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456 手土産


「閣下、戻りました」


「入れ」


 馬車の外から声が聞こえて視線を向けたら、馬車と並走する馬に乗ったユカ・ワセンが、窓に顔を寄せて話しかけてきてるけど、子爵は平然と手を振って軽く答えるだけって、こういうのを見ると身分差のはっきりした世界だってのが改めて解るよな。


「して、ワセン、何か異常は有ったか」


「いえ、何もございません、旅程は全て順調に御座いますれば」


「であるか、御苦労」


 低速とは言え動いたままの馬車に飛び乗ったユカ・ワセンが跪いて報告してるけど、あの独り言の為だけに下りたり乗ったりって、大変だな。


「さてと、これでやっとこの者と話が出来るな。直答を許す、この車内において虚礼は不要、楽にするとよい」


「『虫下し』殿、子爵閣下は貴殿の直答を御許可なされました。堅苦しい口調は疲れましょう、貴殿の使いやすい言葉で話されよ」


 てことはこれで話は終わりって事か。


「ありがとうございます、子爵様」


「気にする事は無い、聞くに王都に向かうとの事であったが、路銀などは足りておるか、懐に不安が有るのならば幾何いくばくか都合するのもやぶさかではないが、最近は自らの失態で出した大損失を補おうと関所での通行税や入市税の額を上げたり、今まで聞いたことのないような新税を取ろうとする領主も多いと聞く、他国の旅人ではなにかと不便も多かろう」


 まあ、つい先日騎士に絡まれたばっかりだもんね。


 とは言え、この言い方を考えるとやっぱりさっきの『独り言』は聞かれていないって前提で行くんだな。


「それに、貴族連合軍に参加するために諸領の騎士や兵達が移動したために、地域によっては治安が悪化し盗賊も増えていると聞く、いや、これに関しては其方そなたよりも襲った盗賊共を心配するべきであるか」


「御配慮ありがとうございます、ですが御心配には及びません。これまで通って来た貴族領では不当な税を取られる事も無く、大きな問題は有りませんでした、盗賊にしても襲われる事も特段無く、『鬼軍荘園』や『蠕虫洞穴』での戦利品や子爵家より賜りました報奨金等がまだ十分に残っていますので」


(確かにのう、お主から金を毟り取ろうとした貴族はカミヤの通行証を見て、逆にお主に金を渡す始末じゃし、盗賊共の縄張りは『金剛杖』との関係で素通りできたからのう。実害はないが、その言い方では相手に誤解を招きかねんのう)


 楽しそうにラクナが突っ込んでくるけど、仕方ないだろ、結果的に貴族を逆に脅して金を巻き上げましたとか、この国に居る盗賊と繋がりが有りますなんて言える訳ないんだからさ。


「そう言えば、ワセンが其方が仕官したと聞いたらしいが、一体何処の家中に、いや聞くのは止めておこう、其方のような実力者を臣下に収めた家がどこか知れば、妬ましく思えて、その家と交渉する際に態度に出てしまいそうだ」


 これはアレかな、俺がカミヤさんに雇われてるのは知ってるけどこの場では言うなよ、形上は知らないって事にしとけよって、遠回しに言われてるのかな。


 理由は解らないけど、子爵には『迷宮攻略』なんかで世話になったし、とりあえず今は合わせておくか、もしもカミヤさんとロウ子爵が敵対するような事になったら、その時には立場をはっきりさせないとダメだろうけど。


「仕官したと言いましても、一時的な雇い入れに近い物でして、わたし自身それほど実感がございません。お役目が終われば、また勝手気ままな冒険者生活に戻るので、子爵閣下もそれほどお気になさる事は無いかと」


「であるか、ならば、今まで通り冒険者として接し、その役目が終わった後で何か用事があれば、また依頼を行っても構わぬか」


「そうして頂ければ助かります。仕事を頂けるのであればありがたいので、ですが、諸国を旅する根無し草の為、子爵閣下が求められた際に、この国に居るかどうかは解りかねますので、そのような時はご容赦を」


「それで構わん、いざという時に手近な所に居る実力者へ声を掛けられる伝手というは、今のような物騒な時勢では多いほど良い、其方以外にも声は掛けてある、手の空いている時なら仕事を受けてくれる、その答えだけで十分だ」


 まあ、それくらいならね、ロウ子爵家は金払いも良いし、必要な手配や準備をしっかりしてくれるから仕事がやりやすいもんね。俺にとっては、カミヤさんや神官長さんに次ぐ良客の候補ってところだよね。なにせミムズやパルス王女達は金払いはいいけど、色々と想定外のトラブルが起こりやすいから。


「そう言っていただけますと、ありがたいです」


「さて、時間を取らせてしまったな、其方に会うのは『鬼軍荘園』以来であったのでな、こう言った場でなければなかなか冒険者や傭兵等の話を聞く事は出来ない、民に聞かねば市井の本質は見えぬように、実際に戦場を回る者にしか見えぬ状況や感じられぬ空気と言う物がある。城館に籠り、貴族や自らの家臣の言葉しか聞く事の無い者が領主や廷臣となると、政を誤る事も有るのでな。そうならぬ為にも折を見て身分に関わらず声を聴くようにしていたのだ。また機会があればぜひ頼みたい。礼もするのでな」


 うーん、そう言う意味だとプロの冒険者や傭兵以前に、この世界の人間ですらない俺の意見って役に立たないんじゃ。いや、多分、俺とカミヤさんの関係があるから、今回みたいに本音を兼ねた要望を伝えて来たり、っていうのが目的なのかも。


「わたし等でよろしければいつでも」


 まあ、とりあえず日本人的な笑顔で、流しておこう。


「では、今日はここまでにしておこう、其方も依頼で王都へ向かうという事であるのならば、日程が決まっておるのであろう。ならば大人数の上に幾つか寄り道をするため王都まで日数のかかる行列に付き合わせて、後れを出すような事があっては酷であろう。下がるが良い、少ないがワセンに褒美を用意させた」








「リョー、戻りましたのね、ところで貴方一体何をなさったの」


 ロウ子爵の馬車を下りて、行列の最後尾を付いて来ていたうちの馬車に戻った途端、ハルに詰問されたんだけど、いやなにもしてないよ、とは言えないか、一冒険者が貴族様と面談したっていうのは結構なイレギュラーか。でもなんでミーシアは変身して馬たちと一緒に馬車を曳いてるんだろ。


「ロウ子爵の馬車に招待された、『鬼軍荘園』や『蠕虫洞穴』での話をしたいという事だったが、雑談をしただけだ」


「爵位持ちの領主貴族様の御用馬車に招待されたというだけでも十分な一大事ですけれど、まあロウ子爵家でしたら、貴方の非常識な『迷宮攻略』を考えればあり得るのかしら、であればあの物資も……」


「何が有ったんだ」


 ハルが頭を押えてるけど。


「この行列の輜重隊から物資を分けて貰ったんですわ、それも新鮮な野菜や果物ばかり。解ってまして、この地域では貴重品でしてよ」


 ん、貴重品、生鮮食品が、まあそりゃ冷蔵・冷凍の技術は魔法で多少できる程度なんだろうから、日本ほどありふれてはいないだろうけどさ。まあ、考えてみれば確かに最近は生野菜とかはあんまりなかったか、ピクルスみたいな酢漬けとか塩漬けばっかりだったような。


「ラッテル領を始めとした、幾つもの領地は『蝗害』の影響で穀物はもちろんその他の作物も殆ど取れてませんでしたし、それ以外のムルズ国内の諸領地では、不足した穀物を補うために、更には高騰した穀物相場をあてにして、多くの畑や果樹園が麦畑へと転作しました。ライワ伯爵閣下のおかげで麦や雑穀、豆等は大量に持ち込まれましたが、生鮮野菜等はそうは行きませんし、麦畑から野菜畑へ戻すにも種まきの時期を待って収穫までとなれば、まだ相当先の事となります」


 トーウが説明し得くれたけどなるほど、てことはホントに新鮮な野菜や果物は貴重だって事か、栄養は大事だよね。あれ、この世界でもやっぱり栄養系の病気ってあるのかな。


「子爵は、褒美を取らせると言っていたが、これの事だったのか。そう言えばなんでミーシアは『獣態』を取っているんだ」


「貴方が子爵家に呼ばれた以上は、わたくし達も行列に付いて行くしかありませんけれど、この馬車は作りは良いですけれどただの幌馬車ですし、子爵軍の所属章も付いてませんもの。そのままで行列に加わるには少し見劣りしてしまいますわ、ですけれどミーシアが曳くのでしたら威圧感だけは十分に有りましてよ。もちろん子爵家の方には確認いたしましたわ、『鬼軍荘園』での戦いなどで顔見知りになった方が居ましたから、話を纏めるのは簡単でしたわ」


 なるほどね、そう言えばラクナの話だと行列は貴族の対面にも関わるって事だったから、ハルも気を使ったのかな。


「御主人様、これらの頂き物はどう致しましょうか、生鮮食品が多いので、魔法で幾らかの期間は保存できるでしょうけれど、早めにどうにかしませんと、せっかくの頂き物が傷んでしまいますが」


 サミューがそう言ってくるけど、確かに、生ものだからな、確かサミューは『塩封』『燻煙』『冷蔵』なんかの魔法を持ってたけど、せっかく新鮮そうなのを貰ったんだから、全部塩漬けにしたり干しちゃうのはもったいないか。


 それに馬車の容量もあるしね。


「せっかくだ、鮮度の良い内に食べてしまおう。ミーシア、トーウ、量を気にする事は無いから好きなだけ食べていいぞ」


「ありがとうございます旦那様、ああ、このような新鮮な作物、それもムルズ産の物を食べ放題などと夢のようでございます」


「はい、ミーシャ、美味しそうだよ」


 アラが、まだゆっくりと動いている馬車からスイカと果物数個を丸ごと抱え持って跳び下り『獣態』のままのミーシアに差し出す。


「あ、ありがとうございますアラ様、お、美味しいです」


 アラが両手で持って差し出したスイカに、ミーシアが皮ごとかぶりついてるけど、うん美味しそうで豪快だな、でもかぶりついた瞬間に、赤い果汁がドバっとあふれ出す様子が、ミーシアの見た目と被って……


「ふう、久々に新鮮な果物を食べましたけれど、たまにはこういうのも良い物ですわね」


 ハルが葡萄を一房つまみ上げて少し上を向くようにして食べてるけど、なんだろう少し色っぽく見えるな。


 あれ、そのまま食べて大丈夫、ああ皮や種も食べれる品種なんだ。


「ふふ、御主人様」


 なんだ、俺のすぐ横に来たサミューがサクランボを一つ取って口に入れてって、なんで茎ごと食べてるんだ、まさかこれも茎を食べれる品種なのか、いやまさか、もしかして、うん、間違いなさそう、だってサミューが飲み込んだ後も少し口を動かしてるし。


「どうですか」


 サミューが濡れた唇の間から、軽く突き出した紅い舌の上にはきちんと結ばれたサクランボの茎が。


 うん、それが出来るとキスが上手いって言うよね、いや、サミューの場合別な感じの舌使いも……


 いや、ダメだ考えるな、考えちゃダメだ。


「御主人様、一度試してみませんか」


 こ、このエロメイド、何を試させるつもりだ、いや、なんとなくわかるけど、それをやっちゃうとね『禁欲』にね。


R5年7月10日 誤字修正しました。

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