426 決定
(これで、よいのじゃな)
指輪をはめた手を挙げる俺にラクナが確認するように聞いて来る。
「ああ、多分どちらにしても俺は後悔するんだろうから、今は、今だけでも、自分を納得させておきたい」
その答えがこんな感情任せだっていうのは、今現在でも自己嫌悪を感じずにはいられないけれど、それでも、それであっても。
「最低だと思うか、自己満足の為にこんな」
指にはめられた『風砂の指輪』を使い、目の前にある出入口に岩を積み上げていく。
「俺は、俺の感情を満足させる為だけの為に、マイラスの奴が今までやって来たであろう事以上に残酷な事をしてるんだから」
あと少しで、この入り口は完全に封鎖される。
マイラスの『命の耳飾り』には『飢餓耐性』『脱水耐性』『無呼吸耐性』『病回復』が付いている、たとえ完全に密封された空間に放置されたとしても、アイツは飢えて死ぬ事も、乾いて死ぬ事も、酸素が無くなって死ぬ事も、病死もない。
たぶん老衰以外では自然に死ぬ事は無く、そして不人気迷宮のルートから外れた隠し部屋を誰かが発見する確率も少ないだろう。もしかするとマイラスは、これから先数十年このままで居続けるのかもしれない。
(さてのう、レネルの時もお主は悩んでおったし、車列護衛の時に襲ってきた冒険者を処刑した時も悩んでおった。じゃが儂に言わせれば、過去の『勇者』達の一部と比べればはるかにましな部類じゃろうて。少なくともお主は、今自分自身が行おうとしている事が、正義のためと言うおためごかしではなく、自分の感情に依る自己満足にすぎず、正しい物ではなく、醜い行いであると自覚しておるのじゃ)
小さくなっていく入口の穴から漏れて来る悲鳴が徐々に聞こえずらくなって行く。
(もしかすると、『勇者』としての力を得る事が出来なかったのが良かったのかもしれぬのう。少なくともお主は力にも自分にも正義にも酔う事無くここまで来れておるのじゃから。多少感情に流された程度は、これまでの事を考えれば許容できる範囲じゃろうて。まして無辜の民を殺めるのではなく、明確な敵、それもあれだけの事をしてきた相手なのじゃ)
もうほとんど塞がりかかっている穴の奥から、反響するこもった悲鳴が完全に聞こえなくなるのに合わせて、周囲から音が完全に消える。
「ああ、酒が飲みたいな、出来る事なら何も考えずに酔いつぶれてしまって、そのまま無責任に眠ってられるくらいに」
昔の歌じゃないけど、自分が感情だけでこんな最低な事をできる様な人間だなんて事は、酒に流して忘れてしまいたい。
呑む事の出来ない俺には無理なわがままだが、かと言って、奴隷達の主でアラの保護者でパーティーリーダーどころか、数十人の合同集団のリーダーと言う立場上、誰かに弱みを相談できる訳でもないし、泣いてしまう訳にもいかないしな。
「俺は、たぶん死んだら地獄に落ちるか、こんな事をやってばかりいるんだからな」
少なくとも、レネルとマイラスは自己満足の為だけに苦しめて殺した、いや、あの二人だけでなく、さっきまで切り捨ててきた冒険者達にしても、トドメを差さずに放置し蟲に食われているのを、あえてそのままにしていた。
それだけでなく他にも……
(さてのう、儂はライフェル教の神器の一つとされて居るが、ライフェル教の教義と言うかライフェルという神自体がお主の知っている通り紛い物のでたらめじゃからのう。天国や地獄とやらが本当に存在するかなど誰にもわからぬ事よ。それにもしあったとしてものう、他教派やお主等の世界の経典等を見るに天国への行き方など、しごく適当で自派本意なものに見えるがの、それこそ敵であれば殺しても祝福されるものじゃろうし、神の為に殺せと命じるなどと言う表記も珍しくはなく、中には町一つをそれこそ赤子に至るまで殺し尽くしたなどと言う物まで有るそうではないか)
確かに、向こうではそう言ったニュースや歴史上の話も有ったが……
(所詮、正義も悪も、立場や主観によって変わるという事よ。そして少なくともお主の行動はライフェル教という、この世界では主流の一つである集団の視点で言えば、善行であろうて。『迷宮攻略』を妨害し『迷宮』内で理由もなく積極的に人を殺めて『霊気』を『迷宮核』へ送る、マイラスの行為など、到底容認できるものではないからのう。お主はライフェルの『勇者』としてやるべきをなしたのじゃ、いかなる国や組織であっても殺めたのが敵であれば英雄じゃ、少なくともお主の仲間やライフェルの者にお主を責める者はおらぬじゃろうて)
「そう、だな……」
(それともお主はこの世の全ての国、天下万民から尊ばれ認められ、『流石は聖者様、慈愛に満ち溢れておられる』とでも称賛されねば納得できぬなどという妄言を吐く様な、虚栄心や自己顕示欲に塗れた世間知らずの欲張りであったかのう。儂はそうではないと思っておったが)
「そんなつもりはないが」
(であるならば、現状で満足し胸を張らぬか、お主は勝利し、仲間を誰一人失う事無く脅威を退けたのじゃ。勝利を素直に喜べなくとも、仲間を救った事は誇るべきであろう。勝者とは、たとえ虚勢であってもそれを誇り味方を鼓舞する物じゃぞ)
ラクナと会話を交わしながら、立って壁に寄りかかったままとは言え、十分に休息し、『アイテムボックス』に入れてあった干し果物と水で腹を膨らませて、気持ちを多少なりとも落ち着かせてからみんなの元へ戻る。
「あら、リョーやっと戻りましたの、とりあえず指示通り残敵掃討と死骸の処理、それと周辺の警戒は出来てますわ。多少時間が余りましたので、交代で休憩や軽食もしましたけれど、特段の異常は一点を除いてありませんわ」
安全区域に戻って合流した俺に気付いたハルがなにか含みを持った言い方をしてくる。
「ハル、その言い方だと一つは異常が有るという事だが」
だが今の言い方だと、敵や魔物なんかの危険はないみたいだし、となるとあり得そうな問題はミムズか、もしかすると『馬のふん』でも心臓の負傷は回復しきれなかったのか。いや、幾らなんでも心臓を剣で貫いたんだから、俺がマイラス達を追いかけ始めた時点で意識は戻っていなかったし……
「まさかミムズか、ダメだったのか」
「いえ、そうではありませんわ、いえ、彼女の問題と言うのは間違では無いのですけれど……」
なんだ、ハルにしては随分と物言いが。
「どう説明すればいいのか分からないので、直接見て頂いた方が早そうですわ。とりあえず、あちらの方をご覧になって頂戴」
ハルが言葉と同時に手である方向を示し、そちらに視線を向けると……
「百合か……」
思わず、おかしな言葉が口から出て、今までの暗い気持ちが何故か崩れたような気がする。
いやもしかすると必要以上に気負っていたのが、いつもの場所に戻ったことで多少なりとも落ち着けたのか。
それとも、変に気を張っていたせいで、ストレスから変な言葉が口をついてしまったのかもな。
いや、今は思わず口にした言葉や、なぜそれが出たかは重要じゃないか、問題は……
「う、は、いや、じ、侍女殿、ん、そろそろ放しては、つ、貰えぬか、いつまでも、あ、こうしている訳には、プテック、ディフィー、サーレンお前達からも何か言ってはくれぬか」
「いや、こうして、たい」
「ミムズ様、どうか、どうかもうこのような事は、何かありましたら、どうぞわたくし達にもお話しくださいませ」
「いやです、サーレンはまだ、こうしてます」
胸元に大きな穴の開いた鎧を着たままのミムズの身体に縋りついたまま、プテックやディフィー達が目元に涙を浮かべたまま、頬ずりしているってのは、いや、それはまだいい、ちょっとよくない気はするが、まだいいだろう、だが……
「ミムズ、ミムズ……」
サミューまでもが、ミムズを背後から抱きしめているのは何とも、しかもまるでまさぐるようにミムズの身体に回した両手を動かし続けて、全身を撫でまわしているというのは、何ともね、何しろ意識してかどうか分からないけれど手つきが……
なにせ、ミムズの鎧や服は、剣で中心を貫かれたせいで、胸の真ん中に穴が空いててそこから治ったばかりであろう肌が、と言うか谷間がね。なのにサミューの手はその穴から直接差し込まれて肌を撫でて、傷が無いのを確かめてるみたいだし、うん、どう贔屓目に見てもエロイわ。
「じ、侍女殿、自分はもう、大丈夫ゆえ、そろそろ放しては、いや嫌という訳ではないのだが、他の者達もいる場では気恥ずかしくて、リョ、リョー殿戻られたのか」
俺の方に視線を向けたミムズが、慌てたようにサミューやプテック達の手を、やや無理矢理気味に振り解いてから立ち上がり、俺の方へと向かってくる。
「ミムズ、体の方は良いのか」
「御心配には及ばぬ、貴殿に頂いた霊薬のおかげで、あの傷はもちろんの事、疲労やそのほかの体調不良なども嘘のように消えてしまっている。自分等の為に貴重な薬を使わせてしまい、この借りは必ずお返しいたす。いや、それどころではなかったな、この度の一件については……」
「ミムズ、理由は言えないんだろう」
コイツがあれだけの行動をする理由だ、よほどの物なんだろうし、それなら秘密だろうという予想も付く、だが、おそらくその内容は……
「すまない、本当であればすべてを話したうえで、謝罪すべき事であるが」
「それなら、無理に言わなくても良い、こうなった以上は理由を聞いたからと言って何かが変わるとは思えないし、それに余計な事を知ったがために、巻き込まれる必要のない問題を抱えても仕方ないしな」
これが探偵ものの小説なんかなら、全ての真実を明らかにしないと話が終わらないのかもしれないけど、今俺がその秘密を知ったからと言って、マイラスを排除した以上は、その知識が今後なにか良い方向に役立つとは思えない。
いや、それどころか、世の中には知らなくても良い事、それどころか知らない方が良い事も有る。
それこそマイラスみたいな色々と裏の有る貴族の実家や、ミムズみたいな一国の王族の側近が抱えている秘密なんてのを、下手に知ろうものなら、場合によっては俺達の安全にかかわりかねない。
「それは、そうだが、このような不義理をしておきながら……」
「気にするな、結果としてこちらに損害はないし、それどころかこれから先、俺達の脅威となりうる問題を一つ解決する事が出来たんだしな」
好奇心猫をも殺すなんて言うけど、知っちゃいけない事を知ってしまったせいで、殺されるなんて言うのは物語ではよくある事だからな。それに、人の秘密の使い道なんて言うのは、大抵は脅迫くらいしか思いつかないけれど、俺がミムズ達や、リューン王国を脅すっていうのもな……
使う予定の無いネタを無駄に持っておいて、リスクを抱える事になるのは意味がないからな。俺達としては、生きていれば何時までも俺達を狙って来たであろうマイラスとその戦力を完全に排除できたってだけで十分な収支になるはずだから。
いや、でも、一つだけ、これだけは後で確認しておかないと……
視線をミムズからずらすと、心配げな表情でこちらを、いやミムズの事を見ている彼女の姿が……
「そ、それでなのだが、リョー殿、自分がこんな事を聞く筋合いでないという事は重々承知の上で、一つだけ確認させて頂きたい」
ん、なんだミムズが聴きたい事って、いや、これまでの事を考えればおそらくは……
「マイラス・リアス・ラマイ子爵は、かの御仁は、どうなられたかを……」
やっぱり、この質問か……
「アイツは、魔物に食われた」
嘘ではない、だが、事実を正確には語っていない言葉を口にする。
「そうか、貴殿が最後にとどめを刺されたのでは、貴殿がかの者の命を直接奪ったのではないのですな」
しっかりと俺の方を見て、言葉の意味を噛み締めるようにミムズが俺に聞いて来るのに思わず、言わなくていい言葉が口を吐く。
「ああ、俺が直接アイツを殺したわけではない、だが、その状況にあいつを追い込んだのは……」
「言われるな、リョー殿、貴殿が直接手を下されたのでないのであれば、それで、それで全て事は収まります」
自分を納得させるように、言葉をつづけた後で、ミムズが一旦目を強く瞑り、その後で俺を見つめ直してくる。
「あの様な事をしておいて、つまらない事を訊いてしまい許して頂きたい、リョー殿、此度の一件の償いは後日必ずさせていただく。改めて貴殿らの為に全力でこの『迷宮攻略』に当たらせて頂くと誓いましょうぞ」
現在の展開についての皆様の御意見を伺いたく、ツイッターの方でアンケートを取っておりますので、ご協力いただければ幸いです。
H31年4月22日 誤字修正しました。
R5年6月4日 誤字修正しました。




