412 その頃の2
~フレミラウ~
「師父、何とか捕えられましたね」
キリアが満足げな顔で、捕えたゴブリンを縛り上げていますが、そこまで厳重に縛らなくともよいのですがね。
「それにしても、リョー殿に追い込まれて逃げてからあまり日数が経っていないのに、もうこんなに手勢を集めていたなんて」
キリアに合わせて周囲を見回せば、先ほどの戦闘で倒し四肢の筋骨を断って生け捕りにした無数のゴブリンが呻いています。
「ふふ、ほんとうにありがとうね。あたしの為にこんなに一杯『遊び相手』を集めてくれるなんて」
まったくこの弟子は、変わりませんね。そんな事だから『臓華師』のミカミ等と不名誉な二つ名で呼ばれていると言いますのに。
「キリア、この場に居るゴブリンは貴女の玩具ではありませんよ、ライフェル神に仕える武僧である拙僧とその弟子である貴女が捕えたこれらは全て、ライフェル神殿に納められるべき獲物、出来るだけ多くのゴブリン・ソルジャーを生きたまま、かつ秘密裏に神殿の手勢に渡し、猊下の御許へ届けてもらわねばならぬのですよ」
「解ってますわ師父、この『迷宮』独特の変異種ゴブリンを調べる事で、これからの『迷宮』管理に生かしていくのでしょう」
残念そうにキリアが足元のゴブリン・マーシャルを見下ろしますが、間違ってもその一体だけは死なせる訳にはいかないのですが、マーシャルの重要性をキリアには話せないのがもどかしい物ですね。
勇者リョー様との戦闘に置いて、マーシャルはかなりの代償を払いほんの僅かな距離であったとは言え『転移』スキル、それも追い込まれた末の止めの一撃を避けるという、溜めや事前用意の出来ないであろうとっさの『転移』を行ったのですから。
神官長猊下の血を引く者達から選抜され、トレンの姓を名乗る事を許された者の中でも『転移』スキルを使える者はごく僅か。
更にその中でそれなりの距離を跳ぶ事が出来て、実用に耐えられるとまで言われるのは長いライフェル教の歴史の中で数えても、師爺を筆頭とする僅か数名のみ。
それらの方々には『不老』のスキルも受け継がれた事で、現在も第一線で活躍されている方もいらっしゃるが、人数は少なく、更に実用に耐えるとは言えその距離は猊下のそれに比べてはるかに短いものでしかなく、いまだ『転移』に置いて猊下の代理を務められる者はおりません。
猊下にしても、『転移』には様々な条件や準備、制約が有られるとの事。
だからこそ、猊下やその子孫たちが使う物とは別の方式であろう『転移』スキルを使うゴブリン・マーシャルの存在は、今有るスキル保有者の『転移』を発展させる上でも、より優秀な『転移』スキル保持者を産み出す上でも重要な、研究材料や種となりうる。
何よりも『転移』スキルをライフェル神殿以外の勢力が使える様になる事を防ぐためにも、その手がかりとなりうるマーシャルは全ての勢力に先んじて神殿で確保し、何人にも渡す訳にはいかないのですから。
だと言うのにこの弟子は。
「解ってはいるんですよ、解ってはいるんですけど、せっかくこの『迷宮』独特の変異種、それも『活性化』の時にしか出現が確認されていない『迷宮』ボス級の希少な魔物、しかも人型だなんて、こんな珍種これから先またお目にかかる事が出来るかどうか解らないんですよ。この太々しい顔がどう歪むか、どんな声で啼くか、お腹の中の臓物がどんな色をしているのか、師父は気にならないのですか、まったく、これっぽっちもですか」
重要性は解らなくても希少性は解っているからこそキリアは気になるのでしょうね。
確かに高位種や変異種になる事で体内にどのような変化が起こっているのか、最下級の雑魚とまで言われる事の有るただのゴブリンからソルジャーを経て、無数の段階を踏みながら、これほどの個体にまで至るそれぞれの過程を解剖して比べれば、なにが魔物の変異を促しているのかを見つける事が出来るかもしれませんね。
そうすれば、それをテイムされた魔物の強化に、いいえもしかすれば人に応用する事すら可能かもしれません。
まあ、キリアの場合は学術的な目的や好奇心よりも、嗜虐的な目的が第一なのでしょうけれど。
「殺しは致しません、せめて、先っぽだけでも、先ほどの戦闘で折った手足の骨折部分より先の手首や足首の辺りだけでしたら無くなっても命にはかかわりませんでしょうし、すぐに回復魔法を掛ければ障害も許容範囲に留められます。師父がそこの血痕の数を数えている間に全て終わりますから。マーシャルがダメなのですか、それなら別な上位種ゴブリンではいかがですか、マーシャルに見せつけながらその表情を眺めて解体ができましたら、この火照った躰も少しは落ち着くのかと思うのですが」
まるで情交を迫るかのような熱の篭ったキリアの言葉を、片手を挙げて止めます。
「キリア、もう一度言います、ここで捕えたゴブリンの全てはライフェル神殿に納められるべきもの、戦闘中ならばともかく、こうして捕えた後は拙僧や貴女の一存でどうにかしてよい物ではないのですよ」
あの、『緋狐』のコンナが、カーネルをテイムした以上その配下にする上位種ゴブリンも必要でしょうし、他の者も上位のゴブリンをテイム出来ないか試す事になるでしょうから数が必要になります。それに、ここで浪費出来る様な時間も有りませんし。
「狼煙を上げてれば、すぐにでも師爺が手配し『迷宮』内に潜入させた要員がゴブリンを回収に来ます。彼らの引き渡し次第すぐに移動を開始しなければ、師爺に指示された時機を逸する事となりかねません」
「解ってますわ、御命令が第一ですよね」
目に見えて、キリアの表情が曇りますが師弟の関係は君臣、親子と同じく絶対の物とされていますから、流石に師命に背いたりはしませんか。
先ほど頂いたご指示ではリョー殿の居る場所へ明後日の昼前までに移動するようにとの事でしたし、リョー殿を始めとする他の方々の行動もそれに合わせる様に以前から誘導していたようですから。
時間が無かったため詳しい内容は聴いていませんが、師爺がそれほど重要視するとなれば、おそらくは……
「向こうでは、戦闘に、それも必ず仕留めるべき罪人との戦いになります。貴方にとってはどれほど強い魔物よりも、弱くとも人を相手にした方が良いのでしょう」
拙僧としても、『点穴』はまず人に使える物とせねばならぬのですから、鬼よりも人を相手にした方が良いですし。
「師父、それは素晴らしい、あと数日我慢すればよろしいのですね」
「明後日の昼までですから、おとなしくしていなさい」
まったく、落ち込んだばかりだというのに打って変わって、このように顔を上気させて、これがもう少し殺伐としない目的でならよかったのですが。
「御意、ところで師父、一つ質問をしてよろしいでしょうか」
「どうしましたか」
「師父に御指示を下された『大師父』とは一体何方の事なのでしょうか、師父は何かの指示が記された書状を受け取られたようなご様子でしたが、弟子が気が付いた時にはお姿はなく」
ああ、そうでしたねキリアには師爺の事は伝えていませんでしたね。ここ最近は何度も尊顔を拝する事が出来ましたが、師爺の事は極秘とされていますし、何より御本人が神殿の所属として扱われる事を望まれていないですから。
「そうですね、修行を積み、認められればいつかは、師爺の事を知らせる日が来るかもしれませんね」
~傭兵ラック~
「兄貴、後始末と戦利品の回収が終わりました」
仕留めた魔物の死骸から毒を集めてた連中がやって来るが、思ったよか速かったな。
「んで何人やられた」
「死人が四、毒が回って動けないのが三、こいつらはもう助からねんで、本隊が動く時にでもサクッと片付けちまおう。毒の当たらなかった怪我人は何人かいるが、まあ大した事はねえ、戦闘に問題はないだろさ」
「七人か、思ったよかヤられたな。外に残してきた連中を代わりに連れて来るって訳にもいかねえしな」
「そりゃ無理ってもんですぜラックの旦那、あっしがお売りした枠は60人分だけですからねえ。追加で人を『迷宮』に入れるってんなら、あらためて別な枠を買っていただかねえと。もちろんご要望でしたらすぐにでも手配いたしやすが、今回は多少値が張るかもしれやせんね」
耳無し兎の奴が、いやな顔で笑ってきやがるが吹っ掛けてくるつもりか、とは言え今更呼び込めたって襲撃には間に合わねえだろうし、まあ50人以上も居りゃあ戦力としちゃ十分か。
たっく、有利な地形を選んでたっぷり罠を仕掛けた上で待ち伏せて、そこに囮で誘い込んだ一方的な奇襲戦だったてのにここまで被害を出すたあ、それだけゴブリン共の毒が強かったって事か。
風上を抑えてたから毒霧は防げたが、ゴブリン共が苦し紛れに投げてきた武器に掠っただけで、ああも簡単にやられちまうとはな。
「まあ、それだけ強力な毒が手に入ったんだ、これで明後日の襲撃も上手く行くだろうがよ」
「あっしの言ったとおりでしょう、この毒がありゃあ戦闘に関しちゃ怖いものなしですぜ。何より、コイツを手土産にすりゃ例の『薬師』様の覚えも、ね」
防衛戦で激戦区に送られちまったせいで、ゴブリン共に弓職を削られちまったから、不安のある遠距離戦には毒を塗った投擲ってのが有効になるだろうしな。しかしコイツ、もう『薬師』に胡麻をする事まで考えてやがったのか。
「解ってると思うが、テメエに教えた伝手を使わせるのはこの仕事が終わってからだ。テメエだってただ単に紹介されただけよりは、『虫下し』を仕留めるのに一役買ったって言う手柄が付いた方が良いだろう」
「もちろんでさあ、だからこそこうして色々とタダで情報をお教えしてるんですからね。『虫下し』は先日お伝えした通り、狩の効率を上げるためにパーティーを分散させて今は四人だけで行動してやすし、今頃はオーガのでけえ群れと戦闘してて疲労もたまってるでしょうさ」
「ああ、その戦闘を終えて引き上げる所を、待ち伏せるって話だったな」
「へい、明後日の昼頃にはこの辺りを通る予定になってやすんで、そこを狙って頂けりゃあ間違いありやせんぜ、その為の商品も用意いたしやしたし」
確かにな、コイツは毒を使うのに向いた、小型の手投げ矢や棘礫なんぞの投擲武器を大量に用意してくれたし、なにより。
「まさか、雷撃の『魔骨弾』まで用意してるとはな」
「へい、聞いた話じゃ『蝙蝠の館』でこいつを使って虫下しのパーティーを追い込んだんでしょ」
「そこまで調べてるのかよ、確かにこいつがありゃ獣人がデケエ『獣態』に代わっても怖くはねえ」
あの時は、奇襲でこいつを投げ込んで女共を纏めて捕えたんだよな。
最初に使いきっちまったから『虫下し』に効くかはわからねえが、それ以外の女共はあのサミューとか言う若様の使い古しを除けば有効だってのは実証済みだ。あの女は『電撃耐性』が有るらしいが、今はいねえようだからな。
「あっしが今回用意したもんもそうですが、毒用の投擲武器は小ぶりなのが多いですからねえ、高レベル獣人が変身すると厚いく堅い毛や鱗のせいで、全く傷を付けられねえんで毒が体に入らねえなんて事も有り得やすが、そっちは雷撃で痺らしちまえばいい事でさあ。残りの連中は服の上に最低限の防具を付けてる程度ですんで、ちょいと刺さればそれで十分な毒付の攻撃にゃ恰好の相手ですぜ、こんなちっちゃな棘礫でも、『服の下の肌に刺さる』程度なら十分でしょうし、ちっちぇい分、投擲に慣れてねえ御方でも扱いやすいですぜ」
まあな、『大きい飛び道具に毒は無し、小さい飛び道具に毒は有り』なんて言葉も有るが、それ自体の威力がデカくて当たれば十分な殺傷能力を期待できる武器にわざわざ毒を塗る奴はそうそう居ねえ。
一方で小せえ武器は、コイツの言う通り威力はねえが毒を塗れば、後は少しでも傷を付けられればいいんだし、軽くて使いやすい分だけ下手くそでも簡単に投げれるし、大量に運んで大量に投げられる。
手練れだろうと一気に投げられた数十個の礫を、一つも掠らせずに捌くななんてマネが出来る訳がねえ。
「厄介な獣人を雷撃で痺れさせ、『虫下し』が雷撃を耐えても毒で仕留める。この方針でいいですか、子爵様」
奥の方でのんびり寛いでいた、バカ様がつまらなそうにうなずいた後で、何かを思いついたかのよう笑顔を浮かべてこちらに目線を向けてきやがる。
「ああ、それで構わない。だが、奴の奴隷はガキ以外生かして捕まえてくれ、そのうち『首輪』に絞殺されるだろうが、それまでは精々楽しみたいからな。それとリューン王国とはもめたくない、騎士のミムズ・ラーストとその従者は死なないように気をつけてくれ」
人数制限のある『迷宮』入りのせいで、戦力になる連中を優先して連れて来たからな。玩具にする奴隷も、適当に襲えそうな行きずりの冒険者も居ねえせえで、バカ様は色々溜まってそうだな。
女の部下に手を出される前に発散させとかねえと。
そんなバカ様の要望に応えるのにも、この作戦は丁度いいか。
今『虫下し』と居るので生け捕り予定なのはどっちも獣人で『魔骨弾』で痺れさせればいいし、残りの『虫下し』とガキは毒で仕留めて問題ねえ。
後は捕えた鰐の獣人をネタにして騎士様には御引き取りいただいて、残りの奴隷は『虫下し』の死体を見せれば『懲罰』が働くからまともに戦えなくなるだろうから、そのままバカ様に任せりゃいい。
「あいよ、そんじゃあ、移動を始めるとするか」
「さてと、これであの御方に指示された根回しは十分でさあね。旦那、万が一にも負けるとは思えやせんが、問題はどう戦うかじゃなく、旦那がどう判断なさってどう行動なさるかですぜ。それ次第じゃもしかしやすと、誰かを失う事になるかもしれやせんぜ……」
一応の補足として
『師爺』自分の師父の師父、師弟関係を家族に見立てた場合の祖父の関係。
『大師父』自分の師父の師爺、あるいは師爺の師父、家族に見立てた場合の曽祖父。
次回は15日の更新を予定しています。
H31年3月10日 誤字修正しました。
R5年6月1日 誤字修正しました。




