373 遠距離戦
昨日の夜も更新しています。
「弓一番隊、放て」
指揮官の号令と同時に、斜め上に掲げられていた無数の弓の三分の一から、一斉に矢が放たれて、風きり音と共に虹みたいなアーチを描いて俺達の頭上を飛んでいき、こちらへと向かってくるゴブリンに降り注ぐ。
「弓二番隊、放て、その後三番隊も続け、各隊適時間隔を挟みそれぞれの隊長の指示にて攻撃を継続」
ほとんどタイムラグ無しでまだ放っていなかった弓隊の三分の一が矢を放ち、数秒後に残っていた連中も射撃を始める。
その間に既に放ち終えた隊が矢を弓につがえだして、次の射撃の用意をしそれぞれの隊が別々に矢を放ち、ひと塊となった無数の矢の影が、一定の間隔を空けてゴブリンの集団へと向かっていく。
「よっしゃ、敵の前列は防御スキル切れだ、野郎共、俺らもやるぞ、遠隔スキル、弩、投石紐、投槍器なんでもいい、奴らの防御スキルが回復する前にありったけ打ち込んで、数を減らせ、出来る事なら盾スキルの有る上位種を潰してくれよ」
さっきまでゴブリンの頭上で何かにぶつかったかのように急に勢いを失って、バラバラと横向きに地面へ落ちていた矢が、数回後の斉射では勢いを保ったまま数体のゴブリンに突き刺さり倒していくと、それを確認した『百狼割り』が直ぐに叫び、冒険者連中も一斉に攻撃を開始する。
「弓隊、矢を代ええ、骨鏃から鉄鏃に変更、変更後一斉に放て、投石機発射」
使う矢の切り替えって、いや相手のスキルを使わせるための殺傷力が有っても意味が無い矢と、倒す為の矢を使い分けてるのか、投石機なんかも今まで使わずにいたのもこのためか。この地域の軍隊なんかだと、過去に何度もゴブリン・ソルジャーの集団と戦って来たんだろうから、それ用の戦闘方法なんかが確立されてるってことなのか。
「いっくよー」
「プテック、ディフィー、サーレン自分達も行くぞ」
『百狼割り』達に合わせるように、うちの子やミムズ達も一斉に遠距離攻撃を始め、防衛線全体から魔法やスキル、矢や石が一斉に飛んでいく。
「グゲガ、ベ」
落下で速度を増した矢が、その勢いのまま盾を貫き、何本かがゴブリンの身体に刺さる。
「ゲゲ、ラバ」
地面と水平に飛ぶ斬撃が、ゴブリンの胸鎧を斬り裂くが、それをものともせずに前進しようとするゴブリンに斬撃が何本も当たり、腕が吹き飛び、顔に傷が走り、斬り裂かれた腹部から臓物を零しながら、崩れ落ちる。
「ググベ、ボバー」
魔法の直撃を受けたゴブリンが全身を火に巻かれたまま、地面に倒れ転げまわる。
「ヒゲバ」
上空から落下してきた巨石を盾で支えきれず、おかしな方向に腕の曲がったゴブリンがそのまま押しつぶされ、血をまき散らす。
「ち、やっぱりまだ距離がある分、遠隔スキルの威力が足りねえな、一人で倒そうと考えてんじゃねえ、何人かで一体に攻撃を集中させろ。それとこっちの攻撃が届くって事は、向こうの遠隔スキルだって届くんだ、攻撃ばっかりに気を取られて身を乗りだしゃあ狙い撃ちにされるぞ、せっかくの遮蔽物なんだ上手く使え」
なんだ、『百狼割り』が的確な指示を出してる気がする、いや元々数十人の集団を仕切るボスなんだから、こういう戦いの方が得意なのかもしれないな。
「この程度の距離ならば、十分に弓の豪力を高めれば、たとえ防御スキルが有ろうとも貫けよう」
「『四弦万矢』殿、もう少し右寄りに放たれよ」
「承知」
「グ」「ベ」「バ」「ボ」
デボラン老の指摘通りに『四弦万矢』が矢を放つと、とんでもない音がして矢が飛んでいくのが見えないまま、延長線上にいるゴブリン数体が粉々に吹き飛ぶ。これだけの音がして、目で捕えられないって、ホントに音速越えてるんじゃねえか。そんなスピードが有ればそりゃ、多少の防御も距離も関係ないだろうな。
「グギャ、ガグア、ボバア」
「うふふ、ああ、良い表情ですねえ、この場所は良く見えてゾクゾクしてしまいますわ」
顔の半分以上が溶けた、ゴブリンを妖しい笑みを浮かべて眺めながら、ミカミが拳大の素焼きの器に液体を込めて蓋をし、投石紐で十数回振りまわしてから、放り投げる。
「アベ、モデガゲエエエ」
一体のゴブリンの頭に当たった器が砕けると同時に、液体が顔にかかり、煙の上がる顔がただれ始めたゴブリンが崩れ落ちる。うわあ、致命傷にはならないけど、あれは喰らいたくないな。
よし、俺も、もっと頑張るぞ、ん、出ないな、え。
「あれ、まさか、もうなのか」
さっきから、他の連中の様子を見ながら三つの指輪を使ってたけど、まさかこんなに早くMP切れになるなんて。そりゃ、今までは戦闘の補助的に使ってたから、こんな連射する事は無かったけど、こんなあっていう間に使えなくなるなんて。
(ここからでは、まだ距離があるからのう、遠くに威力を保ったまま飛ばして居る分だけ消費が大きくなっておるのじゃろうて、じゃというのにお主は何も考えずに連射しおるから)
いや、だって、こんな遠距離での打ち合いなんて初めての事だし、慣れて無ければこういう事だって。
(よく周りを見渡してみよ、長距離に向かぬ者は、今のところ牽制程度に留めて相手が近寄って来るの待って居ったり、体力や魔力の少ない者はスキルや魔法に間隔を空けて消耗に気をつけておるじゃろうが)
う、要は俺がペース配分をできてなかったって事なのね。
(まあ、それほど気にする事は無い、どうせ正面からの遠距離攻撃のみではあれほどの群れを倒し尽くす事も、完全に抑え込むことも難しかろうて。もう少し経てば壁を挟んでの近接戦闘に移行するじゃろう、そうなればお主ももう少し戦えるであろう)
まあ俺は接近戦メインだもんな、魔法と回復の職しかないのにおかしな話だけどさ。
それでも、近くまで敵が来た時が本番だと思っておくか。なにせ現状ではできる事がもうないからな。
「く、やはり遠距離攻撃のみでは、これだけの軍勢を完全に足止めする事は出来ぬか、こうして実際に経験してみると『四弦万矢』殿が弓のみで『破軍』を成し遂げたというのがどれほどの偉業か分かろうと言う物だな」
ミムズが腕を大きく振りかぶって『帰還の手槍』を投擲すると、掲げられた盾ごとゴブリンの腹に深々と突き刺さる。その直後に槍が消えてミムズの元へ戻ると同時に大きな傷跡だけが残され、そこから大量の血が噴き出す。
「あの時は、狭い山道を縦長に進んでくる敵の先頭を叩くのみであったからな。それに前衛で戦ってくれた戦友もいたことであるし」
ああ、少数で多数を倒すっていうのはそう言う状況も必要って事か、それなら、相手が好きに展開できる平野じゃ完全に抑え込むってのはやっぱり無理なんだろうな。
「とは言え、この場であってもリョー殿達が設置された障害の為か、相手の進軍速度がやや落ちているのが幸いだが」
何か『四弦万矢』みたいな、歴戦の戦士みたいな相手からこうやって正面切って誉められるとちょっとこそばゆい感じがするな。
確かに鉄条網代わりにした荊の所で、ゴブリン・ソルジャー達が立ちどまってる状況が所々で出来てるもんな。まあ奴らの装備は盾に胸当て後は兜位で、下半身はズボンだし腕はむき出しだから、トゲの有る荊をかき分けて進むってのはきついだろうからな。
「へ、ああやって立ちどまったところなら、うちのわけえ連中でも、狙いやすいってもんよ、オメエ等狙え狙え、あんなのは的みてえなもんだぜ」
「あれだけの規模で設置できるとは、アラ殿は弓だけでなく魔法も素晴らしいな、そのような可愛らしく幼い小さな身体の中にどれほどの魔力が籠っておるのか、貴殿もそうは思われぬかデボラン老」
うん、なんかゴブリン達の動きが少し変わってきたような、荊の前で立ち止まってた連中が、左右に分かれてその隙間で何かを運び込んでるな。
「む、あ奴ら正気か、く、多少知恵や集団性を持っていても、ゴブリンはしょせんゴブリンという事か」
ゴブリン・ソルジャー達が遠隔攻撃で倒されたゴブリンの死体を引きずっているのを見て、何かを悟ったのかミムズが忌々しげに呻く。
「不味いぞやつら、死骸を橋板代わりにして、荊を乗り越えるつもりだ、やらせるな、止めろあれを越えられたら、一気に寄せて来るぞ」
慌てたように『百狼割り』が指示を出すが、その間にもゴブリン達はどんどん死骸を運び、荊の上に投げ飛ばし足場代わりにして乗り越えて来る。
「伝令、伝令ー、他の防衛陣地で新種が確認された、名称はグレネード、接近すると爆発スキルを込めたこぶし大の石を投擲してくる。爆発に合わせかなり広い範囲に高速で無数の石片を拡散させ周囲の物を殺傷するとの事だ。盾や壁の影に隠れれば防げるが、無防備に巻き込まれれば鎧で覆われてない部分はただでは済まない、注意しろ」
おい、手榴弾もいるってことかよ、爆発ってシャレにならねえだろ、いや触った物を爆発させる『近接爆破』スキルが有る工兵ってのも居るんだっけ。とりあえず注意しないとな、うちの子達はミーシア以外軽装だから近くで爆発なんてあったら……
「クソ、もうあんな近くまで、こっちを狙っ、ぐがあ」
距離を詰めて来たゴブリン・ソルジャー達が一斉射撃を始めて、岩壁に隠れるのが遅れた何人かに遠隔スキルが集中し、隣の領軍陣地に居た数人の兵士が血まみれになって倒れる。
「お、おい、撃たれてるからって攻撃を絶やすな、俺らが隠れてる間にどんどん詰められるぞ」
そっか、戦争映画なんかでも、突撃する時なんかはこんなふうに援護射撃をして、敵を牽制して味方への攻撃を抑えこむんだっけ、確か制圧射撃と弾幕とかって、いや考えてる場合じゃない、このままだと……
「爆発スキルだ」
叫び声と同時に、領軍陣地で爆発音が響き、爆風と埃、それに肉片がこっちへ飛んでくる。
「腕が、腕があああ」
「ドナ、ドナ、隊長、ドナの腕が、血が止まらねえ」
片腕を吹き飛ばされた兵士に他の兵士が集まり傷口を押えこんでいる。
「馬鹿が、訓練を忘れたか、それで縛っておくんだろうが、血止めをしたら後方に寝かせて置け、そうすればそのうち雑役兵が運ぶ、貴様も子爵軍に属する兵士ならば、十や二十の損害程度で取り乱すな」
指揮官の言葉に、兵士の一人が腕に巻いたリボンを一本解いて腕の付け根に巻き付けて縛り、隙間に棒を差し込んで捩り上げる。そうか、あのリボンは止血帯だったのか、多分アレもミリオタ勇者が元ネタなんだろうな。
あれ、でもそう言えば。
(ラクナ、止血をしておけば搬送してくれるって事は、後方に野戦病院みたいなものがあるのか)
事前説明の時にはそんな話は無かったよな。負傷した時は基本各自で対処するようにって話じゃなかったっけ。
(兵士であれば、血止めや痛み止めの薬草程度は出してくれるの、後は傷が汚れて腐りそうならば周辺を抉るなり手足を切り落とすなりするじゃろうし、傷口を焼いて血止めというのもやるじゃろうの)
え、それだけ、こう魔法で回復してくれるとかじゃないの、ファンタジー世界だよね。なにそのリアル中世みたいな治療法。
(お主も知って居ろうが、回復魔法の使える者というのは他の職に比べて少ないのじゃ、以前説明したかもしれぬが、回復魔法は他の魔法よりも『魔力回路』の容量を多く必要とするためなれる者が限られる、じゃがそれだけの容量を元々有しておれば、攻撃魔法などを習った方が、大成しやすく、更に回復職になったとしても戦闘能力が低いためレベルも上げにくいのじゃ)
そう言えば、『聖者』の職を取った時に容量の話を聞いたっけ、同じ魔力回路で回復魔法より攻撃魔法の方が強力なのを使えるっていうなら、俺も攻撃魔法を習うか。
(重傷者を治せるほどの回復職となると数は少ないし、なおかつ消費MPが多いため、一日に使える回数も少ない。また回復効果の高い魔法薬は、最低でも金貨が必要となるような高級品じゃ。よほど金の有るような貴族の軍でもなくば、用意できる回復手段は回数が限られてしまおう。そのため子爵家程度の軍勢では、地位の有る家臣やよほどの実力者の為に回復の手を残しておき、兵卒や傭兵、臣下の郎党等には、手当てのみしか施せぬのじゃ。もちろんそれぞれの家や傭兵団等で独自に回復職や薬を用意して居る場合も有るが、それらも自分達の当主や主要家臣の為と言ったところが多いじゃろうな)
うーん、まあ身分制度のある世界じゃ、命の価値は平等なんて考えは無いんだろうな。
H30年6月26日 誤字修正しました。




