402 僧兵問答
今回は、神官長視点になります。
「ふむ、かの地はなかなか面白い事になっておるな」
テラシスの纏めた報告書を見る分では、予定通りリョー様は活躍されているようですね。
「大将首であるカーネルの首級を最初にあげられ、更に仕留めそこなったとは言えマーシャルを退けたというだけでも十分すぎる功績。何より少数のパーティーだけで万を超える敵陣地を壊滅させたという想像以上の戦果まで挙げて下さるとはな」
テラシスに『誘魔香』を預けて、リョー様の居るロウ子爵家軍の陣地に陣地が突破されない適度な規模で、敵集団が集まる様にさせたり。大物の魔物の幾つかにリョー様の匂いを覚えさせて戦闘になるように仕向けさせたかいがあったと言う物ですね。
「更には、リョー殿の協力を得て構築された陣地を基盤とした反抗作戦の用意も予想以上に早く整った。まったく能力の大半が封じられているとは思えぬ働きぶりだな。迷宮内部に入られたリョー様等が予定通りに魔物の流出を抑えて下されば、外にあふれた魔物についてはあと数日でカタが付くであろうな」
あの地に向かわせたスレッジ達にはそれだけの戦力を持たせていますし、横隊を基調とした射撃陣形を取るであろうゴブリン・ソルジャーの群れには側面や後背への攻撃は有効でしょうから。
防御陣地と機動部隊が連携して敵を挟撃する金床戦術を得意とするスレッジには絶好の獲物でしょうね。ましてリョー様が敵の後方警戒の要であろう塹壕陣地を慣らしてくださいましたし。
「御意、ですが猊下よろしかったのでありましょうか。ライフェル神殿機動戦力に新たに加わった戦車団はともかく、『稜堡』はこれまで秘匿し研究を続けて来た軍事上の秘密であったはず。いくら『活性化』という非常時とは言えこうして衆目に晒されるとは。ましてあの地には今敵対しているムルズの貴族達の兵や騎士も派遣されておりますれば」
普段は見せる事の無い心配げな口調で尋ねてくるラッドに、軽く手を挙げて答えます。
「構わぬ、知ったとしてもすぐに真似の出来る物でも対応できる物でもあるまい」
『稜堡』に射撃戦力を並べた陣地を攻めるとなれば、よほどの数の差で攻め寄せるか、でなければ弓に耐える堅い兵力を用意すると言ったところでしょう。ですが今のムルズではそれほどの戦力差はないですし、堅くした分だけ機動力を犠牲にするであろう集団ならば、金床戦術が有効になりますから。
それに、ムルズの貴族達や他の国々が真似をしようとしても、優れた工兵である『攻城魔法』の使い手やドワーフ族の大半はライフェル教の傘下にありますから、今回のように短期間で十分な強度と規模を揃えた『稜堡』を作るのは無理でしょうから。
「ですが、いつかは模倣される事になるのではありませぬか」
確かに長期的に見れば各国で『稜堡』を備えた要塞などが出来ていくでしょうが、それにしてもドワーフや魔法が無ければかなりの年月と労力、資金が必要となります。
建築に際して貴族達がドワーフの協力を求めてくればその条件として神殿の利権を求めればいいですし、神殿に協力的でない君主達が無理に自力で建築しようとして資金を吐き出してくだされば、それらの国や家の財力を弱める事になりますし、上手くすればムルズの様に借金で縛る事が出来るかもしれませんし。何よりも……
「模倣されたとしても構うまい、各国の防衛力が高まり容易に攻めにくくなるという事は、他国へ侵略しようとする者達を思い止まらせ、人同士の戦いが減る事にもなろう。無駄な戦いで貴重な戦力が浪費されぬのならば、『迷宮』へ向ける力にも余裕が出来よう。それに『稜堡』で固めた要塞はあくまでも軍勢を相手に有効な物、どれほど強固な要塞であろうとも、圧倒的なステータスとスキルを有する個の力を前にすれば無力だという事はカミヤが証明して見せたばかりではないか。お主であれば、あれと同じ事をして見せる事も可能であろう」
最も、カミヤであってもラッドであっても、敵対したならば斃す方法は幾らでもありますが。
「確かに、可能ではありましょうが、猊下」
「もちろんお主にあのような殺戮を命じるつもりはないが、それでも要塞内の敵の無力化あるいは主要な物の排除という事ぐらいは、必要となればやって貰うぞ」
「御意」
「そう言えばラッド僧正、お主の弟子もかの地ではなかなかの活躍であったようだ。防衛線では多くの上位種ゴブリンの首級を上げ、踊りによる士気高揚や敵の魅惑なども有効に使い味方の支援もこなしたという」
すぐ横に控えている巨漢の武僧との話題を変えると、軽く頭を下げてから答えて来ます。
「不肖の師ゆえ、あの者を十分に導く事が出来ず、壊す事と殺す事しか出来ぬ修羅への道を歩ませかけておりましたが、勇者様の薫陶のおかげで、道を踏み外さずに済んだようでございます。あの者がライフェル神の教えを忘れ破戒僧となって居れば、このラッド生涯の悔恨を残す事となっておりました」
確かに、敵と見ればただ殺し尽す事が多く『赤狐』等という、異名まで付けられるほどとなっていたあのコンナがこれですからね。
「どうやら、コンナはかの『迷宮』で魔物をテイムしたようだ」
「なんと、あの者に魔物使いの才が有ったとは思いもよりませんでした。拙僧の知るところではコンナめにそう言った職やスキルは無いはずですし、あの者と相性のいいであろう狐系統の魔物も『鬼軍荘園』には居なかったはずですが」
確かに、これを読む分だけで信じるのは難しいですよね
「どうやら連日殴り合った中で、相互理解を深めていき、ゴブリン・カーネルをその配下のゴブリンごと支配下に置いたと報告には書いてある」
戦場でコンナに執着していたゴブリンがいるという報告は受けていましたが、まさかそれがこのような形となるとは。
「殴り合いで、ですか、あの者らしいと言えばらしいのかもしれませぬな」
おや、少し笑いましたか、珍しい物を見ましたね。彼が戦いや修練以外の事で笑みを浮かべるとは。
「武芸だけでなくライフェルにおける僧としての心得も教えた師としては、思う所が有ったりはするのか、弟子が魔物を手懐けるなどと」
わたくしの造ったライフェル教の教義には、魔物を必ず殺さねばならぬ不倶戴天の敵等とは書いてないのですが、そのように思い込んでいる僧兵や武装神官も少なくないですから。
過去には魔物使いの所有する使い魔を襲ったなどという醜聞も有りますし、魔物の血を引く魔族ですら根絶やしにしなければならない等という妄言を吐き実行に移そうとした狂信者たちもいました。
まったく、あの時は魔族諸国との関係を回復するのにどれだけの資金と労力を費やした事か。宗教というのは集団を組織化して効率よく動かすうえでは非常に便利な物ですが、手綱を取りそこなうと暴走しかねないというのが厄介な物ですね。
「そのような事はありませぬ。拙僧ら僧兵が『迷宮』を攻め魔物を狩るは、自力では魔物の脅威を退ける事の出来ぬ衆生を救うため。その魔物が民草を襲わぬのであればそれは拙僧等が倒すべき敵ではありえませぬ、それどころか世の脅威を除く一助となるのであれば喜ぶべき事。逆に無辜を害するのであればたとえそれが何者であろうとも、倒すべき敵でありましょうぞ」
「なるほど、そう考えるか」
確かにこの男らしい答えではありますね。ライフェルの教義が何を目的として定められたかの本質を理解している。こういった男だからこそ、ライフェル教はわたくしがでっち上げた物だと明かしても動揺しなかったのでしょうね。
「しかし、カーネルか、これは面白い拾い物だとは思わぬか、お主の言う通り『迷宮』の脅威に対する上での一助どころか、一軍に匹敵する戦力となりうる」
カーネルだけでも、千を超える戦力を配下に置け、その中にガニー等の上位種が一定数いればいくらでもソルジャーの補充が効きます。ゴブリンの居る迷宮は世界各地にありふれていますから、弱いとはいえ群れれば脅威となるゴブリンを無力化どころか有効活用でき、何も気兼ねすることなく使い潰す事が出来るというのは、『迷宮』対策を行っていく上で様々な利点を産むことになるでしょう。
いっその事、服従させた上で殺し合わせればゴブリン系の『迷宮』を効率よく踏破できるかもしれません。そうでなくとも遠距離攻撃の出来る千以上の兵力というのは、中小の貴族領を攻めるのならば十分に足りますし、守りにおいては『稜堡』との相性もいいです。
これでカーネルが更に進化してジェネラルなどに達する事が出来れば……
「コンナに対する評価を見直すべきかもしれぬな、位階を上げるか、それとも何か称号でも与えるか」
「猊下、あまりあ奴を増長させぬようお願い申し上げます。この師めの不徳ゆえ道を誤りかけていたところを、勇者様の導きで武と僧の正道へと戻ろうとしております。今は見守り、此度得た物を真に自らの物と出来てから、賞して頂けますれば」
「わたくしとしても、将来ある有望な僧兵を失うのは本意ではない、此度は僧正の言葉に従おう」
「ありがたく」
それに、いま問題とすべきことはそれではなく、リョー様達の事ですからね。フレミラウから預かった書状の内容とそれが及ぼすであろう結果を考えます。
「明日に届けたとして、かの国が何らかの反応を示し、それがムルズまで届く日数を考えると、丁度いいか」
おそらくそれまでには向こうの問題もだいぶ解決しているはずです。
テラシスの尽力のおかげで、わたくしの希望通りリョー殿達が真っ先に『鬼軍荘園』へと入り、それに少し遅れる形であの子爵家の一党が後を追うように『迷宮』へと入る事となりました。
「他には誰もいない『迷宮』の中ならば、邪魔する者はおろか目撃者すらいないと思うでしょうから、ほぼ確実にあの者は動くはず。そうなれば正当防衛となりますからリョー様が返り討ちにする大義名分が立ちますし、万が一討ち洩らしたとしても、『活性化』を鎮圧している最中の『迷宮』でそのような行動を取ったとなれば、あの地に居る貴族達が黙ってはいないでしょうから遠からず討ち取られるはず」
いくつかリョー様の傍に不安定要素がありますが、それに関してもテラシスがうまく誘導を掛けているはずですから何とかなるでしょうし。
そうなれば、リョー様にとっての障害物の一つが排除されます。
それが済んだ後で有ればあの国が動きリョー様と繋がりが出来る事は、あの方をこの世界に留めるための方策の一つとしても、また残られた後でより優秀な魔法系の子孫を残して頂くうえでも有効な言ってとなり得るでしょうから。
かの一族だけが持つ魔法系スキルと、リョー様の魔法系ステータスが合わさればどれほど優れた魔法職が生まれる事か。
「まあ、どれほど手を尽くしたところで、どうかを最終的に決めるのはあの方自身なのですから、わたくしはそれに至る道筋を作って置く事しか出来ないのですが」
禁欲が有る為にいまだにあの方の嗜好を把握する事が出来ないのが悔やまれますね。
「猊下、そろそろ別な場所へ跳ばれてはいかがかと、幾ら停戦合意が出来ているとはいえ、この地はムルズに攻め入った神殿軍の本陣近くで有り、すぐ近くにムルズの貴族軍も展開しているのは変わりありませぬ。まして、我が軍は複数迷宮の『活性化』に備えてこの地の戦力から幾らかを抽出し派遣いたしましたが、貴族軍の大半は自領に残っていた予備戦力を派遣に回したため、現状、この地で睨みあっている彼我の戦力差は、当方が不利となっております。そのような状況で猊下がおられると知られれば、貴族達がいらぬ欲を出して暴走するやもしれませぬ」
「いっその事、そのように暴走してくれればよいのだがな、さすればすぐにでもこの地より跳び、遍く諸国へムルズの停戦破りを伝えその非を問えるのだが」
そうなればすぐにでもこの国を落とせますし、色々と予定外が続いたリョー様の行動へ干渉する事も容易となるでしょうから。
「まさか、猊下はあえて、この地へ……」
そのような些事はどうでもいいことでしょうに。
ライフェルの武力をもってすればこの国を圧倒する事自体はそれほど難しくはないのですから。問題はライフェルが泥をかぶらずにそれを行う大義名分をどう用意するかだけなのですし。
今重要なのは、せいぜいこの先十数年程度の影響力に関わる程度でしかない、それも結果の解りきっている戦争の趨勢よりも、魔法の歴史そのものを大きく変化させかねない強力な血をいかにしてこの世界に残すかなのですから。思考を邪魔しないで貰いたいものです。
何とかして、リョー様がどのような嗜好を持たれているのかを知りたいのですが、こればかりは色々と試してみるしかないですね。
今回のこの手紙であの国を釣る事もその為の方策の一つではありますが、できれば最優先で成功してほしい組み合わせではありますね。
「さてラッド、あの方は『親子丼』を好まれると思うか」
「あの方とは『勇者』様ですか、『親子丼』とは歴代の『勇者』の幾人かが好まれた物と聞き及んでおりますが」
「ええ、いえ、今の質問は忘れてもよい」
まったく、戒律を重んじるラッドにこのような事を聞いてしまうとは、この者は獣人の尼僧をリョー様のもとへと指示を受けてあのコンナを選ぶような男ですし。
しかし、じゃまをしてほしくないと思った直後にこのような事を口にするとは、わたくしは自分で思っているよりも悩んでしまっているのかもしれませんね。
「浅学非才の身でははっきりとは解りませぬが、好まれる好まれぬ以前の問題であるかと」
「ほう、なぜそう思う、許す忌憚なき意見を述べよ」
おや、彼がこのような内容の話に乗って来るというのは珍しいですね、一体どういった心境の変化が有ったのやら。
「まず、第一にかの方には『禁欲』が有りますので、たとえ『親子丼』とやらを用意できたとしても手を付ける事は出来ませぬ」
なんでしょう、『たとえ』ですとか『できたとしても』という言い方はおかしくないでしょうか。
「そもそもの問題として、我らは『勇者』たちが『米』と呼ぶ穀物を見つける事がいまだに出来ておりませぬ。親子丼とは過熱した米の上に調理した鶏肉と卵を乗せた料理と聞き及んでおりますれば、現状この世界でそれを用意する事は不可能かと」
ああ、そう言う事ですか、なるほど彼らしいと言えばそれまでですが。
「なるほど、僧正の意見は解った、参考としよう」
やはり、彼に聞いた私が間違っていましたね。
諸事情ありまして、しばらく、おそらくは来月と1月の中頃辺りまで更新速度が滞ると思います。
すいません。




