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356 良い虫……

「さてと、今のところ大した魔物は出て来てはいないがこんな感じなのか」


 当初の予定通りに、うちのパーティーが先行する形で『蠕虫洞穴』に入って、体感で二時間ちょっとくらい経ったし、それなりの数の魔物と遭遇して、戦闘になったけど今の所は特にヤバそうな感じはないよね。


 うん、今の俺達は後続の露払いとして積極的にサーチ&デストロイしてるっていうのに、ほぼ予定通りの時間で第一休憩所の設置予定地に着いたしさ。


 今までの戦闘で出て来たのは芋虫系の魔物だけで、攻撃も体当たりか糸を飛ばしてくるぐらいだから、短時間かつほぼノーダメージで倒せてたからね。


 元々の予定だと大量の荷物を持ってる、『百狼割り』達でも一時間程度で移動できるくらいの距離ごとに一か所ずつ休憩所を作って、休憩所を三つ挟むごとに一か所キャンプ地を作るって予定だったけど、これならもうちょっと先までいっても、いやいや油断はダメだよな。


「まあ、この辺りはまだまだ浅い階層でやすからねえ、日帰り目的の地元冒険者連中も狩場にしてやすでしょうから、魔物の数も質も大したもんじゃねえらしいでさあ。奥の方に行きゃあもっとヤベエのがゴロゴロしてるでしょうさ、何せ大半の冒険者は日帰りできる辺りまでしか行きやせんから、そっから先は大物やフロアボスなんぞが丸々残ってるでしょうし」


 テトビの言う通りだよな、ここはかなり危険な不人気『迷宮』だって言われてるんだから、最初からナメてかかっちゃダメだよな。


 しかし何でこいつは俺らのパーティーと一緒に行動してるんだろ。


「それと旦那、光の使い方は気をつけてくだせえよ、せっかく使いやすい光源を何種類も用意しやしたんですから、状況で使い分けてくだせえ」


「解ってる、だが今の所は松明とカンテラでいいんだろう」


 片手にカンテラを吊り下げて周りを照らしているテトビに、松明を持ったまま答えるけど、やっぱり魔法で灯りを付けた方が良いかな、どうしても明り取りに片手を使っちゃうから少し戦いにくいんだよね。


 いやいや、念のために魔力は温存しておかないとな、それに『照明』の魔法は光が強すぎるのが問題らしいから。


 この『迷宮』の魔物は光に集まる習性を持ってるのが多いらしいから、あまり強すぎる光源を使うと一気に囲まれる恐れがあるらしいんだよね。


 それにこういう暗い場所だと、手元の光が強すぎると、目がその光に慣れちゃうせいで奥の暗闇が更に見えにくくなるらしいし。


 今みたいに積極的に魔物を狩るのなら、必要以上に集め過ぎない程度の光量を周囲に放つ松明なんかがちょうどいいらしいけど、出来るだけエンカウントしたくない時や周辺を警戒する時なんかは、もっと光の弱い光源を使うか、もしくはカンテラの三方を板で覆うとか、テトビの用意した龕灯ガンドウなんかを使って、照らす方向を限定したりするらしいけど。


 しかし龕灯って、これも絶対『勇者』が持ち込んだものだよな、だってこれ時代劇でしか見た事ないもん。


 一方だけ口の空いた筒の中に磨いた金属を貼って、その中で羅針盤みたいに平行が取れるようにした蝋燭を燃やす事で、懐中電灯みたいに一方向だけを照らすようにした照明器具だから、この世界の技術でも再現は簡単なんだろうし、反射で光を一方向に集めるから一点を照らすのにいいし、自分の方に直接光が当たらないから、目は暗さになれた状態でいるし。


 まあ『勇者』技術導入について考えるのは後でいいか、今は松明の明かりに寄って来る魔物をどんどん倒して、後続の安全を確保しないとね。


(ラクナ、この『迷宮』には今まで戦った魔物の他にどんなのが出てくるのか情報は有るか)


 やっぱり情報収集はしとかないとな、うん、今更な気もかなりするけどさ……


(そうじゃのう、一番多いのは今までお主が倒してきたような芋虫や蚯蚓ミミズ、百足等の魔物じゃが、これから進めば大きさやステータスが上がってくる傾向があるのう。後はやはり大型の昆虫などかのう、そうじゃ昆虫と言えば、珍しい物では昆虫を基にした人型の魔物もおるのう)


 それって、まさか、黒くてすばしっこいアレがマッチョマンになったようなのじゃないよな。いや、人型の昆虫と言えば有名なアレが有ったな、男の子ならみなが憧れる……


(噂をすれば影、というがどうやら来たようじゃのう。珍しい物じゃ昆虫型の魔物は奥の方の広い大空洞に居る場合が多いのじゃが、こんな浅い階層の通路で出くわすとは)


 ラクナの声に合わせるように穴の奥の方で、何か大きなものが跳ねるように動いてるけど、あの辺りまでは光が届いてないからよく見えないな。そうだ『鑑定』で調べればいいのか。


ジャイアント・ホッパー LV4


身体スキル 跳躍上昇 飛行 繁殖

戦闘スキル 噛付


ホッパー・ライダー LV7


技能スキル 騎乗 蹴 格闘 

身体スキル 腕力上昇 速度上昇

戦闘スキル 飛蹴 


「ま、まさか、これは」


 闇の中から姿を現したのは、馬よりもやや小さめなバッタの上に乗る人型の魔物。乗っているバッタと同じ緑と黒を基調とした体色、長い二本の触角と玉のような大きな目、多少造形が昆虫寄りだけどこの姿はまさに……


「ラ、ラ〇ダー」


「あああああ」


 目の前に現れた魔物に唖然とする、俺の目を覚ますかのように背後から大きな叫び声が響き、小柄な人影が一気に飛び出し、魔物へと向かっていく。あれはトーウか、一体どうしたっていうんだ、あんな取り乱したように駆けだすなんて。


「このイナゴがああああ」


 まるで親の仇を前にしたかのような、感情を丸出しにした叫び声と表情のまま、洞窟の天井へと跳び上がったトーウが、逆さになって天井を蹴り、その勢いと重力を一点に集中させるかのように右足だけを伸ばし、左足を曲げたまま、斜め上から魔物へと襲い掛かる。あの技はまさか……


「駆除おおおお」


 爪先と踵に金属が仕込んである特注の靴が、あっさりとホッパー・ライダーを吹き飛ばして壁に叩きつけその命を奪う。


「ラ、ラ〇ダーがラ〇ダー〇ックで……」


「害虫がああああ」


 既に絶命したホッパー・ライダーには目もくれず、トーウはジャイアント・ホッパーへ向き直り右手の爪を一気に突き刺す。


「あら、まだいらっしゃるのですね」


 短時間で二匹の魔物を屠ったトーウが金属製の爪に付いたジャイアント・ホッパーの体液を舐めながら睨み付ける先には、無数のジャイアント・ホッパーとホッパー・ライダーの姿が。


「ふふふ、害虫は、一匹残らず駆除いたします、本日の夕餉はイナゴ尽くしとなりますか、死に絶えなさいショッカクアタマアアアアア」


 ど、どうしたんだトーウは、なんでこんな好戦的に、別に狂戦士とかのスキルや『狂化』みたいな異常状態が突然出た訳じゃあるまいし。


 というか触角頭って多分虫系の魔物なんかに対するスラングなんだろうけど、ホッパー・ライダーを相手にそれを言うと、なんかね。ちょっと発音を変えるとアレな戦闘員みたいに聞こえるけど、ラ〇ダーから見れば敵側だしさ。


 いやとりあえず、トーウを止めないと、あれだけの数の中に飛び込んで行ったりしたら、幾ら『成長補正』で強くなっているって言っても危険かもしれないから。


「トーウ待て、行くなそのまま待機しろ」


「ですが、イナゴが、このままでは……」


 不服そうな顔でトーウが振り向いてくるけど、一体何がそこまでトーウを駆り立ててるんだ。


「多数の相手が待ち構えているところへ一人で飛び出せば、何が有るか分からない、隊形を組んで警戒しながら仕掛けるぞ」


「ですが、それではイナゴを取り逃がしかねません」


「確かに魔物をすべて倒すのは理想だが、目的は殲滅ではなくあくまでも後続の安全確保だ、魔物が逃げて一時的とはいえここからいなくなるのなら今すぐ倒さなくても良いだろう」


 俺の言葉にトーウが振り向くが、目、目付きがさ……


「主に御言葉を返す不敬を承知の上で諫言を述べさせて頂きますが。イナゴは、イナゴだけは見逃してはなりません。イナゴはたとえほんの数匹であったといたしましても、それを見逃し、そのまま生かしておけば植物を食い漁り、見る見るうちに数を増やしてまいります。やがて空を覆い尽くす大群となりて、瞬く間に畑を食い荒らし全てを飲み込んでしまいます。ですがイナゴの死骸は、滋養に富み、食感も素晴らしく、様々な調理法が可能な大変優れた食材でございます」


 話すたびにトーウが俺に詰め寄って来るけど、そ、そこまで興奮する事なのか。いや、考えてみればラッテル領は蝗害で何年も食糧難にあえぎ、その結果としてトーウが奴隷に身を落とす事になったんだから、恨みもひとしおか。


「すなわち、よいイナゴとは死んだイナゴの事なのです」


 うん、言いたい事は解ったけど、その言い方は色々とね、問題があると思うんだよな。もしも地球の現代で使ったりしちゃうと人権問題とか、人種問題とか、差別用語なんかに取られかねないからさ。


 ん、あれ、俺に詰め寄っていたトーウの表情から、急に険が抜けてきたけど、言いたい事を散々叫んで少し落ち着いたのかな。


「あ、も、申し訳ありません旦那様、奴隷の身でありながら、主に対してこのような物言い、幾ら相手がイナゴに対するものとはいえ、無礼の罪は万死に値致します、どのような罰で有りましても、お恨みは致しませぬ」


 その場に跪こうとしていたトーウの手を掴んですぐに立たせる、こんな所で跪いたりしたら、せっかく丈夫な靴を用意したっていうのに、カンディル・ワームに喰い付かれかねないからね。


「トーウ、お前の故郷であるラッテル領でかつて何が有ったかを考えれば、お前があの魔物に思う所があるのは理解できるし、取り乱すのも仕方ないだろうからそれについて責めたりはしない。だが今は『迷宮攻略』が第一であり、この攻略には俺達だけではなく多くの冒険者が参加している以上、俺達が自分達だけの判断で勝手な行動を取る訳にはいかないという事は解ってくれ」


 こちらを警戒しているのか、向かってこようとしない、ホッパー・ライダーの方を警戒しながら言うと、トーウは当然のように頷く。


「承知しております、先ほどの言動は一時的な乱心、どうか旦那様は旦那様の御役目の事を第一にお考え下さい」


「とは言え、安全のために魔物を排除するのは当然の事だ、あれだけの群れを放置する理由は無い、蹴散らすぞ」


 俺の言葉に、トーウが伏せていた顔を上げて大きく頷く。


「はい、旦那様、このトーウ先ほどの失態を挽回するためにも全身全霊を掛けて、戦う所存に御座います」


 うん、やる気があるのはいいことだよね。


「とは言え、トーウ、一つだけ言って置くぞ」


「はい、なんでございましょうか」


「アレは、食わせる訳にはいかないからな」


 先ほどトーウが蹴り殺したホッパー・ライダーの死骸を指さす。いくら見た目がちょっと似ているだけとはいえ、子供の頃にあこがれたヒーローそっくりの魔物が、うちの子達に食べられるシーンなんてトラウマになりかねないからね。


 まあ人型の魔物は食べないのがこの世界の常識らしいけど、トーウの場合は一応くぎを刺しておいた方がよさそうな気がするからね。


H30年3月13日 誤字修正しました。

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