454 ロウ子爵
「という訳でしたの、ミーシアも悪気が有った訳ではなく、より多くの負傷者を助ける為の魔力回復の手段として仕方が無くしただけですの、ですからあまり怒らないで上げて頂戴」
シャー男爵家で一泊し、道中なにかと入用になるだろうって幾らかの金銭まで貰って出発した後で、ハルが騎士達の噂していたミーシアの話を説明してくれたんだけど、そう言う訳だったのか、確かにミーシアは怪我人の治療を頑張ってたもんな、MPが足りなくなるのも当然か、いやでもさ、他に方法も有ったんじゃ……
しかし、こんなにお金貰っても良かったんだろうか、『伯爵閣下によしなに』って言ってたから詫び料なんだろうけどさ。
「あの子なりにそれが最善だと思って行動したのでしょうし、それが間違っているという事はもう伝えてありますし、ミーシア本人も反省もしてるのですから。それに、これはリョー貴方のせいでもありましてよ」
「俺の……」
「ええ、わたくしが気付いた後は、あの子にはあなたから定期的に貰っている小遣いを使って、肉等を買いそれを食べるように言いましたけれど、これは本来貴方が言わなければならない事ですもの。たしかに、奴隷は主が認めたならば物品や金銭の私有や使用が出来ますけれど、それはあくまで主の財産の一部に対しての裁量権が与えられたにすぎませんわ」
あ、てことは会社員で言えば給料って意識じゃなく、経費という感じなのか……
「『これを使って食べたいものを買って食べなさい』と渡されたお金でしたら、あの子は言われた通り食事の為だけにお金を使うでしょうけれど、ただ単に小遣いとしてお金を渡されたとしても、あの子みたいな性格ではたとえ自由裁量権を与えられたお金であっても、あくまでもそれは主の財産、自分だけの都合で好き勝手に使う事は、主の資産に損害を与える浪費だと感じてしまい、抵抗が有るのでしょうね」
ああ、確かにミーシアだとそう考えそうだな。
うん、そう言えば会社の後輩でも性格は色々だったもんな、俺が昼飯をおごってやるって言った時に、ここぞとばかり高い物を頼む奴や、逆に気を使って安い物を頼む新人とか、奢って貰うのは心苦しいってなかなか納得しない部下とか。
そうだよな、向こうで仕事を割り振る時は部下や後輩の能力だけじゃなく性格の適性なんかも気にしてたもんな。だっていうのに、こっちではそこまで気を回すのを忘れてたか。
「小遣いを渡す時に、どう使おうと問題ない、自分の好きなように、自分の思うままに使えと、しっかり言い聞かせておかなかったからって事か」
使用者責任って事か、そんなつもりじゃなかった、あるいは予想していなかったとしても、必要な対処をしていなかったからそう言う事態になったってんじゃ、確かに俺の責任だよな。
「そう言う事ですわね。肉を食べる以外でミーシアが取り得た魔力回復の別な方法としては、わたくしみたいに吸収効果のある『魔道具』を使って貴方からMPを貰うという手も有りますけれど、今有るその手の効果の『魔道具』はどれも貴方を攻撃する事で貴方から魔力を吸収すると言う代物ですから、わたくしとは違って優しいあの子にそれが出来るとは思いませんもの」
うん、そうだな、ミーシアだとどれだけ言い聞かせても『流血の細剣』で俺を刺したり、『吸生の長靴』で踏みつけたり、ましてや『捕殺鞭』で叩くとか縛るとかできないだろうな。うん考えただけでミーシアの『隷属の首輪』が締まりそうな気がするし。
「確かにそうだな」
「主によっては、たとえ自分の責任であってもそれを認めず、すべて奴隷が悪いと言って罰する者も居ますけれど、貴方はそんな理不尽な事は言いませんわよね。自分のメンツを汚されたなどとミーシアを叱るような下衆なマネなんていたしませんわよね」
う、そりゃ、言われなくたってそんなブラック上司みたいなマネをする気はないけどさ。
「解ってる、防衛陣地での負傷者の救護だって、俺が指示した事なんだし、そんな馬鹿な真似はしない」
偵察の為に『獣態』を取って先行し、アラとトーウを背中に乗せているミーシアの姿を見ながらそう答えると、ハルだけじゃなくサミューもほっとしたようにしてる。うーん、やっぱり奴隷と主っていう力関係はどうしても無くせる物じゃないか。
いくらキツイ口調で言ってきたり、俺をからかうような言動をしてきも、こういう何気ない本人達も意識していないだろう態度でハルやサミュー達との壁を感じちゃうな。
ん、何だろ、ミーシア達の様子が……
「あれ、前に何かあるよ、人がいっぱい、武器を持ってるからへーたいさん達かな」
立ち上がったミーシアの肩に飛び乗ったアラが手でひさしを作って遠くを眺めながら教えてくるけど、兵隊の集団ってどこかの軍隊とか騎士団って事か、なんでこんな所で軍隊が。
「神殿と戦うための戦力か、まさか戦争がもう始まってるのか」
もしかして、どちらかの陣営が暴発したのか、それとも何らかの形で大義名分が出来たんだろうか。
(そんな筈は無かろう、そうであれば今日出てきた男爵領はもっと騒ぎになって居ろうし、お主を犯罪者に仕立て上げようとした際の理由も、凶賊の取り調べなどというものではなく、敵対勢力の密偵狩りとでもいうじゃろうて。それに戦争ともなれば、物資も動き各地の治安体制も変わる事となる、耳が速く利に聡い盗賊共がそんな事態が有って黙っておる訳が有るまい、おそらくは戦闘とは関係の無い貴族の移動ではなかろうか)
(貴族の移動って、ただの移動じゃないのか、なんでそんな戦力を連れて)
移動の為だけに戦力を連れるって、そんな大名行列じゃあるまいし、いやこの世界ならそれも有り得るのか。
(不思議ではあるまい、いくら街道と言えど、盗賊はともかくとしても刺客等に襲われる事も有るじゃろうし、民衆の暴動などの騒乱に巻き込まれる恐れもある。領主とは家、ひいては領地の要、幾ら高レベルであったとしてもどれほど強かろうと万が一を考えれば護衛を付けるのは当然の事であろうて。また騎士や貴族と言う物は、領地を維持し文官としての仕事をする事も役目ではあるが、本来は君主の武力としての役割を果たすからこそ、地位を領地・領民を与えられるのじゃ)
まあ、そうだろうな、日本だって『御恩と奉公』とか『いざ鎌倉』なんてのを歴史の授業で習ったし。
(故に貴族は王から、騎士は自らの主君から命ぜられればすぐさま動かせるよう、一定程度の戦力を近くに置いておくことが求められ、旅をするとなれば数十名、事によっては数百名の騎士や従兵を引き連れる事となるのじゃ。もちろん戦争などの非常時に兵力を招集するとなれば、連れ空いている者達とは比べ物にならぬほどの人員を動員できるじゃろうが、そう言った動員には日数がかかる為、初動としての一定戦力は必要となろうて)
要は貴族様はイザって時の為に何処に行くにも兵隊を連れ歩くって訳か。まあ、カミヤさんみたいな非常識なら必要ないのかもしれないけど。
(とはいえ、多くの兵を連れた旅では他貴族領を通る際には様々な手続きや根回しが必要となるらしいし、国外を旅する場合や他勢力との交渉に赴く際などでは、相手国の不信を招かぬよう最低限の人数とするがの)
てことは、他国の貴族なのにあれだけの人数を連れてたマイラス達は異常なのか、いや、だから騎士とか正規兵がほとんどいなくて、傭兵や冒険者ばっかりの集団だったのかな。まあ、アイツ等の場合は色々とヤバい犯罪行為をしてたから、犯罪者崩れみたいな連中しか連れ歩けなかったのかもしれないけど。
(今説明したような意味も有って連れ歩いている兵達じゃ、貴族にとってはこう言った行列というのは自領が常時動員可能な戦力を示す指標であり、自らの力を他家や王に誇示する物でもあり、場合によっては連れ歩く郎党の持ち物や装備にも気を配って居ったりもする。そのため、行列に対しての無礼は、その貴族家への侮辱と取られ処罰される事も有るのじゃ)
うん、まんま大名行列だったわ。となると……
(余計な騒動を防ぐには、俺達は行列に道を譲って馬車を下り、道端辺りで平伏した方が良いのか)
時代劇の大名行列だとそんな感じだよね、立って眺めてたり、馬に乗ってたり、行列を遮ったりしたら切捨て御免みたいな感じで殺されて、そういや歴史の授業でそんなの有ったよね、たしか生麦事件とか……
(平伏までする必要はないの、通常は街道脇に避け通り過ぎるまで道を譲り、顔を下へ向けるだけで良いのう、ただ騎馬や馬車の場合では鞍上や御者台から下りて馬を抑え、万が一にも暴れたりせぬようにするの、身分の格差が大きな国などでは、貴人を見下すのは無礼とされて二階以上の部屋は窓を閉め切ったりもするが、この辺りの国ではそこまでは求められぬし、美々しい行列などによっては見物客が二階や屋根に集まる事も有るからの。それと、冒険者や武芸者などの場合じゃと居るだけで刺客と間違われる事も有るゆえ、行列の主やその近親者などの貴人の乗る馬車が近づく前に害意が無い事を示すのが礼儀とされるの)
ああ、考えてみれば普段着みたいな感じで武装してるもんな冒険者って、現代の地球で考えればVIPの乗るリムジンのすぐ近くでAK-47とかRPG-7みたいなのを持ち歩いてるような物かも。うん、シークレット・サービスとかボディーガードとかPMCなんかに問答無用で射殺されそうだよね。
(方法としては、槍や矛等の長物、斧や棍棒、槌等の裸で持ち歩く武器、弓などは手放して馬車や『アイテムボックス』にしまう、でなくば『アイテムボックス』と共に足元に置いてそれを跨ぐ、または踏むように立ち上がるのう)
ああ、それならしゃがめば武器を取ろうとしてると判断できるから、敵味方の見分けがしやすいし、武器を取るために屈めば、隙だらけだろうから切り捨てやすいか。
(地面の性状などで置く事が出来ぬ場合は、身長よりも短い物であれば石突を地面に当てて真っ直ぐに立て刃の付け根や打撃部分等を両手で持つ、身長よりも高い長槍等であれば刃を地面に向けて逆さに立て両手で出来るだけ刃に近い部分を持つ、これならば一旦持ち替えねば攻撃に使えぬからの。弓の場合は弓の本体と弦の間に腕を通して肩に掛け胸の前で矢筒を両手で掴むのじゃ、可能であるならば、矢筒には蓋をするなり布を掛けてすぐに矢を取れぬようにする)
要は持ち替えたりなんなりの手間をかけないと、武器として使えない状況にして置くって事か。となると剣もかな、そう言えば無抵抗であることを示す仕草が有ったか。
(剣の場合は、大剣等は長物と同じ様に地面に置くか、鞘の先を両手で持って立て、柄が頭上よりも高くなるようにする。通常の剣であれば右手で鞘を掴み、柄を体の外側あるいは行列に向ける様に持てばよい。正式な作法であれば、鞘と柄を紐で結び解かねば抜けぬようにしたり、槍や斧の刃の部分を厚手の布でくるむなり、木製や金属製の覆いをしておく物じゃがそこまでする事はまずないの。また使者や直訴等の場合では、疑いを持たれぬよう武器を持たずに書状のみを示して列に近づく物じゃのう)
ああ、そう言えば『桜田門外の変』なんかは直訴のふりをして襲ったんだっけ。
うーん、結構面倒だな、いっその事、このままUターンしちゃおうかな。
「リョーこんな狭い道で馬車を転回させようとしても時間がかかりますわ、下手をいたしますと、街道を塞いで身動きが取れなくなり、行列の行く手を遮る事となりかねませんわよ」
あ、そうか、じゃあ仕方ない面倒だけど、道を空けるか。
(略式ならば、武器類を全て『アイテムボックス』に入れてそれを身体から放すだけでも、害意が無い事を示す証となるがのう。要は武器をすぐに使えず、使おうとすればすぐに周りから解る様にする事に意味が有るのじゃからの)
それを早く言え、それを。
「ハル、サミュー馬車を避けるから、その間にミーシア達を呼んで武器をしまわせておいてくれ」
「解りましたわ、ミーシア、二人を連れて戻っていらっしゃい、それと『人態』に戻っておきなさい、猛獣や猛禽系の獣人が『獣態』を取っていますと、それだけでも危険視されかねませんもの」
「は、はい、わかりました」
そうだったな、確かにミーシアのあの姿は非武装ですって言える物じゃないよな。
とりあえず、馬車は道端に寄せたし『アイテムボックス』に武器を入れて馬車に置いたから、あとは馬を抑えておかないと、まあ神殿の馬だからかしつけが行き届いてて暴れた事なんてないから大丈夫だと思うけどね。
「旦那様、わたくし共の準備も整いました、わたくしめが馬の手綱をお預かりします。奴隷がただ控えるのみで主に馬を抑えさせていては、旦那様が侮られるやもしれませぬ。たとえ相手が貴族家の行列であっても、いえ相手がムルズ貴族であるからこそ、ライワ家の使者で有られます旦那様の体面を汚したとなれば、事はライワ、ラッテル御両家の慶事にも関わりかねません。そのような仕儀と相成りますれば、このトーウ、死してもお詫びできませぬ」
うーん、なんかまたトーウが怖い事言ってるけど、とりあえず俺があんまり下手な事をしちゃって恥をかくと、俺だけじゃなくてカミヤさんの所の婚礼も軽く見られかねないってか、うわあ。
「御主人様、行列が参ります、トーウさんに手綱を渡してお控えください」
サミューに言われて、慌ててトーウに交代して貰い馬車の脇に立つ、ん、あれ、目の前を進んで行ってる行列の中に所々見える旗の模様に見覚えが有るような。
いや、気のせいだよな、貴族の紋章なんてほとんど見たことが無いんだしさ。
「ん、貴殿は……」
なんだ、俺の方を見てた兵士が列を抜けて後ろの方に走って行ってるけど、あ、騎馬の騎士に報告してる。
んん、あの騎士の顔にも見覚えが有るような、ダメだな人の顔を覚えるのは営業だったから得意なはずなのに、兜で顔の半分近くが隠れてるから上手く思い出せないな。
あれ、報告を受けた騎士が馬車に近寄って、窓越しに何か話をしてるな、あ思い出したあの顔はユカ・ワセンだ、確かロウ子爵家の用人、それによく見たら行列の中にトーウの大好物だろう大きなバッタが何匹も……
「とまーれーーー」
馬車に話しかけていた、騎士が叫ぶと同時に行列が止まったけど、馬車が直ぐ近くまで来てるな、これヘタな対応したら貴族に無礼を働いたってなるんじゃ、いや、相手がロウ子爵家なら大丈夫かな。うん、あの子爵様だし、一応ツテがあるから多少のミスは見逃してもらえるんじゃ。
「面を上げられよ、失礼つかまつるが、貴殿は当家の陣列で活躍された『虫下し』殿ではありませぬか」
(一応言っておくが、先ほどトーウが言っておった様に、カミヤの依頼を開始した以上、今のお主は一時的とはいえライワ家の家臣じゃ、それを笠に着て必要以上に偉ぶるのは論外じゃが、へりくだり過ぎぬよう注意せよ)
てことは言葉遣いも気を付けた方が良いのか。と、とりあえず今まで聞いた騎士の言葉とかを考えれば、時代劇っぽい感じにすればいいのかな。
「いかにも、その節はワセン卿を始め貴家の方々にはお世話になりました」
「おお、やはり『虫下し』殿で有られましたか、『鬼軍荘園』での貴殿の活躍ぶりは騎士達の間でも未だに語り草となっており、当家所領の『迷宮攻略』でのご活躍は、この耳にも届いておりましたぞ。して貴殿はこれよりどちらへ、差し支えなければお聞かせいただきたい」
「縁あって、さる御家より一時的とはいえお役目を頂き、御当主様の御指示にて王都へ向かう道中にございました」
こんな感じでいいのかな。
「なんと、御仕官なされましたか、それはめでたい。出来る事であれば貴殿は当家にて雇いあげたき所ではありましたが、お慶び申し上げますぞ。ですが貴殿が仕官なされたのであれば差し障りは有りませぬな」
差し障り、俺の身分が冒険者のままだと何か不味い事でもあったのかな。
「実は、当主が貴殿と語り合いたく、馬車に迎えたいとの事でして、幸い我らも王都へと向かう道中、道順は異なるようですがもし差し支えなければ」
あの子爵様か、確かに言いだしそうだな。
(確かに平民の冒険者を貴族の乗る馬車へ同席させるとなれば、なにかと憚りがあろうのう)
でもあの貴族様だもんな。
R1年9月22日 誤字修正しました。
R5年7月1日 誤字修正しました。




