394 ブラッ〇・バード・ダウン 2
この作品は、ファンタジーでフィクションです。実在の人物や団体、歴史などとは一切関係ありません。
「インチョー」
馬車の上に仁王立ちしたゴブリン・マーシャルが両手で大型ハンマーを振りかぶって、俺の頭を狙って振り落としたのをギリギリで避ける。
うわ、ブンってすごい風切り音がしたけど冗談じゃねえぞ。あんな解体現場とか杭打ち作業なんかで使ってそうな、金属製の大型ハンマーなんて頭に喰らったら、余裕で頭蓋骨が陥没するぞ、しかも片側はピッケルみたいに尖ってるから、あのパワーで振り回せば多少の金属鎧位なら簡単に突き刺せるんじゃねえか。
いやそうじゃなくてもハンマーみたいな打撃武器ってのは衝撃を防具の中に伝えて中身を壊すって物らしいから、面の方で叩かれてもヤバいんだろうな。
「どうせなら、マンガの十tハンマーや大木槌みたいに、ハンマー部分がデカい方が動きを予想しやすそうだったのに、なんで振り回しやすそうな形状をしてるかな」
(当然じゃろうて、重量を衝撃として相手を破壊する武器に置いて、敵にぶつかる打点の面積が小さければ小さいほど、その一点に力を集中させる事が出来よう。同じ重量を同じ力で振るうのならばあたる面積が広いほど衝撃は分散しようて)
いや、それは解るけどさ、こうファンタジーの様式美みたいなのは、いやこの世界にそれを期待するのが間違いだってのは、コンナを見る度に思い知らされてるはずなのに。
「しかし、この状況は不味いな。これだけ重量の有りそうな武器を大振りしてるくせに、切り返しが早くて踏み込むタイミングがつかめない」
下からアッパーカットみたいに振り上げられた一撃を顎を反らしてかわし、その隙に空いた懐へ踏み込もうとするがすぐに斜め上からハンマーが振り落とされて、無理やり足を止め、逆に一歩後退して避ける。
ふつうこの手の武器ってのは振った直後が隙になりそうなものなのに、すぐに次の一撃が来るってのはどんだけのパワーが有るんだよ。振った勢いを無理やり止めてそんまま逆方向に振るとかさ。
こっちは早いところアラ達の所に行きたいってのに、さっき『術送の指輪』に送られてきたアラからの符牒が間違ってなければアラもハルもまだ無事だ、だけど二人の居る場所を考えれば大量のゴブリン・ソルジャーに襲撃されててもおかしくない。
「だから、だからとっととお前を倒して、助けに行かねえとならねえんだよ」
だっていうのにコイツはなんてこんな強いんだ。いや、落ち着け、慌てても状況は改善しない。
「ミーシア、このまま予定通りの経路でゴブリン陣地に射撃を続けながら走り続けてくれ、馬車を停めれば他のゴブリンも乗り移ってくるかもしれない、何が有っても止まらず、攻撃後離脱するんだ、俺達がやられたらハル達を助けにいけない。トーウは毒を散布してさっき妨害して来たエスコトートの集団を動けないようにしてくれ、仕留める事よりも、確実に全員が俺らの行動の妨害できなくするようにする事を優先だ、全員倒せるなら麻痺でも睡眠でもいい、あいつ等がこの後の俺達の行動を邪魔できないようにしてくれればそれで十分だ」
言葉で指示を出すと同時に、『術送の指輪』に幾つかの魔法を掛ける。万が一にもこいつが人の言葉を理解できていれば、口頭での指示を全部出すのは危険だからな。聞かれてもかまわない指示だけを飛ばさないと。
俺だけじゃこいつを倒すのは無理だ、スピードは多少俺がましだが、パワーが圧倒的に違う。武器にしても柄の長い大型ハンマーと戦ってるってのに、こっちは『斬鬼短剣』だがら間合いが短すぎるし、下手に武器どうしがぶつかればそのまま壊されかねないし、下手をすればそのままの勢いで疾走する馬車の屋根から叩き落とされるかもしれないから、避ける事しかできないし、せめて防ぐなり受け流すなり出来ればもうちょっとマシな戦いが……
いやムリだよな、『鬼活長剣』なら何とかなりそうだけど、あれに付いてる鬼属性への支援効果でマーシャルを強化するとか考えたくないし。
姿勢を低くして、小刻みに前後左右へと動き連続で振り落とされてくるハンマーを避ける。
くそモグラ叩きでもしてるつもりかよこいつは。
こっちは『軽速』をフルに使えなくて『闘気術』メインで避けてるってのに。
ミーシアが全力で引っ張ってる馬車の上に居る俺達には慣性がかかってるから、その場で跳び上がったって、ミーシアが同じ速度で引っ張っている限りはそのまま置いて行かれるなんて事は無いけど、スピードに合わせて結構な風が当たるから、『軽速』の体重軽減を掛け過ぎれば、軽くなった俺だけが風に吹き飛ばされるなんて事は十分あり得るからな。
『軽速の足環』には重量軽減の他にも、『運動能力外部補助』なんて効果があるから、そっちは使えてるけど。これだけじゃぜんぜん間に合わない、せめてもう少し早く動ければ、かと言ってこの状況じゃこれ以上軽くは出来ないし、『軽速』をフルに使うために馬車を停めようものなら、まだ無事なエスコートが乗り込んでくるだろうから。
となるとやっぱり、やるしかないか。
相手の懐に入ろうと前に出て、それに合わせて降られる攻撃を避ける為に後退するを繰り返すたびに徐々に後退しつづけそれに合わせて、数回攻撃するたびにマーシャルが一歩ずつ前に踏み出す。
「バーイプ」
向こうが前進してるせいか、どんどん手数が増えてきてるな、だけどもう少し、あともう少しで……
「ミウィーズリ」
俺の後退に合わせて前進していた、マーシャルが狙いの位置まで来たのに合わせて、両足に闘気術で力を込めて真上に飛び上がる。
(お主何を考えておる、跳んだだけで馬車から振り落とされる訳ではないとはいえ、このような手練れを相手にして、目の前で飛び上がるなどと、的になるだけではないか)
まあ確かに、ジャンプってのは滞空時間は空中で方向転換できるようなスキルなんかが無ければ、飛び上がってから着地するまでの軌道が簡単に予想できるし、姿勢を変えるだけでも難しいから、向こうからすれば狙いやすいし、足場の無い空中では踏ん張る事が出来ないから、攻撃を防いで耐えるのも難しい。
しかもこの狭い馬車の屋根の上の場合、相手は空中の俺を軽く叩いて少し弾き飛ばすだけで、馬車から叩き落とす事が出来る。
「まあ、攻撃するために跳んだわけじゃないからな」
マーシャルの頭よりも高く飛び上がった、俺を下から打ち上げる為か奴は大股で姿勢を低くして大型ハンマーを構える。
「狙い通りだ」
俺の目的はマーシャルの視線と意識を上に向ける事だったからな。
「人型に生まれた事を後悔しやがれ」
マーシャルの真下の屋根、車内と繋がっているハッチが下から一気に開かれ二つの人影が三本の手を伸ばす。
「レッジョバージ」
胸元辺りまでを馬車から出したトーウが、両手の毒爪を左右に広げる様に振るい、マーシャルの両足首のアキレス腱部分を一撃で切断し、同時に真上に手を伸ばしたニューヨークの女神像身みたいな姿勢で跳び上がったサミューが、伸ばした右手に持った『焼灼の利剣』をマーシャルの下腹部を下から真上に突き刺し、そのまま柄から手を放してその代わりに、マーシャルのブツを掴み、そこに体重をかけてぶら下がる。
「ゴウジョグズビボー」
うわあ、指示したのは俺だけど、こうして見るとホント痛そうだな、アキレス腱はもちろん、下腹部に深々と刺さった剣は発熱して内側から焼いて来るし、何よりブツを思いっきり握られながら、軽い女性とは言え人一人分の体重で下に引っ張られてるんじゃね。
しかもサミューはそのまま潰すつもりで握りながら、手首を思いっきり捩ってるからあのまま握り潰されながら引き千切られるっていう、言葉を考えただけでも下半身が寒くなるような事になるからな。うん、俺が自分で指示した事とはいえ、エグイわ。
鈍い音と共にナニかを掴んだままのサミューの右手がマーシャルの下半身から離れ、左手を伸ばしたサミューが刺さったままの剣の柄を握り引き抜きながら車内へと落ちていくのを追うかのように大量の血がハッチへ降り注ぐ。あの出血量だけで十分致命傷だろうな。
「後はコイツでトドメだ」
両足を潰し、大量の出血と複数の内臓損傷で虫の息も同然、ついでに複数の毒も足の傷から回ってるのか、奴はハンマーを取り落とした。後はこのまま『斬鬼短剣』で首を切り落とせば。
「ネヴァアアアダアアアイィィィ」
「な、そんな、このような事が」
「ウソだろおい」
股間からの出血が一瞬で止まり、腹の傷もアキレス腱の傷も塞がってやがる。こんなの俺の『超再生』並みの回復速度じゃないか、あの強さでこの回復って反則だろ。クソ、避けられた。
(おそらくは『老兵不死』とかいうスキルの効果じゃろうが、『勇者の武具』にも匹敵しうるようなこれほどの効果、この程度の迷宮のボスクラス、幾ら進化を繰り返したとはいえゴブリン風情には過ぎたスキルじゃ。よほどの代償なり制限が無ければ使えぬじゃろう、考えられるのは、長期間、数十日なり数か月規模の再使用不能期間や、大量の魔力や体力の消費の複合と言った所じゃろうて、おそらく威力の高いスキルや体力を使うような戦闘はもう出来ぬか、出来てもスキルは一度、戦闘も短時間が限界じゃろうて)
てことは、致命傷は治ったが追い込んでるのは間違いないって事か、なんとかもう一度大ダメージを与えられれば。今なら武器も落としたままだ、拾う前に何とか一撃を。このまま一気に懐に入って『斬鬼短剣』で一撃を……
「アイジャギュディダーン」
「な、消えた」
切っ先が胸に当たる直前に、マーシャルが完全に消えた、あのままなら心臓に一撃を入れれたはずだったのに。
いた、馬車から少し離れた所を『迷宮』方向に向かって逃げて行ってる。
(短距離とは言え、まさか転移系のスキルとはの、じゃがこれも代償が多きようじゃのう、『鑑定』を見てみよ、あ奴のステータスの大半が激減して居るし、スキルも殆どが使用不能となっておるわ。あれだけのスキルを使ったのじゃ、少なくとも数か月はあのままじゃろうて)
てことは、この活性化の鎮圧が終わるまでの期間の間は、あいつは戦闘離脱って事か、倒せなかったとはいえ戦果としては十分か。
「本当なら、このまま止めを刺したいところだが」
奴の逃げてる方向は、馬車の軌道から外れてるから馬車を停めるなり方向転換なりしてる間に逃げられるだろうし、俺だけで追えば、何か罠が仕掛けられていた場合対応できない、何よりアラ達の事を考えればそんな事をしてる時間はない、これで満足して欲をかくべきじゃないだろうな。
「ミーシア、このまま進んでゴブリンの陣地とある程度距離が取れたら止まってくれ、そこで馬車を外してからハル達を助けに行く」
塹壕が張り巡らされてるなら、小回りの利かない馬車ではすぐに動けなくなってゴブリンに取り付かれるだけだ、ミーシアだけなら多少狭い所でも小刻みに動けるし、多少の幅なら跳び越える事も出来る。
「サミューとトーウはそのまま徒歩で防衛線の方に戻ってくれ、ここから防衛線までなら、大きなゴブリンの集団はいないし、上手くすればコンナやミムズ達と合流する事も出来るはずだ」
防御力の高いミーシアや幾らでも回復できる俺はともかく、サミュー達をあそこに連れて行くのは危険すぎるからな。
ほんとならミーシアも連れて行きたくはないけれど、怪我をして動けなくなっているかもしれないアラとハルを運びながら逃げるとなれば、俺一人じゃ抱えられないし、何よりゴブリンの攻撃から二人を守れない。
ミーシアなら人の一人や二人抱えて走り回れるし、大盾なり獣鎧なりで守る事も出来るから。
「ご主人様、そんな、アラちゃんやハルさんがあそこにいて、ミーシアちゃんも行くのに」
「旦那様、そのような御指示はどうか御翻意いただけませんでしょうか、主を危地に残し従者が逃げるなどと、断じて受け入れる訳には」
やっぱり、そうだよな。この状況下でこの二人が大人しく帰ってくれるわけないよな。
R4年3月17日 誤字修正しました。




