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453 歓待


「いやはや、まさかライワ伯爵の御家中の御方がこのような田舎領地に来られるとは、そうとも知らず当家配下の者どもが失礼をいたしたようで、まあ田舎領地の物を知らぬ田舎騎士の無作法と思いどうか平にご容赦願いたい、ささ、御一献、この場は簡素とは言え貴殿を歓迎する宴の場、遠慮は無用ですぞ」


 満面の作り笑いを浮かべたオッサンが俺に酒瓶を向けてくるけど、貴方は男爵様ですよね領地貴族様ですよね。それがヘタな営業みたいな事をしてていいんですか、体面とか立場とかさ。


 確か貴族と平民じゃ許しも無く同じ部屋に入るのも無礼で、通常は室内と廊下とか、室内と庭先とかそんな感じじゃなかったっけ、いや今は一応カミヤさんの家臣って事なんだから騎士扱いなのかな。


「申し訳ありません、御役目の最中ですので御酒は遠慮させて頂きたく。また、大変無礼かと思いますが信仰の関係で今は生臭断ちをしておりまして」


 宗教上の理由っていうのは、万国共通の断り方だよね。しっかし、美味そうな酒だな、瓶の口が近づいて来ただけで香りが漂ってくるし、並べられた鶏の丸焼きも脂がのってそうで、切れ目から肉汁が、我慢だ、我慢だ……


「なんと、このような宴の場であっても御役目を第一に考えられるとは、流石は大家の御家臣、当家の者達にも見習わせたいものですな、しかし肉類なども信仰上の理由では、仕方ありませぬか、では果実や精進物を用意させましょう」


 そう言いながら、男爵が手酌で自分の盃に酒を注いで一息で煽るけど、美味そうに飲みやがって。


 しかし、カミヤさんの名を出した途端、騎士達の態度が変わっただけじゃなく、どうか一泊して行ってくれとせがまれて、なんか大きなお屋敷に連れてかれて、領主様直々の接待って、いいのこれ。


(おそらくここは、来客用の別邸じゃろうな、ラッテル家やロウ子爵家にも有ったじゃろう。旅の途中の貴族や王族などを平民と同じ通常の宿に止めるというのは色々と問題が有るからの、大抵の領主は領府の近くにそういった者達を宿泊させるための別邸を設けるのじゃ。また、領地が広く通過するのに数日かかるような場合では、街道沿いの宿場町に一定間隔で別邸に準じる館を立てるのう。確かお主等の世界にある『本陣』という施設を参考にした制度じゃと思ったが)


 本陣って、確かそれって参勤交代で使う宿泊施設だよね、なんで江戸時代の制度を中世ヨーロッパ風異世界に持ち込むかな、いや考えてみれば『拝師』とか『君臣関係』や『親子関係』とか、中世騎士物語というよりは時代劇や中国武侠小説なんかに近い制度が所々見られてるし、やっぱり『勇者』の影響なんだろうか。


 いや、今考えるのはそいう事じゃなくて、このやり過ぎな歓待に付いてだよな。どう考えたってさ過剰だよね……


 うわ、あっちの騎士は鶏モモのローストにかぶりついてやがるけど、何あのジュワっと溢れた肉汁で汚れた手、ぜったい美味いよあの鶏肉。


(相手がカミヤでは、平民だろうと貴族だろうと、いやそれこそ王であろうとも大差はないのやもしれぬの。なにせあ奴は『勇者』としての戦闘能力や殲滅力が高いうえ、貴族としてもライワ伯爵家は経済力や生産力があり、タネをバラ撒いておるから各地の有力貴族との繋がりも多く影響力が強いからのう)


 ああ、言われてみると、確かにあの人って無茶苦茶権力もってそうだもんな。


 おいおい、唐揚げに卵とじのカツまで出て来やがったよ、これでいいのか中世ヨーロッパ風異世界、変な所で日本人の影響を出してるんじゃねえよ。


 というか金が無いんじゃなかったのかよ、麦酒エールまで樽で出てきたし、なんでこんな贅沢、いや食料になる穀物自体は大量に有るのか、それに値が付かなくて売れないから不良在庫になってるだけで、となると過剰な穀物を飼料や酒の材料に回して、肉なんかにする事で商品価値を付けるってのは有りなのかな。


 うん、急に家畜の数を増やすのは無理だろうけど、肥育して大きくしたり脂を乗らせるのは可能だろうからね、おいおい、あっちに有るのはまさかフォアグラか、いや同じ物とは限らないけど、でも柔らかそうだな。


 いや、ここはうちの子達が向こうの方でおいしそうに食べてる事で満足しよう。


(今回の神殿との争いの遠因であった、穀物相場の顛末やラッテル子爵家を取り巻く現在の状況等を考えれば解るじゃろうが、あ奴がその気になれば、ライワ伯爵家単独の財力や影響力で、一国の有力貴族の大半を破綻寸前まで追い込めるのじゃからのう)


 まあ、アレは現物が無くて高騰バブルしてる所に大量の物を投入したんだから、政治力とは若干違うような。いや、必要な時に大量投入出来るだけの備蓄を、それも国丸ごとの食糧問題と買占めを圧倒して飽和させ一気に暴落させるだけの物量を用意できただけでも異常だし、その前に相場の高騰を一気に引き上げた仕手や、銀貨との交換レートで稼いだのだってよっぽどの元手が無きゃできない筈か。


 うん、そう考えると、あの人って……


 まあいい、せっかくカミヤさんの威を借る(小物)な状況が出来てるんだから、この状況をできるだけ利用しておくべきかな。まあ極端なタカリみたいなマネはカミヤさんの迷惑になるだろうけど、多少釘をさすくらいはね。


「過分な歓待痛み入ります。先ほどの一件にしろ何か実害が有った訳ではないので、そのように恐縮なされる事はありません、しかし凶賊とは物騒な事ですね。こちらが事前に確認した地域の情報では、この辺りに大規模な盗賊団や凶悪犯等はいないという事でしたが、一体どのような賊なのでしょうか」


 まあ、間違いなく居ないんだろうけれどさ。凶賊をでっちあげて旅人を取り調べ、そのまま犯罪者扱いしてっていうのが目的みたいだからさ。


「いや、その件ではあるが、どうやら誤報であったようでな、貴殿にはご迷惑をおかけした」


「そうでしたか、それは良かった御存知かもしれませんが伯爵家はラッテル子爵とよしみを結ばれ、子爵領に商館を建てられました。おそらくはこれから伯爵家とムルズ王国各地との取引が増える事でしょう。そうなると盗賊の被害や、その取り締まりによる流通の停滞というのは伯爵閣下の望まれる事ではないでしょうから」


「な、そ、それは、ご、ご安心召されよ、先ほども言った通り凶賊騒ぎは誤報、であれば過剰な取り締まりももう不要となったのでな、周辺諸家にもその旨を伝えるゆえ、貴殿の通行を煩わせるような事も、伯爵殿の懸念されるような事も起こりはしないでしょう。取り調べの為に捕えていた者達も罪なき者は釈放しましょう」


 うん、大丈夫そうだな、カミヤさんを怒らせたくないから、犯罪同然の行為は控えてくれるかな。


 でもそれはいいけどさ、思いっきり叫んでるから酒の滴がこっちに跳んでくるんだけど、これってこれが口の中に跳んでも下手すりゃアウトなのかな。その終わり方だけは勘弁してほしいな……


(これは、悪くないかもしれぬの、おそらくはこの辺りの貴族達は神殿の敵対勢力じゃろうが、金策の一つを使えなくすれば戦争への参加は難しくなろうて、それにお主を通じてカミヤの影響を受ければなおさら動きにくくなろうしの)


 それならもう少しだけきちんと警告をしておいた方が良いか。


「それを聞いて安心いたしました、御存知かもしれませんが、伯爵閣下は盗賊に対しましては非常に苛烈な御方でして、領内でも大規模な盗賊狩りをされています。先日、御令嬢が嫁入りされる際の結納品を運ぶ車列が襲撃された際も『必要な対応』を取られたと聞いています。あの車列護衛にはわたしも参加しておりましたが、襲撃者には地元の貴族の方々も関わっていたと疑わざるをえない証拠を幾つかみつけまして」


「な、なんと……」


「ライワ家家中の末席に籍を置かせて頂いている程度の、わたしごときが爵位の有る貴族様を告発するような行為は畏れ多くは有りましたが、主君である伯爵閣下に隠し事をするわけにもいかず、ご報告いたしましたが、どうやら閣下はそれをもとにかの国へ抗議をなされ関わった貴族家にも処罰が下され、あの地域の領地が大きく配置換えになったとか」


 ムルズ王国に来てからはあの地域の情報がほとんど入ってこないから、詳しくは聞いてないけど、テトビとかクリグ・ムラムなんかから聞いた話を纏めると、かなり大きな配置換えが有ったみたいだよね。確か街道沿いの領地を一つの家が纏めて領有する事になって、街道の名前も変わったんだったか。


「ポ、『ポークン街道の血均し』」


 ああ、そうそうそう言う名前になったんだっけ、しかし『地均し』とはよく言った物だな、聞いた話だと関所とかが減ったんで通りやすくなったらしいから、道を平たんにして通りやすくする『地均し』にかけてるのか、もしかすると。


「リョ、リョー殿、当家はあくまでも治安維持のための盗賊狩りを行っていただけであって、盗賊行為を肯定したり加担するような事は、決して、決っしてない、ライワ伯に報告なさる際には、その点をくれぐれもお間違いの無いよう、くれぐれも頼みますぞ」


 うわあ、ずいぶん強調してくるな、まあカミヤさんの影響力を考えれば仕方ないのかな。俺の報告で騎士が違法な取り調べをしていたなんて話がカミヤさんに上がれば、あの人がこの領地にいちゃもんを付けて来る口実になるんだろうから。


 あの人は、賠償金みたいなのを思いっきり吹っかけていきそうだもんな。いや、でも待てよ……


(なあ、ラクナ幾らなんでもあの程度の事で下手に出すぎじゃないか)


 いや、さっきまで脅してた俺のいえる台詞じゃないけどさ、ふと落ち着いて考えてみるとさ。


(あの程度とな、お主は何に対してそう言っておるのじゃ)


(確かに、この領地でやってた事は問題だろうけど、俺達自体は何かある前に身元を示せたから、冤罪での逮捕に関しては未遂だろう、実際、身元を示した後は怯えながらもしっかりした対応をされたし)


 相手が誰なのか、確認するまでカミヤさんの関係者だって知らなかったんなら仕方ないんじゃないかな。


 ほら、カミヤさんのとこの『獣頭草原』の隠し農場なんかだと、たとえ知り合いや上司、カミヤさんの家族であっても規則通りに対処するってなってたよね。今回の場合なら、名乗った後は賓客かもしれないけど、名乗る前は身元不明の不審者なんだろうから、それを事前に察して置けってのは無茶な話だよね。


 相手から問題行動を受けた後で、実は俺は~だったんだよみたいなのって、どうしようもない後出しジャンケンだろう。


 ほら時代劇なんかでも『俺を~と知っての狼藉か』みたいな感じで、名乗る事で相手の行動を抑えようとしてたりするし、逆に考えれば知らなかったのなら仕方ないに近い考え方なんじゃ。


(確かに公的な軍等であれば、正当な手続きが取られ確認されるまでは、たとえ貴人であっても誰何すいかしても不問とされるし、陣中や領主の居城の中など関係者以外の立ち入りが制限されている区画に無断で立ち入ったのならば、切り捨てられてもおかしくはないが。こう言った街道や街中では、ことに体面を重視する貴族等の間では、そうはいかぬ事も有り、知らずに無礼を働いたのならば、相手が誰なのかお前が知らぬのが悪い、という理屈が通用しかねんのじゃ)


 いや、それは無理だろう。たしかに、顔パスなんかが有る世界で、特権階級に居れば自分が知られていないっていうのがプライドを傷付けるのかもしれないけどさ。


 あ、でも諸国漫遊が好きな副将軍様の時代劇だと、『この御方を何方と心得る』って印籠を出した後で、『ご老公様とは知らずご無礼を』みたいなやり取りが有るから、知らなくても無礼はアウトって事なのかな。


(また、下手にこれを認めぬと、被害者が身元を明かして相手が誰なのか認識しておきながら殺害し、問題となった際には名乗らなかったのでそのような人物とは知らなかった、という風な事が起こりかねんからの)


 ああ、そう言えば某暴れまくる八代将軍は乗り込んで行った悪代官の屋敷とかで『予の顔を見忘れたか』なんて感じで、悪代官が将軍だって気づいた後で、『上様がこんな所に居るはずが無い』とか『この場で切り捨ててしまえばただの素浪人』なんて感じで開き直ってそのままチャンバラになるもんな。


 となると、『知りませんでした』とか『記憶に御座いません』は免罪にはならないって事か。


「そうだ、御酒も肉も嗜まれないのでしたら、そろそろおやすみになられてはいかがかな、おい、窓を開けろ」


 男爵の合図で、庭のテラスに通じる窓が開けられ、庭先に並ぶ数人の女性の姿が篝火の光に浮かび上がる。


「領内の村々の娘達です、貴殿も御存知の通りここは人の少ない田舎領地でしてな、領内ではなかなか出会いの機会も無く、側室であっても良縁に恵まれればと志望して集まった者達でしてな、もちろん貴殿が望まれぬのであれば付きまとわせるようなマネはさせぬ。村々としては新しい血を迎えられる、それも優秀な戦士の胤ともなれば、それだけであっても願っても無い事でしょうから」


(これはまた、ずいぶんな『手土産』じゃのう、気に入って使用人兼情婦としてライワ領まで持ち帰るもよし、一晩の手慰みとするもよしという訳かの)


 いや、『お持ち帰り』って俺の知っている言葉より意味合いが随分と重たいんですけど。


「もちろん、貴殿の所有されている奴隷達と比べると容姿は幾らか劣りますが、素朴な田舎娘というのは地酒と同じ様にそれはそれで独特のクセが有り、なかなか味わいの有る物ですぞ、小洒落てあか抜けた美女には無い楽しみが出来るかと思いますが、いかがかな」


 いや、確かにかわいい子が多いよ、純朴そうだし、意外と肉付も良いし、それに猫耳さんや犬耳さんもいて……


 でもね、俺には禁欲が有るんだからね、うん、もしも禁欲が無かったら完全に欲に負けてた気がするわ。


「申し訳ありません、そちらに関しても事情が有りまして」


 断腸の思いではあるが……


「む、そうでありましたか、いやいやお気になさるな、信仰も嗜好も人それぞれ、領地などによっては認めぬという事も有るでしょうが、我が領では心配なさらずとも結構ですぞ」


 ん、何が言いたいんだろう、このオッサンは。


「人妻ですかな、年増ですかな、童女ですかな、それとも、少年やむつけき大男が好みでしたかな」


 勘弁してくれ……


R1年9月10日 誤字修正しました。

R1年9月22日 誤字修正しました。

R5年7月1日  誤字修正しました。

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