352 鋼指
「では、お二人が『乙女戦技』の修練をするための条件を満たしていると確認できましたところで、お二人に習得して頂く『鋼指掌法』とその前提である、『乙女戦技』のスキルの一つ『指ツン』について説明いたしましょう」
うーん、『指ツン』って、あれかな人差し指でオデコをツンってつっつくやつ。
「聞いた話では、『勇者』様方の世界では、契約違反や裏切りへの報復としてこの技を使い、ただの一突きで相手の人生や人格、運命までも狂わせてしまう達人がいるとか」
いや、それは『指ツン』じゃなくて『ドーン!!!』だと思うんだけど、というかそれは創作の中にいる実在しないセールスマンの事だし。
「拙僧らではそこまでの事は到底できはせず、人差し指による刺突という程度でしかありませぬ。目的としては『四弦万矢』殿の技とは正反対の物でしょうね。本来は拳で放つべき力を指先という一点に集約する事で正拳突きでは防がれる強固な防御を突き抜けて、相手を打ち破る」
まあ、圧力で考えるなら力を分散ではなく集中させるってのは道理にかなうのか。
「だが『指ツン』は、あくまでも自らの打撃力を集中させるだけであり、その者の持つ腕力系ステータスで出せる威力を超える事は出来ぬ。だがそれを発展させた『鋼指掌法』はスキルによって指力を高める事で」
言葉を途中で切ったフレミラウ・トレンがその場にしゃがみ、人差し指を地面に立てるけど何をするつもりだって、ええ。
「このように指一本で腕や足と同等の力を発揮する事が可能、すなわち十指は十肢に等しいという事」
人差し指一本で逆立ちして軽々と指を曲げ伸ばしして、その場で跳ねながら言ってるけど、人一人の体重を指一本で支えるってさ、確かに腕や足と同じくらいの力が有るって事か。
(なあ、ラクナ、一本の指で腕一本分の力が有るって言っても、指五本がそれぞれそれだけの仕事をすれば、腕には五本分の負荷がかかって、支えきれないんじゃないか)
いや複数の力の向きを調節して相殺するとか分散させるとかするとか、いや無いな戦闘中にそんなベクトルの計算なんて……
(そう言った不都合を、問題なく解決させるのが魔法やスキル、『魔道具』と言う物であろう、もちろんすべてがすべてという訳ではないがのう)
ああ、重量や質量を好き勝手に変えれたり、何もないところから高熱が発生するようなファンタジー世界で、力学とかエネルギー保存なんて考えるだけ無駄って事か、だっていうのに俺の『軽速』は何だってあんな使いにくいんだろ。
(そう言えば、過去にアキエが新人の『勇者』に言っておったことが有ったのう『一体いつから、この世界で地球の物理法則や化学法則が完全に通用すると錯覚していた』だそうじゃ)
なんかムカつく言い方だけど、もうそう言う風に割り切った方が良いのかな、まあ今までの経験だと通用する部分や利用できる部分も有るからまったく別法則って事じゃないんだろうけどさ。
「全ての指を強化できるように成ればこのような事も可能」
俺が考えている間も説明を続けていたらしいフレミラウ・トレンが、いつの間にか用意していた盾に開いた手の五指を当てると、それぞれの指が簡単に盾を貫き更に引き裂く。
これはかなり凶悪な技な様な、いやだけど考えてみれば指の一本一本に爪を付けて戦うトーウには最適なスキルなのかもしれないな。各爪が片手剣と同等の威力で振るえるようになると考えれば。
「とは言え、ここまでになるまでは長い修練を必要とするでしょうな。それと御安心頂きたいのですが純潔を保たねばならぬのは『指ツン』を習得するまでの間、そうなれば『鋼指掌法』の習得が可能となりますし、こちらの方は純潔の有無に関係ないゆえ」
「それでは、『指ツン』までゆければ、旦那様がその気になられた際にはいつでもこの身を差し出す事が出来るのでありますね。ではさっそく『乙女戦技』のご教授をお願いいたします。奴隷たるもの主に求められた際にはいついかなる時であれ身を開くもの、一時期のみとは言えその御役目を果たす事が出来なくなる以上は、少しでもその期間を短くすべきかと」
トーウさん、何を言ってるんですか、『乙女戦技』云々に関係なく、俺にその気はないし『禁欲』だってあるんだからね。
「とは言え、拙僧の『鋼指掌法』はまだ開発途上の技、本来の目的は『勇者』様の伝承に有る点穴術、すなわち人体の表面に点在する経穴を穿つ事で、相手に対して通常の刺突以上の効果をもたらすもの。場合によっては相手の手足を使用不能とするような攻撃だけでなく、治療や止血なども可能との事だが」
経穴ってたしかツボの事だよな、指圧とか針治療とかって事か、そう言えばツボには危険な場所も有って強く針を刺すと命に関わったり神経を痛めたりって聞いたことが有るような。中国武侠小説なんかでも点穴術で一定時間相手を動けなくするとか激痛を与えるなんてシーンがあったよね。
「伝承では『勇者』様の世界には、たった一突きで人体を内側より破壊し破裂させるような絶技も有ると聞くが、そのような技の殆どはこちらの世界へ伝えられてはおらず。本来ならば幾つかの経絡と呼ばれる脈の上に並んでいるという経穴の位置を手探りで探しているのが現状」
いや、それは事実の話じゃなくて、多分某世紀末覇者的な物語の事じゃないのかな。いや重要なのは、ツボの位置がほとんど知られていないって事か。
「また、ほんの僅かながら伝えられた経穴の位置などについても、人やそれに近しい魔物にしか通用せず大半の魔物には通じぬ。これまで十数年をかけて、拙僧は対魔物戦で経穴の位置を確かめてはきたが、現状では一般的な急所や体表に近い血管・神経等を穿つのが精一杯」
いや、それでも十分なんじゃないかな、あれだけの威力で急所を突いたり、太い血管や重要な神経に穴をあけれれば殺傷能力はかなりの物だろ。
「これは拙僧がこれまでに見つけた、人型や様々な形態の魔物に実際に突きあるいは解剖する事で得た急所や血管、臓器の位置を印した『点穴譜』、これらの位置を指による刺突で穿つ事で、様々な効果をもたらせるようにすることが、『鋼指掌法』の本来の形」
いや、手探りでってそれはかなり大変じゃないのかな、多分ゴブリンみたいな人型の魔物でいくらでも実験は出来るんだろうけど、地球のツボを使った東洋医療だって何百年もかけて完成されてきた技法だろうからさ。
「この『点穴譜』の内容をより充実させ、ライフェル教の役目である魔物の討伐だけでなく、経穴を穿つ治療による救民の技を確立し後世へと残す事こそ、拙僧の本願、もしよろしければ御二人には『鋼指掌法』を習得された後も、拙僧と連絡を取り合い『点穴譜』には載せられて無い、有効な一点やあるいは新たな魔物への効果などをお教えいただければと、もちろん拙僧も自ら更新した内容や、他の伝承者から伝えられた改善点を包み隠さずお伝えする事をお約束致そう」
なるほど、もしかすると『鋼指掌法』をライフェル教以外にも伝えられるのが認められてるのは、こうして幅広く経験を集める為なのかもな。要はデータ集積とバージョンアップみたいなものだからな。
「承知いたしました、とは言え内容によってはミムズ様の行動等が推察できるようになり、主やリューン王国の不利益となる場合も有るかもしれません。そう言った場合においての開示は出来かねますが、そうならない範囲であれば喜んでわたくしの経験を共有したく思います」
「わたくしも、旦那様のお許しくださる範囲に置きましては、いかなる内容でありましても」
そうか、トーウの場合だと自分の判断で話す訳にはいかないのか。それがもし俺の不利になるような事だと、レネルに騙されたサミューみたいな事になっちゃうもんな。
とは言えさ。
「ライフェル教のラッド法師やコンナには色々と世話になっているし、浅からぬ仲でもある。ライフェル教の僧侶であるトレン法師に隠す事などなにも有りはしない、トーウの知り得た事を自由に伝えるといい」
とりあえずミムズ達に怪しまれないようにこんな言い方をしたけどさ、『勇者』の俺の行動はどうせライフェル教に筒抜けなんだろうから、今更隠したってね。
「承知いたした、では『乙女戦技』の基礎から御二人にお伝えしましょう。よろしければ他の方々もどうぞ」
そう言って、フレミラウ・トレンが説明を始めると、ミムズなんかも近くで話を聞いてて頷いたりしている。あれ、だけど……
「残念ですね、わたしは処女ではないので『乙女戦技』を習えませんから。とは言え、急所についての知識や的確に突く技術などの応用は、わたしみたいに攻撃力に自信のない前・中衛にとってはとても重要な技術でしょうから、その部分だけでも説明を聞かせて頂いてしっかりと身に付けたいですね」
そうなんだよな、ミーシアやハルみたいに高威力で当たりさえすればダメージになるような攻撃力が無い、俺とかサミューにとってはこういう、相手を確実に倒せる攻撃手段っていうのは重要になってくるはずなんだよ。
そう言う意味では、ピリム・カテンなんかにとってもかなり有益な内容なんだよな。だっていうのにこの場にあの少女騎士の姿はない、四弦万矢やフレミラウ・トレンの感じだと、頼めば普通にピリム・カテンにも教えてくれそうなんだけどな。
(おそらくは、お主等と顔を合わせたくないのじゃろう。いくら手打ちとなったとはいえ、つい先日まで父親の仇として狙っていた相手じゃ、あのような年ならば理性では理解していても感情がまだついて来ておらずとも仕方なかろう。以前もお主に説明したが、この世界における親子、君臣、師弟といった関係は、お主ら『勇者』達には理解するのは難しい、かなり強力で複雑な支配従属の関係じゃ。そう簡単に割り切れはすまい)
うーん、それもそうか理由はともかく俺がピリム・カテンの親を殺したのは事実なんだしね。でもそれだと……
(迷宮攻略中に、ピリム・カテンに後ろから刺されるのも警戒した方が良いのか)
(いや、それは無かろう。正式に手打ちとなった上でそのような真似をすれば、事はピリムだけではすまぬ、それこそカテン家という騎士の家その物が信用を無くし滅ぶ事となろうて。ピリムとしても何としてもこの『迷宮攻略』を成功させねば、未来は無いと知っておろうしの)
となると、やっぱり感情の問題って事か、本人にそのつもりが無くても、わだかまりが原因でチームワークが崩れて致命的な失敗に繋がるなんてのは、職場のプロジェクトなんかでもたまにあったからな。
H30年2月27日 誤字修正しました。
H30年3月8日 誤字修正しました。




