380 賞与
「『活性化』前の大規模な陣地構築、防衛戦における合同パーティーによる多数のゴブリン撃破、そして本日の戦闘において、今防衛戦初のカーネル撃破、『虫下し』こと冒険者リョーがこれまでに立てた功績の大なるを認め、我がセガタ・ミシ・ロウの名の下にこれを賞し、褒美を授ける物である」
臨時で三方に張られた陣幕の中央、台が置かれて他よりも少し高くなった場所に置かれた椅子に腰かけたままで、ロウ子爵が自ら賞状を読み上げてから丸め、横へと差し出すと、受け取ったユカ・ワセンが賞状とインゴット状になった金塊をお盆に乗せて、自分の目線よりも高めに恭しく掲げながら天幕の外に跪いている俺の方へと歩いて来る。
「子爵閣下より、直々の御厚情である、ありがたく受け取るがよい」
「はは、頂戴いたします」
跪いたままお盆を受け取るけど、渡して来た相手が陣幕の中に戻るまではこうして頭上に掲げたままって『軽速』が無かったら結構きついよねこれ。金塊って結構重たいんだしさ、まあ、土の上に直接跪くんじゃなくて、足元に革の敷物を用意してくれてるだけマシなのかもしれないけど。
(もう少しじゃから我慢するのじゃぞ、その証書はもとより、こうして褒美として与える金塊や銀塊は必要があれば同重量の金貨や銀貨等と同じ様に使えるが、基本的には名誉の証の記念品とされる。そう言った意味と貴金属としての品質を子爵家が保証するという意味で、子爵の名や家紋などを始めとして子爵家を示す模様や文言が彫られて居るはずじゃ、そういった物を受け取った直後に軽々しく扱えば、どうなるかお主でも解ろう)
ま、まあな、この世界じゃ貴族や騎士連中は名誉とか体面とか無茶苦茶重視してるし、ミムズだって、自分ちの家紋を交渉の場に敷いて、これを汚したらただじゃおかないなんて風に脅しに使ってたもんな。
(もしも、必要が有ってそれを売る場合は、褒美であることを示す表面の刻印を削ってからにするのが礼儀じゃ、そのために側面に発行者と額面重量などの売買に必要な必要最低限の情報が刻んであるし、表面は削りやすく出来ておるのでな)
ほんとこの世界ってめんどくさいな。しかしまあ、昨日の戦闘がここまで大ごとになるとはな。
(何しろ、ゴブリン・カーネルは数千の個体を支配下に置く大物じゃからの、さらに上のジェネラルやマーシャルなどが居るとは言え、これだけの大物を仕留めたのは今回の戦いでは初の事らしいからのう。膠着しておる防衛戦で士気高揚のためにも大々的に喧伝したかったのじゃろうて)
ん、整列する騎士や兵士たちに混じる様に並んで見物してた、冒険者の代表連中が何か話してるな、この場でこっちを見ながらってことは俺に関してなのかな。というか、こんな場所で私語をしてていいのかよ。
(まあ、今回の当事者はお主じゃからのう、それ以外の者は極端に目に余り子爵家の体面を傷付けるような言動でなくば、戦場の簡易式典であるし冒険者風情にそこまでの礼法を求めても、仕方ないという事で見逃しておるのじゃろうて、ましてこれの目的はお主の武勲を広めて士気を高揚させる事じゃから、多少礼儀知らずでも話を広めてくれそうなものを参列させたのじゃろう。それに、こう言った事で処罰を厳しくしすぎ、悪い噂が立てば今後何かの際に戦力を雇い入れようとした際、傭兵や冒険者が集まりにくくなるからのう)
てことはこの場での冒険者同士の噂話も、子爵家にとっては狙いの内って事か。
「おい、聞いたかよ、あいつがどうやってゴブリン・カーネルを仕留めたのか」
「あん、投石機で敵の真上を跳び越えたってんだろ、そんなんそこらじゅうで噂になってら、正気の沙汰じゃねえってな」
酷い言われようだな、まあ、あんな方法じゃクッションも紐も無しでバンジーするようなもんだから、普通に考えれば自殺行為だよね。イカレテるって思われても仕方ないのかも。
「いや、そうじゃねえって、その先の話だよ、そこの櫓に上って矢を撃ってた奴が見たらしいんだがよ、なんでも一刀で切り落としたらしいぜ」
「切り落としたって何をだよ、首か、そんなの二つ名が幾つも付く様な実力がある前衛職なら、別に難しくねえだろうさ」
「首じゃねえ、ナニだよ、ナニ」
あれ、この流れ、ちょっとヤな予感が……
「ナニでわかるかボケ、何を切り落としたのかはっきり言えよ」
「ゴブリン野郎のナニを切り落として、去勢し宦官にしちまったんだよ」
宦官って、いや別にそこを狙った訳じゃなくて太腿の血管を狙ったんだよ。
というかこの世界にも宦官って有るんだな、いや考えてみれば地球でだって洋の東西を問わず東は中国から、西はローマ帝国まで存在してたらしいから、この世界にあってもおかしくはないのかもしれないな。
前に読んだ本じゃ、宦官の制度が無かった日本の方が逆に変わってるなんて書いてたりしたし。
「あれを切り落とすって、奴の『不浄斬り』ってのはそう言う意味だったのかよ、不浄を斬るってか」
いや、違うからね、そもそも自分で『不浄斬り』なんて名乗ってないし。確か、あれの不浄ってのは、虫とアンデッドの筈だから。
「おいおい『羅斬』なんてシャレにならねえぞ、まさかそんなスキルでも持ってるんじゃねえだろうな。首を落とされて死ぬってんなら、まだカッコが付くがよ、あっちを切り取られてお陀仏なんて笑い話にしかなんねえぞ、まして去勢されて死にぞこなっちまったら、女を抱けなくなるんだぞ、何を楽しみに生きりゃあいいんだか」
まあ、禁欲って色々溜まるからね、うん、俺もその気持ちはよく解るわ。いや何時もヤル事ばかり考えてる訳じゃないんだよ、でも男の子だもんどうしてもさ……
でも『羅斬』ってなんだろ。
(『羅斬』とは、性器を切り落とす刑罰の事じゃ、宦官とは罰として去勢された上で貴族や王族などの邸内で男が立ち入れぬ場所にて力仕事等を行う奴隷となった者、あるいは自らの意思で去勢した上で貴族や王族の使用人となった者の総称じゃし、宮中で去勢奴隷となる事を加味して去勢刑を行う場合は『宮刑』と呼ばれ、ただ切り落とす事だけの罰である『羅斬』とは区別されるのじゃ)
「おい、声がデカいぞ、奴や、奴の奴隷に聞かれたらどうするんだ、獣人は耳が良いんだぞ、もし聞かれようものならお前らだって『不浄斬り』の奴に切り落とされるかもしれねえぞ、いやそうじゃなくてもタダじゃ済まねえだろ。さっきの戦闘の様子は、オメエ等の位置からでも多少は見えただろ、噂に違わぬイカれっぷりだよ」
いや、イカれっぷりって、そんないい方しなくてもさ。というか、親指で首を掻っ切る動作をわざわざ腰のあたりでするのやめて。
「確かにな、あっちの騎士やその従者連中、特にゴブリンを踊り食いにしてたワニなんかもアレだけどよ、あの熊はなんなんだよ、突進だけで密集隊形を作った集団をあっさり蹴散らしちまったんだぞ、立ち上がった時の後ろ姿なんて、デカすぎてどっかの城壁かと思ったぞ。あれが『白嵐』か、確かにあんなのが暴れまわりゃ、村の一つや二つ余裕で廃墟になるわな」
ま、まあ、ミーシアは突っ込んだ子達の中でも格段の戦果だったみたいだからね。
「いや、それよりもヤベエのはあっちのガキンチョだろ、幾ら空の上から好きなように狙えるって言ったってよ、なんだよあの魔法とスキルの雨はよ、一人でどんだけ倒したんだってんだ、威力が落ちてるせいか仕留めた数はそこまでじゃねえみてえだが、あんなふうに動けなくされちまえば、後は煮ようが焼こうが好き放題に出来ちまう『雷滅幼女』ってのは良く言ったもんだ、あんな化け物の居るパーティーを相手にすりゃ、ちょっとした騎士団だって全滅しちまうだろうよ」
う、確かに、後退するミーシアやプテック達に聞いた分だと、アラの魔法や矢傷で動けなくなったゴブリンをそれなりの数踏み潰しながら帰って来たって言ってたもんな。
しかもアラは、俺達がある程度後退した後で、動けずにいたゴブリンの中から体格が大きくて見分けやすかった、上位種を何体か狙撃で仕留めてたらしいし。
う、そう考えると反論できないかも、いやでもさ、ミーシアもアラもホントは良い子なんだよ。
「他の奴隷も、突撃の援護をしてた時の『焦砦鴉』の魔法はやっぱ強力だったな。しかも見たかよ、ガキンチョとは言え、人一人乗せて、ゴブリンの遠距離スキルが届かねえ高さを飛び続けてたんだぜ、『雷滅幼女』の戦果もあれが有ったからだろ。あんな奴隷なら相当な金で売れるんだろうな」
ん、ハルが高値で売れるってどういうことだ。
(先日も言ったと思うが、魔物にしろ獣人の『鳥態』にしろ、人を乗せて飛べる個体というのはかなり希少じゃからの。ロウ家のジャイアント・ホッパーも騎士を乗せた状態では飛び跳ねるのが精いっぱいで、羽で跳ぶ事は出来ぬし、大概の飛行魔獣はよほど力の有る物でなくば、背に重量物を乗せると途端に飛べなくなるのじゃ。かといって人を乗せて飛べるような魔物は捉えるのも馴らすのも難しく、それなりの規模の国であっても1、2体、国王やその信任を受けた重臣用の魔物がおればよい方じゃ。一時はそう言った魔物を調教して献上すれば、男爵になれるとまで言われておったからの)
てことは、この世界では、組織的な空爆が出来るような飛行集団は無いって事なのかな。あれば強力そうだけどな、二次元の平面上で戦う相手に三次元での作戦展開が出来るんだからさ。
あれなんだろう、こういう『二次元』とかって言い方をすると『二次元』のほうが『三次元』より強そうな気が、いや気のせいだな。
「他の二人の奴隷は大して目立った動きは無かったが、あの三人が噂通りだったんだ、あっちも洒落にならねえんだろうな」
うちの子達の噂にどんどん尾ひれがついてる気がするな。まあ、あの子達の噂が立てば変な気を起こす連中も出なくなったりするかな。うちの子達はみんな可愛いし、ここは男女比が圧倒的に男に偏って、冒険者なんかは粗暴な連中が多いからさ。
「しかしまあ、一番シャレにならねえのは、いくら奴隷だとは言え、あんな化け物ばかりを配下に置いてる『虫下し』だろうがよ」
あれ、結局そこに行っちゃうの、俺はステータスもスキルも普通なのに……
「失礼いたします。火急の用件にて、ご無礼をお許しください」
ん、なんだ、やっとユカ・ワセンが幕内に戻ってこの姿勢を止めれそうだっていうのに、とりあえず手を下ろしてもいいのかな。
「子爵閣下の執り行われる、賞与式典の最中ぞ、何事か」
「は、領境方向よりライフェルの僧兵と思わしき騎馬が数騎、我が陣へと向かっております」
「ん、ライフェル神殿軍の騎兵であるならば、この地へ援軍として向かっている僧兵団の先触れではないのか、確か明日の朝か、今日の夜辺りに到着予定であったろう」
「それが、騎兵達の掲げる旗は、所属を示すライフェル第一僧兵団の物と、ラ、ライフェル神殿、神官長猊下の神使であることを示す神意旗が」
伝令の兵士が報告をし終えると同時に、周囲が一気にざわつくが一体どうしたってんだ。
「場を、場を整えよ、直ちに供応の準備をさせよ。何の先触れも無く直接神使が来られるとなれば、そのまま下知される事となりましょう。幸い式典の為に陣幕を張っていましたので、この場にて下知を受けられましょう、閣下此方へどうぞ」
「うむ」
慌てたように、騎士や役人達が動き回り、ユカ・ワセンが身振りで俺を隅の方に並んでる冒険者連中の方へ下がらせると、さっきまで俺が居た位置に、子爵本人が跪くって、いいのかよそれ。
(仕方あるまい、神使や勅使とはただの使者ではなく、教主や国主など教団や国家の最高位者の意を本人の名代として伝える者であり、神命や勅令を受ける者は、使者が何者であろうとも、たとえ自分よりも下位の者であったとしても、それを送った本人すなわち教主や国主に対する物と同等の礼儀を持って当たらねばならぬ。諸王と同等の立場とされるライフェル神殿の神官長が送る神使ともなれば王の意を伝える勅使と同じ様に、つまりは一国の王が訪れ、その謁見を受けるのと同じように対応せねばならぬのじゃ)
うわあ、めんどくさそうな話だな、連絡役が来ただけなのにVIPとして扱わなきゃダメってか、しかも今の話だと普段バカにしてたりケンカしてるような相手でも、勅使としてきたら下手に出なきゃダメって事だよね。
(この場は式典の為、野戦陣地の中に臨時の謁見の間としてしつらえたものじゃ、謁見の間とは、身分差がある相手と会う場合に、上位者が下位者を見下す形で行われる場所じゃ、迎える相手が敵対している陣営に属して居ったり、もしくは只の使者でしかないというのならばともかく、同格以上の者に対して、階の上に座して待つなどとなれば、無礼どころで済まされるものではない。貴族が王族やその勅使、またはそれと同格の者を迎えるとなれば、目下であることを示す為に自らの座所を譲り、その前に跪いて待つのが礼儀となる。もちろん状況や、地域での違い、相手との関係性などで変わりはするがの)
多分地球でも、江戸時代とか、封建制度の有った頃のヨーロッパなんかは、色んな仕来りとか作法とかあったんだろうけど、ホントめんどくさいな、こういうの少し間違えたらとんでもない事になりそうなのに、内容が色々ありすぎるからさ。
「神使殿、御到着」
ロウ子爵家の連中が慌ただしく出迎えの用意をし終えたのに合わせたかのように、ライフェル教の使者が到着するのを、跪いて頭を下げる冒険者連中に混じりながら、上目でチラ見するけど、いかにもな感じのちょっと偉そうな神官のオッサンよりも、護衛といった風に背後に控えてる巨体がさ、なんかすごく見覚えがあるような。
「む、そちらに……」
あ、向こうもこっちに気が付いたっぽい、てことはやっぱり間違いないかな。
鍛え上げられた巌のような体躯に堂々とした立ち姿、磨きたての陶磁器の様に艶やかな表面が光を弾くスキンヘッド、そしてその頂上部の左右に存在感を示す無毛の獣耳。
「なんだろうな、コンナが居ると、重要な使者というか、降伏勧告に来た敵軍の武将って感じがしてくるな」
H30年8月07日 誤字修正しました。




