯剣の柄に手を掛けてるけど、まさか抜く気じゃねえだろうな、こんな所で刃傷沙汰とかシャレにならねえぞ。
「下がりなさい、マイン」
流石に見かねたのか、ミーラ王女が止めようとするけど、そんなんでマインが止まるのかな。
「ですが、でん……」
「下がれ、と言ったのが聞こえないのか、それと、その呼び方を何時許可したか」
なに今の声、こわ、命令に慣れたというか、相手が従って当然と言う感じの冷たい声。
「ぎょ、御意」
「キリツ、店主に…… いえ、ええと女将、申し訳ない、連れが迷惑をかけしまって」
キリツに話を取り次がせようとしたミーラ王女が、それだと身分がバレそうだと気づいたのか、さっきの俺の言い方を真似して謝罪してるけど、何がぎこちないな。
「女将、時間を取らせてしまいすまなかったな、面白い話を聞かせてくれて貰えた、これは情報料だと思って取って置いてくれ」
これ以上話しをさせるとボロが出そうだから、手早く女将に近寄って手の中に金貨を落としながら話を切り上げにかかる。
金貨は流石に渡し過ぎな気がするけど、剣を抜き掛けたマインのバカをうやむやにするには仕方ないかな。
「いいえ、こちらこそ、状況が有るとはいえ大したおもてなしも出来ず、ごゆっくり。それともし、屋台を見に行くんでしたら、あまり上品ではありませんが中央広場がいいかと思いますよ、あそこなら多少値が張っても肉類や山菜などの料理が有りますから。懐に余裕のなる住民や旅人はよく使ってますので」
さりげなく手渡した、金貨を重みだけで認識したのか、こわばりかけていた表情をいきなり笑顔に戻して、女将が部屋を出ていくけど、中央広場か、流石に王女様に屋台の物って訳にはいかないだろうけど、うちの子達の栄養バランスを考えると。
「殿下、なぜあのような者に直接お言葉を、まして謝罪と取られるような言動をなされるなど」
「聞こえていなかったのかマイン、その呼び名をするなと其方も聞いた居たはずであろう。其方はわたくしの居場所を刺客に教えたいのか」
おお、また冷たい声が、なんだろうこうしてるとやっぱり王女様なんだなって気がする、いやどちらかというと女王様か。
「も、申し訳ございません、ですが王族の方にそのような物言いは、到底……」
「其方の忠誠は心地良いが、それがわたくしを殺めかねぬと何故わからぬか、先の女将の話にしても、民が困窮するはその地の政の責任であり、ひいては貴族達を戒めるべき宮廷の責任。ましてこの食糧騒ぎは蝗害にあえぐラッテルとその周辺諸量を政治目的から放置し飢饉を拡大させ、高騰する穀物相場を放置したばかりか、貴族達の転作政策や売り惜しみを諫めずに奨励すらした、宮廷の失政によるもの。まして、それが理由で戦禍すら招きかねないというのに、困窮する者にそれを責められ激昂するなど、恥を知る者には出来ぬはずではないか」
おお、なんかカッコいい事言ってるぞ、そう言えば理想主義って話だから、こういう考え方をしててもおかしくないのか。
R6年7月14日 誤字、改行修正しました。




