350 薬も毒に
「昨日、カン・キテシュ施主から技の伝授を受けたとお聞きしましたが」
食後の御茶を飲みながらフレミラウ・トレンが聞いて来るのに、俺も御茶を一口飲んでから頷く。
「ああ、今日も町の外で練習をしているはずだ」
まあ、『四弦万矢』と一緒とは言え、子供を一人で行かせる訳にはいかないからハルとトーウが付き添っているけど。
「なんと、こんな朝から始められていたのか、そうと知っていれば自分らも見取り稽古をと思っていたのだが」
俺らと同じ卓についていたミムズが慌てたように立ち上がるけど、俺としてはお前さんらと少し遅めの朝食を取るって約束があったから、アラ達を先に行かせてこうして待ってたっていうのにさ。
「それでは、ラースト施主、拙僧らもこれから向かう事と致しましょうか、キテシュ施主が技の伝授を始められたので、拙僧もそろそろと思っておりましてな。キテシュ施主に話は通っているので、今彼らが鍛錬を行っている場所にて拙僧の『鋼指掌法』もお伝えしようかと」
そっか、そう言えば技を教えてくれるのは『四弦万矢』だけじゃなかったんだっけ。
「それなら、丁度食べ終えた所だし自分らも、キテシュ殿の下へ行くと致そう」
御茶を一気に飲み終えたミムズが立ち上がると同時に、ディフィーさん達も立ち上がりテーブルの上を片付けていく。
「御主人様どうなさいますか」
ディフィーさん達と同じ様に、俺の食器を片付けながらサミューが聞いてくるけど、ここは御店の食堂なんだから別に片付ける必要はないと思うんだけど、メイドさんの習慣みたいなものなのかな。
「アラ達を待たせておくのもなんだし、特に町でする事も無い俺達もすぐに向かうとしよう」
なにせ、何時までかはわからないけど時間制限があるからね。俺らがここに居れるのは本来の目的である、王女様の護衛に向けて、先方の準備が整うまでの待機の間だけだからさ。
その間に、うちの子達に技を教えて貰って、さらに『四弦万矢』達との約束である『迷宮攻略』もしなきゃならないんだからさ。とは言え向こうの都合次第で何時終わりになるか分からないんだから、タイムスケジュールも組めないんだよな。
となれば、無茶にならない範囲で、出来るだけ早めに話を進めていかないとさ。
「そうですね、ではさっそく向かいましょう」
「師父、あたくしも御伴してよろしいのですわよね。せめて見取りだけでありましても」
少し緊張した風に、ミカミが問いかけてるけど、そう言えば以前に聞いた二人の会話を考えると、ミカミはまだ技の伝授を許されていないみたいだったもんな。
「ふう、仕方ありませんね、見取りだけですよ、決して実践での修練を行ってはいけませんよ」
「感謝いたします師父、ああ、楽しみでございますわ」
うーん、ずいぶんと厳しいな。見た感じは綺麗なおねーさんって感じなのにやっぱりいろいろ問題のある人なのかな。
しかし、こうして改めてみると……
「ど、どうしました、リョ、リョー様」
「いやなんでも無いミーシア」
出発すると言っておいて、立ち上がらずに周りを見回した俺に不安そうに尋ねて来たミーシアに軽く手を上げて答えるけど、やっぱり今の俺の状態って美女美少女に囲まれてるハーレム野郎みたいだな。
うちのパーティーのサミューと、ミーシアはもちろんの事、ミムズとその配下のプテック、ディフィーさん、サーレンさん達も目立つ美少女たちだし、フレミラウ・トレンやキリア・ミカミの師弟もさ。うん、こんな状態に男が俺一人だったりするとさ……
「おう、兄ちゃん随分キレイどころをつれてるじゃねえかよ、一人くらい俺らに分けてくれねえか。半月がかりの遠出の仕事から帰って来て疲れてるんだよ、綺麗なねーちゃんに癒してもらいたくてよ」
宿屋を出た直後に通りかかった冒険者風の男達に絡まれたけど、やっぱりこうなるよね。いや俺だって気持ちはわかるよ、俺だってさ12月25日の早朝に徹夜残業帰りで一人街を歩いてる時に、道行くアベックが電飾のキレイな建物から出てくるのを見てると爆発しろと思ったりしたし。
しかもあの頃は丁度当時の彼女に振られた直後だったし、『貴方はいい人なんだけどね』とだけ言われて別れを切り出されたらどうしろっていうんだろ。
いや、今はそれどころじゃない、とりあえず大ごとにならないよう短時間でこの場を納めないとね。多分地元の冒険者連中なんだろうし結構レベルやステータスも高めだから、揉めたりして後に引きずったらろくなことにならないだろうし。
「申し訳ない、急いでいるので通してもらえないだろうか」
いざと成ったら、『四弦万矢』辺りの名前を出せば、いや俺の『虫下し』とかでも行けるのかな。
「そう言うなよ、いいだろ一人くらいよ。なあ、アンタもそう思わねえか」
いつの間にか『盗剣士』の職を持つ男がサミューの隣に移動し肩に手を回そうとしてるけど、コイツ速、いきなりだったとは言えとっさに反応できなかった。
というか、その手、サミューの肩に回した手を何処に回そうとしてやがる。
「いい乳してるじゃ、あが、いて、てえええ」
「触るの、ダメ」
いつの間にか回り込んでいたプテックがサミューの肩に回されていた手を掴んで引き剥してるけど、どんだけ力を込めてるんだろ、腕の骨がギシギシ言ってる音がこの距離で聞こえてくるんだけど。
うーん、やっぱりセクハラ死すべしって事なのかな。
「貴方のような下郎風情が汚い手で触っていい御方と思ったか、成敗」
プテックが手を離すと同時に、男の正面に距離を詰めて身を屈めたディフィーさんが、右手を握りしめ下から突き上げるようなボディブローを鳩尾に放ち、そのまま振り抜く。
「ぐぼばあ」
殴られた位置を軸にするくの字型に曲がったまま男の体が宙を飛ぶって、これヤバいだろ。
「うげば、ぐぼおお」
水平距離で十数メートル近く飛ばされて地面に叩きつけられた男が、そのまま口から大量の液体を吐き出してるけど、胃液や未消化の食事だけじゃなく、真っ赤な血も混じってるよ。
やっぱり内臓がやられたのか、そうだよな成人男性が何メートルも飛ばされる衝撃って事は。数十キロの物体をそれだけ動かすだけのエネルギーを一瞬で受けたって事だからね。
交通事故で言うなら結構なスピードの車に撥ねられた様な物だろうからさ、命に関わるようなダメージを受けてもおかしくないよね。しかも車みたいな面の衝撃じゃなく、拳なんていう小さな一点にそれだけの力が集中してるんだから、内臓の一つや二つ破裂してたっておかしくはないか。
いや、落ち着いて考えてる場合じゃなかった。今重要なのは、このままだとあの男が死にかねないって事だよ。やったのはディフィーさんだけど、俺らは一緒に行動してる訳だから仲間と考えられてもおかしくないよな。
しばらくの間はこの街を拠点に『迷宮攻略』をする以上、地元の冒険者から恨まれるような状況になるのは不味い、せっかくピリム・カテンとの仇討ち騒ぎが終わったってのに、また別な問題が起きかねないからさ。
「ミーシア、回復だ、急いでくれ」
「は、はい、そ、『創傷回復の指』」
もだえ苦しんでる男の横にしゃがみ込んだミーシアが回復魔法をかけてるけど、とりあえずこれで大丈夫かな。ミーシアは『成長補正』で魔法系のステータスや熟練度が上がってるから、初歩的な回復魔法だけど効果は高いからさ。
うーん、そのうち『聖者』の職と一緒に覚えた魔法をミーシアに教えて行かないとな。もっと早くやろうと思ってたのに、他にする事が多いんで殆どできてないから。ん、おかしいな……
「うぐ、ぐううう」
「あ、あれ、な、なんで、なんで、な、治らないの」
困惑するミーシアの目の前では、回復魔法を受けた後でも変わらずに男が腹を押さえて丸まり脂汗をかいてる。
「ま、魔法が、き、効かないなんて」
いや、効いてない訳じゃない。『鑑定』でステータスを見る分だと、男のHPは回復魔法である程度まで戻るのに、直ぐに低下していく、これじゃあまるで毒みたいな。ん、『異常状態』が付いてるな、これが原因か……
「あらあら、それじゃあ治りませんわ。代わらせて頂きますわね」
いつの間にかミーシアの横に来て、楽しそうに微笑んでいるミカミがそのまま男の前にしゃがむ。
「腹部の外傷ですと、破れた胃腸から胃液や食べ物、便などの内容物が体の中に漏れだして、悪さをいたしますの。仕留めた獣を解体する時に内臓を傷付けてしまうと、糞尿でお肉がダメになってしまうのと一緒ですわ。こう言った負傷ですと内臓の傷を塞いだだけで、漏れ出した汚物をそのままにしておりますと、結局はその汚物が内側から体を蝕み命を奪ってしまいますの」
なるほどね、それで『腹膜炎』なんて言う『異常状態』が付くわけか。しかし、ミカミのあのチャイナドレス風のスリットのある服でしゃがまれると、なんか見えちゃいそうなんだよな。じゃない、一体どうするつもりなんだ。
「最低でも浄化などの効果も併用した中級以上の魔法薬や回復魔法でないといけませんの、そういった物が無い時には、ふふふふ」
艶然とした妖しい笑みを浮かべたミカミが自分でスリットをまくるけど、何してんだ痴女か、じゃないあの太腿にベルトで止められてるのはナイフか。
「お腹を切り開いて、内臓やその周囲に低効果の浄化系魔法を直接かけてから、開いた傷を閉じますの」
鈍く光るナイフを軽く掲げて微笑みながらミカミがなんかとんでもない事を言ってるけど、まさか。
「さあ、行きますわよ、これはれっきとした治療行為なのですから、誰にも責められるいわれは有りませんわね。大人しくしてとは言いませんから、思う存分呻いてくださいませ」
片手で男を押さえつけたミカミが躊躇なくナイフを腹に突き付けて切り開いていく。
「ぐがああああ」
おいおい、マジかよ、本気でこんな所で。
「ご心配なくリョー施主、彼女の先祖である『勇者』ミカミ様は短剣と格闘、杖に特化された三つの職を得られましたが。向こうの世界に居られたころには医療に関わられておられたそうで、それらの知識・技術の一部を一族の秘伝として残されました。彼女の一族は『治癒師』や『薬師』等の家系の血を婚姻にて取り込みながら、『勇者』様のスキルやステータスの一部と共に家伝の知識を代々受け継いでいるのです」
つまりは、魔法併用の手術とかが出来るって事か、いやまあこの世界じゃ出来る事は限られるんだろうけどさ。
「まあ、こういう屋外で開きにいたしますと埃や外気が臓物に触れて悪さをしかねませんけれど、それらも纏めて浄化すればよろしいだけですもの」
暴れる男の顔に背を向ける形で胸の上に馬乗りになったミカミは、平然と切り開いた腹の中に手を沈め込んでいく。おいおい消毒とか良いのかよ、いや『浄化』系の魔法を使うからいいって事なのか。
「うが、あがあ」
「ああ、温かい、やはりこの感触は何とも言えない物が有りますわね」
「全く、腕だけはよいのですが、門外不出と言われる教育が災いしあのような性格にさえなっていなければ」
お腹の中に手を入れたまま、物騒なセリフを吐くミカミを呆れたように見ながらフレミラウが呟いてるけど、まあこんな光景を見せられちゃな。
「さあ、浄化しますわよ、少し、と言いますかかなり沁みますけれどね。行きますわよ『浄化の酢水』」
「ぐばああああばえあああらあああ」
内側から魔法を流し込まれた男は、体幹を抑え込まれてるせいで起き上がりはしないが、手足をとんでもない勢いでバタつかせてるよ。というか今『酢水』とか言ってなかったか、内臓や炎症してる部分に直接お酢を掛けたってのか。
「安心なさってくださいあたくしの魔法で出す酸や酢は、特別製でして苦痛は普通よりも大きくても体に害は有りませんから、うふふふ。さてと、これで内臓から零れた物は綺麗になりましたから、後は腹腔の傷や炎症を治すだけですわね『癒しの酸液』」
「あがあああああ」
ゆっくりとミカミが腹から手を引いて行くと、それに合わせるように徐々に傷がふさがっていく。
「まあ、しばらくは酸の痛みが多少あるでしょうけれど、死ぬよりはマシでしょう。それに精々半日程度のたうつだけですから」
い、幾ら回復の為って言ったって腹の中に酸を閉じ込められるっていうのは、地獄だろうな。
「さて、この御方はこのままにしておけばそのうち回復いたしますが、どうなさいますの。このままケンカという事になりますと、こちらとしては今のように手加減をしかねて『不幸な事故』という事があるかもしれませんし、毎回回復が間に合うとも限りません。もちろんあたくしとしては『持てるすべての技術をつぎ込んで治療する』事はやぶさかではありませんけれど。ああ、もしもそちらの腰の物を抜いて武器での戦闘と言うのでしたら構いませんが、あなた方の臓物がどのような色をしているのか、この地面の色にどう映えるのか楽しみでなりませんもの」
おいおい、後半脅しになってないぞ、顔がもうイッちゃいそうな表情してるんですけど、腹を切ったばかりのナイフや手に付いた血を舐めちゃったりさ。
「こ、この見た目の若い女で、こんなもの言い、ま、まさか『臓華師』か」
「そ、そう言えば、『臓華師』のミカミって、その悪行から強制的にライフェル教の高僧に弟子入りさせられたって」
おいおい、『臓華師』ってたしか自分の偽者を何時間もかけてなぶり殺しにしたって奴じゃなかったっけ。
「『勇者』様のステータスやスキルだけではなく、その知識や御家名すら受け継ぐ直系の子孫がこのような不名誉な二つ名で呼ばれる有様では、『勇者』様全体の名誉にかかわりかねないというのに。何時になればあの者は改心するのであろうか。ミカミ家が秘伝の医学書を開示してまで彼女の更生を拙僧に頼まれたというのに、いまだあのような有様とは、これ全て拙僧の不徳とするところ」
ああ、そっか確かにミカミは名前や見た目で『勇者の子孫』ってのがバレバレだもんね。それなのにあの言動じゃ『勇者召喚』というシステムを重視しているライフェル教としては、ミカミみたいなのを放置できないって訳か。考えてみれば『元勇者』だって行動次第じゃ討伐されちゃうんだから、子孫にだって目を配ってるだろうね。
「い、いや、俺らも酒に酔って調子に乗っちまってた、すまねえ。そいつはこっちで看病するんで、もう行ってくれ、じゃまして悪かったな」
「解っていただければよろしいのですわ。さあ、師父、リョー様、ラースト様、向かうと致しましょう」
うーん、こうして振り向いた表情を見るだけなら、綺麗なお姉さんってだけなんだけどな。
H30年2月27日 誤字修正しました。
H30年11月15日 誤字修正しました。




