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411 その頃の1

~ハル~

「しかし、これはひどい物だな」


 ミムズが周囲を見回しながら呟きますけれど、確かにこれは非常識ですわね。変異種のゴブリン・ソルジャーが陣取っているという一画をこの人数で攻めて、ゴブリンの大半を排除し制圧した結果が『魔道具』や希少な採集品ではなく、こんな非常識な光景では話になりませんわね。


「これは……」


 あら、サミューが口元を抑えて気持ち悪そうにしているだなんて、珍しいですわね。


 彼女は胆力が有って恐怖には強い物と思っていましたけれど、仲間が危険にさらされている時等であれば取り乱す事も時折有りますが、自分が魔物に襲われて命に関わりそうな場合でありましても落ち着いていたりしますのに。


 よく見ましたら、小刻みに震えてもいますけれど、大丈夫かしら。


「サミュー、大丈夫かしら、ここは空気が悪いですわね少し風を起こして臭いを飛ばしますわ」


「すいません、ハルさん」


「ううう、お願いしますよー、これじゃあサーレンの鼻が曲がっちゃいます」


「酷い、屍臭」


 確かにこの状況は嗅覚の強い獣人にはきついかもしれませんわね、ミーシアを連れて来なくて正解でしたわ。


 ああ、でもあの水生爬虫類が居たら喜んだかもしれませんわね。確か鰐は腐肉を好むので仕留めた獲物を水底で腐らせてから食べると聞いたことが有りますし。


「行きますわよ『涼風』、ふう、これで少しはましになりましたわ。まだ気になるようでしたら貴方もこれを使って鼻を覆ってはいかがかしら」


 以前にリョーから預かっていた『聖馬の浄化水』を、水で薄め手巾に振りかけてから鼻に当てますと、浄化効果のおかげで悪臭を消せますから。


「騎士様方も、もしも御嫌でなければどうかお使いくださいませ」


「これは、まさかライワ伯爵領の浄化水か、『黄金水』とまで呼ばれる程の高価なものだが良いのか」


下僕わたくしどもの裁量にて自由に使うよう、主から与えられた品でございますれば、どうかお気になさらずお使いくださいませ」


 流石にこの状況でわたくしとサミューだけがこれを使って、騎士達を放置するという訳にはいきませんものね。


「そうか、ありがたく使わせて頂こう。感謝する」


「その言葉はどうか、我が主に後日お伝えくださいませ」


「騎士様、もしよろしければこちらも混ぜてお使いください、わたしの調整しました香油です」


「香油か、よい、よい香りだ…… すまないが、この瓶ごと頂いても良いだろうか、普段であればディフィーが用意してくれるのだが、今は別行動中でな」


「……どうぞ、御随意に」


 ミムズ達がわたくしの差し出した『聖馬の浄化水』をサミューの香油と混ぜ手巾にかけて顔に巻き付けているのを横目に、この中で唯一悪臭を気にせずに動き回っているトーウの方へと視線を向けますと、平然とゴブリンの死骸を漁っていましたわ。本当に元貴族令嬢なのかと思わずにはいられない非常識っぷりですわ。


「ございました、このゴブリン・メディックも回復薬をもっておりました、まあ、あちらにも」


 まるで火事場泥棒の様に細い身体には似合わない大きな布袋を担いで、『アイテムボックス』に入りきらない戦利品を回収していますけれど、薬類を中心に集めて、怪我もしていませんのに時折つまみ食いのように口にしているところを見ると、以前わたくしに話してた、スキルで毒と同じ様に薬を創れるようになりたいという目標を諦めていないようですわね。


「それにしても、なぜこの匂いの中で普通に動き回れるのかしら」


 そう言えば以前にリョーやあの子から聞いたラッテル家の過去の話では、『毒耐性』が有る領主一族や分家の騎士達等は、他家の残飯等を回収した中からあえて腐敗した物を選んで食べ、そうでない物を耐性の無い領民等に分けていたと聞きましたから、その経験でこういった匂いにも慣れているという事なのかしら。


 いえ、そろそろ現実逃避するのも止めにした方が良いですわね、万が一にも無事な鬼が隠れでもしていましたら危険ですもの。


 今まであえて視界に入らないようにしていた方向へ視線を向けると、すぐに嫌悪感と悪寒が沸き上がってまいりますわ。


「大半が魔物とは言え惨い光景だな」


 わたくしと同じ様にあちらへ視線を向けていたミムズの呟きに思わずうなずいてしまいます。わたくし達の前に並んでいるのは、地面に突き立てられた無数の丸太と、それにくくり付けられた無数の鬼の死骸。


「あの惨状は、まさかスキルの実験台、いや熟練度を上げるための練習台にしたのか。同族のゴブリンも混じっているというのに」


 おそらくはミムズの予想通りなのでしょうね、比較的腐敗の少ない死骸の状況を見れば、生前に回復させたと思わしき傷跡が全身に有りますから、捕えた魔物をスキルで攻撃し、治し、また攻撃すると言った反復でスキルを成長させたのでしょうね。


「戦闘や実戦形式の訓練で鍛えるのではなく、捕えられ抵抗の出来ない相手で何て、非常識を通り越して悪趣味ですわね」


 腐敗の激しい古い死体の中には、冒険者の死体と思わしき物も有りますし。


「姉さま、これから、どう、するの」


「そうだな、毒スキルを使うゴブリンとの戦闘で『毒耐性』の熟練度を上げる事も出来た。毒への対処が難しいであろう後続の冒険者や騎士達の脅威になるであろう、毒を多用する集団の排除も行えた。この場へ来た目的を達成した以上は、ある程度の採集を終え次第リョー殿と合流すべきであろうが、その前にこの場を徹底的に焼却しておくべきであろうな。この状況では疫病や屍毒が発生しかねない、それにこのようなおぞましい魔物が、悪意の有る者にテイムされ悪用されるような事となっては目も当てられぬ」


 確かにそうですわね、スキル自体も脅威ですけれどこんな行動を取れるような魔物を放置する事も、何者かに利用される事も避けるべきでしょうね。


 わたくし達の場合でしたら、『毒耐性』の有るミムズやトーウ達が前面に出て戦い、耐性の無いわたくしとサーレンは後方に控えて、毒霧を風の魔法で、毒矢を岩壁で防ぐことで対応できましたけれど、事前の知識や対応できるスキルを持った戦力が無ければ、それこそちょっとした町でもこの変異種ゴブリンの小集団で全滅させられかねませんもの。


「サーレン取りあえず、こちらの磔にされた死体の焼却をまず行ってくれ、その後でトーウど、いやトーウの行っている薬の回収が終わった場所から順次焼却する。そちらの二人は、プテックと共に周辺を捜索し逃げたゴブリンがいないか探してもらいたい、自分はこの場で隠れているゴブリンを探そう」


「わか、った」


「解りましたー、燃やしちゃいますよー」


「承知いたしました」


 指示を受けて、それぞれの役割を果たす為にばらけだしたわたくしの背後から、小さな呟きが聞こえましたわね。


「しかし、事前の予測より少し鬼が少ない気もするな、幾つかの地点を拠点としていた毒スキルを持つゴブリンがこの場に集結しているという話だったはずだが。まあいい、これからの事も有るし、できるだけ早くこの場をかたづけてリョー殿と合流しなければな」


 そうですわね、この場の処理を終わらせるまでの時間と、リョー達がいるであろう場所までの移動を考えれば、合流するのは明後日の昼前位かしら。






~四弦万矢~

「そこですぞ、カテン卿」


「はい、えええあああ」


 某の弓でかしらと思わしき個体と側近数体を仕留め、群れが壊乱したところへピリム・カテン卿とミレン様がそれぞれの獲物を携えて、一気に距離を詰められ、それぞれ数体づつのコボルトに当たるが。


「ふむ、この爺の予想よりもキテシュ殿は多く鬼を残したようだが、はてさて、御嬢はともかくカテン家の次期殿は、これを越えられるか否か」


 デボラン老があたかも宝石に値を付けているかのような声音で述べられるが、老がこのように述べられるという事は楽しまれておられるのか。


「老の御言葉通り多勢に無勢、レベル差もさほどありませぬが、スキルを使えば勝てぬ相手ではござらぬ。カテン卿はこの短期間で十分な実戦経験を積まれて居られれば、落ち着いて当たられれば十分対処可能でありましょうぞ。この程度の困難は自力で乗り越えられるように成られねば、御家の復興など到底望むべくも有るまい。浪人となった騎士が何処かの御家に仕官しようとするので有らば、よほどの武勲が立てられるように強く成られねば」


「実戦のみで鍛えようとは『四弦万矢』殿は御厳しい、爺ならば戦いの始まる時点ですでに勝っているよう、さもなくばそもそも戦わずに事を済ますなり、負けても少ない被害で収める方法をこそ教えるところであるが」


 確かにそれが出来ればよいが、その為にはよほどの経験と十分な手回しが出来るだけの力が必要となろう、だが今のカテン卿ではそれはかなわぬ事であろうから。


「老、それは用兵を行う側、多くの家臣を抱え指揮を執る貴族の立場にある方や、君主から指揮権を与えらる重臣にこそ必要な考えでありましょう。数名の家人のみを連れ、主に命じられるままに戦わねばならぬ騎士はまずつわものであらねば、弱ければそもそも生き延びる事すら難しくなりましょうぞ」


 より有利に戦える状況を作りあげる事は確かに重要ではあるが、それが出来ぬ事態などいくらでも有りうる。例え敵中に孤立しようとも独力で突破できるようでなくば。


 とは言えある程度の判断力や、戦うべきではない相手を見極める知恵も必要ではあるか。


「はあ、はあ、はあ、『四弦万矢』殿、終わりました」


 ミレン様に大分遅れてカテン卿が最後のコボルトに止めを刺されたが、それほど危なげなく勝たれたか。


「お見事で有られたカテン卿、以前と比べ見違えるような御成長、お父上も草葉の陰で喜ばれておりましょうぞ」


「キテシュ卿、手前は強くなれているのでしょうか、より強くなる事も出来るのでありましょうか」


 期待するように見上げて来る目に、微かに不安を覚えながらも、しっかりと頷き返す。


「嘘偽りではなく、卿は御強くなられておられる。このまま成長なされれば御家の再興に向けた弾みとなりましょうぞ」


「より強くなれれば、いつかは、いつの日かは……」


「カテン卿、騎士は御家の為には忍ばねばならぬ事もあると学ばれよ。信義とは忠義や孝行と同じく重き物、家名と誇りにかけて交わした約定を違える事は、御家の名に、ひいては父祖の名誉にも泥を塗る事となりましょうぞ」


 何かを期待するかのような声を、途中で止める。


「卿の御心内は承知致しておりまするが、御家再興の事こそ第一と考えられよ。卿は一家を率いられる当主となられるので有らば、何が肝心であるのかをお考え召され。卿が名を上げられ、ライワ伯の許しを得、晴れて御父上の不名誉を雪がれる事、更に家門を盛り立てて次代へとつなげていく事、それこそが何よりの孝行、何よりの供養と心得られよ」


「解っております、解ってはおるのです。申し訳ありません、他に鬼がいないか周囲を偵察したく、御許可を頂けますでしょうか」


「あまり遠くまで行かれませぬよう」


「承知いたしました」


 一礼し離れていく背中の向く方へ視線を凝らし、魔物の姿が有らぬか確認する某にデボラン老とミレン様が寄ってこられる。


「この短期間では、やはり次期殿は吹っ切れてはいないか、周辺の探索などわざわざ歩き回らずともこの爺の魔法で十分済むと解って居ろうに」


「一人になりたい事も有るのかと、あのような御年で抱えるには事態が重すぎましょう。浪々の身となり苦労なされている中で敬愛していたお父上を亡くされ、更にその理由があのような物だと突然突き付けられる事となれば。たとえ頭で理解する事は出来ましょうが、心が納得するには、まだ日数が必要となるものかと」


 ミレン様の言われる通りであろうな、浪々の苦労、親の急死、次期当主としての責任、そして親が罪人であったという事、そのどれか一つであってもまだ年端もいかぬ少女が受容するには難しく、長い日数をかけ徐々に受け入れていくべき物であろうからな。


「本来であれば騎士の家の家中に有る者にとっては、親や家長への孝行は騎士が君主に対して誓う忠義と同じく絶対であるべき物。まして何処の家にも仕えていない浪々の身ではその家だけが拠り所となる。君主に使える騎士とは違い、忠義を立てる為に家の仇を忘れるという名目も立てられぬ」


 かつての『勇者』が語られた言葉に『忠ならんとすれば孝ならず、孝ならんとすれば忠ならず』と有ったと聞くが、今のカテン卿はその板挟みとなることすら出来ぬか。


「難しいですね国や地域によっては、親の仇を討たぬ事は『親殺し』と同等の重罪とされるほどの大事ですから」


『親殺し』を始めとする『尊属殺』は、大半の国では、大逆罪に次ぐ重罪とされ、よほどの事情があれば、良くて当人が死罪、そうでなければ主要な者が死罪となった上で御家取り潰し、類縁は追放となるほどの重罪、カテン卿の母国がどうかは解らぬが、それと同等と見なされるような地域であれば、禁忌として教え込まれていてもおかしくはない。


 それほどでなくとも、大半の地では仇を取らぬのは不孝とされ、騎士の家に生まれたのならば幼き頃から忠孝の大切さを教わる物。


「仇を憎むのも孝行の為ならば、仇を忘れて家を守るのも孝行の為、どちらも亡き親の為であるがゆえにより難しいのかもしれぬ」


 だがあのままで居れば、カテン卿は道理が立たぬのを承知の上でリョー殿に挑み返り討ちとなり、果てるしかなかった。あのような若い身空で、意味の無く命を散らされるのは忍びなく、半ば強引に言い聞かせリョー殿にも無理を通して手打ちに同意して頂いたが。


「だからこそ、カテン卿は二つの孝の板挟みとなり悩まれておられるのであろうか」


 いや、それで有られても無為に亡くなられる事と比べれば、幾分かマシであろう。


「こうして、卿の行く末に関わってしまった以上、卿が心身ともにご成長され、御自分で納得できるように成られるまで、見守り御助力したいものだが」

鰐が川底で肉を腐らせて食べるというのは俗説らしいです。

多分あの場にディフィーさんもいたなら、死肉をついばむ腐食動物スカベンジャーのカラスがとか言ってケンカになってたかもしませんね。


ちなみに念の為に、現状でピリム・カテンがやらかす事は予定に有りませんし、彼女なりに諦めは付いています(と言うか、ここでやらかすと恩人の四弦万矢にも累が及んで死なせかねないので、それが重しになってます)、ただまあ感情的にはと言う所です。

作者的には彼女のストーリー上での役割はほぼ終わっているので……


次回の更新は3月9日を予定しています。


R5年6月1日 誤字修正しました。

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