342 殺人の目的
更新再開後の連続更新二日目になります。
「殺人が当たり前ですか」
少なくとも、この世界であっても当然の事ではない筈なのですが。
「この世界で冒険者として生きていくのなら、自然と『簡易に問題を解決して目標を達成し、自分の利益を最大限とする手段としての暴力や殺人』、が当たり前の事のように感じてくる。しかも『勇者』のステータスが有れば、大抵の場合は一方的に相手を叩き潰せるし、大概の交渉事ではちょっとした脅しや武力の誇示が効く。だがその感覚は日本で暮らすうえではマイナスでしかない」
「そう言う物ですか」
確かに、手段としての殺人はあり得る話ではありますか、ですがそれはどこの世界でも同じなのでは。
「ああ、こっちでなら酒場でチンピラに絡まれた『勇者』は相手をぶちのめすだけでいいし、向こうから仕掛けて来たっていう証人さえいれば、殺してしまう事も可能だ、多少やり過ぎたとしても大した罪にはならないだろ。だが向こうなら、ガキや真っ当な職に就いて無い奴ならともかく、堅気の仕事をしてるなら一発殴り返しただけでも下手をすれば人生が悪い方に大きく変わりかねん」
相手に非がある状況で一度殴っただけでですか、それはまた極端な話ですね。
「警察沙汰になって、傷害で双方逮捕なんて事になれば、下手をすれば仕事はクビ、自営業なら取引先から契約を切られる。酒を飲んでて酔っ払いに絡まれたのなら、命に関わらない限りこちらは手を出さずに向こうから一方的に殴られた方が、後々有利になる位だ」
「随分とまあ難しい話ですね自衛をしないというのは」
自分の身は自分で守るというのは当然の事だと思うのですが。
「犯罪に対して十分な抑止力と検挙力が有るから治安が良いんで、個人での自衛という考えが必要ないし、逆に個人にそう言った目的での武装を許すような事になれば、そっちの方が国としては危険だってな。考えてみろよ武器が無ければ殴り合うしかないが、手元に剣が有れば思わず抜いちまう、そうなればそのまま命の取りあいだ。だからこそ戦闘能力ってのは治安を守る立場の者だけが持ってればいいって考えだ。そんな国だから、もしも攻撃されてそれに対して自分勝手にやり返してしまえば、こっちも悪いってことになる」
やはりこの世界とは、考え方が違うのですね。ですがそのような国で有れば、民衆に武力が無い分だけ反乱なども起きにくいかもしれませんね。
ある意味では統治者として理想的な状況かも知れません。実際こちらの世界でも平民の武装を一部制限している国などは少なくありませんから、まあ、あれは身分の差を明確にさせるための物の一つなのですが。
「それだけ安全な国って事だ、夜でも女が一人で歩けるし、酔っ払いが裏道で寝込める位にな」
「聞いたことは有りますが、やはり信じられない話ですね」
こちらの世界でそんな事をすれば、身包みを剥されて当然、殺されなければ幸運という所でしょうか。
「だがまあ、そんな世界だからこそ、この世界に慣れ過ぎて、考え方がこちらに染まった奴ほど生きにくくなる。こっちでなら『敵対した』とか『邪魔だから』、『念の為』、いや『目障りだ』とか『気に食わない』、『生意気だ』なんて理由で殺人や暴力が行われるし、『勇者』もそれが当然のように感じてくる。だが向こうで同じような感覚で行動し人を殺せばサイコパス扱いされ、直ぐに捕まって塀の中だ、その先は死刑囚として寿命までに来るかどうかわからない執行を怯えて待ち続けるか、さも無けりゃ精神病院の隔離病棟の中で薬漬けか、どっちにしろまともに過ごせはしないだろう。リョーは計算が出来るヤツだ、もし自分が日本に帰ってそうなるだろうと予想出来れば、残るという選択をするかもしれん」
「そう言う意味では十分可能性があるのではないですか、貴方も言った通り、リョー殿は車列護衛の際を始めとして何人もその手にかけています」
「殺人の経験があるかどうかじゃない、重要なのはそれを『簡単に物事を済ませる手段』あるいは『ストレスを溜めず、自分が我慢しないで解決する手段』の一つとして認識しているかどうかだ。追い込まれて他に手段が無く、どうしようも無くなっての殺人ってのじゃなく、他に解決する方法が有るにもかかわらず、殺人を選択肢の一つにして安易に選択してしまえるかってのが重要だ」
そう言って、カミヤは一度お茶で喉を湿らせてから言葉を続けます。
「長時間にわたって話し合い、お互いに妥協すれば解決できる問題を、それが面倒だと相手を殴りつけて言う事を聞かせるとか、多少なりとも相手に妥協して自分が損をするというのが一切許容できないため、あるいは単純に気分が許さないという理由で、安易に相手を殺してしまう。こちらではそれほど珍しくはないだろうが、向こうでそれを平然とやれば狂人だろうな」
「なるほど、そう言う意味では、リョー殿はまだこちらの人間にはなり切れていないという事ですか」
確かに彼が今までに行った殺人は、ユニコーンや仲間を救出するため、敵と交渉する余裕や時間のない状況での襲撃で有ったり、自分達が襲撃され自衛の為と言う物が殆どです。
例外として積極的に動いたのはヤスエイ配下の中毒者達を排除した時と、捕えた冒険者を処刑した時ですが、そちらにしても、放置しておけば事態は悪化する一方でしたでしょうし、何より交渉などで平和裏に解決する余地はなかったでしょうから。
逆に、『金剛杖』一党との交渉などを見れば、リョー殿のパーティーメンバーの戦力なら武力で車列を守り切り、彼らの支配地域を突破する事も不可能ではないですが、いくら『彼女』の仲介が有り対面で話をする機会があったとはいえ、多少の示威をおこないつつも、ほぼ交渉だけで互いが納得できる形で話を付けてしまいました。
そう言った事々を考えれば、カミヤがピリム・カテンの一件で、まだ判断しきれないと言ったのは理解できますね。
「とは言え、可能性は無いとは思わないがな。あいつは以前『感情だけでは殺さない、利益を考えて決める』みたいな事を言ってたからな。まあ、感情に頼って好き放題殺すってのは論外だが、少なくとも殺人という選択肢が存在するって事は解ってるんだ、それに追い込まれた時にはしっかりと殺して来てる。これから先は俺らにとって都合のいい方へと、アイツが考え方を変えてくる、そしてその結果として、この世界に残らざるを得ないと気が付くってのも十分あり得る話だからな」
となりますと、とりあえず現状では様子見しかできませんか。まあ、今回の一件のように色々と試練を受けて貰えるように誘導していけば、必要な経験を積まれリョー殿も変わらざるを得ないかもしれませんね。
「そう言えば、日本に帰れば狂人扱いされてしまうというのは、貴方自身の事でもあるのですか」
殺人を手段として割り切っているという事に関して言えば、彼自身そうでしょうからね。自らと自領の立場を維持するため、周囲から畏れられ侮られぬために、計算をしつつも敵対者には容赦をしない人物ですから。
「俺か、はっ、そんなの解りきってるだろ」
そう言って、カミヤは唇を歪ませる。
「俺はとっくに壊れてるよ、向こうに戻ってたら連日ワイドショーを騒がしてただろうな」
カミヤの屋敷を出て、この地のライフェル神殿に戻ると、直ぐにわたくし直属の神官が背後へと近寄り、わたくしの歩みに合わせながら報告してきます。
「猊下、御指示の有った調査の件ですが、現在ライワ伯爵領軍の中で、通常と違う動きを見せているのは、騎士団の一個軽騎兵小隊の35騎のみで、輜重隊や歩兵隊などには動きが有りません、替え馬を多めに用意してはおりますが、部隊規模や補給状況を考えれば、長距離の大規模遠征とは考えづらく、おそらくは臨時の領内巡視ではないかと」
軽騎兵のみで編成した機動力の高い一隊ですか。
「そうか、ではやはりカミヤは本気で攻めに出るつもりか」
先ほどの会話の中で、カミヤは敵対する相手が名のある相手や領主貴族であれば宣伝効果があると言っていました。そう言う意味では、以前に伝えた車列襲撃の一連に絡んだ貴族達というのは、ライワ伯爵家の武威を示す見せしめとしては丁度いい敵対者でしょうから。
実際、襲撃事件の対応に関してカミヤが多方面に工作しているという情報も入っていますから、今回の報告や先ほどの会話内容は、事前予想の裏付け程度の価値になってしまいましたが。
「ですが、この程度の兵力では小規模な男爵領であっても撃退が可能では、いえ、そもそも騎兵隊のみで輜重隊を同伴しなければ補給が……」
「確かに攻め落とした領土を占領して長期間支配するというのなら、占領地を管理維持する兵力とそれを支える兵站が必要となるが、短期間の戦闘で敵主力を壊滅させ領主を討ち取るだけで事を終わらせると言うのならば、カミヤ一人がいればそれで事足りる。敵主力を正面から壊滅させるという目的だけであれば、カミヤにとって大軍など行軍速度を落とすだけの足手纏いであろう。偵察や伝令任務をこなせ機動力のある軽騎兵が30も有れば、カミヤの補助には十分な数となろう」
それに、ライワ伯爵家には例の『迷宮産作物』が、幾らでも『アイテムボックス』に入れて持ち運べる兵糧が有りますから、食糧に関しては補給線やそれを維持するための輜重隊などは必要ないでしょうから。
「まあ、今回の車列の進路上に有った貴族領が幾つか消えた所で問題はなかろう」
あれらの土地には、それほど危険な『迷宮』は有りませんから、防衛兵力が壊滅したとしても『迷宮管理』は何とでもなりましょう。それよりもこの一件でライワ伯爵家の影響力が高まる方が、同盟関係にあるライフェル教としては有益でしょうから。
「それに、カミヤが最終的に辿り着くのはムルズ王国であろう」
そうなれば、ラッテル子爵家に肩入れしているカミヤの行動は、こちらに有利な物となる事でしょう。
「理想を言えば、ムルズでこちらに敵対しているいくつかの貴族軍を潰して貰えればよいのだがな」
H30年2月18日 誤字修正しました。




