459 回復の使い方
「旦那が甘えってのは、あっしも解ってやすがホントにいいんですかい。なにがあろうと旦那だけの責任にゃなんねえでしょうがね、この戦争が神殿不利な状況ではじまりゃ、それは甘え旦那に取っちゃ笑えねえ事態じゃねえんですかい。そう考えるなら、すぐに助けに行くっていうのは明らかに悪手ですぜ」
確かに、カミヤさんの手紙通りなら、俺が上手くやれなかった状況が最悪の方に流れれば、とんでもない数の戦死者が出る事になるかもしれないって話だし。
少数の被害で事態を収めて大きな悲劇を防ぐって考えるのなら、テトビの言う通りタイミングを計った方がいいんだろうな。
前にカミヤさんと話した時に出てきたトロッコの話じゃないけどさ。でも、必死に逃げてる娘の表情を見ちゃったら放って置くってのは、どうしても。
まったく、『鬼族の町』で何の準備もしないで村人を救出に行こうとしたミムズにあんなエラそうな説教をした俺が、いざとなると、こんな感情的な判断をしてるんだからな。
いや、あの時とは違う、あの時は時間も戦力も無かったから他に選択肢はなかったし、一度もミスを挽回できるようなタイミングも無かった。
今回は違う、カミヤさんに依頼された任務は始まったばかり、いやまだ始まってすらいない、ここから護衛を始めてラッテル領に行って戻るまでの間の日数はまだ十分にある、その期間で十分に取り戻せるはずだ。
「俺も随分と都合のいいことを考えてるな」
「どうしたんですかい旦那、戦いの前だってのに変な笑い方をしてやすぜ」
「いや、何でもない、そう言えばテトビよく俺に付いてこれてるな」
今は急いでるから、『軽速』を最大限に使って軽くし『闘気術』で脚力を上げて走ってるっていうのに、普通について来てる。
「お忘れかもしれやせんが、あっしは兎族ですぜ、逃げ足はもちろん跳ねまわって走るのは得意中の得意でしてね。ああ、あっしは弱ええウサギさんですんで、戦闘になりゃ隠れさせてもらいやすぜ、御存知の通り隠れるのも得意なんで御心配なさらず」
いや、お前の心配はしてないけどさ。
「見えた」
目の前にある橋の先、こっちに向かってくる小柄な人影と、それを追う二つの大柄な影。
まだ無事だった『聖者の救世手』の効果で定期的に確認してたから無事なのは解ってたけど、それでも実際に肉眼で安全が確認できるのは、やっぱり安心感が違うな。
まあ、知らない女の子だし、この先には最優先で助けないとならない護衛対象が居て、まだ安全が確認できてないんだけどさ。ん、王女達の方も『聖者の救世手』の範囲内に入ったのか見えたな、やっぱり何人か護衛が倒されてる、こっちも急がないと、というか王女の周りの護衛が少なくないか、倒れているのを合わせても十人くらい、いやそんな事を考えてる場合じゃないか。
「た、たすけ、たすけて」
俺を見つけたのか、手を伸ばして叫ぶメイドの声に、追いかけていた男たちの視線がこっちに向く、アイツ等明らかに手を抜いて走ってるな、わざとゆっくり追ってるのか、なんでそんな事を。
「あーあ、部外者に見られちまったよどうすんだ、そっちが言い出した事だろ、あの女はワザと逃がしてもう少し離れてから楽しもうってよ」
「仕方ねえだろ、あそこに居ちゃ出来ねえんだからよ、目撃者を残さねえように確実に皆殺しにして手早く撤収って言われてるのに、息ヌキにちょいとお楽しみなんて言える訳ねえからな、まあこれだけ離れりゃ悲鳴も聞こえねえだろ、そこのガキを始末すりゃ予定通り予定通り。そこの女で軽く済まして、トドメをさしゃ誰にもばれねえって。バレタって他の連中もやってる事だしよ、とっとと戻りゃ問題ねえだろ」
要は仲間にばれずにやるために、ここまでワザと逃がしたって事か。
(ふむ、稀に見る外道じゃのう、とは言えこれである程度解る事も有るのう。少なくともこの者達は暗殺や要人襲撃を生業とする本業の刺客ではないという事じゃな。でなくば、万が一にも取り逃がせば、すべてが無駄になりかねぬこんな真似はしまいて、おそらくは傭兵や冒険者、あるいは野盗の類、でなくばどこぞの下級騎士崩れと言ったところかのう。とは言えそう言った襲撃者としての資質や能力と戦闘能力が釣り合うとは限らぬからのう。油断するでないぞ、騎士等であれば正面からの対人戦には慣れておるかもしれぬからの)
そうだな、無能な刺客が弱い戦士とは限らないって訳か、少なくとも片方の『剣騎士』のステータスやレベルはかなり高いからな。それでも……
「まあいい、ここまで付き合ったんだ楽しんで来い、俺はこっちのガキの口を封じとくからよ、とっとと終わらせて代われ」
弱い方の『槍士』がこっちに長めの槍の穂先を向けて走って来るけど、その位の突きなら何とか躱せる。
「な、ガキ、てめっ」
突き出された一撃を姿勢を低くしながら左に躱す。
「ふざけるな」
槍のすぐ横を掛けて距離を詰めようとする俺と距離を取ろうと、『槍士』が左後方に跳び退きながら右方向へ棒術のように槍を振るう。
このまま槍の柄で俺の背中か後頭部を叩くつもりか。それなら……
「なっ、おまっ」
軽く飛び上がりながら『軽速』を最大限まで使って体重をほぼ無くしながら、しゃがむ様に膝を曲げて空中で前方に身体を倒す。
勢いよく後方から来た槍の柄を靴の裏で受けながら一気に蹴り、その勢いのまま前方に弾き飛ばされる。この飛ばされ方なら、『剣騎士』に飛ばされた勢いのまま切りかかれる。
「があああ」
飛ばされながら手を伸ばし、『槍士』のすぐ横をすり抜けざまに『雷炎の指輪』から火を放って、驚きで開けられている口に火球を放り込む。
高熱で口の中やその先に有る気管・肺が焼かれれば、まともに呼吸が出来なくなって、そのうち死ぬ、口から洩れた火で眼球も焼けたから、死ぬ前に抵抗する事も難しいだろう。
「だから、この場に居る敵はあと一人」
(まったく、また旅芸人のような軽業をしおって、まあお主に『勇者』らしい戦い方を期待しても出来ぬのは解って居るが、もう少しのう、こう堂々とした……)
ラクナの愚痴を聞きながら、『斬鬼短剣』をしっかりと握り直した俺に気付いた『剣騎士』が、掴んでいたメイドの手を思いっきり振って華奢な体を地面に叩きつけ、その動きを止めて逃走を防いでから、こちらへと剣を向けて来る。
「馬鹿が、下らねえ事で死にやがって」
あの構えは長剣での突き、狙いは俺の首か、まあ胸部は防具で守られてるから狙える場所は限られるから、その中で致命傷を与えやすい場所を狙うのは当然か、俺だってアイツの立場ならそのつもりで狙うだろうし。
「真っ直ぐに跳んでくるたあ、バカな餓鬼が、狙ってくれって言ってるようなもんだろうがよ、それにテメエの短剣より俺の剣の方が長いのが解ってねえのか」
真っ直ぐに向かって行ってる俺を見てしっかりと狙いを定めている『剣騎士』を睨み付けながら、しっかりと『斬鬼短剣』を握りしめる。
これだけのステータスなら、目の前で小石を足場に使った軌道変更をしても反応してきそうだな、魔法も今見せたばかりだから対応されそうだし、まあそれでもこの位のステータスの相手と戦った事が有るから、何とか勝てるとは思うけど、切り合っている時間が惜しい。
ここで俺が手間取ってる間に、他の場所で被害が増えたら本末転倒だもんな。多少俺がキツくても、時間を省略するには相手の意表を突ける一撃で手っ取り早く終わらせた方が良い。
「死ね」
突き出された剣先が俺の首の左半分に突き刺さり、気管と頸動脈が裂けて首元から空気の洩れる音と共に痛みと熱感が感じられ、呼吸が出来なくなった苦しさと共に急に血が足りなくなったためか少し目がかすむが、無理やり左手を伸ばして相手の髪を掴む。
「な、アンデッドか、化け物」
仕留めたと思ってたところで平然と俺が動いた驚きでか、相手は隙だらけだ力はいらない、むき出しの首に向けて生物に対して切断効果の高い『斬鬼短剣』の刃を当てればそれで斬り裂ける。
呼吸が出来なかろうと貧血を起こしていようと『軽速』が有れば生きてさえいれば体を動かす事が出来る。『軽速』の足環に付いてる効果は重量を軽くするだけじゃなく、『運動能力外部補助』ってのも付いてる、ようはアラの新しい腕装備みたいに、筋肉や骨がダメになっても外から無理やり動かせるって事だから。
大した力はないが、それでも速度だけはそれなりに出せる、だから相手が立ち直る前に……
「がぼぼ、ば、ばげぼ」
俺と同じ様に気管と頸動脈を切断された『剣騎士』が首と口から血を吹き出しながら、掠れる声を漏らしながら倒れていくのを見ながら、首筋を確認すると出血は止まってるし、痛みはもちろん息苦しさや血の気が引く感じも治まってる。
今日は全くMPを使ってなかったし、『長命の魔法輪』もレベルが上がって、回復速度やMP消費の効率なんかも良くなってるからな、何せ回復の仕方部位を俺の任意で調節したり選択できるようにまで成ったくらいだし。
「相手の意表をつくという意味では、この回復力はやっぱり有効だよな。相手の攻撃を気にしないで距離を詰められるし、仕留めたと思った相手が生きていれば、隙を突く事も相手の動揺を誘う事も出来る。『四弦万矢』が対象を即死させる頭部狙撃を奨める訳だ」
俺だって、脳を破壊されたらどうなるか分からないからな。いや、今は考えてる時じゃない、急がないと。
「とりあえず気絶してるだけか、なら周りに武装した相手が居ない以上ここに残せばサミュー達が回収してくれるか」
ともかく、王女達の所に行かないと。状況は、さっきよりも被害が増えてるか、でもまだ王女の周りに何人か生きて戦ってる。




