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424 あと4歩……


「く、来るんじゃねえ」


 マイラスと一緒に逃げる数人の冒険者の一人が振り返り、追い続けている俺に向かって遠距離スキルで斬撃を放つ。さっきの戦闘で殆どの連中が負傷しているからか、威力もそこまでじゃないな。


(あの程度の攻撃ではすぐに回復するとは言え、一々受けていては、その間に距離を稼がれ最悪取り逃がす事となりかねぬぞ、お主の『範囲検知』は有効範囲外に出られれば意味はなくなる。それにこうして騒ぎとなって居れば、幾らこの辺りは排除したとはいえ他の場所からの魔物が集まり、足止めされかねぬ。無駄な攻撃は避け、確実に手早く勝負を決めよ)


「解っている」


 用意してあった厚手の手袋をはめ、『軽速』で体重がほぼ無くなっているのに任せて、地面を蹴り斜めに跳ぶ、さらに壁を蹴って天井へ、鍾乳石へ、窪みへ、角へ、また床へ、更に天井へ、足場になりうるものに手足が触れると同時に『闘気術』で底上げしたステータスのままに跳ね続けながら前進する。


「クソ、当たらねえ、なんだよあの動きは、ぐげ」


 高速で不規則に跳ね続ければ、単発の攻撃で正確な狙いを付けるのは難しいだろうさ、着地点を狙ってくるのなら、小石でも使って空中で軌道を変えればいいだけだ。


 距離を詰め、すれ違いざまに鎧の隙間から覗く首筋や脇などの太い血管、あるいは軽装の相手の肝臓や心臓などの急所を『斬鬼短剣』で斬り裂いて行く。今倒した冒険者は、トーウの毒液を浴びた顔の右側がただれて目も潰れていたから、右側からの攻撃が上手く行ったな。


「最短で、最小の労力と時間消費で、確実に仕留める、そしてマイラスに追いつく」


 急所の位置は今までの戦闘経験で大体わかっているし、フレミラウの講義も受けた後でゴブリン相手に散々確認できた。だから、どこにどのくらい剣を当てれば仕留められるかはわかってる。まして負傷して動きの鈍っている相手なら……


 俺やマイラスみたいに強力な回復手段が無ければ、急所へ的確な一撃を入れれば行動不能に出来て、そのまま放置しても数分から十数分で死に至る。


「いや、そこまでしなくても、いいのか」


 急所の大半を防具で覆っている冒険者の足に『鬼活長剣』を叩きつけて転倒させる。


「ぐ、が、あ、あああ、蟲が、蟲がああああ」


 ほんの短時間でも立っている事が出来なくなれば、薄い服だけの部位や肌が地面に触れてしまえば、それだけでこの『蠕虫洞穴』では致命的になる。


 大型の魔物は大半が排除済みだが、この『迷宮』で恐れられている小さな魔物が、そいつらが血の匂いや音に誘われて、俺達の足元に集まっているところで、誰かが地面に触れればすぐに数匹の虫が肉に喰らい付く。


 ファイル・リーチとカンディル・ワームに喰らい付かれれば、まともな痛覚を持った奴なら耐えられる物じゃない。


 体を食い荒らされる激痛で地面をのたうち回る間に更に追加の蟲が喰い付いてくる、皮膚やその下の肉を削られ、体の中の内臓を食い荒らされれば、多少時間がかかるだろうが助かりはしない。


「あ、あがあ、がぎゅ、蟲が、登って、腕の中を、痛い、痛い、助けて、たじゅけて、痛い、いた、ころ、こんな痛いならもうころし、があああ」


 逃げた敵を追う俺の背後から、転がした敵の悲鳴が響いて来るが、もう攻撃してこない相手を気にしてる時間なんてない、早く、もっと早く、マイラスを追わないと。


「ん、この方向は……」


 一人ずつ順番に最後尾の敵を倒していきながら、装備の重量や体力の差で徐々に縦長になって行く隊列を追っている最中で、周囲の景色に見覚えが有るのに気づく。


 攻略の為に何度も通った休憩所の間を繋ぐルートとは違う道、でありながら確かに見覚えのある道、この道を通ったのは確かハルと……


 いや、今考えなきゃならないのは、どうやって効率よく短時間で障害物になっている冒険者達を排除するか、そしてマイラスを逃がす事なく確実に仕留めるかだ。


 所々に火傷を負った片腕を抑えている軽戦士の背中に追いつき、革ブーツの足首を狙って『鬼活長剣』を振るいアキレス腱を断つ。


 頭部に落石が当たったのか、額から血が流れたまま振り返って魔法を放とうとした魔法士の懐に入って胸の真ん中に『斬鬼短剣』を差し込む。


 動きの止まった俺を狙おうとしてきた盗賊を『雷炎の指輪』が吐き出す火炎で丸焼きにする。


 重装で走り続けたためか息が上がっていた、フルプレートの重戦士の背中に飛び乗り、上がっていたカブトの隙間に短剣の刃を滑らせ喉笛を斬る。


 崩れ落ちた負傷者や死体に虫が集まり出すのを横目に、やっと距離のちぢまった金髪の後頭部を睨み付ける。


「く、くそが、冒険者風情が、なぜ、なぜだ、なぜ子爵家当主である、貴族である俺が、たかが冒険者などにこんな目にあわされねばらなないのだ、理不尽ではないか」


 逃げ突けながらマイラスがさっきから叫んでいる言葉が一々俺の気を荒立たせて来る。


(やれやれ、自ら仕掛けて来たというのに、不利になるとこれではのう『雉も鳴かずば撃たれまい』とはお主等の世界の言葉じゃったかのう)


 確かにな、アイツが俺やサミューを狙ってきさえしなければ、俺だってこんな風にあいつを殺そうなんて思う事は無かっただろうからな。


 いや、人のせいにするのは止めよう、アイツが悪い、アイツのせいだなんて風に原因や責任を相手に転嫁して、自己正当化したって、俺が積極的に人を殺そうと決めて、実行している事には変わらないんだ。


 これは俺の意思で俺が決めて行っている殺人だ、相手のせいでも、サミューの為でもない、誰かのせいにはしない、俺の殺人、俺の罪だ。


「な、行き止まりだと……」


 全ての冒険者を片付け終わり、マイラスの背中に追いついたところで、すぐ前にある背中が止まる。


 多分、自分で地図やルートの確認をしていなかったのだろう。俺に追われ、混乱するままに逃げ続けている間に、走りやすそうな道、逃げやすそうな道を、目立たなそうな横道等を、その場の判断でてきとうに選んで逃げていた結果、奴の前には、行き止まりの小部屋だけしかなかった。


 奴等がもう少し冷静だったなら、あるいは地図を見る事が出来ていれば、同じ場所を数回通っていた事に気が付いていたかもしれないな。何せ足元に虫に食いつくされた、さっきまでの仲間が転がってる事にすら気付いてなさそうだったからな。


 落ち着け、ここまで追い詰めたんだ焦る必要はない、急いで距離を詰めようと下手に跳んでしまえば、その隙に足元を駆け抜けられるかもしれないな。


 こうなった以上は急ぐ必要はない、焦ってミスをしてしまいマイラスを逃がすような事になってしまえば目も当てられない。


 冷静になれ、今すぐアイツを仕留めたいという感情に流されて不用意な行動をすれば、そこに付け込まれかねない。


 そしてあいつを取り逃がせば、相手は財力も政治力も一冒険者とは比べ物にならない貴族だ、また今回と同じように戦力を集めて俺達に仕掛けて来る事だろう。


 その時は今回以上の数と質を集めるはずだ、そうなればまた防げるとは限らない。


 今の状況は野球で言えば3点差で9回裏の守り、ラグビーなら2点差のロスタイムってところか、普通に行けばこのまま勝てるが一つ間違って得点を許せば、相手に逆転されかねない程度でしかない。


 何しろ相手はここを逃げ出すだけで勝ったも同然なんだからな。


 隙を見せないように、ゆっくりとあいつが逃げられないように警戒しながら剣を構えて距離を詰めていく。


 この場所が俺の記憶通りなら、マイラスの向こうに有る行き止まりの部屋は小さくて出入口はたった一つしかないし、身を隠せるような場所もない。


 いや、そもそもあの部屋に入る事は出来ないんだから、実質この狭い通路の隅に追い込んだも同然だ。万が一奴があの部屋に入ろうというのなら、入り口を塞ぐ膝程度の高さの障害を乗り越える必要がある、ならそのタイミングのスキを突けば……


(『鑑定』を見ればわかると思うが、あ奴はスキルも魔法も有る、それほど広範囲でも高威力でもないが、逃走の為の牽制には十分な物じゃろうて、注意するのじゃぞ)


 解ってる、今になって思えばアイツの使っている魔法はどれも確実に倒すような殺傷能力よりも相手を長く苦しめる様な魔法ばかりだな。


「クソ、来るな『小雷玉』」


 マイラスがこちらに向かって放って来た『小雷玉』に対して、適当な鉄槍を『アイテムボックス』から取り出して地面に付き立て、それほど弾速が早くない魔法の弾道を塞ぐ。持ち手部分も金属でできたこの槍に雷撃が当たれば、電流はそのまま導体である金属を流れて、地面にアースされる。


「れ『冷水被覆』」


 頭上から落ちて来る水の塊に片手を突き上げて突っ込む。『冷水被覆』は触れた対象をそのまま水で包み込む魔法で、頭に当たればそのまま鼻と口を覆われて溺れる事になるが、手なら水に覆われても、多少感覚が違うだけで剣を持つ事も振るう事も大して支障はない。


「く、なら、『小氷筍』」


 足元から突き出される氷の円錐をほんの半歩ずれるだけでかわす、この魔法は足元から真上に攻撃するだけ、それも要は槍の様にたった一点を貫く攻撃だ。なら発動のタイミングだけを見落とさなければいい、奴が呪文を発動させたのに合わせて体の位置をずらせばそれだけで避けられる。


「クソ、『小氷筍』」


 何度も同じ魔法を使ってくるのに合わせて、それぞれ数歩ずつ移動し続ける。あいつが、俺が避けるのに合わせてあえて位置をずらして発動させてくる恐れもあるが、単発の魔法なら、俺が避けた先で当たるかどうかは運任せだ、避ける方向と歩数を、毎回変えていれば読まれる可能性は限りなく低い。


 当たるとすれば、よほど俺の運が悪いか、アイツの運が強いかだろう。


「クソが、なぜだ、なぜ『小氷筍』」


 数歩下がったところで、足元から氷の塊が付き上がる。


(読まれた、という訳ではなさそうじゃ、どうやらお主はよほど運が悪いようじゃのう)


「ハハハ、ざまあみろ、それならば避けられまい」


 とっさに、片足を氷の棘の先端に乗せ『軽速』を発動させる。


「串刺しになれ、ハハハ、ハ、あ……」


 片足を氷の槍に持ち上げられたまま、俺の視界が高くなるがそれだけだ、靴越しに多少冷たく感じるだけで痛みも怪我も無い。


 俺の靴は『青毒百足』の殻を使って作った『感知の鬼百足甲』の一部だ、魔法攻撃には十分に耐えられる、むき出しのズボン部分などに当たりさえしなければ、よほどの威力でなければ防げるはずだ。更に『軽速』を使って体重を無くせば真下からの刺突攻撃なんてものはな。


 衝撃での破壊にしろ、刺突での貫きにしろ、相手が動かない、あるいは一定以上の重さが無ければ効果は薄い。


 相手が動かないからこそ下から上へと持ち上げる運動エネルギーは衝撃として相手の中を伝わり破壊する、そのエネルギーを一点に集中させた刺突は小さな一点を破壊し続ける事で貫く。


 だが相手が軽く固定されてなければ、相手に与えられた運動エネルギーはただ単に対象を移動させるだけで消費される。


 俺は、真下から突き出された氷の槍の先端に立ったまま持ち上げられた、それだけの事になる。もう少し槍が長ければ俺は天井に押し付けられて固定され、刺さっていたかもしれないし、奴の魔法にもっと鋭さや速さが有ればまた違ったかもしれないが。いや、この装備ならそれで防げたか。


「な、な、なぜ、なぜだ、なぜ死なない」


(ふむ、期待通りではない結果に、驚いているようじゃのう。お主が持ち上げられた隙に足元を逃げようとすれば、多少は可能性があったかもしれぬ物を)


 一応は、警戒はしていつでも指輪から魔法を放てるようにはしていたがな。


(どうやら、あ奴の自慢の魔法もこれで品切れらしいの、やれやれせっかく『魔道具』の効果でほぼ無尽蔵ともいえるMPを確保して居りながら、使える魔法がこの程度で、しかも本人の戦意が消失してしまっていてはのう)


 自分の魔法がすべて無効化された為か、マイラスはそれ以上魔法もスキルも放つ事なく、俺の方を向いたまま後ずさり始める。


(ふむ、どうやらあ奴には余程お主が恐ろしく見えておるのじゃろうな、自分の後がどうなって居るか、自分が何歩下がったのかが、頭から完全に抜け落ちておるのではないか)


 そうだろうな、だが、それならそれで都合がいい。


「どうした、もう終わりか、それならもう満足しただろう」


 あえて、感情を表情に出さないようにして、ゆっくりと剣を相手に突き付けながら、酷薄気味に言葉を続ける。あいつを怯えさせるように、アイツが俺から少しでも離れたいと思う様に。


「く、来るな、こっちに来るな」


「よく言う物だな、お前が今までそれと同じような言葉を投げかけられて、その通りにした事があったのか。お前みたいな異常な性癖なら、さんざん言われてきた言葉だろう」


 多分、コイツはその言葉自体も楽しんで、それを無視してきたんだろうな。


「そ、それは……」


 俺が一歩踏み出したのに合わせるようにマイラスが二歩後ずさる。


 あの位置なら、あと四歩と言ったところか……


R1年6月15日 誤字修正しました。

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