421 貴族・騎士のしがらみ
~傭兵ラック~
「若様、今さら言いう事じゃねえだろうが、本当にいいんですかい、下手をすればこの場に何百人って捕り手が押し寄せるかもしれませんぜ」
なにせ今の俺らはこの地域一帯で一番重要な御尋ね者、多分賞金だって結構な額がかかってるだろうから、居場所を知らせるだけでもそれなりの金になるはずだ。
だっていうのにこのバカ様は、自分から手紙を出して俺達の居場所を伝えたっていうんだからよ。
下手すりゃそのまま、領主に通報されたっておかしくねえってと言うか、普通に考えれば通報されてるはずだってのによ。
しかも、今俺らが居るのは俺等を捕縛するよう手配しているだろう貴族達の領地のど真ん中、それも貴族連合でも主要な立場だった子爵様の御膝元だってんだから。
普通に考えれば、いつ警吏が嗅ぎつけて騎士団や領軍が殺到してくるかって、この場に居る子分どもがビビってるってのに。
なんでこのバカ様は、自首も同然の真似を仕出かして落ち着いていやがるんだ。
「心配はいらない、あの手の堅物はこう言った場合でも、いやこう言った場合だからこそ、俺が貴族として堂々としていれば、勝手にこちらの事情なり立場なりを憶測して、自分勝手に誤解する物だ。例えば俺が家の存続や貴族の体面の為に、ムルズ王国に出頭するからその取次ぎを頼もうとしているとか、自害するから見届け人となって欲しいのだろうとかな」
そういやあ、手下に届けさせた手紙には『折り入って話があるので、内々に対面したい』程度の事しか書いてなかったよな。
「勝手にそう勘違いすれば、向こうは貴族としての立場を勝手に尊重してくる。雑兵程度に捕縛され不名誉な刑死を遂げるよりも、名誉を護るために堂々とした自害をさせたい、などと思ってくれるさ。そうなれば、少なくとも俺と話が決裂するまでは領主へ通告などしないだろうさ」
そんなもんかねえ、いやそれにしたって会ってどうするってんだよ。要は、会うまではチクられねえってだけで、その場で話が付かなきゃ、あるいは次に繋げられるような何かが無けりゃそのまま領府に通報されるだけじゃねえのか。
いや、それとも呼び出す事が目的で、そのままここで仕留めるなり捕まえるなりするなりして、『虫下し』に味方しそうな相手を減らすって考えなのか。いや、あの女を捕えてこっちの手元に置ければ、子爵家との交渉のネタとして使えるかも知れねえな。
あの女の身柄や立場ってのは、場合によっちゃ外交問題に繋がりそうなもんらしいから、安全と解放を条件に子爵家と交渉できるかもしれねえか。流石に俺らの無罪放免って訳にはいかねえだろうが、『虫下し』への襲撃とその後の国外逃亡を見逃す、くらいの妥協は引き出せるかもしれねえ。
いくら強いって言っても女一人を捕縛するくらいの戦力はこの隠れ家にも居る。
お、来た見てえだな。
「手紙を頂いた時はまさかと思ったが、本当にこの街に貴殿がおられるとはなラマイ子爵。貴殿はご自分のなされた事とそれに伴う現在の立場を御自覚なされているのか、いや、それ故にこうした場を整えられたのか」
おやまあ、バカ様の言う通り勘違いしてやがるのか。
いやでも、一応は警戒しているみてえだな、手配犯とは言え身分が上の貴族様が相手の会見だっていうのに、街中とは思えねえほどキッチリ武装して来て、今も周囲を警戒していやがるし。
「その節は、世話になったな」
「貴殿が自らの罪を悔い改められ、潔くケジメを果たされるというのであれば、領主閣下へと取りなす事はやぶさかではないが」
おいおい、マジで寝ぼけた事を言いやがったよ、このバカ様がそんな殊勝な事を本気で考えるとでも思ってるのかねえ。
「そんな事をする訳がないだろう」
「では、なんの為に自分を呼び出されたのか、事と次第によってはこの場にて、貴殿を切り捨てねばならなくなりますぞ」
おうおう、そんな殺気満々の顔されちゃ、護衛としちゃ警戒しないわけにはいかねえよな。交渉するためのハッタリにしろ、バカ様に斬りかかるにしろ、そんなバレバレの顔と態度じゃ手慣れた護衛なら幾らでも防げるから怖かねえ。
こんな所は、まだまだ若いって事か。
そういや、くたばったあの赤髪の坊ちゃんの話じゃ、この姉ちゃんは11か12のガキんちょだって事だったが、そう考えりゃこんな甘い考えなのも当然か。到底そうは見えねえそそる身体をしてるんだがねえ。
とと、余計な事を考えてる場合じゃなかった、万が一にも雇い主様で俺らの命綱でもあるバカ様が斬られちゃシャレにならねえもんな。
「まあ、そう言うな、とりあえずこれを見れば『自分の立場』という物が解るだろう」
バカ様が掲げた紙を俺が取って、ゆっくりと女のほうに歩いて行く。
流石にバカ様とこの女をお互いの剣が届く距離に入らせる訳にはいかねえし、気位の高いバカ様が紙切れを渡す為だけにわざわざ自分が立ち上がって女の方へと動く訳がねえから、こうやって俺が届けるしかねえもんな。
紙を持った右手と空の左手を軽く頭上に掲げて害意が無い事を示しながら、警戒されないようゆっくりと距離を詰めてから、右手だけを下げ書類を差し出す。
なんだ、よく見りゃ随分と古くてボロくなった紙だな、渡しながら内容に軽く目を走らせると、十年以上前の売買契約書じゃねえか、こんなもんが何だっていうんだ。
「これは、奴隷の売買契約書、十三年も前の物か、貴殿がノイツ男爵家のレネル・ダレン・ノイツ殿とその直営商会を仲介人として、奴隷を売却されたようだが。相手方の名が無い、いやこれは匿名での契約を結んだのか、ん……」
真っ先に目が契約者の所に目が行った見てえだが、匿名の契約ねえ、まあ奴隷売買なんかじゃある話だよな。
聖職者なんぞの立場上、女を抱く事の出来ねえ連中なんかが内々に性奴隷を買っただとか、身分の有る御令嬢を嵌めて奴隷に落とした高位貴族なんぞが醜聞を恐れて秘密裏に買うだとか、いくらでも有るらしいからな。
まあ、そう言った場合でも完全に白紙の契約書って訳にはいかねえし、何か後で問題があった時に証明できないとまずいって事で、他人には解らねえが自分達だけは誰が契約したのか分かるような符牒や偽名を残す場合が多いそうだが。この書類がそうなのか……
「これは、この符牒は、我がリューンの、いや、だが、なぜ、こんな契約書を、待て、十三年前だと、まさか、いや、そんな、これは……」
いきなり食い入るように、契約書類を読み直したけどどうしたんだ。
あれが奴隷売買に使う契約書だってんなら、書いてあるのは金額なんかの売買条件と売っぱらう奴隷に付いてぐらいだろうによ。
それだって容姿や名前、奴隷になる前の経歴や元の家柄、スキル程度のあたりまえの物だろ、実際この位置から覗ける部分の内容もんな感じだし。
「や、やはり、この契約書は、な、なぜこの契約書を、貴殿が」
「解るだろう、そこに売り主として俺の名前も有るんだ、俺が売ったって事だ、つまりはそれまでは俺がそいつの主だった、十三年前のその日まではな」
「十三年前、と言う事は、ま、まさか貴殿、いや貴方は……」
ん、なんだいきなり呼び方を変えやがったがどうしたってんだ。
「やっと気が付いたか、解るだろう俺が何者なのか」
ゆっくりと立ち上がったバカ様が距離を詰めて、書面を睨み続けている女騎士に顔を寄せる。
やめてくれよ、敵も同然の相手の間合いにそんな無防備な姿勢で、何かあれば護衛の俺が対処しなかなんねえんだぞ。女騎士が腰の剣に手を伸ばしたとして、バカ様に斬りかかるまでに俺の今の位置から間に合うかは結構ギリギリだな。
「そんな、バカな、そんな事が、なぜ今になって、今まで何の手がかりも、よりによって、こんな」
おーおー、ずいぶん混乱してやがるが、ホントにどうしたってんだよ、こうやって横から覗いてる分じゃ匿名って他はタダの売買契約書だよな。
「理解したようだな、そうだ、俺が……」
バカ様が、金髪の隙間から覗く女騎士の耳に口を寄せて小さな声で囁いてるが、何を言ったんだよ一体。
ついこないだ俺の部下を何人も殺ってくれたおっかねえ騎士様が、真っ青と言うか真っ白な顔で、あんなに汗をかいて、今にも倒れそうじゃねえかよ。
「つ、ほ、本当に貴方、様、が、自分、の、ミムズの……」
おいおい本当にどうなってるんだよ『様』って。
「状況証拠のような物だが、この書類一枚でも解る事だろう、ああ、そうだこっちの契約書も見せておくか」
そう言ってバカ様が目の前に突き付けたのは、ほとんど同じような内容の売買契約書、いや最初のやつの半年ちょっと前か、どうやらバカ様が別な貴族から奴隷を買った物らしいが、半年ちょっとで手放したのか。
内容はほぼ同じだから、同じ奴隷を買って転売したのか、いや同じじゃねえな、スキルがかなり増えてやがるし、新品が中古、と言うか使い古しになってやがる。
いや使い古しどころじゃねえだろ、半年後に売った時の契約書の内容をよく見て見りゃ、よくもまあ、こんな性奴隷としては欠陥品ともいえそうなのがこれだけの値で売れたもんだな。
これじゃあ、しばらくの間は、少なくとも空になって引っ込むまでは使えねえ、いやそう言うのがイイって好き者も居るのか。
「日数の計算くらいは、出来るだろう。この二つの契約書の間の日付と期間、それに自分自身の事をよーく考えてみろ」
「だ、だから、あの時、あの方は、あのような行動を、そうでなければ自分は……」
「解ったのなら、俺の命令に従い、俺の言う通りに行動しろ。当然の事だよな」
いや、なにを言っちゃってるんだよ、いつ殺し合いになってもおかしくないような敵に向かってよ、バカじゃねえのかこのバカ様は。相手は、今は身分停止中で無所属だとは言え、クソ真面目で立場もある騎士様だぞ。
「しょ、承知いたしました、ご、御命令のままに」
おいおいおいおい、一体どうなってやがる、このバカ様一体どんな魔法を使いやがったんだ。
「よし、良い子だ、なら俺の求める事も解るだろう。『虫下し』のリョーを殺す、『我が家』の為にな、手伝えミムズ」
ミムズの行動の理由となるしがらみに付きましては、とりあえずしばらくは秘密と言う事で。まあ大半の方は気付いていそうな気がしますが。
次の更新は明日4月1日の17時ごろを予定しています。
また、それでストック切れになってしまうのですが、リアルの仕事の方が新年度になるのと人事異動が有りまして、その次以降の更新や感想返信が……
年度末も忙しいけれど、それよりも年度初めの方が忙しくなりそうなのは、なんでだろ。
R5年6月2日 誤字修正しました。




