390 強弓
「しかしまあ、ほんの数日でよくもまあここまで出来たもんだよな」
今日の作業が終わって、ゴブリンを抑えこんでた僧兵連中が退却してくるのを確認しながら周囲を見回すけど、俺達や神殿の魔法職連中が創った『稜堡』が幾つも『迷宮』方向へ向かって伸びている。
ハルへの魔力供給方法を常時奪い続けられる鞭から、他の連中に隠れて踏ませる靴に変えたせいで多少効率が落ちたとはいえ、当初の予定よりも多くの工事をハルと俺で出来たから、その分だけ予定を繰り上げられたぶん、明日には工事が完了しそうだな。
まあ、完成した後が本番なんだろうけどさ。
「確かにな、しかもアンちゃん等の造った部分は、短期間で作ったとは思えねえほど岩壁の厚みや強度がある。コイツなら昨日みてえに、ゴブリン・エンジニアの爆破が有っても耐えられるだろうさ」
いつの間にか、すぐ近くに来ていたゴリョウが中から強い香を放つ小樽と骨付き肉が何本も載せられた鍋を持ったまま俺の呟きに応えるけど、やっぱりドワーフって酒や肉が好きなのかな。
「全く、あんな近くにゴブリン・エンジニアが近づくまで気が付けねえたあ、もう少し見張りを増やさねえとな」
ああ、あれか、コンナ達の押し上げ部隊を迂回して森を抜けて来た、ゴブリンの別動隊が防衛陣地の端の方を奇襲してきたんだよな。しかも工兵を他のゴブリン数体の盾に守らせて接近して、爆発に巻き込まれるような事も無く壁だけを爆破しようとしてたから。
多分、迂回攻撃で後方の俺らを狙う事で押し上げ部隊の動揺を狙ったんだろうけど、アレはちょっとひやりとしたな、押し上げ部隊や建築工事に人手や戦力を割り振ってる分だけ、他の部分が手薄になってたから、少数のゴブリンでも陣地内に入って火を付けられたら、結構な損害になってそうだもんね。
その点、『稜堡』で作った岩壁はハルの熟練度が上がってるおかげでかなり丈夫に出来てるし、聞いた話だと元々『稜堡』の構造自体が爆破とかに強く出来てるらしいしね。
「後は数日後にスレッジ卿の戦車部隊が到着し次第そのまま攻勢に移るだけだが、まあそれまでの間も『稜堡』とテクニカルで削って行ってこの戦術の有効性をこの地に集まった貴族達に見せつけてやるがな。もうすぐ工事が終わる以上、今まで工兵として働いてた、うちのドワーフ兵達も全員に弓を持たせて配置するしな。補修だけなら人族の魔法工兵だけで十分だしな」
なんだか随分と積極的な方針だけど、目立ちたがりなのかな。しかしドワーフの弓兵か確か魔法工兵隊とその補助の歩兵隊だったよな、『攻城魔法』とかに特化すると攻撃魔法とかが苦手になるとは聞いたけど、ドワーフに弓を持たせて配置するのか、なんかドワーフが弓を使うのって違和感がさ、凄くてね。
どうもデカイ斧とかハンマーを振り回してるイメージが強いし。
「ふん、アンちゃんも弓はエルフって口かい、まあ歴代の『勇者』もそう言う考えらしいからな」
小樽から強そうな酒をクビりと飲んで、忌々しそうにゴリョウが言うけどさ。やっぱり弓と言えばエルフだよね。
まあ有名なファンタジー小説なんかの影響を受けた印象かも知れないけど。
とは言えうちのアラもそうだし、いや、だけど考えてみればエルフの国のリューン王国の連中も槍や長剣がメインの騎士連中だったな。やっぱり地球のイメージと現実は違うってことなのかな。でも、弓はエルフってゴリョウ自身も言ってたか、てことはこの世界でも間違った認識じゃないのか。
「さっきの作戦会議で、俺がドワーフ達を弓兵として使うって言った時に人族の貴族共や傭兵団のエルフ連中なんかも思いっきり鼻で笑って見せてくれたからな。どいつも口には出さねえがトロい筋肉チビは大人しく長柄でも持って最前線で動かない肉壁をやってろって考えが顔に浮かんでやがったからな」
親の仇みたいに骨ごと肉を噛み砕いて酒で流し込んでるけど、なんかすごい言い方だな、なんだろドワーフって他の種族から馬鹿にされてるのかな。
「確かにエルフの弓職は優秀だ、奴らはそれなりに離れた距離でも的を外す事は滅多にねえし、ちょいと腕のいい奴なら鎧の隙間を正確に狙える上に、敵味方が入り混じった混戦でも敵だけに当てれる。元々が森林で狩をしていた種族だから、『隠密行動』や『埋没』なんかのスキルを持ってる連中も多いし、身軽だから岩場や樹上なんかの普通なら隠れる事はおろか上ることすら出来ねえような場所でも、いつの間にか陣取って射掛けてきやがる上に、気付かれればすぐに隠れて素早く撤退できる。エルフの集落がある森に進軍した人族の軍勢が知らぬ間に取り囲まれて四方から射掛けられて這う這うの体で逃げ出したなんて昔話も多い」
うん、イメージ通りのエルフだな、どこぞの腹黒交渉好き王女とか熱血バカ王女とは大違いだ。そう言えば、ゴリョウは思いっきりドワーフって感じだよな、見た目と言い酒と肉を思いっきり食べてる所と言い、仲間に弓を使わせるってところ以外はさ。
「だがよ、そいつは『勇者』の言う所の遊撃戦って奴だ、冒険者や狩人としての小部隊での行動や森林や屋内なんぞの遮蔽物の混在する場所で奇襲するには適してるがよ、ここみたいな平地で大軍がぶつかるような戦いで求められる軍集団には向かねえ、まあ『勇者』クニオの言うような『散兵戦』が出来るようになりゃあ違うかもしれねえが、それだってテクニカルの数を増やして行きゃあ、幾らエルフの足は早えって言ったって、平野なら車輪の軌道力には適わねえし遠くまで見通せる場所での対軍攻撃ならドワーフの弓兵の方が良い」
なんだろう、この言い方エルフに対抗意識でもあるのかな、でもエルフよりドワーフの弓の方がっていうのは幾らなんでもさ。
「身を隠して気付かれずに接近する事が出来ない開けた場所で、進軍してくる敵集団を防御陣地から一方的に撃ち削るうえで重要になる物が、エルフの弓職には足んねえ。『射程距離』って奴がな」
髭に着いた肉片や酒の滴を拭いながら、言ってくるけど、そうなのか、エルフだと弓に特化して遠くまで飛ばしそうなのにな。しかしまあ、美味そうに飲み食いしてるなあ、俺が肉や酒と御無沙汰になってもう一年近くたってるってのにこんなの見せられるとさ。
「確かに弓系のスキルには射程を伸ばす物も有るが、その手のスキルも他のスキルと同じ様に一度使えば多少の硬直が有るんで普通に矢を射るほどの頻度で連発は出来ねえし、スキルを使い続けりゃすぐにバテて撃てなくなる。そもそもそう言ったスキルを持ってねえ奴もそこそこいるしな」
いや、スキルの問題じゃないと思うんだけどな、エルフなのにってのがどうしても……
「弓矢の原理ってのは単純だ、力で弓を曳きそれが元に戻る反動で矢を飛ばす。もちろん技術である程度変わるだろうが、基本は曳く力が強ければ強いだけ飛ばす力も強くなり、その分だけより遠くへより強力な一撃を飛ばせる。だがエルフは種族の特性として筋力、事に腕力がそれほどでもねえ」
ああ、確かに言われてみると、エルフってスレンダーだよな、筋骨隆々《ゴリマッチョ》なエルフってイメージにないし、見た事の有る範囲でもそこまでのはいなかったか、せいぜいがリューンの騎士なんかが細マッチョだったなって感じで。
「中には『剣狂老人』のような高レベル高ステータスの連中や、騎士や戦士なんかの職の補正スキルでステータスを上げてる連中もいるが、総体的に見ればエルフは腕力に劣り、弓職のエルフはそれを技術で補ってはいるが、力が無ければ射程や威力はそこまで高くはならねえ、だからこそ奴らは狙いの正確性や行動の隠密性を重視する。だが平野じゃあそれは役に立たねえ」
一息入れる様に肉を齧ってゴリョウが言葉を続ける。
「敵と向かい合って撃ちあうしかねえここじゃあ、エルフの弓職の射程じゃ短けえから、射程内に入った敵が走って城壁に取り付くまで、あるいは向こうのスキルの射程に辿り着いて撃ち返してくるまでの時間や距離も短くなっちまって、十分に敵を削れねえし、引き上げる敵が下がらなきゃならねえ距離も短い、ゴブリンどもが矢を気にせず休める安全圏が城壁に近い分だけ、奴らは体力を温存できるし、生き残りも増える。この距離が伸びれば伸びるだけ、白兵戦になる直前までの奴らの疲労度や負傷程度は上がるし、退却時の被害も増やせるだろ。まあ短い射程でも相手に効率よく痛手を与えられるような構造なのが『稜堡』ってもんだが、より遠くを攻撃できる方が有効なのは間違いねえ」
確かにそうか、つまりはエルフの弓職は特殊部隊みたいな感じなのか、だけどこの戦場で求められてるのは大砲とか重機関銃みたいなのって事だから……
「この戦場で必要な弓戦力は、遠くから向かってくる敵集団が接近する前に、一早く、より長い間、一方的に叩き削り続けられる能力、要は威力の高い重い鏃のついた矢を遠くまでぶっ飛ばせる様な、強力で重い強弓を簡単に曳ける益良雄を集めた弓隊だって事よ、それなら筋力体力に優れる俺らドワーフが適任だって事だ。俺らは手足が短けえから弓を曳ける長さはそれほどでもねえが、ならその分だけ弓を強くすりゃいい、弩や小型の床子弩程度の重さなら、人やエルフの兵士には到底曳けなくてもドワーフならそれほどきつくねえ、押し上げ部隊の居ねえ時にゴブリンどもが安心して集まってる距離まで矢を飛ばす事だって可能だ。隊列を組んだ敵相手なら大して狙わなくても、集まってるとこに一斉に撃てば何割かは当たるし、威力が十分ありゃゴブリン共のショボい鎧程度なら打ち抜けるから、エルフみてえに鎧の隙間を通すような狙撃にこだわる必要もねえ。ドワーフは元々鉱夫と職人からなる種族だ、一定の範囲に矢を集中させる程度の器用さは十分あらあ」
言われてみると、ゲリラ戦向きのエルフ弓職と、集団戦向きのドワーフ弓兵って違いがあるって事で、どっちが弓として優れてるって訳じゃないって事か、冒険者とか傭兵みたいな小規模戦闘に向いてるか、大規模戦闘をする正規軍に向いてるかって相性の差か。しかし、こうして聞いてるとやっぱりエルフを意識し過ぎてるような気がするな。
「ドワーフの弓隊が使う強弓と、それをよりよく運用するための『稜堡』やテクニカル、更には連携を取る戦車、これらを短期間で作成し万全の状態で維持管理できるドワーフの技術力、この戦で他族にドワーフだからこそ出来る戦法を見せつけてやらあ。これこそが一族の悲願だ、戦下手の弱小種族だと思い込んでる連中に目に物見せてやらあ」
戦下手の弱小って、ドワーフがか、イメージと違いすぎるんだけど……




