384 白熊さんと毒姫さんのスランプ対策
今回は別視点です。
「行きますわよ、『岩壁結界』。ふう、これで終わりですわね」
昼間の戦闘でゴブリンに破壊された防御壁の穴を埋める様に新しい岩壁を魔法で作り直しますと、この区画を担当する兵士達が直ぐにその裏に盛土をして、足場を作り直して行きますけれど、もう何日も続けているせいでこうした作業にも慣れて来てますわね。
「嬢ちゃん、ありがとうな、今回の修復の件もこっちの方から子爵家軍本陣に伝えておくからよ。この調子なら嬢ちゃんの御主人はまた褒賞を貰えるんじゃないか」
褒賞ですか、まあわたくしがどれだけ働いても奴隷の仕事は全て主であるリョーの物になるのですから割りに合いませんわ。とはいえ、これで少しはあの男もわたくしの重要性と言う物を理解してくれ、い、いえ別にリョー風情に認められたからと言って、なに一つ思うところはありませんわよ。
「また何かあったら、頼むんでその時はよろしくな」
この隊の隊長と思わしき騎士の言葉に軽く頭を下げてから帰りますが、流石にもう魔力がほとんど残ってませんから、これ以上なにかしろと言われましても今すぐは無理ですわね。
陣地用の岩壁や足場用の盛土だけではなく、陣地の前にあるゴブリンの土塁を吹き飛ばしましたり、放置されたゴブリンの死骸を幾らか焼き払ったりしましたから。
「しかし、これはいくら何でも一人でやる仕事量と考えますと、非常識ですわね」
いくらリョーから魔力を奪い取って、昼間の戦闘で使った分を回復させたと言いましても、普通に考えましたら魔法士一人がこなせる量ではありませんわ。
「全く、いつの間にかわたくしまで非常識になってしまった気がしますわ」
おそらくは、リョーの『成長補正』やこれまでのレベルアップのおかげでの魔力量なのでしょうけれど、そうだとしてもこんな風に下働きのような土木工事ばかりというのは少しあれですわね。軍集団の一員として戦う以上はこう言った作業が重要なのは理解しておりますし、予想以上に評価はされているようですけれど……
「やはり、魔法士となったからには、高威力の攻撃魔法で並み居る魔物をなぎ倒すというのを夢想してしまいますわね」
本日の戦闘でも、結局は後衛として遠距離魔法で多少の支援攻撃が出来た程度、後はアラの乗り物でしかありませんでしたから。
もちろんあの攻撃がリョー達の撤退支援にどれだけの効果があったかを考えれば、軽く見る事は出来ませんけれど、やはりシルマ家本家に生まれた娘としては、いえ……
「奴隷の身に落ちてリョーに買われてからもう一年は経つと言いますのに、いまだにあの家の事を考えてしまいますだなんて未練ですわね。あら……」
いま何か物音がしたような、この辺りは防衛線からも、それぞれの野営地からも少し離れていますし、何より昼間の戦闘で倒したゴブリンの死骸が積まれている場所があるはずではなかったかしら。
戦闘で損傷が酷かったり回収する時間が無い死骸などは、先ほどわたくしがしたように火魔法を使ったりあるいは油を掛けて焼却するなどして、ゴブリン達が土塁や食料として利用するのを防いでおりますけれど、燃え残りや骨などを利用される恐れがありますから、回収出来る物は回収して装備品や採集部位を剥ぎ取った後でこの辺りに積んで数日おきに焼却していたはずですが、流石に死体が積まれているために臭いもそれなりに有るのであまり人の近寄らない一角の筈では。
「いくらなんでも、ゴブリン・ソルジャーがあれだけ厳重な警戒線を騒ぎも起こさずに越えられるとは思えませんから、死骸を漁りに来た新人冒険者かしら」
忙しすぎて剥ぎ取りが出来ずに放置された死骸も幾らかあるらしいですし、お金や装備に不安のある新人冒険者などがそれらを目当てに死骸を漁る事も有ると聞いたような。
ここに廃棄された時点で倒した方は必要な物を剥ぎ取り終えて、死骸への所有権を放棄したと見なされますし、もしも剥ぎ取られていなかったとして、ここへ捨てられる時点で放棄した方からすれば大して価値の無い物なのでしょうから問題にはならないでしょうし。
「おそらくは、お金の無く戦果もあまり出せなかった冒険者や傭兵が、お小遣い稼ぎ、あるいは損傷した装備の代わりにと漁っているのでしょうけれど……」
夕方の死骸回収でも、誰が倒したのかが判然としない死骸などは若手の冒険者や傭兵、騎士家の郎党の方々などが作業の役得として剥ぎ取っていたようですし。
「ほぼ確実に問題は無いでしょうけれど、万が一にも今の音が陣内に侵入したゴブリンによる物であれば、放置しますのは問題ですわね」
ゴブリンは同族の死骸でも食べると言いますし、ここに放置されている大量の死骸を食べる事でレベルを上げるような事があれば、少数の侵入であっても被害が出かねませんもの。一応の確認だけでもしておいた方が良いですわね。
「しかし、こう暗い時間に見ますとゴブリンの死骸と解っていましても不気味なものですわね」
ゴブリンは多少小柄ですけれど、体の形はヒトとほとんど変わりませんし、この位の薄暗さでは体表の色の違いも分からないですから。
こうして無造作に積み重ねられていると、人の死体の山に見えてしまいますもの。
「確か、先ほどの音はこの辺りで、ひっ」
わたくしの見つめる先では死骸の山に何か巨大な物が頭を潜り込ませ、堅い物を砕くような鈍い音と湿った柔らかい物を潰す音を立てておりますけれど、これは咀嚼音、まさかアレはゴブリンの死骸を食べてますの。
思わず後ずさったわたくしの羽根が何かにぶつかり、振り返りますと、そこには人影が……
ま、まさかゴブリンが、大型魔獣を引き入れましたの、こ、このままでは。
「あ、あら、まさか……」
「え、こ、この匂いって……」
風で雲が流れたのか急に月明りが周囲を照らし、ゴブリンの死骸を咀嚼し続けている巨大な熊が振り返ります。
ゴブリンの血で白いはずの顔と肩口を赤く染め、人のそれとほとんど形の変わらない太腿を咥えたままで振り返ったのは……
「やはりミーシアでしたので」
「ハ、ハル様、ど、どうしたんですか」
わたくしに気が付いたミーシアが、咥えていた足を落としながら問いかけますけれど、彼女だと解っていましてもこの光景は少し、思うものがありますわね。
「ハル様どうされたのですか、確か防壁の修復に向かわれていたはずでは、まさか旦那様に何か有られてそれでわたくし達を呼びに来られたのですか」
わたくしの後から、トーウが焦ったような声をかけてきますけれど、この二人は一体ここで何をしていますの。
「全く、貴方達、とりあえずそこにお座りなさい」
「それで、貴方達はここで何をしているのかしら」
わたくしの前に正座した二人を、腕を組んで睨み付けてみましたけれど、別にわたくしは正座をしろとまで言ったつもりでは無かったのですけれど。
それにしてもミーシアは『獣態』のままでよく正座できましたわね、というか『人態』に戻ってから座っても良かったのですけれどね、というか『獣態』のままではわたくしが立っていても、座っているミーシアを見上げなければならないだなんて、この大きさはやはり非常識でわね。
まったく、ただでさえここ最近はサミューの様子がおかしいと言いますのに、この子達までおかしなことを始められては、まともな人間がわたくししかいなくなるじゃありませんの。
「あ、あの、さ、さっきまで、救護所で、て、手当てを、してたんですけど……」
手当てですって、そう言えば昼間の戦闘で負傷した冒険者を回復しきれなかった事を気にしてましたわね。確かに全快は出来ませんでしたけれど、あれだけの負傷を負いながら一命を取り留める事が出来ただけでも本人にとっては十分でしょうに。
というか救護所で回復魔法だなんて、あそこにはリョーと合同パーティーを組んでいた冒険者たちの他にも、子爵家傘下の家々の郎党や兵士、傭兵などが集まっているはずですけれど、この子の場合ですと身内以外も回復していそうですわね。
おそらくこの子も、わたくしと同じ様に『成長補正』で魔力が上がっているでしょうけれど、それだけの人数を回復するとなれば幾らなんでも、魔力が間に合う筈が……
「いえ、まさか、だからここで」
「は、はい、ここでお肉を食べて、そ、それでまた、きゅ、救護所で回復を、って、し、してました」
やっぱりそうでしたのね、この子には肉類を食べる事で魔力や体力を回復させる『肉食回復』が有りますし、以前にリョーが『魔力回路』の暴走で、魔法では回復しにくい負傷をした時にも同じようにしていましたものね。
部位欠損等は無理でしょうけれど、ただ単に深手というだけでしたら低級の回復魔法でも何度も重ね掛けをすれば、その分だけ効果はありますし、そうして数をこなしていればミーシアの熟練度も上がるでしょうけれど、これは……
いえ、問い質すべきはミーシアだけではありませんでしたわね。
「内容の是非はともかくミーシアのしていた事は解りましたわ。それで、トーウは何をしているのかしら、まさかとは思いますけれど、人の身で鬼の肉、それも生肉を食べたのではありませんわよね、そんな非常識な事はしてませんよね」
ミーシアはまだ『獣態』ですけれど、人であるトーウがそんな事をしたとなれば、より大きな問題となりかねませんもの。でもこの子の場合ですと、本当にしていそうで頭が痛くなりますわ。まったく、こう言ったしつけはサミューの担当だと言いますのに。
「いえ、サミュー様からもきつく言われておりますので、そのような行いは我慢しております。血の滴る生肉に何も感じないかと言われますると、否とは答えられませぬが」
我慢ですのね、感じる物が有りますのね。もうその時点で色々と言いたいことが有りますけれど、食べていないのでしたらそれでいいですわ。いえ、ですけれどそれならば何故ここに居るのかしら。
「でしたら貴方は何をしていたのかしら」
「はい、ゴブリン・メディックの死骸を探しておりました、もしかすれば、剥ぎ忘れた回復薬が有るのではと」
回復薬ですって、そう言えばトーウは最近ミーシアと共に応急手当要員として活動していましたわね。
となるとリョーが貸し与えている『癒しの短剣』では回復しきれないケガに使うという事かしら。いいえゴブリン風情が持っているような程度の低い回復薬では、あの『魔道具』より効果が高いという事は考えにくいですわね。
「ただでさえ、メディックは少ないと言いますし、そもそも後方に居る事が多いので、死骸が回収できる場所で倒される事自体が少ないと聞きましたけれど。何よりも低級とは言え回復薬はそれなりの価値がありますわ、よほどの事が無ければ取り忘れる事なんてないでしょうから、これだけの死骸の山でも一つ二つ、見つかるかといった程度ではないかしら。その程度では救護所に居る人数に対応するなんて到底無理でしてよ」
「いえ、戦傷者の方に使うのではなく、わたくし自身が飲むために御座います」
なにを言っているのかしらこの子は、リョーはあの非常識な魔法薬を始めとして、いくつかの回復薬を持っていますし、わたくしたち一人一人にも数個づつ持たせていると言いますのに。
「まさか、リョーが高価な薬を惜しんで貴方達の回復をしない事を心配しているのかしら。もしあの男がそのような事をしよう物でしたら、わたくしがどやしつけてあげますわ」
まあ、あの男はわたくし達には結構甘いですし、計算も出来ますから多少の薬代を惜しんで、奴隷としてかなりの値になるであろう、資産として見れるわたくし達を見殺しにするような事はしないでしょうけれど。
「旦那様がわたくしめを不要と考えられ、切り捨てられると御判断されたのでしたら、喜んでその御意思に従う所存でございますので、御心配には及びません。いえ、そうではありませんでしたね、わたくしの目的は、時折であっても薬を飲み続けていれば、わたくし自身が薬を創れるようになるのではないかと」
薬を作る、トーウは『薬士』の職でも取るつもりなのかしら、いえそうだとしましても、トーウが薬を飲む必要はないはずですわね。
「回復薬を飲み続ければ、わたくしのスキルで毒の様に薬を創れるのではないかと思いまして」
「クスリを、何を言っていますの」
「以前、強いお酒を大量に飲んで暫くしてから、酒精を毒として創れるようになりました。そして薬と毒は表裏一体、猛毒であっても薄めれば薬として使える物が有れば、有用な薬でも多量に服すれば命を奪う事も有ります。何よりかの『薬師』の武具は薬も毒も同じように登録して複製しておりますれば」
確かに、あの『勇者の武具』は毒と薬を区別しておりませんでしたわね。トーウのスキルはラッテル家が代々引き継いで血脈と共に磨き上げてきたものですし、更にリョーの『成長補正』の効果もありますから、不可能ではないのかも知れませんけれど。
「なぜ急に、そんな事を思い付いたのかしら」
「はい、以前から思ってはいたのですが、旦那様のパーティーで唯一の回復役で有られるミーシア様は最前衛を担当されておりますので、いざという時回復に回れない場合、あるいはミーシア様ご自身が負傷された場合などを考えまして、わたくしめも回復の手段を持っていた方が良いのではと愚考いたしました。また、今回のように後方待機となるのであれば、後衛向きのスキルがより重要となるでしょうから。わたくしにはミーシア様やアラ様の様に最前線で戦い続けられるほどの戦闘力も、ハル様のような強力な魔法も有りませんので」
この子も、この子なりに考えていたのですわね。てっきり一番サミューの影響を受けているために色ボケとなっていたかと思いましたのに。
「それに、わたくしのスキルが上がれば旦那様の財産である奴隷としての資産価値も上がりますし」
あら、意外と打算的だったのですわね。
「何よりも、旦那様が本懐を遂げられ禁欲を止められた際に、運よく御情けと共に御胤を頂き、旦那様の御子をこの身に宿す事が出来た時に、わたくしのスキルやステータスが高い方がより強い御子を産む事が出来ますので、旦那様の御子を産む以上は、あのお方の御名に恥じぬ立派な強い子を産まなければなりませんから」
な、なにを言ってますのこの子は、胤に子だなんて、という事は御情けという事は、まさかリョーと、そ、そう言う事を。い、いえ確かに高い能力を持った跡取りを残す為にあえて、高ステータスで有ったり稀有なスキルを持った奴隷に子を産ませる事があるとは聞きますけれど。
そ、そう言う意味ではリョーの『成長補正』で年に似合わないステータスを有するわたくし達は、そ、そうですわ奴隷であるトーウがリョーとそうなるという事は、同じ奴隷であるサミューはもちろん、ミーシアやわたくしも、リョ、リョーとその……
「ひ、非常識ですわ、破廉恥ですわ、そ、そんなこと早すぎますわ、は、い、いえ何でもありませんわ」
そんな何時の事になるか分からない事でなく、今考えるべき事は、今この場でのこの子達の行動の事でしたわね。
「トーウの勝手な妄想の事はどうでもいいですわ。とりあえず貴方達がここで死骸を漁っていた理由は解りましたわ、ですけれど、これっきりにした方が良いですわね。わたくし達がリョーの所有する奴隷だという事は、この戦闘に参加している大半の方々が知っているはずですわ。そのわたくし達がこうして底辺の冒険者の様に捨てられたゴブリンの死骸を漁っているのを見られたら、リョーがどのように見られるか考えてもごらんなさい、貴方達のせいでリョーが周りから軽く見られかねませんわよ」
本当でしたら、こんなふうな卑怯な言い方はしたくありませんけれど、この子達の行動を止めるにはリョーの名前を出すのが一番効きますものね。
「ミーシアがゴブリンの死骸を食べていれば、リョーは奴隷に十分な食事を出さないと見られるでしょうし、トーウが剥ぎ忘れを探せば、リョーは奴隷にそんな事をさせて小金を稼ごうとしていると思われるでしょう。それらの評価はリョーが資金に困っているあるいは過度の吝嗇であると、周囲に見なされかねませんわ。そうなれば、今回の合同パーティーの様にリョーが人を雇う際にも影響しかねませんわよ」
「そ、そんな、わ、私のせいで」
「旦那様に、そのようなご迷惑をかける訳には」
これ以上言いすぎてしまいますと、この子達の『隷属の首輪』が働いてしまいそうですから、この位にしておきませんと。
「という事で、これ以上は廃棄されたゴブリンの死骸に手を出すのおやめなさい」
「は、はい」
「承知致しました」
「ですけれど、二人のやりたいことは納得できますし、これからの事を考えれば疲れが戦闘に影響しない範囲でならやるべきだと思いますわ。ですからこれをお使いなさい」
わたくしの『アイテムボックス』から、幾らかの金貨を取り出して二人に差し出しますと、意外そうな顔でわたくしの方を見てまいりますけれど、なんですのその意外そうな表情は、わたくしは吝嗇家でも浪費家でもありませんわよ。
まあ、ここ最近良さそうな掘り出し物が無いので、使わずに残っていたというだけですけれど、まああの男は常識的に考えれば奴隷に自由に使わせるには過ぎた額を持たせてますから、この程度の額を出しても、なにかいい物を見つけた時は買えるでしょうけれど。
普通であれば財布代わりの財務担当奴隷でもなければこのような額は見ることすら出来ない筈ですけれど、と言いますかわたくしやミーシアが売られていた頃の値札よりも多い金額というのはどうなのかしら。まあ、それは今考える事ではありませんわね。
「貴方達だって、リョーから幾らかお金をもらっているのでしょう、その残りとこれを合わせればそれなりの額にはなりますわ。ミーシア、貴方はこれでお肉を買いなさい、別に料理された物である必要はありませんわ、解体を終えた肉塊でも、なんでしたら生きたままの山羊や水牛でも構いませんわ」
要は、死骸を漁るのではなく、資金力に余裕がある事を見せられればいいのですから、他の冒険者達が見ている前で量を買うというのは有効でしょうし、それに巨大な肉塊や、生きたままの家畜を食べて見せるというのは、視覚的な威嚇にもなりますから、この子に手を出そうとする冒険者も減るでしょうし、まあ昼間のあの戦闘を見た後でそう考える様な痴れ者がいるとは思いませんけれど、ミーシアは普段の態度がアレですから、はた目には与しやすく見えてしまいますものね。
「トーウ、貴方はこれで陣地に出入りしている商人から回復薬を御買いなさい。ここでしたら、日々の戦闘でいくらでも売れますから、それなりの量も有りますし、複数の商人が競いながら売っていますから値段もそこまでは高くないようですし」
まあそれでも並程度の冒険者などには一つ買えればいい方という値段のようですけれど。すぐには結果が出ないでしょうけれど、こうした行動が役に立つ日が来るでしょうから。
H30年8月14日 誤字修正しました。




