407 奴隷娘達と女騎士達
「さて、これでとりあえず見える範囲の敵は片付け終わったようだな」
ミムズという騎士の方がそう呟かれてから周囲を見回されますけれど、確かに周囲に魔物の姿はありませんわね。まあ当然の事でしょうけれど、この騎士達の戦闘能力がそれなりに高いのは、今までの戦闘で知っておりましたし、わたくしやトーウも戦闘に参加して魔物を排除したのですもの。
常識的に考えればフロア・ボス程度までなら十分対処できる戦力ですものね。
「とは言え、まだ見えぬところに魔物が隠れてるやも知れぬか」
「姉さま、それに、食糧、も」
従者のプテックの提案にミムズと侍女のサーレンさんも頷かれますけれど、こう必要な事しか言わなくて言葉が少ないのはどうにかならないものかしら。
彼女と親しい方達は何を伝えたいのかをすぐに解るようですけれど、わたくしのように殆ど付き合いの無い者ですと、あれだけの言葉では彼女が何を伝えたいのか解らない事が多々あるのですけれど。
今みたいな状況でしたらそれでも問題は有りませんけれど、もしも強敵との戦闘中であのような解りずらい指示を出されたりしますと、少し困るかもしれませんわね。
「まあ、所詮は少しの期間の間でしかない臨時の変則パーティーですから、それほど問題にはならないでしょうけれど」
この場にいる顔ぶれでしたら、多少連携が乱れたとしても、それなりに規模の大きなゴブリン・ソルジャーの集団でありましても十分に対処できるでしょうから。
まあ、信用できる身内の前衛役が、サミューとトーウしかいませんから、魔法を使う際の壁役をお願いする訳にはいかないでしょうね。となればわたくし自身も敵に肉薄されながら呪文を唱えなければならない恐れがありますけれど。
まあそうだといたしましても、リョーの『成長補正』のおかげで魔法系だけでなく身体系のステータスもかなり上がっていますから、ゴブリン・ソルジャーの数体程度でしたらある程度はいなしながら魔法を使えるでしょうし。
「侍女殿、魔法士殿、トーウ殿、我らはこの周囲の探索を兼ねて、食糧となるような魔物を狩ってくるつもりだが、貴殿らはどうなさるか」
あら、トーウは名前呼びですのね、ああ、そう言えばリョーがわたくし達と別行動をしていてトーウを奴隷にした際にも彼女達と共に迷宮攻略をしたのでしたっけ。
わたくしとサミューに関してはどう呼んでいいか迷った結果という所かしら、今まではリョーが一緒にいましたからわたくしなどに対しては、あの非常識な水生爬虫類を除けば騎士やその従者等が話しかけるなど必要のない事でしたものね。
実際まともにわたくしがこの方たちに話した事など、リョーとピリム・カテンの手打ちを話し合う場で証言した時くらいの物でしょうから。
「騎士様、下賤な身でありながら、お言葉を返す無礼をお許しください、ですがどうかお願いいたします、わたくしどもの事はどうかハル、サミュー、トーウと呼び捨てで御呼びいただけませんでしょうか、わたくしどもはあくまでも冒険者であるリョー様の所有される奴隷にすぎませぬので」
こうしてきちんと立場を示しておきませんと、わたくし達の主はリョー一人で有り、今この場にいるのは制度の上で言えば一時的に条件付きで貸し出されている、という形にすぎないと明示しないと。
この場での関係性は他者の奴隷とその主の知人という程度だという事はハッキリさせておきませんと、変に勘違いされてその関係性を忘れられてしまいますと、問題になりかねませんもの。
自分の奴隷を扱うようなつもりで使い捨て同然に危険な場所へ、というのは多少は常識の有るであろうこの騎士達がやるとは思えませんけれど、ですがお互いの立場を勘違いされてしまうと別な形で非常識な事態になりそうですものね。特に今のこの状況や、今までの事を考えますと……
トーウやサミューも身分やリョーを介しての関係でしかないというのを、はっきりさせることの重要性には気が付いているでしょうけれど、立場やそれ以外の事を考えているせいか言い出せないようですから、だからこそわたくしが言っておきませんと。
「む、だが、だがしかし、それは……」
「お願いいたします、立場有る騎士様にそのような態度を取らせているとなれば、わたくし達が他者からどのように見られるか、ひいては我が主がどのような評価を受けるかをお考えくださいませ」
冒険者所有の奴隷と身分停止中とはいえ王族直轄の騎士では立場が違いすぎますもの。
「そうか、そうだな、ではトーウど、いやトーウ、ハル……」
トーウに敬称を付けそうになるのは、おそらく彼女が奴隷になるまでの経緯から彼女の元の身分を知っているからなのかもしれませんわね。ですけれど……
「侍、いや、サ、サミュー、自分達はこれから周囲の探索をしてくる」
それだけを言ってミムズ達が離れていきますけれど、さてと……
「トーウ、申し訳ないけれど付け合わせに出来る様な野草を探して来てもらえないかしら」
「わたくしがですか、ですがそうなりますとこの場の守りが」
「構いませんわ、周囲に魔物がいないのは見ての通りですし、わたくしとサミューだけでも十分戦えますもの。それにもう少し行けば目的地である、毒スキルを持ったゴブリンの巣じゃありませんの。もしかしますとこの辺りの植物もその影響を受けて、毒を含んでいるかもしれませんわ。そう考えましたら毒の見分けが出来る貴女に任せた方が良いでしょう。あ、ですけれど、普通では食べないような雑草や虫のような非常識な食材は止めてちょうだいね」
「承知いたしました、ではこの地を味わえる食材の数々を探してまいります」
袖をまくり気合十分と言った様子でトーウが離れていきますけれど、やっとこの機会が来ましたわね。本当でしたらもっと早く、『蠕虫洞穴』の攻略が始まる前にこうしてサミューと二人だけになりたかったのですけれど。
「サミュー、少しお願いがあるのだけれどいいかしら」
「なんですか、ハルさん。私に出来る事でしたら」
いつも通り微笑んでわたくしの方を見て来るサミューに片手を差し出しながら答えます。
「大した事ではありませんわ、あの小刀を見せて貰えないかしら」
わたくしの言葉に、サミューの動きが止まり、表情が凍り付きます。わたくしの記憶違いで有ればと思っていましたけれど、この反応を見ただけでも……
「な、なんの事ですかハルさん」
「貴女が、『蝙蝠の館』でリョーの手当てをした時に使っていた小刀ですわ。まさか売っただなんて言いませんわよね『親の形見』と言っていましたものね」
「解りました……」
震える手でサミューが『アイテムボックス』から小刀を取り出してわたくしの方へと差し出すのを両手で受け取り、顔を近づけます。
柄と鞘には同じ紋章が、竜の首を取り囲むように四本の剣が組み合わされたものが、わたくしの記憶通りに彫られていますわ。
このような竜と武具を組み合わせた紋章を使えるのは『竜殺し』を成し遂げた者の家門のみ。
そして紋章とは一家に一つだけであり同じ紋章を別の家が使えはしませんわ。たとえ実子でありましても、家を継がずに分家を起こしたりして家を出るとなれば、元の家の紋章に新たな意匠を加え本家とは違う独自の紋章を使わなければならなくなります。
その家の紋章を使う事が出来るのは、その家の中に居る者だけ、現当主とその配偶者、嗣子、隠居した元当主、あるいはまだ独立して家を出ていない当主の子のみ。
場合によっては、縁戚の証明として分家筋へ本家の紋章が刻まれた品を与える事や、友好や同盟の証として家紋の入った品を他家へ送る事、褒賞として紋章入りの品を下賜する事も有りますけれど、その場合でも紋章には本家の身分を示す物でないという証として、家紋の下にその旨を記す記号を入れたり、あるいはメダルや金塊のような、贈与品だと解るような品に留める物ですわ。
ですけれど、小刀のような身の回りで使う品でなおかつ紋章の周囲に何も手が加えられていないとなれば、これは本家の者の為に用意された物ですわ。
「見間違い、もしくはわたくしの記憶違いかと思いましたけれど、やはり間違いありませんわね。サミューどうして貴方の『親の形見』にこの紋章が刻まれているのかしら。この紋章はあの騎士と同じ物ですわよね」
既に遠く離れている騎士達の方へと視線を向けてからサミューへ向き直ります。
あの日、リョーが『四弦万矢』達と手打ちについて話し合った場で、仲介役を務めたミムズ達が広げた家紋旗、アレにもまったく同じ紋章が描かれていました。
同一の紋章を使う事が出来るのは本来同じ家に属する者だけ、もちろんどちらかが騙りであったり、本来は資格の無い者が何らかの理由で所持している。あるいはよほどの理由が有って紋章入りの小物を預けられている。そう言った例外という事も有り得ますが、普通に考えれば、サミューとあの騎士は……
「答えて頂けないかしらサミュー」
「ごめんなさいハルさん、それは、それだけはお答えできません」
彼女がこう答えるであろうことは予想していましたけれど、やっぱりでしたわね。そもそも、話せる内容であるのでしたら、こんな重要な事を彼女が黙っているはずが無いのですもの。
「解っていますのサミュー、あの騎士とリョーは今までも何度か接触しているそうですし、何よりあの騎士はリューン王族の信用も厚いとか、そのような相手と深い関係に有るであろう貴女をリョーが奴隷として所持しているという事実が、これからどのように影響してくるか。それを黙っている事がリョーを危険にさらすとは思えないの」
もちろんそれを知ったからと言って、リョーが自身の秘密を知るサミューを手放すとは思えませんけれど、だとしても、この事を知っているか知っていないかで今後の行動に影響する事もありえますし、ミムズ達との付き合い方を決める上で重要な要素となるでしょうから。
とは言え、サミューが話したがらないというのも解らなくはないのですけれども。
わたくしだって、元の実家であるシルマ家とリョーが敵対するような事になれば、思う所がありますし、必要が無いのにシルマ家の不利になるような言動は取りたくありませんもの、それはおそらくトーウなども同じでしょうし。
ですけれど、言うべき事、しめるべきケジメだけはしっかりとしておきませんと。
「サミュー、解っているとは思いますけれど、わたくし達はリョーの所有する奴隷ですわ。主の安全と利益、命令の順守を優先するよう、この首輪を嵌められ強制された立場ですわよ」
今もわたくし達の心を見張っているであろう『隷属の首輪』に片手を当てて真っ直ぐにサミューの方を見つめます。
「わたくし達は、リョーを裏切る事はもちろん、その不利になる事や、そうなりうる事態を見逃す事も許されていませんわ」
こうして、わたくしが以前から疑念を持っていながらそれをリョーに伝えていないという事ですら、かなりギリギリの所ですもの、今のサミューは、一つ間違えばいつ首輪がしまったとしてもおかしくは……
まあ、以前にサミューが騙されてしまった時の事を考えれば、リョーは許してしまいそうですけれど。それに、サミューの性格を考えれば、リョーはともかくアラやミーシアを危険にさらすような判断はしないでしょうし。
ですけれど、それでありましても……
「サミュー、もしも貴女の行動が、リョーに危害が加えられるような状況を作り出す事になったりしましたら。わたくしは貴女に対して攻撃魔法を放たなければならなくなりますわ」
サミューの顔に向かって魔法を放つかのように片手を突出して言葉を続けます。
そうしなければ、リョーだけでなく、ミーシアやアラ、トーウもただでは済まないでしょうから。
「ハルさん、その時は躊躇わずに……」
脅すような言葉を発したわたくしの方を、真っ直ぐに見つめながら答えようとするサミューの口へ伸ばした手を当てて言葉を塞ぎ、そのままわたくしよりも背の高いサミューの胸元へ頭を押し付けるようにして体重を掛けました。
「お願いだから、わたくしに仲間を撃つだなんて、そんな非常識な事をさせないで頂戴。お願いだからそんな事態になるような事はしないで頂戴、お願いよサミュー」




