385 鰐侍女
「ミムズ様、先ほどのリョー殿からの御指示をどう思われますか」
先生直伝の入れ方で入れた御茶をお出ししながら、考え込んでおられるミムズ様に問いかけますが、おそらくミムズ様のお考えは決まっているのでしょうね。
「どうと言われてもな、合同パーティーを組み共に行動をしている以上、よほど理に合わぬ内容でもなくば否という訳にも行かぬだろうて」
御茶を口に運ばれたミムズ様の口元が微かに歪みます、御本人で意識されての仕草ではないでしょうが、味にご満足いただけなかった事がそれだけでわかってしまいます。やはりわたくしではあの味にはまだ届きませんか。
いえ、自分でも解ってはいたのですが、やはり何年練習しても先生のあの優しい味を出す事は無理ですか。
ここ数年は姫様方のお客様の方々や宮中の方にも十分お出しできる味となったので、あるいは思い出の中で美化しているために、あの味を再現する事が出来ないのかと思っていましたが。実際に口にしてしまえば、料理も御茶も美化していたのではなく実際に及ばないという事が解ってしまいましたから。
これはまだ、わたくしの練習が足らないという事なのでしょうね。
「ですが幾らライフェル神殿からの要請であるとは言え、これから先の数日間、毎日防衛線を出てあのゴブリン達を相手に野戦を行うというのは、どう考えても危険ではありませんか」
「危険というが、それを言えば戦に参加する事も『迷宮』に潜るという事も危険だという意味では同じではないか。それに、これほど名誉な事はあるまい、間接的にとは言えあのライフェル神殿からそれも神旗の元での戦闘参加の要請を受けて戦う事が出来るなど、武人にとっての誉ではないか」
「それはそうではありますが」
確かに、『迷宮』にて戦う全ての者を守りたもうライフェル神に認められるという事は、騎士としての名誉。
神旗を掲げ神殿勢力の一員として戦う、偶々その場に居たために共に戦う事となったという訳でも、これまでフレミラウ師と共に戦ってきたような一僧侶からの要請でもなく、リョー殿のついで扱いとは言え神殿からの直接の要請を受けて戦ったとなれば、ラースト家の家名が高まるという程度ではなく、戦での功績次第ではラースト家の家紋に新たにその功績を示す図案を加えて、ミムズ様の武勇を家伝に残す事も出来るでしょうし、この名誉だけをもってミムズ様の帰参が認められることも十分に有り得ます。
もしかすれば、従士待遇のプテックも、王家直参騎士として新たに家を興す事が国より認められる事すらあり得るかもしれません。
ですが、それもミムズ様が御無事であればこそ、幾ら武勇を誇る第一僧兵団の猛者達と共に戦うとは言え、なんの遮蔽物も無い平地であれほどのゴブリンの群れと真正面から対峙する事となれば、万が一の事も有り得るかもしれません。
実際に本日の突撃ではわたくし達はゴブリンの集団に囲まれて、危うい所でした。リョー殿のパーティーメンバーの支援が無ければ、あのまま包囲を狭められて、ただでは済まなかったでしょうから。
「ディフィー、お前が心配してくれている事は解る。事実、今日の戦いで我らは不覚を取ったからな。だが野戦が出来ぬ騎士など騎士とは呼べぬのではないか。本来騎士の役目とは騎兵として軍の先頭に立って突撃し敵を蹴散らす事であろう。主戦場であるべき平野で満足に戦えぬ騎士などなんの意味がある。それに傍仕え役の騎士がまともに戦が出来ぬなどと言われれば、姫様方の護衛役など務まらぬではないか」
確かに、武門の家系であるラースト家の御当主で有られるミムズ様が、戦下手などと言われれば家名に疵が付きかねませんが、ですがそれで有られましても御身の安全には……
「それに、リョー殿が前線に出られるというのであれば、彼のパーティー自体も戦う事になるかもしれぬ、それを安全な城壁の中から見ている事など出来まい、もしも突撃した事で危機に瀕したとしても、近くに居なければ何もできないであろう。もう二度とそのような事は……」
「ミムズ様……」
そうですね、あそこには、あの方が、ミムズ様は今もあの頃の事を気になされて……
「いや、もう自分の助力など必要ないのかもしれぬな、あの強さでは、ディフィーこれまでの戦闘を見てどう思った」
これまでの戦闘、『蠕虫洞穴』から本日までという事でしょうか。
「素直に、強い、と思います。リョー殿のパーティーの方々は、諸国に名をとどろかせるようないわゆる一流の武芸者や冒険者等と比べればまだ及ばないでしょうが、それでも優秀な戦力と呼べるだけの実力をどなたも有しておられます。これまでの戦闘を見る分で予想されるステータスはかなりの物でしょうし、スキルや魔法も豊富なようです。これに『鬼族の町』で見たようなリョー殿の奇抜な作戦が合わされば、かなりの戦果を挙げられることでしょう」
ミムズ様が聴きたいであろう答えからあえて少し外して、リョー殿達全体を評価いたしますが、確かにこうして考えてみれば、あの強さは異常ですね。
同じパーティーで共に戦って経験を積んで行けば、似たような頻度でレベルが上がりますから、極端に誰かが弱いままという事は少ないにしても、職や種族、個人の才能によるレベルの上がり難さやステータスの伸び具合、あるいは戦闘での役割や行動の差などから、それなりに成長度合いに差が生まれ、それに合わせた能力差が出てくるものですが。
あのパーティーは誰もが強い、アラ殿やミーシアの様にやや突出気味に強い方もいますが、他の方もかなりの強さが有ります。
これまでに共に戦ってきた中で予想できるリョー殿の行動内容を考えれば、パーティーでよほどの戦闘経験を積まれてレベルを上げてきたのでしょうから、レベルが高いだろうことは簡単に予想できますし、トーウさんはラッテルという武門の家系の出の方ですし、話しぶりを考えればあのハルという鳥もそれなりの家の出のようです、ミーシアなどは種族的な強さも有るでしょう。
ですが、アラ殿のような幼い身体であの強さは異常ですし、何より……
「ディフィー、自分が尋ねているのはそうではないと解っているだろう」
「はい、申し訳ありません」
「それで、どう見る」
ミムズ様の再度の問いかけに対して、これ以上誤魔化すのは無理でしょうね。
「信じられないほどの強さです。ネーザル様のお話通りであれば、二年前に発見された際にはティアル王国の直轄騎士ゲセン家の元に居られたとの事でした、聞く分ではその御家は文官系の流れで戦に出る事はほぼ無く、そう考えれば当時のあの方に戦闘能力は無かったでしょう。ティアル王国の政変のあおりでゲセン家が取り潰されたのが一年半前ですし、その後売られたであろう奴隷店についての調査結果で考えれば、リョー殿の奴隷となられてからの期間はおそらく一年と少し程度でしょう」
そのわずかな期間で、あれほどの強さになられるとなれば、噂に聞くように複数の『迷宮』を『踏破』されてきたというのは本当の事なのかもしれませんね。
ですがそれはかなり危険ではないでしょうか、冒険者であれば無理にボスモンスターに立ち向かって『鎮静化』などせず、適度な場所で狩続けるのが安全なはずです。確かにボスを倒せれば短期間でかなりのレベルアップが出来るでしょうが、迷宮ボスに挑むという行為は一つ間違えばパーティーが全滅しかねない危険をはらんでいます。
そう考えればやはりこのままリョー殿と共にいられることはあの方にとっては、それに何より。
「そうだな、わずか一年であれほどとは、ん、どうしたのだディフィー」
思わず見詰めてしまっていたわたくしに気が付かれたのか、ミムズ様が尋ねられてきます。
「いえ、何も」
ミムズ様ご自身はどう思われているのでしょうか。もしも、この方が望まれるのであれば……
お久しぶりです、次はリョー君視点に戻ります、ネタ回です。
H30年8月14日 誤字修正しました。
H30年10月01日 誤字修正しました。




