419 まもなく
「よっしゃ、やっとここまで来れたな。最初この『迷宮』を攻略するって聞いた時や、大量の死体を見つけた時にはどうなるかと思ったがよ。やっとこさ、目途が立ったな『虫下し』」
ハルの造った岩盤の上に、休憩用の長椅子を始めとしたさまざまな物資が運び込まれてくるのを指示し終わった『百狼割り』が、背伸びをしながら俺の方に向き直って来るけど、確かにここまで来ればボス部屋まであと少しの筈だからな。
「ふむ、この地にあるライフェル神殿の書庫や、領府の資料室に納められていた『蠕虫洞穴』の地図を見る分ではこの先にはもうフロアボスはおらず。後は道を間違えさせしなければ、短時間でボスの下へ辿り着けますな」
フレミラウも、手元に持った数枚の紙を見比べながら保証してくれる。
「某の方から参加を希望しておきながら『迷宮』攻略に対してこのような事を言うのは不毛であろうが、確かにこの『蠕虫洞穴』が不人気迷宮と呼ばれるのも解るが気がしますな。暗くジメつき、食用にするにはやや抵抗感の有る虫の魔物ばかり」
珍しく『四弦万矢』が愚痴を履いてるけど、気持ちはわかるな、こういう地下の『迷宮』だと日光は当たらないし、湿度が高くて不快指数がね、日光に当たらないと体調を崩すから、定期的に外に出ないとならないから、攻略も進めにくいし。食事にしても大半は外から持ち込まないと行けなくて、虫系の魔物を倒して喜ぶのはトーウとミーシア、後はディフィーさん位だもんな。しかも……
「更には、カンディル・ワームと鑢蛭が居る為に、腰を下ろして休める場が限られるばかりか、ただの転倒ですら命取りになりかねぬと有らば。このような『迷宮』で『極地法』が有効なのはわかるが、やはり遅々としか進まぬのは、気がめいる物ですな」
うーん、いかにも武人って感じの『四弦万矢』でもこんなふうな感想がでて来るんじゃ、やっぱり普通の冒険者には面倒な『迷宮』って扱いになるんだろうな。ちょっと他の領地に行けば、稼げそうな別な『迷宮』が有るんだし。
稼ぎ自体も、大してなかったもんな。これまでに倒したザコモンスターやフロアボスの素材なんかも、そこそこの値段で肉や殻が子爵家の商会に売れたけど、あくまでもそこそこ程度で、自分達で使いたいってレベルの物は殆ど無かったし、『魔道具』はおろか、金目のアイテムも殆ど見つからないからさ。
「子爵閣下からの支援のおかげで、予定よりも早くここまで来れましたが、そうか、もう、これで終わりか」
ミムズが小さく呟いてるけど、なんだろう他の連中みたいにやっと面倒を終わらせる目途が立ったっていう風な感じじゃなく、終わってしまうのが残念そうな。
いや、そうだよな、考えてみればそうだろうな、この面子で行動するのはこの『迷宮攻略』が終わるまでの間なんだから。
ミムズ達が、俺達と一緒にこの迷宮の攻略に参加している理由はリューン王国騎士の身分を回復させるための条件である『迷宮の踏破』と『強力な魔道具を一定数入手して献上』するため。
一つ目の『迷宮の踏破』の方は、この『蠕虫洞穴』を『鎮静化』すれば達成できるが、『魔道具』の方は、俺が以前にパルスに売った分や、この間の『鎮圧戦』でプテックなんかが手に入れた分でもまだ足りないらしいから、ミムズ達はこれが終われば俺達と別れて『魔道具』が見つかりそうな『迷宮』に向かう事になるだろう。
俺達にしたって、今この『迷宮』を攻略してるのはカミヤさんから依頼を受けている、ムルズ王国王女護衛の開始までの繋ぎみたいなもので、その間ラッテル領でのんびりしてると怪しまれるからって理由だからな。
カミヤさんからの依頼は、神殿とムルズ王国で始まりかけてる戦争に向けて、ライフェル神殿との交渉窓口を作ろうとする王女を妨害しようとする主戦派や、あるいは王女暗殺を神殿側の責任としてムルズ側の正当性を周辺諸国へ主張する大義名分としたい過激派の刺客をどうにかする事だけどさ。
可能ならムルズ王国や王女達のチョンボを誘い出すなり見つけるなりして、ライフェル神殿側がムルズ王国に仕掛ける大義名分になりそうなネタを確保するっていうのがな。
普通に考えて元営業職のサラリーマンにさせる事じゃないよね、難易度や重要で行っても大規模開発プロジェクト案件を取って来るなんてのは比じゃないよね。
まあ、そんな政治的にも色々と面倒そうな依頼だからカミヤさんや神殿の許可なしに部外者を同行させるなんて事は出来ないもんな。まして、ミムズ達は身分停止中とはいえリューン王族の側近だ、こういう状況で俺達と一緒に行動していればリューン王国もムルズ王国に敵対したという風に取られたら、大問題だろうからさ。
これ以降二度と会わないって訳じゃないだろうけど、少なくともこの『迷宮攻略』が終わったら、この面子は解散してミムズ達とも完全に別行動って事になるか。こんな広くて、なのに情報ネットワークの少ない世界で、一度別れた人間ともう一度会える可能性って、どの位なんだろうか。
カミヤさん達や、『百狼割り』みたいに本拠地がはっきりわかっていたり、フレミラウやラッドみたいに神殿を通せば連絡が取れそうな連中とは違って、ミムズ達は何時リューン王国に帰れるようになるか分からないし、リューン王国はここからかなり離れてるらしいから。下手をすれば本当にこれが今生の別れになる可能性も……
本当にこのままで……
「御主人様、どうかなされましたか」
思わず視線を向けていたサミューが、俺に見られていた事に気が付いて問いかけて来る。
「いや、なんでもない、気にするな。それより周辺の警戒を続けてくれ、ここまで深い場所ならどこに魔物が居てもおかしくはない。これから数日はこの辺りの魔物を排除して、ボス部屋へ移動するまでの不安要素を減らすんだしな」
「そうですか、ですがお疲れのように見えますが、それに最近は……」
「何でもないと言っているだろ」
ああダメだ、あれから、サミューとうまく話をする事ができない。何か言おうとしてもうまく言葉が出て来なかったり、余計な事を口にしそうになったり。変にイライラしてしまってぶっきらぼうな口調になりかけたり。
こんなんじゃだめだって、解ってるのにどうしても意識してしまう。サミューの顔を見て声を聴いていると、どうしても、どうしても、その事ばかりが頭に浮かんできて、そんな事を口にしてはいけないと思いながらも、その言葉が出て来そうになってしまう。
「解りました、ミーシアちゃんとアラちゃんとで周辺の様子を見てきます」
サミュー達と同じ様に、ミムズ達や『四弦万矢』、フレミラウ等も、それぞれのメンバーで集まりながら設営出来たばかりの休憩所から離れていく、『百狼割り』達もまだ運びこばなきゃならない物資が有るから、輸送の為に迷宮の入り口に戻ろうとしている。
この場に残るのは、地面に敷いた岩盤を作るために魔法を連発して、今は休憩中のハルと、その護衛の為に残っている俺とトーウだけ。まあ、ある程度休んだら俺達も周辺の魔物掃除に行ってある程度魔物を削ったら、主要な戦力は一度外に戻って少し町で休暇を取る事になってるけど。
もしかしたら、その時に話をする事も有るのかもな。
「あの、旦那様、少々よろしいでしょうか」
「ん、トーウどうしたんだ」
「申し訳ありません、旦那様の『アイテムボックス』に入っております、イナゴの死骸を頂ければと」
イナゴって、多分ジャイアント・ホッパーの死骸の事だろうな。ここに来るまでの間もそれなりに倒したけど、死骸をルート上に放置しておくと他の魔物を呼ぶからってんで、魔物の死骸ならいくらでも入る俺の『アイテムボックス』に纏めて入れて、後で適当な場所で魔物を集める囮にするか、それとも商会に二束三文で売るかってつもりだったけど、ここでトーウのおやつにしても良いか。
「腹が減ったのか」
よく考えてみれば、結構な距離を休みなしで歩いて来たしな。他の連中もよく平気で戦いにいけたな、うちの子達は成長期だからお腹がするのも早いんだよね。いや、それはミムズ達も一緒か。
「もちろんそれも有りますが、今のうちに他の方達の為に軽食を用意しようかと思いまして、イナゴでありましてもしっかりと調理して見た目を何とかいたしますれば、食べる事への抵抗も減るでしょうから。このトーウ、こと虫の食べ方に関しましては、この攻略に参加なされている何方よりも手慣れていると自負しておりますれば」
いやな自負だなそれは。まあでも、うちの子達はトーウの薫陶を受けてか、『迷宮』内であれば、種類にもよるけど虫を食べるのにあんまり抵抗が無いみたいだし、ミムズ達も確か陣中とかでならゲテモノも有りみたいなことを言ってたか。フレミラウは俺と一緒で生臭はダメだし、『四弦万矢』達が虫を食べるかはわからないけど、まあ食わなきゃ食わないで、残ったのはディフィーさんやミーシアが食べるか。
「解った、何体か出しておこう。後は食器も必要になるか、ちょっと待っててくれ」
みんなの『アイテムボックス』には、それぞれ自分の分の食器や日用品しか入ってないからね。容量の関係上、一番物が入る俺の『アイテムボックス』に予備の食器なんかは入れてるから。
岩盤の上に、適当に出した幾つかの食器とジャイアント・ホッパーの死骸を四つ並べる。ん、あれ、死骸が動いて、いやこれは……
「旦那様、ご注意くださいませ、来ます」
「全く、前もこんな事が無かったかしら、まあ寄生虫はこういう状態でなければ姿を現さないでしょうから、それ以外では死骸を切り開いてみなければ解らないのでしょうけれど」
床に置いたジャイアント・ホッパーの死骸の一つから細長い魔物が這い出して来る。
オオハリガネムシ LV11
身体スキル 陸上適応 昆虫寄生 宿主洗脳
技能スキル 水泳
特殊スキル アイテムボックス侵入
武器を構える俺達を威嚇するかのように、オオハリガネムシがのたうって他の死骸を弾き飛ばすが、トーウと俺は飛び上がってそれを避け、一気に距離を詰めてそれぞれ短剣と爪を振るう。
「仕留めました」
「よくやったトーウ」
俺の斬撃をオオハリガネムシが避けた所に、トーウが合わせてくれたおかげで細長い身体が、いくつもの輪切りに分断される。
「旦那様のお褒めに預かり、ああ、申し訳ございません、このトーウ不覚を取りました、もっと早く対応していれば」
急に顔色を変えたトーウが視線を落とす先にあるのは、真っ二つに割れた木製のカップ。俺が普段使ってるものじゃない、見た感じだと大量生産した安物だが、だからこそこれは不味い。俺の見覚えのない器って事は、これは多分……
「これは、攻略開始前の乾杯で使った物でしょうね。誰のかはわかりませんけれど」
ハルが割れた欠片を拾って、俺と同じ考えを口にするけどやっぱり誰のかまでは覚えてないか。
「何しろああいった時に使うのは、とりあえず数を用意できるように安物をまとめ買いした物でしょうから、特徴も特にありませんし、大抵は乾杯の後にすぐにしまってしまいますから」
うーん、これって不味くないのかな。だってこれゲン担ぎだよね、これが壊れるっていうのは洒落にならないんじゃ。
「まあ、これはこのまま黙っておきましょうか」
え、ハルさん、いきなり何を言っちゃってるの。そんな隠蔽みたいな事を……
「どうせ、リョーに預けた本人ですら、自分の器がどんなであったのかなんて覚えていませんわ。要は、全員が生き残って、祝勝会の時に器が人数分揃っていればいいんですもの。街に行った時にでもこの破片と似たような物を買ってすり替えておけばいいだけですわ」
いやそれって、不味くないのか、後でそれがバレた時とかに信用問題になるんじゃ。
「所詮は、冒険者や傭兵が行うゲン担ぎ、おまじない程度のもの。いいえ実態は、酒を振る舞うための口実として始まったような習慣ですもの、よほど迷信深い者でもなければ実際には器が砕けたとしても大して気にはしませんわ。一方で迷信深い相手にこんな事を伝えたりしましたら、逆に不安になって思わぬ失敗に繋がりかねませんもの、実害がない以上は黙って無かった事にするのが一番でしてよ。幸いここに居るのはリョーとわたくし達奴隷だけ、この事が漏れる心配は有りませんわ」
えええ、良いのかよそれ、いやでも確かにせっかく順調に攻略が進んでる状況に水を差す方が問題なのか。まあ、何かあってもこの間、神殿経由でカミヤさんから『馬のふん』を追加で幾つか貰えたし、それを使えばいいかな。
R5年6月2日 誤字修正しました。




