450 裏街道
「いやはや、自家用馬車の旅ってのは楽なもんでさあね、普通ならこれだけの距離を移動するにゃあ、御領地ごとに乗合馬車を何台も乗り継ぐか、でなきゃ延々歩き続けるってもんでさあ。しかも今のこの国のご事情じゃ、仕事を求めて集まった傭兵が副業代わりにあちこち盗賊稼業を働いていやしたり、領主様が戦費調達の為にやらかす臨時徴収やらが有るんで、道の選定だけでも一苦労ってな事になってやして、それに合わせた馬車を探すだけでも大変だってのに、旦那の馬車がありゃ道さえ決まりゃ、進めやすからね。あ、侍女さんお茶のお代わり頂けやすかい」
俺が御者をしてるってのに、テトビの野郎、のんびり寛ぎやがって、まあコイツが各地の情報を集めてくれてるおかげで、多少遠回りとは言えほぼ問題なく進めてるのは確かなんだけどさ。
ん、『範囲内探知』に反応が、これは武装した集団に道の前後を挟まれて……
「お、いらしたようでさあね、ここらをシメてる『炎霧』の親分御一党の方々が」
呑気そうなテトビの声に合わせて何処からか飛んできた数本の矢が、進路上の路面に突き刺さり馬車を停める。
「おうおうおう、誰の赦しで通ってるか知らねえがこの道は俺等が『炎霧』の親分のシマでい、親分の事を知ってんなら親分に『挨拶の付け届け』を、知らずに通ったってんならその無作法の『詫び』を出すってのが、流儀ってもんじゃねえかい。なあに、命から財産まで全部おいてけなんて無体な事は言わねえ、親分は話が分かるお優しい御方だからな、馬車の積み荷をちょいと軽くして馬の負担を減らし、ついでに財布も軽くして腰の負担を減らして遣ろうっていう、親切心って奴よ、何せこっから先はそれなりに急な上り坂が続いて進むのも一苦労だからな」
なんかテンポよくまくし立ててるけど、最後のはアレかな、逃げても先の道がきついから逃げきれないって遠回しに言って警告してるのかもしれないな。
まあ確かに上り坂じゃ全速力で馬車を引くのは馬がきついだろうから、騎馬の居る相手には追い付かれるだろうな。この道幅だと馬車をUターンさせるのも難しいだろうし、そもそも敵の目の前でUターンなんて狙ってくれって言うような物だろうからな。
「リョ、リョー様、わ、わたしが変身して、ば、馬車を曳けば……」
「アラとトーウ位でしたら軽いのでわたくしの背中に乗せて飛べますわ、そうすれば相手の頭上も取れますし、馬車の負担も多少は減らせますわ」
ミーシアとハルが提案してくるけど、そのすぐ横に座っているテトビは呑気そうにあくびをしている。
「大丈夫だ、そこのペテン師から話は聞いている」
御者台から下り、全く動じた様子の無い馬たちの横を抜けて馬車の前に出る、流石神殿の用意した馬は訓練が行き届いているな。
馬たちの前に出た辺りで一度立ちどまり、その後事前に聞いていた歩数と姿勢を頭の中で確認しながら更に前に出て、腰に差していた『斬鬼短剣』の鞘を右手で掴んで抜き、柄を相手に差し出すようにして、姿勢を低くする。
「お初に御目にかかります、手前は冒険者のリョー、人呼んで『虫下し』。こちらへは以前お世話になりました『金剛杖』のご紹介で、親分と友誼の有る、『炎霧』の親分さんがいらっしゃると聞きまして、是非とも一目ご挨拶にと立ち寄らせて頂きました。これは些少ながら、親分さんへの土産に御座います」
左掌の上に布袋を乗せて待横に伸ばすと、盗賊の一人がゆっくりと近づいて袋を取り、中身を確認してから仲間たちに頷く。
とりあえずここまでは大丈夫そうだな、台詞の内容や、所々の単語、話す時の仕草に、袋の中に入れる硬貨の種類や枚数まで取り決めが有るっていうんだからな。
まあこれで身内と判断されれば、安全に通行出来るんだから多少面倒でもやるべきだよな。盗賊相手なら戦闘になってもたぶん勝てるだろうけど、下手をすれば誰かが怪我をするかもしれないし、万が一馬車が破損したり馬が潰されたりしたらこれからの日程に影響しかねないからね。
それに、行きでしっかり顔を繋いでおいて、盗賊達と面識が出来れば次に通る時は特に挨拶無しでも通れるらしいから、王女様の送迎も安全で楽になるだろうしね。
「『虫下し』の御高名はかねがね伺っていやす、今『炎霧』の親分がいらっしゃいますんで、ちょいとお待ちを」
俺と話をしてた盗賊が横にずれると、魔法職の老人が前に出て来る。うん、結構やせ気味なおじいさんなのになんか風格が有るな。
「オメエさんが、『金剛杖』の紹介だってお客人かい」
「親分こちらがかの『虫下し』ということでさあ」
「ほう、お前さんがね、噂は聞いてるぜ、『金剛杖』の所でショバ荒しの不心得野郎を潰したそうじゃねえかい」
『金剛杖』の所で潰したショバ荒しってたぶん『薬師』配下の中毒者連中を襲撃した時の事だろうな、アレは護衛対象だった車列の安全確保も兼ねてたけど、『金剛杖』の縄張りで盗賊行為や薬の密売もしてたって話で、襲撃に協力して貰ったんだったな。
「『金剛杖』の親分さんにはよくして頂いていますし、わたし自身あの盗賊達とは敵対していましたので、親分さんの助けを借りまして、なんとか」
あれだけ人数が居る集団が相手だと、少数パーティーのうちだけだと取り逃がしが有りそうだったけど、『金剛杖』の所の子分連中やカミヤさんの所の騎士達が包囲してくれたおかげで、無事に全滅させられたからさ、ホント助かったよな。
「ほう、手柄を自慢せずに謙遜するたあ、若いのにいい心構えじゃねえかい。『金剛杖』はアイツが若い時から知ってるが、殺さねえ、マワさねえ、奪い尽さねえと、盗賊の心得ってもんを解ってる、いい盗賊だった」
いい盗賊ってあるのか、いやテトビも言ってたっけ、適度なみかじめ料程度で済ますような盗賊の縄張りは、殺されたり破産したりって事は無いし、親分が目を光らせてて治安もそれなりに良いから、旅人にはありがたがられるって。
この『炎霧』もそこら辺にはこだわってるらしいから、裏稼業の連中だけじゃなく、行商人なんかからも人望が有るらしいけど。
「『金剛杖』とは古い付き合いだが、最近はお互いデカいシマを持っちまってるせいでなかなか地元を離れられねえで、めっきり顔を合わせてねえんだが、そういやあいつの弟さんは、最近どんな塩梅でえ。身体が悪いという話はよく聞くんでよ最近の病状はどうでい」
来た、俺が本当に『金剛杖』の関係者なのか、関係者ならどの程度の重要度なのかを確認するための一番重要な符牒。
『もしも盗賊相手に何かあれば俺の名前を出せばいい、そうすりゃ話の解る連中は符牒で『俺の弟の最近の病状』を聞いてくるだろうから『最近は薬が良かったのか咳も減って熱も出なくなった』と答えりゃあ悪いようにはしねえだろうさ、細けえ仕草や作法なんかはそこの耳無し兎にでも聞いとけ』
何気なさそうな世間話に混ぜて確認するとかタチが悪いよな。
「元気にされてるらしいですよ、『最近は薬が良かったのか咳も減って熱も出なくなった』という事ですから」
「そいつは結構な事だ、古なじみの紹介から手土産を貰っておいて、何も返さなかったってなっちゃあ『炎霧』の名が廃るってもんだ、旅先じゃ色々と入用になるだろ、コイツは餞別だ取っときな」
『炎霧』の言葉に合わせて、手下の一人がさっき渡した革袋を戻してくるけど、うん明らかにさっきよりも中身が増えてるよね。相手の漢気なんだろうから、ありがたく受け取っておけばいいか。
「この先にうちの隠し宿が有る、せっかくだから今日はそこで休んでいくといい」
え、そこまで至れり尽くせりなの、いいのかな。
「遠慮する必要なんてありやせんよ、それもこれも『金剛杖』の親分の顔を立ててるだけですからね。旦那が『炎霧』の親分のシマで優遇されてるのと同じように、『金剛杖』の親分のシマでも『炎霧』一家の紹介を受けた客分に何か有れば、『金剛杖』の親分や子分衆の方々が便宜を図られる。要は助け合いでさあ。まあ、後は旦那みてえな優秀な相手と顔つなぎをしてえってのも有るでしょうがね」
いや、だからそれが問題なんじゃないかな。向こうで一応は上場企業の社員だった身としてはさ、こうコンプライアンスとか、暴対法とか、反社〇勢力とか、の言葉が色々と気になっちゃうんだよね。
「流石に、向こうも旦那の立場って物を知ってらっしゃるでしょうから、真っ当な冒険者相手に、盗みや脅しなんぞの裏稼業を手伝わせるような依頼はしねえでしょうが、親分の息のかかった表の行商人の護衛だとか、あるいは地元で被害を出してる魔物や『迷宮』絡みの話で相談される事はあるかもしれやせんね」
ま、まあ『迷宮』とか魔物退治とかの、犯罪に絡まない内容なら冒険者としても勇者としても問題はないのかな。
「旦那が違法な仕事も受けるってな噂でもねえ限りは、そっちの仕事は持ち込まれやせんよ。ああ言う分別のある親分はそこら辺の線引きはしっかりわかってやすから、表の相手には表の、裏の相手には裏の仕事って使い分けやすから。こう言った地域に根を張った親分衆ってのは、地元で表の商いもしてやすから、そっち関係の仕事も色々あるんでさあ」
それって、企〇舎弟とかフロ〇ト企業みたいなものなんじゃ、いや、気にしちゃダメだ、一々気にしてもどうにかなる物じゃないし、変な正義感で自分でどうにかしようったって、素人がこういうのに下手に関わって弄くると逆に事態を悪くするものだし。
「後はまあ、旦那を泊めたってのは話を聞きてえってのも有るんでしょうがね」
「話し、俺のか」
「へい、熟練の冒険者ってのは『迷宮』から『迷宮』へと渡り歩いて、色々な国や領地を旅されますからねえ、そう言った旅の間で聞いたうわさ話や諸国の事情ってのは、こう言った親分衆にとって重要な情報ですからね。そう言った情報から色々な状況を分析できれば、それが稼ぎにもあるいは問題の予防にもつながりやすんでね」
そんな物かな、でも俺はそんな重要そうな情報を持ってないし、持っててもカミヤさんや神殿絡みの内容を話せるわけないし。
「大した内容でなくていいんでさあ、例えばライワ伯爵領で旦那の所のお嬢ちゃんが盗賊団を潰しやしたが、そう言う事が有れば逃げ出した生き残りが他に流れたり、逆に空いたシマを狙って他の盗賊が移動して来たりと、裏社会に動きが生まれやすし、それに合わせて各領地の盗賊対策が変わり関所の通りやすさなんかも変化して来たりしやす。そう言った情報があつまりゃ、表じゃ相場や行商で儲けたり、裏じゃ獲物が通りやすい場所を推測できたりしやすから。たとえ親分が知ってる情報であっても、旦那も知ってるって事から、どこまでその情報が広がってるかが推測できやすし、視点が変われば意外な発見が有ったりしやすし」
うわあ、なんかこの世界の盗賊ってさ、ホント……
「お前も、そうやって分析してたりするのか」
「そいつは旦那のご想像にお任せいたしやす。まあ、旦那の場合でしたら、例の『活性化』騒ぎの下手人があの貴族様で、『蠕虫洞穴』で行方不明になったって話をすりゃ、しばらくの間は何処に持って行っても歓迎されるでしょうから、食堂での雑談に多少話せばそれで十分でしょうぜ」
※今回の話でのリョー君の考え方やテトビの説明はあくまでも、『中世風異世界』の法整備や治安維持システム等が不十分な世界での話です、リアル日本でこう言った犯罪集団を肯定する言動をしたり、その筋の方を利用しようとするのは危険ですので、フィクションだと理解し、良い子はマネしないでください。




