399 ハブ
「いやはや、旦那は今回も大活躍だったらしいですねえ」
あの激戦の後、防衛線陣地に戻った翌日にいきなり来やがってこの詐欺師は、お前はいつの間に戻って来てたんだよ。しかも朝っぱらから美味そうに酒と鶏肉を見せつけながら食いやがって。
こっちは、昨日ずっと戦いづくめだった上に、陣地に戻ってからはその日に合った異常事態に関して、子爵軍やら各貴族軍代表団やら神殿軍やらに報告というか、殆ど事情聴取みたいな感じで話を聞かれて、寝たのも深夜になってからだってのにさ。
まあ、あんな事をやらかしたら仕方ないんだろうけどさ、大炎上する塹壕陣地の様子はここからもよく見えたらしいしさ。
まあ塹壕陣地が創られてること自体は他の冒険者や兵士なんかの報告で、貴族達も解ってたらしいし、手続きさえ踏めば嘘を吐けなくなる奴隷のハル達がしっかり証言してくれたから、特に疑われたりはしなかったけどさ。
それどころか、軍の上の方じゃ大規模な塹壕をゴブリンが用意してることから、塹壕戦や坑道戦を仕掛けられるって予想をたてて、対策の用意をしようとしてたところだったから、その面倒の元である塹壕陣地を丸ごと潰した俺らの戦闘はプラスに評価されて臨時ボーナスまで貰っちゃったんだけどね。
「聴きやしたぜ、ジェネラルより上の大物を追い込んで撤退させた上に、五桁になろうかってゴブリンの集団を皆殺し、ついでに敵の砦陣地まで焼き払っちまったってんですからね。防衛陣地のなかはもうどこに行やしても旦那と『焦砦烏』の噂でもちきりですぜ、ああ、昨日のそれが派手すぎてちょいと薄れちまったみたいですが、『白嵐』が引く戦闘馬車も飲んべえ連中の話題になってやすぜ」
ああ、昨日のハルのアレが派手すぎて、ミーシアの戦車のイメージかかすれちゃったのか、ドワーフ達には悪い事しちゃったかな。ま、まあ多少なりとも噂にはなってるみたいだから、そこそこの宣伝効果はあったよね。
「ところでお前は『迷宮』に偵察に行ってたはずじゃなかったか、なんでここに居るんだ」
「へ、へ、実は昨日やっと戻って来れやしてね、いやあ大変でしたぜ、あっちこっちに魔物が溢れてやして、どこ行っても追いかけまわされて、死に物狂いで情報を集めてきたんでさあ。だっていうのに御貴族様方はイナゴやら、穀物相場やら、神殿とのゴタゴタでの出兵に今回魔物討伐と、立て続けの問題で懐が寂しくなってるそうでして、あっしの頑張りには定価にちょいと色を付けただけの代金しか払ってくれやせんでしたんでね」
ああ、まあ確かにそう言われてみると、各貴族領の予算は大変な事になってそうだな。
「それのせいで、今のままじゃ『迷宮』内で生き残るのに使った物資なんかの経費を考えりゃ、ギリギリ赤字にならねえって具合でして、到底命掛けの代償には足りねえんでさ」
コイツの話だから、ホントかどうかは微妙だけど大変だったのかな、とりあえず偶々ポケットに入っていた、半金貨を一つ取り出してテーブルの上をテトビの方へ滑らせる。
「それで、俺に情報を売りに来たって訳か、だがそれにしちゃ昨日帰って来て、こんな朝早くに俺の所に来るというのは随分早くないか、お前なら他にもっと優良な買い手の当てが有るんじゃないか」
「いやいや、確かによくして頂いてる旦那がたも、冒険者や傭兵って形でこの戦場にいらしてやすがね、今一番いい値で買ってくれそうなのが旦那なんでね、て訳で情報収集が終わっていの一番で旦那のとこに来たって訳でさあ」
ん、俺が一番高値でって、そう言えばこいつが持ってるネタって事は、多分『迷宮』の中の状況って事なんだろうな。
でもそれを俺にって、いやそう言えば『迷宮』に入る順番は、今やってる活性化鎮圧での功績で決めるんだっけ、今までの俺達の戦績を考えれば、結構早い順番で入れそうだから、それでって事かな。
『迷宮』の中での収穫は早い者勝ちみたいだから、先に入れた方が有利だし、どこに獲物がいるか解ってれば効率がいいのは間違いないもんな。
まあ『活性化』直後の無傷な魔物が待ち構えてるって考えれば先に入った方が危険な気もするけど、そう言った意味じゃ、安全対策の為にもテトビの情報は重要か。
「その様子は、まだ重要な所を解ってなさそうですね。いいでしょ今頂けた小遣い分程度は先に説明させて頂きやしょ。そうすりゃ旦那は大枚叩いてあっしの情報を買ってくれそうですし」
ん、解ってないってどういうことだろ。
「まず前提となる話なんですがね、一斉攻勢の開始がちょいと早まりやす、おそらくは三日後」
え、それってどういうことだ、一昨日聞いた話だと思ったよりゴブリンの数が多いから準備をしっかりとって、あと一週間ちょっとはかかるって話じゃなかったっけ。
「これは間違いねえ話ですぜ、昨日の夜に各所に伝令が飛んで、戦力や物資の集結を急がせてやすし、防衛線の色々な部署も慌ただしくなってきてやす。当初の予定は、移動や予算に負担のかからねえ日数計算で組んでやしたが、騎馬隊を急がせるのはもちろん、金をバラ撒いて農民の荷馬車をありったけ借り上げてヒトやモノを急いで運びゃ兵員の集結に一日半、物資の用意と急いで集まった連中の休息にもう一日程度って考えりゃそんなもんでしょ。まあそんな事になったおかげで、ただでさえ堅てえ御貴族様方の財布の紐がさらにキュって締まっちまいやして、あっしが困る事になりやしたが、まあこのネタを幾らかの商人に流すんで、それでトントン、ッと、こりゃ言い過ぎやした、忘れてくだせえ」
てことは、無理して決戦を急いでるって事か、なんでそんな事になってるんだ。
「まあ、上の方々の気持ちもわからなきゃねえですがね。なにせ絶好の好機がいきなり飛び込んで来ちまいやしたから、多少無茶しやしてもこれを逃す手はねえってことでしょ」
絶好の好機って、いや、まさか……
「何せ、敵の総大将だろうゴブリン・マーシャルは逃走、敵主力の一つと思わしき集団が消滅、ついでに機動部隊の一番の問題と思われてやした、塹壕陣地が平地というかただの岩盤に変わっちまいやして、そこにあっただろう大量の糧食や物資もおじゃん、敵に取っちゃ最悪の状況が、味方にとっちゃ好機って訳でして」
うわあ、それ昨日のアレか、アレのせいで全体の予定がおかしくなっちゃったってか。
「予想されていた、塹壕対策は必要無くなりやしたし、頭を失ってゴブリン集団の統率は乱れだし、食糧が無くなって相手は飢える一方、ここに『誘魔香』で他の陣地を攻めてるゴブリン共も集めりゃ、物資不足と混乱は一気に高まりやす、そこを一網打尽て寸法でさあ」
うん確かに聞いている分だと絶好のチャンスだよね。何か、ちょっと、ハルがやりすぎちゃったんじゃないかなって不安が有るけど。
「逆にこの機を逃がしゃあ、集団が完全に瓦解しちまって、飢えて統制を失ったゴブリン共が好き勝手バラバラに散らばっちまうなんて事も有り得やす、そうなりゃどこに行くか分かんねえ小さな集団を一つずつチマチマ潰すのは難しくなっちまっいやす。もしくは適当なジェネラル辺りが進化した上で指揮を執り物資や兵力を回復するために、ゴブリン共が組織的に『迷宮』へ戻るなんて事になりゃ、食糧の補充はもちろん、迷宮内の小規模なゴブリンの群れをどんどん取り込んで鍛えて、ソルジャー化し元の戦力を回復しちまって、今までの事が無駄になるかもかもしれねえ、しかもただでさえ危険な『迷宮』の中、敵の地元で討伐の軍を待ち構えてるってな状況じゃ、防衛戦の当初よりもひどくなりやすぜ」
うーん、まあ絶好のチャンスを逃がすべきじゃないって事か。でもなんでテトビはこの話を俺に知らせに来たんだ、一斉攻撃に関する話なら、そのうち公式に通達があるだろうし。
「で、こっからが重要なんですがね。その一斉攻撃に先立って、旦那方は『迷宮』に潜る事になりそうなんでさ」
え、総攻撃前に俺達が『迷宮』に、なんでだ普通に考えれば、確実性を高める為に出来るだけ戦力を集めたいところじゃないのか、俺の自惚れじゃ無ければうちのパーティーの戦力はかなりの物だと評価されてるはずだ、それをここ一番の所で外すっていうのは、変じゃないか。
「実はですね、あっしや他の斥候職が調査した内容は、『迷宮』内の魔物の分布と動向が主だったんですがね。全員の持ち帰った情報を纏めて分析しやした結果、『迷宮』の外周付近に移動してきてる幾つかの魔物の群れが、そのうち外に出て来そうなんでさあ」
他の魔物の群れって事か、いや考えてみれば当たり前か『活性化』ってのは、『迷宮核』に登録されている魔物やアイテムが大量に作られて溢れ出る現象なんだから、あの『迷宮』に増えたのはゴブリンだけじゃなく、他の魔物も増えていて当然だし、それが『迷宮』から出てくるのも当たり前の事だって事か。
ずっとゴブリン・ソルジャーの相手ばかりだったから忘れてたな。
「一斉攻撃に入って、全軍の注意がゴブリンに向いている時、特に機動戦力が安全な防衛陣地を出て、平地に展開行動してる時に、予想外の方向から別な敵集団に突っ込まれりゃどうなるか分かりやせんからね」
ああ、なるほどね確かに今回の作戦は、『誘魔香』で敵を一か所に集めてそこに集中攻撃するって感じみたいだから、それ以外の敵からの攻撃は下手をすれば作戦どころか、この軍勢の崩壊とかにもつながりかねないって事なのかな。
「まあ、てなわけでして、少数でそれなりの戦闘能力が有って、多少の敵軍勢の足止めや排除程度ならやってのけそうな集団、要は旦那方、旦那のパーティーに、騎士のミムズ様方、『四弦万矢』のパーティー辺りで、『迷宮』外周部分に入って警戒をして貰いてえってこと見てえですぜ。ま、『百狼割り』の旦那の所は、それなりの数がいるんで下手に動かせねえのと、個人個人の戦闘力はそこそこ程度なんで外れるでしょうがね」
ああ、そっか、実力が有っても大人数を動かすってなると、防衛線の一部に空きが出来るから、他から人員を回して埋めたりしなきゃならなくなるもんな。その点俺達やミムズなんかは、最近は防衛線での守りじゃなく、遊撃戦に出て、集団での行動はあまりせず、各個が好き勝手に戦ってたもんな。
「てのが一応表向きの、事情ってやすですがね」
ん、表向き、てことは裏があるのか。
「ああ、やっぱり解ってやせんね。旦那ぁ、ご自分が何をやっちまったのか解ってるんですかい」
やっちまったって、ゴブリン討伐を頑張っただけだろ、いや、まさか……
「旦那は、一番最初に大物の手柄首であるカーネルを一体仕留め、最大の大将首とも言えるマーシャルを追い返したじゃねえですかい。しかも昨日はたった数人で万に上る敵を皆殺し、おそらくその中にゃ、手柄首として十分に扱える、キャプテン、メジャー、カーネルなんかがわんさか居たでしょうし、もしかしやすとジェネラルも居たかもしれやせん。ついでにミムズ様や『四弦万矢』の旦那も、それなりの手柄首を落としてやすし」
それってやっぱり。
「俺達が妬まれてる、って事か」
やり過ぎたせいで嫉妬されちゃったのか、まあ、会社でもあるよね、年功序列や学歴、キャリアなんかを思いっきり跳び越えて派手に若手が出世したりすると、出る杭は打たれるとばかりに、周りから集中的に狙われて潰されたりなんか。
「まあ妬むとか、やっかむというよりは、自分達の手柄が無くなるって危機感の方がつええんでしょうね。なにせめったにねえ『活性化鎮圧』ですからねえ、御貴族様は自分の軍が他よりも飛び出た活躍をすりゃあ、その功績を活躍しなかった他の御家への貸しに出来やすから、今後の貴族家同士の付き合いで、特に権益絡みの話し合いなんぞで良い手札になりやす」
ああ、まあ活躍したって事は、戦力の弱い家を助けたって見る事も出来るし、地球の世界史とが日本の戦国時代なんかでも、活躍した国とか武将がその後の講和会議とかなんかで自分の意見を通せたなんてのが有ったはずだし。
「それぞれの御家中に仕える騎士様や郎党なんかは、こう言ったたまにしかない実戦で手柄を上げて御当主の覚えが良くなりゃ、知行地が広がるなり、俸禄や役職が上がるなりして、御家の中での序列の上下に関わりやしょう」
ああ、そうだよな会社での出世や昇給だって、派閥やコネ、上司への胡麻擦りなんかもの影響も有るけど、目に見える営業実績なんかはやっぱり強かったもんな。まあ、それが有っても出世できなかったりする事も有るけどさ。
「冒険者や傭兵にしやしても、騎士様の家人なり、もしくは貴族家の騎士なりの仕官先を探してるような連中にとっちゃ、どれだけいい手柄を立てて目立つかが、より良い主により良い条件で雇われる前提になりやすからね。たとえ仕官希望でない連中にしたって、この戦いが終わった次の仕事先での契約金を良くしようと考えるなら、『ただ鎮圧に参加しただけ』よりは、その時に『数百のゴブリンを少数で倒した』だとか、『大物上位種を仕留めた』なんていう曰くが付いた方が、交渉の時にハッタリを聞かせて値上げをしやすいでしょうから」
ああ、まあ派遣しろ中途採用にしろ、それまでの経歴で判断されるからな。
「なるほどな、俺はやり過ぎたって事か」
みんなが欲しがっている手柄は限られていて取りあってるっていうのに、俺が一人で思いっきり大きく切り取って持ってっちゃったから、みんなは残りの手柄を少しでも多く手に入れようと必死になって、ついでに俺がさらに追加で掻っ攫っていかないかと不安になってると。
だから俺達がこれ以上、ゴブリン相手の手柄を持ってかないように、『迷宮』の警戒という形で、最前線から外すって事か。




