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360 情報屋の見立て

「テトビ、殺人『者』って事は、これをやったのは魔物じゃなくて人って事か」


 やや緊張の籠ったリョー殿の問いかけに軽く頷き、いつも通りの軽薄そうな口調を変えぬよう気を付けながら答える。


「へい、さっき言いやした通り、魔物に食い荒らされた形跡が全くありやせん、やったのが魔物なら今頃はとっくに骨になってまさあ」


 全身をくまなく調べたが、あれらの傷は魔物の牙ではなくおそらくは刃物によるものだろう。中には必要以上に深い物や抉ったような物もかなり有ったが。


「他で戦闘になってここまで逃げて来たって事は無いか、辿り着くまでの怪我が原因で斃れたという可能性は」


 確認するようにリョー殿が質問を重ねるのを見つめる他の冒険者達は、黙ったままでこちらに意識を向けているが、それも仕方ないか。


『迷宮』内で他の冒険者まで警戒しなければならないとなれば、危険度は一気に上がりかねないからな。


「あの傷で、長距離の移動は無理でさあ。それに血の跡がこの部屋の他に有りやせんでしたし、部屋の中の血痕の量は死体の数と十分釣り合いやす。ついでに言やあ装備品や金目の物が持ち去られてやす、この『迷宮』に居る蟲なんぞにはそんな習性や知識はありやせん」


 鳥や獣の魔物などでは光物を集める物が居るが、ここの蟲共は光に集まりはすれどもそれを移動させようとはしない。人型のホッパー・ライダーですら、その性質は虫そのもので武器を使うという行動を取った記録は存在しない。


「何より、女をなぶるなんてマネを、考えすらしやせんでしょうね」


「なんだと、テトビ、それは間違いないのか」


 嫌悪感を隠せない様子でリョー殿が問われるのに、こちらの顔色や表情を変えないよう、『テトビ』としての軽薄さを崩さぬよう注意し内心を表に出さぬよう注意して頷く。


「へい、間違いありやせんぜ、男と女の傷は全く違う物でさあ、ありゃあかなりお楽しみだったんでしょうぜ。ああ、そっちのラーストの騎士様方や若手の冒険者連中には忠告しやしたが、旦那のとこのお嬢さん方には見せねえほうが良いですぜ。ありゃあ女子供の見るもんじゃありやせん」


 あれらの死体は、間違いなく楽しんで嬲り殺しにされた物だった。必要最低限の攻撃回数で反撃される前に確実に仕留める事を目的としたと思わしき男達の傷とは違い、女達の傷は逃走や反撃を防ぐために手足を潰された上で、致命傷とならないよう場所と深さを選んで付けられていた、あえて苦しませそれを長引かせるように。


 中には人の死体だと一目では解らないほどに壊されていた者までいた、あのようなゴブリンにも劣る外道そのものとしか言いようのないやり口、到底許せる物では無い。


 何よりも、反吐の出る様なあの跡は。女性として最も忌むべき殺され方をした事を示すあの死体の様子を思うと。


「女の死体の中にゃ、男にしかねえ筈の『体液』が残ってやした。念のために男の死体も一通り確かめやしたが、死ぬ前に『そう言った行為』をしたような形跡は有りやせんでした。でもってあっしの見解ですがね……」


 一旦言葉を切って、周囲にはっきりと伝えるよう周りを見回しながら続ける。


「こいつは、不意の遭遇戦ですとか、『迷宮』内でのケンカから発展した殺し合いなんかじゃありやせんぜ。待ち伏せ、もしくは気付かれないように接近した上からの奇襲を食らった。ようは最初から殺るつもりの相手から攻撃されたって事でさあ。なにせ男の傷は背後や死角から何の警戒もする前にやられたようなのばかりですからね」


「おい、『耳無し兎』、やっこさんらの目的は解るのか」


 イラつきを隠せない様子の『百狼割り』のテークに、軽く肩をすくめてみせる。


「さてね、やられた冒険者連中に恨みが有って、ていうんなら男もいたぶられてそうですし。こいつらの持ち物や口封じが目的だってんなら、遊びすぎでさあ。もしかすりゃあ殺すこと自体が目的だったんじゃねえですかい」


 そう考えれば、この状況にも説明が付く、それにもう少し先に行かねば出てこない筈のジャイアント・ホッパー等があのような場所に居たという事も、多数の死者がでて『迷宮核』に『霊気』が供給された為だとすれば納得できる。


 いや、この者達が死んだのとジャイアント・ホッパーの異常では時期がおかしいか、そもそもこの程度の死者数で発生する『霊気』では計算が合わない、となるとまだ見つけられていないだけで他にも似たような被害がこの『迷宮』の中で起こっているのではないのか。


 だがそうなれば……


「ちっ、最悪じゃねえか、『迷宮』の中で殺しまくる事がどんだけヤベエかなんて、そこの『臓華師』のネエチャンだって弁えてる事だぜ、幾ら大半の『迷宮』は官憲の手が届かねえって言ったって、そんな事をしてりゃあ、あっていうまに『活性化』しちまう。そんなマネはあっちの尼さんとこが黙ってねえってのによ」


 確かに、領主の権限の及ばない『迷宮』内での殺人はよくある事とはいえ、『迷宮核』に多くの『霊気』を送り込みかねない大量殺人ともなれば、我らライフェル教にとっては忌むべき事態、わたし自身もそういった者達を裁いた事は数えきれない。


「まあいい、イカレタ連中が何を考えてるかなんて、俺らにゃどうでもいいんだ。問題なのはこいつらは、俺らにも仕掛けてくるのかってのと、まだこの辺りに残ってるかって事だろ、なあ『虫下し』よ」


 確かに我々にとって今重要なのは、この場での安全確保の方だろうな。


「あっちの狙いが解んねえんで、敵対するかどうかはこれだけじゃ解りやせんね。この辺りに居るかどうかですが、さっきも言いやしたが、死体の固まり具合を見りゃあ結構な時間が経ってやす。おそらくはあっし等が野営地から次の野営地に移動して食事を一回とるくらいの時間は経ってやすね。たとえ人殺し連中が休憩したとしても、ここから立ち去るにゃあ十分な時間でしょ」


 顎の辺りはかなり固くなっていたが、腕などの硬直は始まり出したところでそこまで固くはなかった、そう言った硬直の状況や死斑の出方や目の乾き具合、それらから考えれば大体の時間経過は想像が付く。


「それに『四弦万矢』の旦那のパーティーにも辺りを探って貰いやしたが、とりあえずじい様の探知魔法で解る範囲にはいねえようでさあ」


「そうか、他に分かったことは何かあるのかテトビ」


「相手の人数ですが足跡の形や歩き方の癖を見やすと、少なくとも5、60人ってとこですかね。ここは足跡が残りにくい場所っすから、ざっとの予想になりやすが。足跡で見る分にゃあ重装の前衛が20、軽装の前衛20、あとは後衛が十数人ってところですかね」


 リョー殿の問いに、調査結果をできるだけ正確に答えると、『百狼割り』が天を仰ぐ様に天井を見上げる。


「まじかよ、最低でもこっちと同数か多いって事か、まあこっちのメンツを考えりゃあ頭数だけでどうこうって話じゃねえがよ」


 確かにこの場に居る者達の実力を考えれば、敵対勢力の脅威はそこまで心配する事は無いが、問題はそれ以外だ。


「テトビ、ここを襲撃した連中と俺達が鉢合わせる可能性はあるか」


「今のところはそれほど高くは有りやせんね。足跡の向きを考えりゃあ、あっし等とは別な入り口から入って来て、別方向へ向かってるようですからね。予想される入り口からの道筋を考えりゃあ、うちらの攻略経路と重なるのはこの辺りだけでさあ。『迷宮』に入る時はよっぽどの事情がねえ限りは、来た道を戻って同じ入り口から外に出るってのが、冒険者の常識ですからねえ、あっし等の使ってる出入口に向かうってのはねえでしょ。魔物狩りのついでにこれをやったとしても、良い狩場はあっし等の攻略経路からは外れてやす。向こうがあっし等を狙ってこねえ限りは、この辺りで鉢合わせる他は会いっこありやせんぜ」


 とは言え相手が積極的に、冒険者を殺しに来ている、あるいはこちらを狙ってきている。その前提に基づいて考えれば話は別であろうが。だがそんな事が本当に、いやあの者ならば十分に考えられる。


「とは言え、これだけの数の勢力が冒険者を殺しているとなれば、『活性化』に至る恐れもありうるのではないか。このような事を仕出かす輩だ、この一回だけとは限るまい」


『四弦万矢』のカン・キテシュが放った言葉に周囲の冒険者達が呻くが、それが一番の問題で有る以上は考慮せざるを得ないからな。


「冗談じゃねえぞ、『迷宮』の中で『活性化』なんて事になってみろ、四方八方を魔物の大群に囲まれちまうし、何より『迷宮』の形が変わっちまって逃げ道も解らなくなっちまう。俺ら冒険者が来た道をそのまま戻るのは、自分らで魔物や罠を排除して、道筋を確認してるから、いざという時は迷う事なく一気に逃げれるからだぞ。その前提すら狂っちまう」


『百狼割り』のテークが言う通り、『迷宮』内で『活性化』に巻き込まれれば、たとえ『勇者』のパーティーですら大きな被害を出し得る。


 全滅させた傍から湧き出し休む暇もなく全方位から延々と押し寄せる変異種やフロアボス級の敵、それらを前になすすべなく倒れた『勇者』も歴史上少なくない。


『活性化』した『迷宮』とは外から抑え込むものであって、中に入る物では無いのだから。


「それで、どうするんだ『虫下し』よ、こんなのがいるんじゃおちおち荷物運びも出来ねえぞ」


「そうだな、対策を考えないと」


 リョー殿達が話し合う場から離れて、周囲の気配を探るがやはり我らの他には誰もいないか。だがこれだけの手数を集める事が出来て、このような行いを出来る者となれば、一人思い当たるが、あの者はこの場へは来ていない筈だ。


 確かに当初の予定では、あの者も早期に解決すべきリョー殿の問題の一つとして、この地へ誘導する事となっていたが、ラースト卿がピリム・カテンと合流し、予定よりもかなり早期にこの地へ辿り着いてしまったため、予想外の問題に発展しかねないあの者については、誘導を取りやめたはずだ。


 予定通りならば、あの者は偽の情報でクリシュナ男爵領に向かっているはず。


 いや、全てが予定通りに運んでいるとは限らぬか、そもそも予定通りなら、ミムズ・ラースト卿はまだこの地に着いていない筈なのだから。


 だとすれば、あの者がここに来ていてリョー殿を狙っていてもおかしくはないのか。


「しかし、そうなりやすと」


 周囲を見回し、この場に居る者達の顔ぶれを確認する。


 状況次第ではこの者達の幾らかが敵に回り、殺し合う事にもなりかねないか。


「何とか、そうならねえようにしたいもんですがねえ。まったく世の中って奴はままならねえもんでさあ」









「兄貴、ありゃあどうにかなんねえんですかい、こう何日も悲鳴を聞かされてちゃあ、こっちまでおかしくなっちまう」


 辛気くせえ顔で、子分どもが言ってくるが仕方ねえか。まったくあの若様と来たらやり過ぎだ、『鬼族の町』での反省ってもんが全くねえからな。


 しかしまあ、ここに居るのは冒険者の中でも荒事慣れしてる連中や、元盗賊、傭兵崩れなんかで、略奪も女を襲うのも、遊び半分での殺人も平気で出来るような連中だってのに、あのバカ様の御乱行はそんな連中ですら、引くほどのもんだからな。


 まあ、この馬鹿共を押さえつけとく脅しがわりには、ちょうどいいかもしれねえがよ。


 とはいえ誰もが視線を向けないようにしている方から響き続けてる、女どもの悲鳴と、生臭い臭い、とっくに慣れてる俺でも嫌になっちまうがよ。


「ほっとけ、あれを我慢するのも給金の内だ、バカ様も久々に好き放題出来て羽目を外してえんだろうさ。で、戦利品はどうだ、ちったあましなモンは有ったか」


 まあ、久々で楽しんでる馬鹿はほっといて、金の話だよな。なにせバカ様は、自分のミスで神殿に睨まれたせいで、しばらくの間『遊び』を制限されて、いたぶっても問題にならねえ女奴隷を死なせないように手加減して、俺が持ってきた『魔道具』で回復させながらの『遊び』しかできてなかったからな。


 心が死んじまった奴隷でしか遊べずに欲求が溜まってたところで、新鮮な獲物を好き放題出来るってなっちまえばタガも外れるか。とりあえず手駒の中に居る女どもを『つまみ食い』しねえだけマシだろう。


「大したもんはねえな、所詮はこんな所を狩場にしてるような雑魚って事だ」


 クソ、しけてやがる、まあいい、どうせ略奪はついでだ。目的は『迷宮』の中で一人でも多く殺す事だからな。


「取り残しはいねえだろうな」


「馬鹿言うな、周囲を完全に囲んで逃げ場を無くした上で、一気に仕掛けてるんだぜ、逃がすわけねえだろ。襲撃前に数えた人数と、死体とあっちに居る女の数も違いはねえからな」


「ならいい、解ってると思うが、こんな事が表に出りゃあ、俺らは全員ライフェル教の御尋ね者だ、ぬかるなよ」


 とは言え、あのバカ様が考えたにしちゃあ有効な手ではあるんだよな。複数の『迷宮』を『活性化』させて相手に魔物をぶつける。


 これなら『迷宮踏破者』だろうが『破軍』だろうが、タダじゃ済まねえ筈だ、たとえ生き延びてもそこを狙えば俺らは一気に有利になる。そうじゃなくても、周りの目をそちらに向けられれば俺らは活動しやすくなる。


 まあ、これだけの数と質を集めたんだ、たとえ『活性化』無しでもなんとかなるだろうがな。レネルのお坊ちゃんは失敗したみてえだが、『虫下し』は『魔道具』を封じて無力化してあったんだから、おそらくは捉えてあった獣人共を抑えきれず、変身されて暴れさせちまったってところだろう。


 だが、ここにいるメンツなら、問題はねえ。『蝙蝠の館』で捕えた時に、女どもの『簡易鑑定』をさせておおよその戦力は把握している。


 たしかに信じられねえようなステータスの女どもだったが、今回の戦力はそれを考慮した上で、手勢を集めたんだ。これならあのステータスでも十分に対応可能だ。


 この数か月で多少レベルアップしてるかもしれねえが、この短期間でのステータス上昇なんてたかが知れてる、ラーストの騎士連中にしても、『鬼族の町』での戦闘で、大体の戦闘力は見えてる。あのあとボス攻略や大量に鬼を倒したらしいから、そっちもレベルが上がってるだろうが、その程度は誤差の内だ。


『四弦万矢』にしたって、結局は遠距離専門の狙撃屋だ、接近戦にもちこみゃあ問題にはならねえ。『百狼割り』の所は、所詮数しかとりえのない雑魚連中だ。これだけの兵力がありゃあ下手な小細工をしなくても問題はねえ筈なんだがな。


 まあ、あのバカ様にとっちゃ、確実性と趣味の両方を考えた作戦なんだろうし、俺としても勝てる可能性が高い方が良いんだがよ。


 しかしまあ、あのバカ様のカンも馬鹿に出来ねえな。『薬師』と約束した標的の『虫下し』に関してまったく相反する二つの情報が入って来て、どっちに行くかってなった時に殆ど迷わずこっちの街を選んだんだからな。女の匂いがするとか言ってたがどこまでマジなんだか。


「もう一度言うが、オメエ等解ってるな、これが上手く行きゃあバカ殿様の実家なり、『薬師』の息のかかったこの国の貴族家なりで、新しい名前付きで仕官が出来る。ごろつきのお前らが騎士様になれるんだ。ついでに名前や経歴も変えて貰える事で手配首になってるような奴も、新しい人生が始められる。だがそれもこれも上手くいけばだ、忘れるな、失敗すりゃあもう俺らに後はねえぞ」


 この事を知ったライフェル神殿が本気になれば、俺らは只じゃ済まねえ、ここで『薬師』の覚えをよくしといてその庇護下に入れなきゃどうなる事か。


 たっくよ、バカ殿様につき合わされたおかげで、こっちの人生はもうボロボロだってのに、楽しそうに遊びやがってよ。


「オメエ等、殺す人数には気を付けろ、うっかり殺りすぎて『活性化』に巻き込まれたらおしまいだぞ。ほっといてもすぐに『活性化』するギリギリ手前で止めるか、もしくは『活性化』が起こっても、ちょいとはしりゃあすぐ逃げ出せる場所で最後の一人を仕留めるかだ。『迷宮』の状態をしっかりと見定めて置け」


H30年4月12日 誤字修正しました。

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