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425 因果応報

「来るな、来るな、こんな事が、なぜ、なぜ貴族である俺が、こんな目に合わなければ、ならないのだ」


「知るか、貴族かどうかなんて関係ないだろう、お前は俺の敵で、俺や仲間を殺そうとして仕掛けて来た、俺がお前を殺す理由には十分だろう。殺し合いなんだから」


 撃っていいのは、なんて言葉が有ったな。そんな事を考えながらも、マイラスから目を離す事無く一歩踏み出せば、アイツも同じように一歩下がる。


 あと、3歩……


「冒険者、取引だ、取引をしよう。我がラマイ子爵家は元々、広大な商圏を有した商家だ、潤沢な資産が有る、金だ、金は欲しくないか、貴様如きでは一生御目にかかる事も出来ないほどの金貨だ、そうだ、それだけじゃない、当家の家臣に、地方貴族に取り立ててやろう。在野の冒険者にとっては願っても無い地位と身分であろう。いや、いっその事、どこぞの国の直轄騎士に推薦してやってもいいぞ、俺の持っている伝手を使えば、その程度の事は……」


「悪いが、金にも、地位にも、それほど興味はない、金ならそれなりには持っているつもりだし、今の立場で不自由を感じてはいないからな」


 それに、俺は日本に帰るんだからな、こっちの世界でどれだけ身分を手に入れても持って帰れるわけじゃない。元の世界に俺の持っている金貨なんかを持って帰っても、換金するのは難しいだろう。ただのサラリーマンが、大量の金や宝石をいきなり換金しようなんてしたら、変な疑いを持たれかねないだろうな。『魔道具』なんかにしても、あんな危険な物を持って帰っても、平和な日本じゃ使い道が無いというか、下手に使えば犯罪者になりかねないからな。


「地位にしても、お前の用意できる、要はお前の影響下にあるような場所に居て俺が安心できるとでも思うのか。これまで散々自分のしてきたことを考えてみろ、追い込まれたお前の口約束を俺が信用できるとでも思うのか」


 俺の方を見てくるマイラスに対して、口元だけを歪めるように笑みを浮かべて答え、剣を奴に向けたまま一歩踏み出し、それに合わせてマイラスが下がる。


 あと、2歩……


「そう言えば、レネルの奴も、最期には似たような事を言っていたな。『金ならいくらでも払う、そこらの貧乏貴族の身代金など比べ物にならないほどの額を出そう』だったか」


「な、レ、レネルは……」


「アイツがお前と同じ様に『迷宮』で俺に仕掛けたのは知ってるだろう。その後、アイツに会った事が一度でもあるか。まあ、あるはずはないか、今頃は腐り落ちて骨と装備くらいしか残ってないんじゃないか、あそこは安全区域だったから、魔物の餌にはなってないだろうがな」


「や、やはり、お、お前がレネルを……」


「それで解るだろう、貴族だろうと、金持ちだろうと、それが相手を見逃す理由にはならないって事だ」


 俺が殺した、奴の仲間の名前に反応してさらに奴が一歩下がる。


 あと1歩、それで……


「アイツは、情けなく命乞いを続けて、最後はせめて殺してくれと言っていたが、さてお前は最後にどんなことを言うのだろうな」


「い、いやだ、いやだ、死ぬのは、俺が、子爵家当主たる、マイラス・リアス・ラマイがこんな辺鄙な『迷宮』の奥でなんかで、冒険者に負けて死ぬなど有り得るはずが無いのだ、そんな死に方が許されるはずが無い」


「お前の主観がどうであろうと関係ない、お前はここで終わるそれだけの事だ」


 奴に最後の一歩を踏み出させるために会えて、大きく『鬼活長剣』を振りながら前に出る。


「来るな、来るな」


 少しでも大きく俺から距離を取ろうと、マイラスが大きく後ずさろうとして足を後ろに下げ、そして部屋の入り口にある膝程度の高さしかない岩壁に足をとられ、そのまま後方へとバランスを崩しかける。


 後ろに倒れかけながら、必死に姿勢を治そうとしているマイラスに向かって、『軽速』と『闘気術』を使って一気に距離を詰めて、限界まで手を伸ばして『鬼活長剣』の先端をマイラスの鎧に当てる。


 今重要なのは、マイラスが姿勢を戻す前に奴の重心を更に崩して後方へ転ばせる事だ、奴自身の身体に傷を負わせる必要はない。ともかく速度を優先して、奴に当てる威力はある程度で良い。


「な、貴様、う、うわ、あああああ」


 完全にバランスを崩したマイラスがそのまま後方に倒れ込んで行き、悲鳴が水音にとって代わる。


 あいつが部屋の床の大半を占める沼地に落ちる事で水面が波打つが、以前と同じようにハルの造った入り口の岩壁がそれを押しとどめてくれる。


「あが、やべ、あ、が、げ、げあ、がばえ」


 水音をかき消すかのようにマイラスの絶叫が狭い室内から通路へと反響し、視線を向けると人型をした蟲の塊が有った。


「あべ、が、べ、えええ、ぎゃああ」


 貴族らしい整った顔の、なめらかな白い肌の表面を鑢蛭ファイル・リーチがゆっくりと動いて行くと、その軌跡に合わせて皮膚が削り取られ、赤い皮下組織が覗くが、すぐにその上に新しい皮膚が再生し、そこへ別な鑢蛭が貼り付き治ったばかりの皮膚を削り取る。


「あ、あ、あ、あ、あ」


 まだ削り取られていない腕の皮膚にカンディル・ワームが喰らい付いて腕の肉の中へと潜り込んでいくと、腕の肉に空いた小さな穴が直ぐに塞がり、更に腕の中を細長い虫が肉を食いながら進んでいく様子が、腕の表面の不自然な盛り上がりの動きで手に取るようにわかるが、その蟲が通り抜けた後に別なカンディル・ワームが更に喰らい付いて潜り込み血を拭き出す穴を開けるが、すぐにその穴も塞がって行く。


 以前にハルがレベル上げの為に使った魔物溜まりに落ちたマイラスは、蟲に全身を食われ続けながら浅い沼地の中を転げ回っている。


(本来であれば、これだけの蟲に集られてしまえば、全身に喰い付かれた傷の出血で瞬く間に大量に失血するなり、でなくともすぐに臓腑を食い荒らされるなりで、すぐに死んでしまう物じゃが、あの二つの『魔道具』の効果で死にきる前に傷が塞がってしまう様じゃのう)


「コイツはこの後どうなるんだ」


(さてのう、儂自身このような事態は見た事も聞いたこともないが、現状のままであれば、『命の耳飾り』の効果で食われた端から回復しておるし、見る分では食われる速度よりも治す速度の方が早いようじゃから、この状態が長く続くかもしれぬのう。なにせ、あやつのMPも『魔力泉の耳飾り』によって使った端から即座に回復しておる。ある意味ではこの二つの『魔道具』の組み合わせはお主のスキルや『超再生』よりも強力じゃぞ。まったく、ほんの数か月でよくもここまでレベルを上げられたモノじゃ)


「がが、がば、いだ、いだ、べ、え」


(とは言え、そのせいで苦しみ続けているようじゃがの、蟲にとっては喰らい尽す事の無い餌じゃろうが、本人にしてみれば終わる事の無い責め苦と言ったところかのう。この先、蟲が更に集まって、喰らう速度が再生速度を上まれば、徐々に削られやがて死に至るかもしれぬが、それにも時間がかかるじゃろうし、食われ続けておる間に『魔道具』のレベルもさらに高まり再生速度が速まりそうじゃしのう)


 終わりが無いって事か。


「マイラスが、ここを抜けて復活する可能性はあるか」


(単独では難しかろうの、この状況を抜け出すにはあの沼から抜け出す事か、沼の魔物を完全に排除する事のどちらか、更にその上で体に喰い込んだ蟲を取り出す事が条件となろうがのう)


「ば、ばえ、だず、だ」


(あ奴一人では抜け出す事も排除も無理じゃろうて、蟲がああして食い込んでおれば激痛で集中できんじゃろうから魔法やスキルを使うには、一定以上の錬度が有る者か即時発動させるようなスキルでもなくば難しかろうが、それが出来るならば既に行っていようし、あのようにまともに話す事も出来ぬのでは呪文の詠唱も無理じゃろう。更に蟲が全身を中から喰い続け、筋肉や腱、神経等が絶えまなく破壊と再生を繰り返して居ってはまともに動かす事も難しかろうて)


 ああ、あれは自分で転げ回ってるんじゃなくて、筋肉なんかが蟲の刺激で勝手に動いてるのか。


(誰かが助けようにも、あの沼から出すにはマイラス自身が動けぬ以上、誰かがあの場に入って行くしかないがのう、自殺行為も良い所じゃろうて、以前ハルの魔法で一時的に排除して見せたが、一匹残らず完全に殺しきれたかはわからぬ事じゃし、いつ別な魔物が集まって来るか分からぬ)


 助けるには命懸けで、奴の為に死ねるような相手じゃないと無理って事か。


(また、もしも何らかの理由で脱出できたとしても、表面に貼り付いておるファイル・リーチはともかく、体内に入ったカンディル・ワームを取り除くのはただでさえ難しいからのう。一匹二匹ならば無理やり抉り取る事も出来ようが、あの様子では数百が食い込んでいてもおかしくあるまいし、下手をすれば卵を産み付けられておるやも知れぬ、そうなれば全てを取り除く事は無理じゃろう。ましてこの場でも地面の下には蟲がおる事じゃしのう)


 少なくとも安全区域まで引かなければ無理って事だし、それは奴一人では不可能って事か。ならアイツはもう助かる事は無いという事か、ああして何時までか分からないほどの長い間、食われ続け治り続け苦しみ続けるって事か、ざまあみ……


(もしも、それでもあ奴が復活するのが不安じゃというのなら簡単じゃ、アラなりハルなりを連れて来てこの場からスキルなり魔法なりであ奴の頭を完全に破壊すればよい、『即死防御』が有るとはいえ、短期間に防げる回数はたかが知れておろう。そうでなくとも遠隔スキルなり刃物の投擲なりで、あ奴の両耳に付いている二つの『魔道具』の耳飾りを耳たぶごと斬り外してしまえば、それだけであ奴はそれ以上回復する事は出来なくなろうて。まあこの状態ではあの『魔道具』を回収するのはあきらめた方が良かろうが)


「あぎゅあ、ぐばじ、だじゅ、だずぐえ」


 なにか意味の有るように聞こえた呻き声に視線を向けると、蟲まみれになったマイラスの片手が震えながら俺の方に伸ばされていた、いや、アレは手の痙攣か、すぐに手は別な方向に向けられて蟲だらけの泥を叩く。


 俺は、俺は今何を考えていた、マイラスを殺さなければならないのは確かだ、そうしなければまた俺達やサミューが狙われる事になる。それに、サミューの抱えているであろう事情の為にもアイツは排除しなければならない、生きていればアイツは必ず……


 だからこそ、マイラスを殺すと決めたのに、いやあいつを殺したいという感情が有ったのは間違いないし、自覚もしていた。


 だが、だが、それは決して嬲殺し(なぶりごろし)にしたいとか、苦しめたいとかいう物ではなかったはずなんだ。なのに俺は今のアイツを見て当然の様に『ざまあみろ』と思っていた、いやあいつを突き飛ばした時、()()()()であろうことを予想出来ていたはずだ。


 あの時の俺は、下手に斬りかかかるよりもああして突き落とした方が、アイツに逃げられるリスクが少ないと考えていたはずだが、本当にそうだったのか、俺は内心であいつを()()()()()と思っていたんじゃ……


(どうするのじゃ、向こうには十分な戦力が残って居るとはいえ、いつまでも戻らぬわけにはいかぬじゃろうて、トドメを差すのか、差さぬのか)


 俺は……


また、うだうだ悩むリョー君です。


こういう展開が好きでない方、せっかくマイラスを倒すんだからすかっとしたいというご意見も有るとは思いますが、こういう作風ですのでご了承ください。


H31年4月22日 誤字修正しました。

R5年6月4日  誤字修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] いや〜〜〜良いなぁ! こういうところで葛藤してるのが1番いい 読んでいてドキドキする 彼はどういう答えを出すんだろう
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