455 車内
「手間を取らせたな、歓迎する」
ソファに座ったロウ子爵が話すと、揺れる車内でもバランスを取って平然と立っているユカ・ワセンが口を開く。
「『虫下し』殿、閣下は貴殿を歓迎なさると、また閣下の誘いに応えられた事をねぎらわれておられます」
うーん、身分差が有ると直接話が出来なくて、間に誰かを挟んで言葉を取り次いで貰わないといけないってのがね。子爵の言葉がはっきり聞こえてても、ユカ・ワセンが取り次ぐまでは頷くのもダメっていうんだから。
「子爵閣下にお招きを頂き、ありがたく思っております」
「閣下、冒険者の『虫下し』殿は、閣下のご招待を受け感謝しておりまする」
(仕方あるまい、相手は爵位と所領を有する領主貴族、それも一国の重臣じゃ、となればお主が騎士であっても身分差は歴然じゃからのう。ましてお主は『仕官』したとしか伝えておらんため、騎士となったのか、それともただの従者なのかも解っておらぬからの、であればこの対応も不思議では無かろう)
「うむ、『鬼軍荘園』での働きまことに大義であった、また我が所領の『蠕虫洞穴』での働きも見事であったと聞いておる。あの攻略困難な『迷宮』をよくぞ『鎮静化』してくれた、其方が居らねばより多くの被害を出していた事であろう。また、所属不明な盗賊の襲撃が有ったと聞くが大事はないか」
ああ、マイラス達の事はどこの誰か分からない盗賊が出たって事で処理するのか。まあ、他国の貴族が『迷宮』の中とは言え自分の雇った冒険者に自分の領内で殺されたかもしれないってなったら、幾ら相手が犯罪者でも色々不味い事になるのかもな。
「子爵閣下は『鬼軍荘園』『蠕虫洞穴』両迷宮での貴殿の働きを大変お喜びになっておられます。ところで謎の賊に襲われたという事ですが、大丈夫でありましたか」
「二つの『迷宮』で私共が有利に戦えたのは、多くの冒険者や何より領軍の騎士兵士の方々の御協力があっての物、こちらこそ御礼申し上げます。また賊に関しましては、何者かは解りかねましたが、仲間たちやラースト家御家中の方々の御協力も有り、なんら被害なく撃退できました。御領地の警邏の方々に聞く分では『迷宮』から逃げた者はいないとの事ですので、おそらくは我々の前から逃げた者達も大半は魔物に倒された物かと」
あれ、よく考えるとユカ・ワセンが取次ぎしてるこの状況って不味いんじゃないのか。
(なあラクナ、もしかすると、この状況ってロウ子爵が俺を軽く見てるって事で、カミヤさんの所とトラブルになったりはしないよな。俺への対応が悪くて、ライワ伯爵家の体面がとか)
ロウ子爵家には依頼で結構お世話になったし、いい人が多いからあんまり迷惑はかけたくないんだよな。
(それは大丈夫じゃろう、今の所、無体な扱いをしておるわけでもはないしのう。お主が正式に身元を明かしておらぬのであれば、このやり取りも当然じゃろうからの)
え、そうなの、でも昨日の話だと知らなかったじゃ済まされないって言ってなかったっけ。
(シャー男爵家のアレはあくまでも無礼や無体な真似を、それもカミヤの庇護下に有るお主に対して危害や損害を与える事を前提とした行為を行ったからじゃ。この場合での庇護とは領主や君主に対して仕え義務を果たす事の対価として、領主からその身分や財産、安全を保障されると言う物じゃ。だからこそ、お主に冤罪を着せて捕え、財産の没収や身体の拘束等を行いかけたシャー男爵家は、カミヤの報復を恐れたのじゃ。もちろんあの騎士共の言動も問題じゃがの)
つまりは俺に実害が有りそうかどうかっていうのが、一番の基準点なのかな。そう言えばあの時の説明でも、知らなかった事にして殺されるのを防ぐって言ってたか。
「閣下、冒険者の『虫下し』殿が述べますには、迷宮攻略において当家騎士や兵士達の活躍も一助となったとの事、また盗賊は悉く迷宮に斃れた由に御座います」
(一方でロウ子爵の現在の対応は、他家の一家臣でしか無いお主と一国の廷臣であるロウ子爵との関係で有れば、間に取次ぎを挟んで話すというのは、それほど問題ではあるまい。また、領主の馬車に招き同じ席に着かせるという対応は、通常では行わぬ歓迎じゃし、対応も礼義に適った物じゃて、たとえカミヤの家臣としての身分を明らかにして居ってもこの状況ならば侮辱とはならぬのう。まあ、ここに居ったのがお主でなくカミヤ本人であって、それと気づかずにこのような対応をしたのであれば、問題となりかねぬかもしれぬがの)
まあ、確かに不快な思いはしてないもんな。でも、ロウ子爵とは風呂場でサシで話し合ったりしてたから、ちょっと意外だったな、なんかよそよそしいというか他人行儀というか、いやまあ他人なんだけどさ。
(貴人と身分の劣る者との会話では、上位の者の方から『直答を許す』等の意思表示が有るまでは、この対応を続け、相手の言葉は直接聞こえていないものとするのが礼儀じゃからの、面倒であっても相手に合わせるしかあるまい)
そんな物なのか、まあ、日本の飲み会だって『無礼講』って言われなきゃ、はっちゃけれないのといっしょか、いや、あれは『無礼講』って前提でも、上下関係がめんどかったか。
しっかし、でっかい馬車だと思ってたけど車内も広くて凄いな、パッと見だと天井の高いリムジンって感じで、綿の詰まった革張りのフカフカなソファだし、飲み物も置いて有って、しかも低速とは言えぜんぜん揺れてないってのは、もしかして技術チートのお約束なサスペンションでも持ち込んだ『勇者』が居たりするのかな。
でもこれだけ大きな馬車だと、幾ら六頭立てでも馬が大変なんじゃ、いやこの世界だったら馬も強くて、1馬力が地球でのそれよりも大きかったりするのかも。
「ふむ、何か外が騒がしいな、何事かあったかもしれぬ、ワセン見てまいれ」
「御意、御前を失礼いたします」
うん、そんなに騒がしいかな、言われた通りユカ・ワセンが戸を開けて外に身を乗りだし動いたままの馬車から跳び下りてるけど、特に変な音は聞こえないよね。
あ、ちょっと待った、この状況下でユカ・ワセンが馬車から出ていっちゃったら話が出来なく……
「む、失敗したな、ワセンを外させてしまえば、この者に言葉を伝える事が出来ぬか、まあよいあ奴が戻るのを待てばよいだけの事」
なんだろ、気のせいかな今の言葉が棒読みに聞こえたんだけど。
「そう言えば、ミーラ殿下がラッテル領へ向かわれるのはそろそろであったか、ライワ伯爵家の手配した護衛が付くとの事であったが、はたしてどのような者であろうか。まったくこのような時期に遠出の旅、それもライフェル神殿の勢力圏へ向かわれるとは、殿下御本人はライフェル教との事態を収められようとされて居られるのであろうが、襲ってくれというような物、さすれば騒乱に油を注ぐ事となろうに」
え、なに、何でいきなり、こんな話題、しかも思いっきり俺に関係あるネタが……
「殿下やその周囲の者達は隠しているつもりであろうが、王族の方々の御予定は全て宮中で把握され、主だった官吏には知らされる物。殿下の常日頃の言動や思考を鑑みれば、大半の者は、事に宰相であるモナ侯爵やその派閥の者共は当然、殿下の行程やその目的に気付いておろうな。となれば刺客も多い事であろう、護衛となる者には迷惑な話であろうが是非とも頑張って貰いたいものだ。理想ばかり追い求め現の見えぬ御方ではあるが、この情勢下で王族の方に何かあれば大事となる」
これって、思いっきり、俺に聞かせるつもりなんじゃなかろうか。
(であろうな、取次ぎも居らず、直答が許されておらぬ今の状況では子爵の言葉はお主には一切通じておらぬ事となって居るからのう、であれば何を口にしようとも、身分制度の上ではただ一人で呟いているだけとなりうるかもしれぬの)
てことはあれか、小説や映画なんかでたまにある『これは、あくまでも私の独り言なんだが……』みたいな感じで、ホントは言う事が出来ない秘密とか本音なんかを、その場に居る相手へ伝えるシーンみたいな事をしてるってのか。でもなんで俺に……
(まあ、不思議ではないのう、ロウ子爵家は一度お主を雇った相手であるし、お主はあれだけの戦働きをしたのじゃ。仕官させようと思っておっても不思議ではあるまい、であれば多少なりともお主に関しての身辺調査はするであろうし、そうなれば、カミヤの車列護衛をしていた事や、ライワ伯爵領に居た時の事、ラッド、コンナなどのライフェル僧と面識がある事などもすぐに解ろうて)
そっか、俺が『勇者』だって事とは違って、カミヤさんとの関係は別に隠してないからな。それなら俺が王女様の護衛をするために王都へ移動してるって推測されてもおかしくはないのか。
「王女殿下の御身に何かあっても困るが、殿下の望まれる停戦は無理である以上、出来る事ならば殿下にはそれ以上の失敗をして頂きたい物だな」
「なっ」
何言ってんだこのオッサンは、王女が失敗するって停戦出来ないって事だろ、いや、今の言い方だと王女のミスで神殿側に大義名分が出来た状態での開戦を望んでるみたいじゃないか。
「ん、何か声が聞こえたようだが、いや気のせいか」
やべ、思わず声を出してた、俺は子爵の言葉は聞こえない、子爵は俺の言葉は聞こえない、そう言う『前提』の上で聞かされてる話しだっていうのに。
「やはり気のせいか、王女殿下が失敗なされば神殿優位の状況で開戦となり、さすれば殆ど被害はなく事態は収まることであろうが」
ん、どういう事だろ。
「今の、ライフェル神殿と我が国の状況は、巨竜にゴブリンの群れが吠え掛かっているような物、今は巨竜が背後でスキを狙っている別な竜を気にしているため、蹴散らされずにいられるだけだというのに、その状況でゴブリンが図に乗り吠え続けているだけで、本来であれば巨竜がその気になればすぐさま食い散らされる、吠え掛かられて怒った巨竜が背後を無視して暴れれば、最後には後背の竜に喰い付かれて巨竜が退く事となろうがゴブリンの被害は甚大となろうし、害を被るのはゴブリンだけではすまぬであろう」
(確かに神殿との正面決戦ともなれば、どちらが大義名分を得て主導権を取ろうとも、参加した貴族軍の将兵は甚大な被害を受けるじゃろうし、戦場となった地域やその周辺、更にはムルズ王国の全体にも被害が及ぶじゃろうて、結局戦場はムルズ国内の何処かとなるのじゃから国が荒れるのは避けられぬ)
「だが巨竜とその背後の竜が揃ってゴブリンに向かう事となれば、抵抗は不可能、ただ地にひれ伏し竜の怒りが収まるのを待つしかない、二頭の竜は数頭のゴブリンを食らい腹が膨れれば飛び去るであろう。さすれば結果的にゴブリンの被害も少なく、他に害を及ぼす事もない」
要は、神殿が圧倒的に有利な状況になれば戦う前に無条件降伏するしかないって事か。もしかして、カミヤさんや神官長さんもそれを狙ってるのかな。
(確かに、神殿有利な状況で開戦すれば、戦おうと戦うまいと、敵対した貴族達の破滅は確定じゃ、勝ちようがないし時間を稼いでも神殿は退かぬじゃろう、待っているのはどちらであっても借金の取り立てと、首謀者の処断じゃろうて。であれば、無駄に戦って戦費や兵力を浪費することなく温存し、その後に家の再興を目指すというのは、当事者となる貴族以外にとっては良い手かもしれぬの。戦わずに首謀者の処刑のみとなれば死者も少なく、何より都市や農地、街道などの生産に関わる部分の被害はほぼ無かろうて。それに結果的に無抵抗で降伏したとなれば、神殿の心象も良くなり借金に関しては温情も受けられるかもしれぬしの)
ああ、まあ確かに抵抗されて味方に被害が出れば処罰感情も強くなるだろうからな。
でも、だからってロウ子爵が王女の失敗を望むっていうのはやっぱり変な気がするな、神殿に借金を取りたてられれば国力が低下する事になるだろうし。
「政を誤った貴族家が滅ぶのは必定、貴族は政を生業として、治世の代価として税を取っているのだからな。だが、それに巻き込まれるのは民だ、兵の多くは徴兵された民衆であり、土地が荒れてまず困窮するのは農民だ。欲に溺れて借金を重ねた貴族がどうなろうと知ったことではないが、貴族の勝手な保身の為に王国の民と国土が犠牲となるなど、廷臣として見過ごすわけにはいかぬだろう」
おお、流石だな、良心的な貴族だわ。
「領主が変わろうと、民にはたいして変わりはない、収めた税を受け取る家が変わるだけだからな。だが農地が荒れ農夫が居なくなれば、麦を始めとする作物は取れず、当然税収が減り国も貴族家も立ち行かなくなる。貴族や騎士など半減したところで『迷宮』管理が手間になるだけの事、だが民は一度減れば回復させるのは難しく、有れた国土を整えるのも年数と金がかかる。いっその事、参戦する貴族領が全てライフェル教に没収され神殿領となろうと、どうせ貴族も神殿も免税特権を持っており国に金を上げぬのだ、どちらに転ぼうと国庫の状況は変わらぬ。それどころか神殿領となればその地の『迷宮』はライフェル教が責任を持って管理し、神官達による治政が領内へ行き届き、治安も民心も落ち着き生産も上向くであろう。さすれば隣接する諸貴族の領や王領へも経済面での波及効果が望めよう」
あ、結構現実的な理由だったわ。
「それに、腐った手足は切り落とし膿は出しきらねばならない、僅かでも残ればそこからまた肉が腐り体を蝕む。中途半端にモナ侯爵の一派が生き残れば、再起を図ろうとまたぞろ愚行をしかねない。自らの利益を維持する為に国費を穀物相場につぎ込み大半を溶かすなどと、現状で発生している損害だけでも何年いや何十年緊縮財政を行えば回復できるか。しかも、奴らの都合で放置された蝗害で餓死者がどれほど出た事か、離農し流民となった民がどれほど居た事か、食糧価格の高騰により日々の糧すら得られず奴隷となった者がどれほど他国へ売られたか。現状ですら十年前と比べて人口が大きく減り、税収も落ち込んでいるのを我ら官吏が必死に立て直そうとして居るというのに。それに加えてライフェル神殿との戦争だと、ふざけるな。宰相の権限を使い国軍の一部を動員させ、軍の備蓄物資や糧食まで流用するなど、国が破綻するぞ、実際に戦闘が始まれば、損害はさらに膨れ上がる。誰がその損失を処理すると思っているのだ、いいかげん倒れるぞ」
うわあ、一応は独り言を言ってるだけって事になってるのに、随分語るなとは思ったけど、思いっきり私怨が入ってたよ。
お気に入り人数が5000人を超えていました、たくさんの方に読んで頂き本当にありがとうございます。
R5年7月10日 誤字修正しました。




