422 血の……
ただいま4月1日午後5時頃です
「申し訳ありません、リョー殿、このような事態になってしまい」
ディフィーさんが深々と頭を下げてくるけど、まあ仕方がない事ってのも有るよね。プテックとサーレンさんも同じように頭を下げているが、彼女達のリーダーであるミムズの姿はない。
「体調不良なんだろ、それならしょうがないだろう」
誰にだってあり得る事なんだし、俺みたいに『魔道具』の効果で疲労や空腹、睡眠不足なんかを改善して体調を維持できる訳じゃないだろうからさ。そう言えばマイラスの『魔道具』にもその手の効果が付いてたか。
「今回は、『四弦万矢』達と交代して、最後の休憩所に数泊し周辺の魔物を排除するのが目的だ、一人二人減ってもそこまで問題にはならないだろう。それよりも、調子が悪いまま『迷宮内』で無理をすれば思わない事故につながるかもしれないし、それで怪我をしてしまえばボス戦にも響くだろう。なら今のうちにしっかり休んで、ボス戦に備えて貰った方が良い」
ミムズだって女の子だし、体調不良くらいあるよね、月に一度くらいは定期的にさ。
と言うかうちの子達があんまりそう言うのを出さないから、気にしてなかったけど、大丈夫だったのかな。かと言って、俺の方からそれを言い出すっていうのもなんかセクハラじみてる気がするし……
「お心遣いありがとうございます。その分、今回の排除行動ではわたくし達三人がミムズ様に代わり出来るだけの働きをしたく思います」
うわあ、この獣人三人がやる気で暴れたら、ホントにシャレにならない戦力になるんじゃないかな。うん、なんか魔物に同情したくなって来たわ。
まあ、心強いと思っておこう、休憩所周辺はもう結構な期間狩りが行われてなかったらしいから、かなり魔物が居るらしくてボス部屋に行くのも一苦労らしいけど、それさえどうにかできれば、後はボス部屋まですぐだから、この魔物狩りが最後の一山って感じだよな。
「よし、行くとするか」
「はあああああ」
ディフィーさんが、蹴りと尻尾の打撃で数体のジャイアント・ホッパーを殴り倒し、更に大ぶりの包丁を掲げて、投げ出されたホッパー・ライダー達へと踊り込む。
「抹殺、解体」
うん、なんかディフィーさんが包丁を振り回す度にホッパー・ライダーの手足とか頭とかが宙を跳んでるんだけどさ、なんであの人の戦い方はこうもアレなんだろう。
「ふう、この辺りの魔物程度でしたら、わたくしだけでもなんとかなる位に慣れてまいりましたね」
うん、満足そうな笑顔はいいんだけどさ、こう頭から体液を被ったままで同じように何かの液まみれの出刃包丁を掲げながらって状況だと、なんかもう猟奇映画のワンシーンにしか見えないんですけど。
「ディフィー、顔、拭いて」
いつの間にかプテックがタオルを差し出してるけど、まあ当然だろうな、魔物の体液が付いたままじゃ臭いで他の魔物を引き寄せて危な、ん、いや、ディフィーさんならそっちの方が良いのか、餌が自分から向かって来たとか考えそうだし、ボス戦の邪魔になりそうな雑魚を片付けるには一か所に集めて一網打尽っていうのは効率的かも。
いやいや、幾ら雑魚でも数が揃えば脅威だし、危険だよね。
「ありがとう、プテック」
「全く、ディフィーは、しょうがないですねーそんな血だらけになって、綺麗にやっつけたサーレンを見習ってください」
「サーレン、貴女は確かに衣服を汚さずに戦った事は誉めてあげますけれど、剣で切り捨てたのはともかく、こんな所で強力な火炎魔法を使うだなんて、生まれた熱気や煙が逃げ場を無くしてお味方を巻き込むという事を考えなかったのですか」
ああ、何時もの光景だな、調子に乗ったサーレンさんがディフィーさんに怒られてら。
そう言えばハルとかもここで使う魔法は、あんまり高熱にならない『熱岩弾』とかで、燃やすというよりは焼くって感じだったよな。前にレベル上げで別行動した時も煮殺すって風だったし。
あ、そう言えば、次の安全区域は確か……
「リョー、次の休憩の時にでもまたあそこでのレベル上げに付き合って貰えないかしら、『鬼軍荘園』ではそれなりに経験値が稼げましたけれど、やっぱりこの『迷宮』ではわたくしは戦いにくいんですもの、かと言って他の子達に置いて行かれる訳にも行きませんし」
ああ、そうだったよね、小型の魔物が湧きやすい沼が有ったよね、物が沼だからハルの魔法で丸ごと沸騰させれば簡単に全滅させられるけど、居るのがカンディル・ワームやファイル・リーチだから直接攻撃系の子だと、下手に近寄れば虫にたかられそうで危険だし、ハルがちょうどいいんだよね。
ラクナの話だと、全滅させても数日もすれば数が回復するっぽいって事だから、今頃は凄い事になってそうだよな。
「そうだな、良いだろう次の安全区域で休憩を長めにしてその間に行くとしよう」
ハルがレベルアップするのはうちのパーティーとしては重要な事だもんね。
何しろ数少ない専任の後衛職だし、『鬼軍荘園』鎮圧戦での陣地構築や、ゴブリン陣地を溶岩で焼き払った時の事を思えばハルの魔法の重要度は高いもんな。
これまでは俺の魔力を渡して何とかして来てたけど、いつでもあれが出来るとは限らないし、俺の負担も大きいから何かあると対処できなくなりそうだから、出来ればMPが増えたハルが単独である程度できるように、でなければ魔法の効率を上げてより少ない負担と時間で同じような事が出来るように成れば、選択肢が増えるだろうから。
「もう少しで、休憩所ですね御主人様」
「ああ、そうだな」
まあ、当初は計画になかった場所なんだけど、小休止をするには丁度いい距離の場所に安全区域が見つかったから移動の負担が減ったんだよね。
まあ、そこが安全区域だと確認できた事情が事情だから、あんまりそこで休むのは気分のいいものじゃないんだけどさ。
なにせ十体近い遺体が見つかって、魔物に食い荒らされてないから、そこが安全区域だろうって流れだったからさ。しかもその遺体が、マイラスの奴にやられた被害者だって……
ん、なんだこの先の安全区域の中に人の反応がある、子爵領軍や『百狼割り』の子分たちが居る場所はもっと先の方の筈だし、俺達が『迷宮』に入る時に確認した予定でも特に変更はなかったはずだ。
「止まれ、この先に誰かいる」
可能性としては、『迷宮』の奥でトラブルが発生してここまで退却してきた味方って事も十分あり得るけど、想定外の敵集団って事も有りそうだもんな。
「リョー殿、敵でしょうか」
「可能性は十分あるだろうな」
暗いせいで『周辺察知』でも細かい服装や顔立ちは解らないけど、俺達が出て来る通路を囲む形で隠れてるっていうのは怪しすぎだよな。
「何かの事情で後退して来た味方が魔物を警戒して布陣している可能性も、俺達の討伐を聞きつけておこぼれ狙いの冒険者集団が『迷宮』に入ったのかもしれない。戦闘になるかもしれないが、相手が敵か味方かそれとも無関係なのかを確認するのを優先する」
下手にこっちから手を出しちゃって、後で無関係の相手だったとか、領軍の配下の冒険者だったなんて事になるとシャレにならないもんな。
「とりあえず、この道を行かないと先に進む事は出来ないし、奥に居る味方が戻る事も、食糧などの物資を届ける事も出来なくなる。とりあえず、あそこにいる連中が何者なのか確認して、敵なら戦いになるだろう。可能なら俺達でこれを撃破するが、難しい時は場合にもよるが何人かは引き返して領府に敵の事を報告、残りは敵中を突破して奥に居る連中にこの危機を伝える」
この先に居るのが俺達の敵だと仮定して、それが盗賊なんかの犯罪者集団なら領軍にとっても敵だ、それならわざわざ俺らが対処するよりも、領軍と協力して数で押し込んだ方が良いだろう。
このままだと出口を抑えられた『百狼割り』や『四弦万矢』達は、あそこで待ち伏せされる恐れもあるし、補給を潰されれば消耗したところを襲撃されかねないからな。
「その時の分担は、町にはミムズが居るからディフィー達が戻った方が話が早いだろう。俺達は『アイテムボックス』の数も容量も多いし、索敵能力も有る。この先に分散している連中を見つけて集めるには丁度いいだろうから、敵中を突破して先に進むのはうちのパーティーでやる」
「承知しました、リョー殿御武運をお祈りいたします」
「がん、ばって」
「すぐにサーレンがミムズ様に伝えて応援を連れてきますからね」
よし、思ったより簡単に納得してくれたな。
よくあるお約束だとこういう時に、自分達が危険な場所を担当するみたいな感じで役目を取りあうシーンになりやすいけど、はっきり言って時間の無駄だから、あらかじめ役割分担を決めた理由を真っ先に説明しておいたのが上手く行ったかな。
いや、もしかするとミムズが不在だからってのが有るのかも、立場上俺と交渉するはずの代表者が不在なんだし、そう言うめんどくさい事を真っ先に言い出しそうなのはミムズだからね。
「理想は、この場で敵を排除する事だが、それが無理なら突っ込むことになる。その時は食糧を節約する必要が有る、悪いがミーシアとトーウにはしばらく虫を中心に食べて貰いたい」
まあ、二人の場合普段からそうしてるイメージが有るけど。
「だ、大丈夫です、む、虫も美味しいですから、い、いっぱいやっつけたら、いっぱい食べれて、お、お腹いっぱいになりますから」
「ああ、これから毎日、虫肉を食べれるのでございますね。戦闘中とはいえ夢のような日々でございますね」
うん、やっぱり問題なかったわ。
「よし、それじゃあ、行くぞ先頭は盾の有るミーシア少し後ろにプテック、二人の盾で敵の飛び道具と突進に備えてくれ、次がサーレン、ディフィー、サミュー、俺の四人だ、向こうが仕掛けて来た時は魔法や鞭で迎撃、距離を詰められたら前に出て近接戦に参加する。後衛はハルとアラ、トーウの三人だ魔法と弓、後は投擲で後方からの支援射撃、ミーシア達の盾で防ぎきれなさそうな攻撃が有った場合ハルは防御魔法を優先、アラとトーウは万が一後ろから襲撃された時に備えハルの護衛をしてくれ、良いな、行くぞ」
俺の指示に全員が頷き、盾を構えて小走りに進むミーシアとプテックの後に続く。
「放て」
「飛び道具だ、ハル」
「解っておりますわ、『岩壁結界』」
部屋に入った直後に周囲から一斉に投げナイフや矢が飛んでくると同時に、事前に呪文を唱えていたハルの魔法で俺達を囲むように数枚の岩壁がそそり立ち、それぞれが壁の陰に隠れる位置を取り飛び道具を防ぐ。
ミーシア達の盾と岩壁で大半の攻撃が防がれる、クソ部屋に入った瞬間に確認も無しに仕掛けてきやがった。
今の位置取りは、ミーシア達を中心に、ディフィーさんとサーレンさんが右側、俺とサミューが左側に、後方にアラとハル、トーウとりあえずは事前想定通りの隊形を取れてるか。
「照らせ」
一斉に周囲から指向性のある光がこちらに放たれる、これは龕灯かまるでサーチライトみたいだな、光が強くて向こうが見えにくい、これだとこっちから狙いにくいか。
「やはり、この程度の奇襲では仕留め切れぬか、まあ分かり切っていた事ではあるが」
この声は、いやこの手口の段階で気付くべきだったな。
「マイラス、お前か」
落ち着け、この状況は好都合だ、向こうの冒険者の実力はこの間の一戦である程度分かっている。アラやミーシアなら十分に対処できるし、俺達だけで無理だとしてもさっきの予定通り『四弦万矢』達や領軍を巻き込めば、負ける事は無いし、奴がロウ子爵領に居ると解れば周辺領土の捜索や領境の警戒も強化される。
そうなれば『鬼軍荘園』でやらかしたマイラス達を逃がしたりはしないだろう。ついでに、俺がこの領地の地方神殿経由で依頼を出せば僧兵団にも動いて貰えるだろうし。
「まあ、とりあえずこの先どうするかは、軽く当たって後は流れで行くか、ん」
こっちを囲んで照らしてくる敵集団から人影が一つ、やや短めの剣を右手に持ったままゆっくりと歩いて来る。
眩しくて解りにくいが、見た感じだと軽装だな、なんで鎧を付けていない奴が真っ先に前に出て来るんだ。え……
おい、待て、冗談だろ、なんでだ、どうなってる、なんで、アイツがそこに居るんだよ。
「ミムズ、様」
すぐ隣で呻く様な声が、聞こえるけど、俺も呻きたくなる状況だな、なんで味方の筈のアイツがあそこにいるんだよ。
「ふふふ、ああ、いい顔だ、それが見たかった、それを見る為に手を回したかいがあったと言う物だ。さてと、『虫下し』解っているか、リューン王国次期国王のお気に入り騎士に手傷を負わせ、万が一にも殺してしまえばただでは済まないぞ」
それで、ミムズは軽装をしてるってのか、俺らが下手に手を出してミムズを死なせてしまうと、問題になるって事か。だからって攻撃されたら反撃しないはずが無いだろう。
いや、それで多少なりとも俺達の攻撃が鈍れば、それでいいって事なのか、顔見知りでしかも立場のある相手ってなれば、普通の盗賊と同じ様に戦うっていうのは難しいだろうから、そのつもりが無くても無意識のうちに多少でも手が鈍る可能性が有る。そう言った隙を弓矢で狙われたら……
いや、それよりも、この状況は。
「ミムズ、お前の郎党共にもに命じろ、『虫下し』を殺しその奴隷を捕えろとな、あの位置からなら丁度いいだろう。もちろん俺達も支援してやる」
思わず、身体ごと右側を向いてしまう、シャレにならないぞ、ディフィーさん達は俺達陣形の右側を担当してる、そこが一気に無くなれば敵を防げなくなる。
それどころかこのまま防壁の中から仕掛けられたら、少し離れた俺達やアラに守られたハルはともかく、ミーシアは右側にディフィーさんとサーレンさん、すぐ左隣にプテックがいる、あの三人に挟まれたらいくらミーシアでも。
それに、この至近距離で二人の魔法を使われたらひとたまりも。
どうする、俺達から先にディフィー達に斬りかかるべきか、いやだがそうなれば、そこをマイラス達に付け込まれて一気に押し寄せられる。それに、本当に敵に回るのかもわからないのに俺達から手を出せば、対立は決定的になりかねない。
「どうしたミムズ、早くしろ、俺の言う事に従わなければならないのは、解っているだろう」
こちらに弓を向けている敵の奥からマイラスが声を掛けると、ミムズは後方を振り返ってマイラスの方を見つめ、その後俺達の方に視線を向ける。
「申し訳ありません」
ミムズが右手を自然に垂らしたまま、手首だけを動かしてゆっくりと剣先を斜めに上げていく。
やめろよ、そんな表情するの、反則だろ、そんな子供が泣くのを懸命に我慢して無理に笑ってるような顔で俺達の方を見るんじゃねえよ、戦いにくくなるじゃねえかよ。
「なぜ、こんな事になったのでしょうね」
胴体を守る様に右下から左上へと斜め上に剣先を掲げられた剣の中ほどにミムズが左手を添える。
やめてくれよ、どこのヒロイン気取りだっていうんだよ、お前は暴走するトラブルメーカーだろうが、そんな悲しそうな笑顔は似合わないんだよ。
「本当に、本当に申し訳ありません」
左手を支点にするように固定したまま、ミムズが右手を前に出して行き、それに合わせる様に剣先がミムズの胸元、大きな二つの膨らみの間、谷間を差す。
おい、まさか、こんなのは冗談だろ。
「ミムズは、不孝者です」
ミムズの両手に力が籠り、徐々に剣先が胸元へと差し込まれていく。
ふざけるな、冗談だよな。
「は、は、さ……」
背中から血に塗れた剣が中ほどまで飛び出し、力を失ったミムズが膝から崩れ落ちるように座り込む。
マイラス達の事も構わず、思わず駆けだしていた。
表情の消えた顔の中で瞼が閉じられ、目尻から数滴の涙をこぼしながら上体が徐々に後ろへと倒れていく、肩のあたりで切られた短めの金色の髪が、風に舞うようにゆっくりと広がって。
「いや、いや、いやああああ、ミムズ、ミムズ」
俺が飛び出した背後から、よく聴き慣れた声が上げる、初めて聴く悲鳴が響く。
こんなの、こんなの冗談じゃないぞ。




