463 ぷろれす技?
うわあ、マジで書類が出来上がっちゃったよ、向こうのサインと捺印が終わってるから、後は俺がサインするだけで、成立するんだけど、なんか逆に申し訳なくなってくるな。
いや、まあ女騎士を王女様の目の前でトーウに責めさせ続ける事で、相手が対策を考えたりこっちと交渉する時間や余裕を奪ってたってのは有るんだけどさ。
でもこれいいのかな、この条件だと賠償の額について何も書いてないから後から幾らでもいちゃもん付けられちゃうんじゃ……
いや、今はカミヤさんからの仕事を全うする事を考えよう。
「では、御約束通り、彼女を解放しましょうトーウ」
「承知しました、旦那様」
そう言ってトーウが女騎士の頭を締め付けていた両腕を緩めて立ち上がると、女騎士が左手で締め付けられた顔を押えながら立ち上がるけど、うわあ痣になってたり脹れてたり、あれ顔の骨がイってるんじゃなかろうか、うんもうちょっとやられてたら顔面崩壊みたいな事になってたんじゃ。
ん、あれ、もしかして。
「トーウ、クレイモア子爵令嬢だが」
「はい、あの方がどうかなされましたか」
「右手が動いていないようなんだが」
うん、トーウが解放してから一度も右腕を上げたり動かしたりしてないよね、というかぷらーんと。
「腕と手首が折れていますので、動かすのは難しいでしょうね」
「折れ、折ったのか」
マジか、さっきの脇固めか、そう言えば立ったまま脇固めをしてそのまま地面に倒れ込むのって危険だから、最近の格闘技とかじゃ反則扱いなんだっけ。
「はい、先ほどのクリップラー・クロスフェイスを始めとした幾つかの拘束に使えるぷろれすの技をクリグ・ムラム様より教わりましたが。その際には、敵の四肢全てを同時に拘束できる技というのは殆ど無く、かと言って片腕のみを固めた場合ですと、弱い相手ならば痛みで動けなくなる事があっても、相手によっては抑えられていない腕で短剣を抜いてこちらを刺して来たり、無手でも眼球に指を突き入れて来る事が有りますので。可能であれば、まず片腕を壊して使えなくしてから、無事な腕と首などを固めると確実だと教わりまして、理想は片足も壊せれば、万が一技が外れても逃亡されませんし、四肢全てを破壊し口も潰して呪文を唱えられないようにすれば相手の死命を制する事が出来ると」
うーん、実戦的だな、いやあの毒蛇騎士うちの子になに教えちゃってるの、いや確かに安全な方法ではあるんだろうけど、やってる事がえげつないというかさ、四肢を全部って、それはダルマにするって事かよ……
「取りあえず、治療が必要だろうが、ミーシアは……」
「す、すいません、こ、こっちの人の治療にもう少し時間が」
ああ、ミーシアは重傷者の手当てをしてたのか、確かに危険そうな感じの生存者もいたから、そっちを優先してるのは当然か。まあ、俺が王女様と交渉してる間も治療をしてたのは良かったか、あまり話が長引いてたら助からなかったもしれないしな。
「サカキ卿」
ん、ミーラ御姫様が話しかけてきたけど、まさか今になって文面の不味さに気が付いたか、てか卿って、まあ立場上そうなるのかな。
「わたくしの配下の治療、大義である」
んー、立場上の関係で、ありがとうとかは言えないんだろうけど、なんかくすぐったいな。
「これも先ほどの文面に有る救援の範囲内でしょう。先の襲撃での怪我ですから」
今日はあの念書だけで十分な収穫だろうから、欲を出してこれ以上の成果を狙うと、相手の心象を悪くしそうだもんな。まあ女騎士のマインからはもう最悪の印象を受けてそうだけど。
あ、そうだ、流石にここは妥協しない方が良いか……
「とは言え、彼女の治療に付きましては、それに含むことは難しいかと」
マインの顔や腕の怪我は刺客との戦闘での物じゃないし、腕を折ったトーウの行動も正当な物だって王女様の署名付きの書類が有ることだしさ。さっきはあまりの状況に思わず、治療の指示を出そうとしたけど、よく考えるとこれは別問題だよね。
「其方の云う通りであろうな、であればマインの分に関しては治療費を払おう。キリツ用意致せ」
「申し訳ございません殿下、現状での支払いは難しいかと、元々それほどの額を持ってこなかった上に、盗難に備えて随員数名の『アイテムボックス』にて保管しておりましたが、その者達は全て死亡しておりすぐに取り出す事は出来ませぬ」
そっか、『アイテムボックス』は所有者以外は取り出せないし、死亡した時は確か……
「取り出す為には、王宮へと戻るか何処かの貴族領の領府や大きな町の代官のもとに行かねばなりませぬが、取り出すには日数がかかりますし、何よりその手続きをするとなれば殿下の足取りが他者に知られる事となりましょう。その為何処かの貴族に話を通して金子を用意させる事も出来ませぬ」
そうなんだよな、正規の役所でないと中身を取り出せないんだよね。でも王女がヘタに役所へ行っちゃえば、その地の領主貴族にも報告が行くだろうから、誰が敵か分からないような今の状況じゃ、刺客を送られかねないもんな。
「後は手形等も用意はしておりましたが、それらも……」
キリツが視線を向ける先には燃えてる馬車が、そう言えばこの場には王女達一行が使っていただろう馬車が数台有るけど、どれも壊されてて、馬も全滅してるな。一番豪華そうな馬車はそれほど破損してないけど車輪が割れてるし。
(襲撃する側としては、逃走防止の為に真っ先に足を奪うというのは理に適っておるからのう。最初の攻撃の際に遠距離スキルや魔法で馬車ごと狙えば、それだけで逃亡手段を奪えるし、上手くすれば乗員を殺傷できるでのう)
ああ、奇襲の際に車両ごと吹き飛ばしてからっていうのは、映画のゲリラ戦なんかで見たことが有るな。
(それに馬車馬は通常は防具など着けておらぬし繋がれておるからのう、狙いやすく潰しやすかろう。また騎兵などは驚異となる為優先して狙われるじゃろうしの)
その結果がこれか、王女の乗ってた馬車への直撃は多分護衛が防いだんだろうけど、他の馬車は魔法で吹き飛ばされたり燃やされたり、てことは荷物も大半はダメになってるって事か。
「申し上げにくうございますが、現状ではサカキ卿へ治療を依頼できるだけの支払は到底、それどころか、この先の旅費に関しましても、先立つものがございませぬ。まして移動手段も無く随員も大半が失われたとあっては」
ああ、確かに馬車もないし、御付きも残ってるのは九人だけだし、見た感じだとベテランはいなさそうだし、いや逃げた連中がいるか、いや御姫様を見捨てた以上、いくらなんでも戻ってはこないか。となると……
「であるか、ならばサカキ卿、幾許か金子を工面できぬか、また移動手段に関しても差配を任せたい」
まあ、そうなるよな、世間知らずの上に、誰が刺客を放ったのか解らないから下手に動けない状況じゃ、俺に頼る事になるか。侍女やキリツも御姫様の身の回りの世話や王宮内での手続きとかに関しては優秀なんだろうけど、いきなり一文無しで放り出された時の立ち回りなんてのは専門外だろうからな。
兵士なんかにしても、感じ的にはエリートっぽいから、戦闘なんかはともかく、交渉事や冒険者みたいな雑用関係は無理っぽそうだよな、下手にやらせたらさっきのマインみたいに徴発とか略奪とか始めちゃいそうだし。
となれば消去法で、俺に頼んでくるのは妥当な所だよな。とは言え俺が乗る必要はないし、せっかくなんだから……
「ありがたい御言葉ではありますが、私めが伯爵閣下より承りました命は、殿下の護衛であって、殿下の御移動や身の回りの事に関しましては御命令の範囲から外れるかと」
業務外の仕事になるからにはね。
「では、いかようにせよと」
「わたくしの方から、このような申し出は心苦しく思いますが、わたくしが殿下に幾許かの費用を貸し出すという形を取られてはいかがでしょうか」
「貸し出すと」
絶対今の俺悪い笑顔を浮かべてそうだな。
「ラッテル子爵領に着くまでの間に、殿下と御付きの方々が必要とされる諸費用と手配、労力等を可能な範囲で、わたくし共でご用意いたします。とは言え、この先の交渉を前にしてライワ伯爵家配下であるわたくしがムルズ王国の王女殿下へ過大な額を無償で工面したとなれば、いらぬ誤解を招いたり、口さがない者達が、当家が賄賂をもって交渉に介入した等と言い出しかねません」
うん、賄賂って問題だよね、日本だったら話が大きくなって、政治家が辞任したり、秘書や会社役員が責任とって逮捕されたり謎の自殺したりするし。
「ですので、これはあくまでも殿下にお渡ししたのではなく、一時的にお貸ししたという形にしようかと」
「ふむ、確かにその方が良さそうではあるの」
うーん、この御姫様、今まで王宮内で大切に育てられて、きっと人に騙されたりお金に困ったりした頃ないんだろうな。多分、経営をミスったりする同族経営の三代目とかはこんな感じなんだろうな。
「ですので、使用した費用の額とその内訳、護衛以外で用意いたしました労力、例えば治療や馬車の提供などですが、それらについては相場の料金を参考にした額を、その都度書面に残し、後日お返し頂ければ」
「よかろう、よしなに頼む」
「では、さっそく書面を用意させて頂きます。そうすれば、何かあった時に明確な証拠になるでしょうから」
「『ライワ伯爵家家臣リョー・サカキ(以下『甲』と称す)はムルズ王国王女ミーラ・ティア・ムルズ(以下『乙』と称す)とその随員がラッテル子爵領へ到着するまでの間に発生した諸費用を代替えし、旅程における諸手配及び必要とされる労力を提供する物である。乙は後日、甲の代替えした出費の総額、及び提供した労力等の内容を勘案し、それらに基づき十分な返済と報酬を与える物である』こんな物でしょうかね」
うん、返済期限とか利率とかをあえて、入れていないのがみそだよね、『十分な返済と報酬』としか書いてないからさ。その内容は今後の交渉次第だろうからさ、この内容なら最低限使った分は回収できるだろうし、上手くすればね。
「とりあえず、クレイモア子爵令嬢の治療を始めさせましょう」
「お待ちください、旦那様、ミーシア様は先ほどまで複数の重傷者の救護をされて、魔力をかなり使われています。ここはわたくしが」
トーウが、そう言えば新しいスキルで薬を出せるようになったんだっけ、いやでもそこまで強力じゃないんじゃ。
「わたくしでも、最低限の治療は出来ます。完治は難しいでしょうが、ある程度まで安定させる事が出来れば、後日改めて治療しても、支障はないでしょう」
「そうだな、トーウ任せる」
そっか、この場で全部治す必要はないか、この状況なら御姫様達はうちの馬車に乗せて運ぶんだから、治療しながら移動しても良いのか。
「ありがとうございます。さて……」
マインに近づいたトーウが折れた腕を取る。
「ぐがああ」
トーウが無理矢理腕を引っ張ってねじり、棒にロープで括り付ける、あれは骨折を整復して固定したのか。トーウなら、痛み止めも出来ただろうに、なんでそんな無茶なやり方を。
「本来であればこの程度では死にはしないでしょうし何時かは骨もつながるでしょうから、放置しても問題はないのでしょうが、我が主たるリョー様と頼まれた王女殿下の御慈悲です、リョー様に感謝しお舐めなさい」
痛みでうずくまったマインに、トーウが靴を脱いで突き出してるけど、いや何やってるのトーウのスキルは爪から薬を出すんだけど、足の指でも出来るの、いやというかなんかその言い方やポーズって、ケンカ売ってるような物じゃ。
「命を助けられておきながら、いまだに礼も言わず、あのような物言いで強権的に徴発を行おうとするなど、本来であればあのまま絞殺されて当然の所なのですから、このような形で治療をするだけでもありがたく思い、趾から湧く薬をお舐めなさい」
あれ、トーウ、もしかして怒ってる。顔は笑ってるけど、目がさ……
「どうしました、せっかくの御慈悲を不意にするのですか、であれば構いませんが、すぐに薬を使わなければ、その顔は潰れたまま、傷が塞がっても二目と見れぬ物となるかもしれませんし、腕も上手くつながらなければまともに剣を振るう事も出来なくなるかもしれませんね。であれば貴族令嬢としても護衛騎士としても、無価値となってしまいそうですけれども。大恩ある旦那様を侮辱したのですからそれが当然なのでしょうが」
背に腹は代えられないのか、女騎士が舌を伸ばしてトーウの指を舐め始める。
うわあ、無茶苦茶トーウが怖いんだけど、なんでそんなに怒っちゃったんだろ。
今回、トーウにボコボコにされたマイン嬢を作ってみました。
https://twitter.com/tohruhannpa/status/1198848793883467777
R6年7月13日 誤字、句読点を修正。




