397 ブラック・バード・ダウ〇 5
「テ、テ、テ、テ」
指揮を執るゴブリンの声に合わせる様に、断続的に遠距離スキルが放たれてくる。
「ガギャ、ジェンジ」「ガギャ、ジェンジ」「ガギャ、ジェンジ」「ガギャ、ジェンジ」
俺達が進もうとする通路の左右に並んでいたドアがすべて開け放たれ、そこから半身と槍先だけを出したゴブリンがこちらへスキルを放つと同時に槍を斜めに立てながら室内に戻り、すぐに別なゴブリンがドアの向こうから半身と槍を突き出して射撃をする。
ただそれだけの繰り返しなんだけど、単純なだけに無駄が少なくて効率が良い、殆ど間断なくかなりの量のスキルを撃ち続けられているせいで、隠れてる物陰から飛び出せないんだよな。
防御力の高いミーシアだけならこの弾幕も正面突破できるかもしれないけど、俺は多分結構な回数の『超再生』を使ってMPを消費しそうだし、サミューも幾ら耐性スキルが有るって言っても危険すぎるから。
「かと言って、このまま隠れ続けてるのもな、時間は有限だし、消費すればするだけ相手に有利になるだろうから」
ここまでではないけど、さっきも似たような状況で立ち止まっている間に、どんどんゴブリンが集まって来て、通路の前後で挟まれた上に、塹壕の上にもゴブリンの部隊が展開して頭上から打ち下ろそうとして来てたから。
あの時は、ミーシアに強引な突撃をして貰った上に、指輪の魔法を連射して何とか突破したけど、おかげで『魔道具』のMPはほとんど残ってない。
この状況じゃ、さっきと同じ様な突破は難しいよな、遠距離攻撃手段が少ないってのがここまできついとは思わなかったな。
サミューの鞭じゃ手前の方のドアまでしか攻撃が届かないし、かと言って投擲するにはサミューの場合は今隠れてる曲がり角から通路に出なきゃならないし、投げれそうな瓦礫や岩もあんまりない。
「リョ、リョー様、や、やっぱり私が突撃して」
「いや、ダメだミーシア、ただ真っ直ぐに突っ込んで突破するというだけなら、この位の道幅でもなんとかなるだろうが、そこにいる敵を倒すとなると、ミーシアの体格だと左右の壁が邪魔になって、横を向く事はおろか手を振り回すのも難しいだろう。そんな身動きの取りにくい状態で敵に貼り付かれればいくらミーシアの防御力でも防ぎきれないだろう」
一定方向に乱射するだけの遠距離スキルなら、鎧で十分防げるだろうけど、ゴブリンに密着されれば鎧の隙間を正確に狙って突き刺して来たり、無防備な腹の下に潜り込まれたりしかねないから。
かといって、無理やり力尽くで突破してそのまま逃げ切ろうとしても、いつの間にか通路の真ん中にバリケードが作られてて、向こうはこっちの突撃に備えてるし、もしバリケードを吹き飛ばして突破できたとしても、道沿いの部屋に隠れてるゴブリン達はほとんど無傷だろうだから、後ろから無防備な背中を撃ちまくられる事になって危険だろうし。
かと言って、左右の部屋を一つ一つ潰していくのは、時間がかかる上に現実的じゃないしな、狭くて下手をすれば天井が崩れかねない地下室内で戦うような真似はミーシアにはさせられないし、俺やサミューが戦うにしても一部屋当たりに最低十数体は待ち構えているだろう部屋に突入して倒して行くってのは危険だよな。
相手は、敵が入って来る一か所に穂先を集中させれるし、狭いから一斉射撃を避けるのも難しそうだし、その後の槍を躱して相手の懐に潜り込むのも大変だろうから。
待てよ、『人態』のミーシアなら、いやダメだな確かにあの盾なら俺やサミューを背後に庇いながら前進できるけど、横に回り込まれたら結局は一緒だし、ミーシアの剣にしても鉄球にしても通路ならともかく、地下室じゃ殆ど振り回せないだろうから。
ああ、ハルかアラがいれば、範囲効果の有る魔法で一気に薙ぎ払って、そこに突っ込むっていうのに。
「でしたら、御主人様、わたしが囮になりますので、その間にアラちゃ……」
「サミュー、無茶を言わないでくれ、アラやハルを助けられても、サミューに何かあったらなにも意味がないだろう。第一、心配ないっていう理由で就いて来たんだろう。ならそれに背くような言動は止めてくれ」
とは言え、この状況をどうするべきか。
「ガナー、ガナー」
ん、今の叫び声はまさか、壁の角から通路の向こうを伺うと、続けざまに放たれてくる遠隔スキルの弾幕越しに、いつの間にか追加で積み上げられた土嚢で作られたバリケードの影に居る数体のゴブリンが、他のソルジャーのよりも太い槍を土嚢の上に並べて此方へ構える。
やっぱり聞き間違いじゃなかった、アレは連射スキル持ちじゃねえか、このままだと弾幕が更に強化されて身動きが取れなく、いや、ガナーだけでも俺達をこのまま釘付けにするには十分な弾幕が張れるはず。
そうなれば手の空いた他のソルジャー連中がこっちの突撃してくる可能性も有る。
ソルジャーが多少来ても、接近戦で負けるとは思えないけど、その戦闘のせいで今隠れてる曲がり角から追い出される事になればガナーの一斉斉射を食らう事になる。
そうなればいくらミーシアでも無傷とはいかないだろうし、俺やサミューはどれだけの負傷をするか分かった物じゃない。
どうする、一旦引くか、だが距離を考えればもう少しでアラ達の所に着けるのに。
「旦那様、ミーシア様を少しおさげください、毒を使います」
その言葉の直後に、ゴブリン達が陣取っている通路の背後から、紫色の煙が漂い流れて来る。
「ガス、ガス、ガス、グゲ」
味方に警告を出そうとしていた最交尾のゴブリンが崩れ落ちるのに合わせたように、紫色の煙が塹壕の通路に沿って拡散して行き、ガナーの居た土嚢の影からも、左右の部屋からも、ゴブリンの悲鳴が響き出す。
そうか気体の『毒霧』なら遮蔽物も関係なく倒せるわけか、まあ使いどころを間違えると味方まで巻き込みそうだけどね。だからトーウも毒に対する防御手段の無いミーシアに警告したんだろうし。
「旦那様、御無事で何よりです、いくつか報告しなければならない事項がありますが、とりあえずはこちらへ、迂回路を発見しておりますれば。わたくしの『毒霧』スキルでは敵を倒す事は出来ますが、しばらくはその場を通る事が出来なくなりますので。それを利用して敵の足を塞ぐことも可能ですが、お味方の動きも制限する事となり、心苦しいのですが」
煙の中から歩いてきたトーウが、俺達の方へと駆け寄ってくる。
「気にする事は無い、トーウが助けに来てくれなければ、ここで足止めを食らい無為に時間を浪費していただろうし、助かった」
「勿体ないお言葉でございます」
「トーウさん、怪我はないですか、それとどうしたのですか」
「あ、あのト、トーウさん、か、回復魔法を掛けますか、それに、に、荷物も、も、持ちます」
単独行動をしていたトーウにサミューとミーシアが心配そうな声を掛けるけど、まあ、言いたい事は解るな。
「トーウ、その大量の荷物はどうしたんだ」
見てみるとトーウは、背中に大きなリュックを背負い、さらに両肩にも大きな肩掛けカバンみたいなのを下げてるし。何か、敵地に侵入した暗殺者というよりは、ちょっと間抜けな泥棒みたいな感じなんだけど。よくこれで敵陣を動き回れたな。
「あ、これでございますか、実はその、この陣地にある敵集団の物資集積場所を見つけましたので、そこにあった備蓄物資を使用不能とする工作を行ったのですが、全てをダメにしてしまいますのは、勿体なく思いまして、些少ではありますが持てる範囲で持ち出しておりまして」
そっか、まあこういう状況だし現地調達での補給も大切だよね、朝から戦いっぱなしなんだし、とは言えトーウのほっぺに野菜の食べ屑っぽいのと、どう見ても虫の足にしか見えない物が付いてるのは、まあ栄養補給だと思っておこう。
「それでトーウ、迂回路の案内を頼めるか、それと報告したい事っていうのはなんだ」
「はい、まず一点目ですが、敵はこの陣地の地下にもかなりの施設を築いております」
まあそれは、俺から見ても解るよね。なにせついさっきまで戦ってたゴブリン達も地下室の入り口を利用してたからね。
地下っていうのは、他から目立たないし、温度湿度が安定するから物の保存なんかにも適してるから、雨なんかの対策さえできれば利用価値はあるんだろうな。
「敵は、御味方の防衛陣地を攻略する手段として、塹壕戦術のみでなく、坑道戦術も組み合わせるつもりのようです」
ん、坑道戦術って事は、地下道を掘って防衛線を攻めるって事かな、要は地下から防壁の下を通り抜けて攻め込むって事か。
(ふむ、確かに強固な城壁を崩すうえでは有効な戦術ではあるの)
ん、防壁を崩す、防壁を潜り抜けるんじゃなくてか。
(坑道戦術とは地下からの敵陣潜入も含まれるが、より大規模な攻城戦では城壁崩しが主な目的となるのじゃ、敵城壁の下まで掘り進めた後で広げて城壁下に空洞を作った上で、その空洞を支えている木製の柱を一気に焼き払うのじゃ)
焼き払うって、そんな事をしたらせっかく作った坑道が崩れちゃうんじゃ、あ、いやそうか、そうして坑道が崩落すれば、その上にある城壁は文字通り土台を崩されて、壁も巻き込まれて崩れるって訳か。
それはシャレにならねえぞ、塹壕でゴブリンはある程度安全に防衛線の近くまで来れて、その状態で城壁が一部でも崩れようものなら一気にゴブリンが城壁の内側になだれ込んで来る事になるぞ。
(まあ、陵堡の内側に盛土をするのは爆撃や城壁崩しをしにくくさせる、あるいは城壁の一部が崩れても、盛土のおかげで攻めてくる敵の上を取れるようにする為らしいから、この手の戦術には強いのかもしれぬが)
「城壁崩し自体は、攻城戦では当たり前のようにとられる戦術ですので、それを見破る方法や、敵坑道を逆撃の通路としたり、水攻めにする、あるいは敵の坑道の真上だと思わしき地上で衝撃力の高いスキルや魔法を使って途中で崩落させるなど、これに対する対抗策はいくつも存在しますが、それも敵が坑道を掘っていると防衛側が警戒していればこそ取れる手段でございます」
まさか、ゴブリン風情がそこまでしてくる訳がないと思っていれば、警戒もしていないかもしれないってことか。
「ですので、なんとしてもたとえ誰か一人だけになったとしても、この情報は防衛陣地まで持ち帰らねばなりません、そしてその一人であるべきは……」
あ、なんかこの流れヤバそう、もしかしてトーウはみんなを見捨てて俺一人でも帰れとか言いそうな感じじゃないか。
「トーウ、一体どうしたんだ、お前らしくもない」
「実は、この先にアラ様とハル様が戦われていると思わしき場所への道を見つけてはいるのですが、現在その道沿いの塹壕上に無数のゴブリン・ソルジャーが展開しており、このまま進めば頭上からの一方的な射撃をかいくぐりながら進む事となります。また、現在アラ様方のおられる場所へ、メジャーないしカーネルが率いていると思わしき多数のゴブリン集団が幾つか向かっております。行動を遅滞させるための手は幾つか取ってありますが、それほど時間を掛けずにそれらの集団はアラ様達の元へ辿り着く事でしょう。そして、二つ以上の集団が到着し包囲される事とならば、旦那様が辿り着いたとしても……」
全滅は必至って事か。だけど……
「つまりは、敵の大集団が辿り着く前に、ゴブリンの待ち構えている通路を強引に突破し、アラ達を回収、そのまま一気に脱出するべきって事だな」
なんか、自分でも似合わない、無茶で都合のいい事を言ってる気がするけど、俺自身は二人を見捨てるつもりはなくて、何が有っても助けるつもりだからさ。
でもそれはサミューやミーシアもそうだろうから、俺を置いて逃げろと言っても絶対聴かないだろうし、トーウも俺だけで行くって言えば何が何でもついて来るって言い張るだろうな。
今この状況では、そんな事を言い争って浪費する時間が惜しいから。それに複数の集団が多方向から迫っているって事はアラ達だけでなく、それほど離れていない場所にいる俺達もそれらの集団と遭遇して全滅する恐れがあるって事だから。
この状況で、感情だけじゃなく実利的な事を考えても、要塞化された敵陣地のど真ん中から無事に、かつ迫っている敵の大集団に追いつかれないよう短時間で脱出するのなら、アラ達が一緒の方が確実だもんね。
遠距離攻撃の出来ない、俺やミーシアじゃさっきみたいに障害物なんかで足を止められて、敵集団と対峙する状況だと、一方的に撃ち続けられるしかないし、トーウの毒霧も使いどころを間違えると味方を巻き込みかねないからさ。
でも魔法や弓で遠距離攻撃の出来る二人が一緒なら、離れた敵を削りながらより安全に短時間で突破する事が出来るから。
まあ、二人を助けたいってのが第一で、こんな考えは後付な気がするけどね。ともかくできるだけ急がないと。
R4年3月17日 誤字修正しました。




